ギリシアの神々の復権を2007/12 Los Angeles Times Bring back the Greek gods
際限のない争いを生むのは宗教すべてにあらず。
際限のない争いを生むのは一神教なのだ。
おのれの分をわきまえることに優れた多神教の復権を!
〜 Mary Lefkowitz レフコヴィッツ
Greek Gods, Human Lives: What We Can Learn from Myths
●ギリシアの神々とヒトの生活:神話から学びとる知恵
Mary Lefkowitz (著) レフコヴィッツ
Yale Univ Pr (2003/11/1)
書籍情報と書評:アマゾン 日 米 英.
History Lesson: A Race Odyssey
●歴史の教訓:人種の語り (近刊)
Mary Lefkowitz (著)
Yale Univ Pr (2008/4/28)
書籍情報と書評:アマゾン 日 米 英.
ギリシャ文化はアフリカ文明のパクリだった。
ユダヤ人は奴隷売買に荷担していた。
伝説や共有信念はどのように形成されるのか。
真実は社会的構成物にすぎないのか。
歴史の真実語りを叩きつぶしに来るポストモダニズムや政治圧力の数々をご覧じろ。
「多神教」というくくりは、一神教の中毒に対する解毒にはなんぼか有効かもしれないが、駆虫剤として使うには弱すぎるのかもしれない。
ドーキンスは、一神教も、一神教の野蛮さを放置してしまう多神教も、みんなテロリストを産む野蛮な無知蒙昧なのだ、同罪だ、と「宗教」をいっしょくた呼ばわりして、一方的に断罪なさるわけなのだが、しかし。

去年の暮れ、懐かしいフレーズを見かけた。
「仏教と脱構築」とは、なんとセピアなテーマ(遠い目)。
先月、『多宇宙と輪廻転生』なる本も出た。
『多宇宙と輪廻転生 人間原理のパラドクス』三浦俊彦 (著)
青土社 (2007/12/20)
・・・あらためてこうして大上段に語らねばならないほど、かつて重宝されていた転生概念の使い勝手の良さは、今どきは忘れ去られてしまっているのだということなんだろうか。
筆者・三浦俊彦氏の肩書きは「分析哲学/小説家」。
この本の内容は、青土社の月刊『現代思想』に連載していたシリーズをまとめたものだと思う。
その連載の中、『現代思想』2007年10月号に載っていたシリーズ最終回の「輸廻する倫理」について、ちょっとツッコミをさせてくれ。
『現代思想 2007年10月号 特集=温暖化の真実 』
「輸廻する倫理」 三浦俊彦
1 生まれそこねた命と「二つの常識」
・「人生ただ一度きり」は自明ではない。
・「ただ一度かぎりの」一個人に固執する理由は、輪廻転生観に立つと激減する
主観的世界を持たない重度知的障害の場合だけでなく、ダウン症や血友病など、健常者と変わらぬ豊かな意識生活を経験できる軽い障害の場合にも、SSA(輪廻転生観)では、選択的中絶は正当化されるだろう。軽度障害に関しては、「障害児の選択的中絶は、障害者は生まれてこないほうがよいという差別に繋がる」という批判がしばしば唱えられる。しかしこれは、SIA(人生唯一無二)常識の死生観をとった場合にだけ成り立つ批判である。SIAの死生観では、中絶されたらその人の運命は確かにそれっきりだからだ。他方、SSA(輪廻転生観)常識に従うならば、障害児を中絶して次の子を産むことは、子どもを産んでからその病気を治療するのと変わりがない。同一人物に対して、よりよいコンディションで産道をくぐれるまで待ってもらったと解釈できるからだ。障害の治療が障害者差別でないのと同様に、障害児の中絶は決して障害者差別ではない。したがって、障害者差別はいけないという倫理を振りかざして、障害児の中絶を望むカップルに出産を強要するのは、酷であるという以前に、SSAのもとでは不条理というべきである。
一見イイ線を行っているように見えるが、これは古来のタイプの輪廻転生観じゃないと思う。ご都合主義的に今風に剪定(せんてい)しすぎている。へんてこな輪廻話じゃないか。
... 以下つづき...

輪廻転生観は、ただ生まれ変わるってもんじゃない。
カルマだ。
そこには持って引きずる「業(カルマ)」がセットになってないと、ただ都合よく「転生」だけを取り出しただけではシステムは「ウィルス対策ソフトの入っていないウィンドウズ」みたいなもんで、速攻でダウンするぞ。
例えばハンデを持って生まれた子。
重い障害を持って産まれた子は、そのような業(ごう)を「理由があって」背負ってきているのであり、今生(こんじょう)の苦しみは、逃げずに耐えて、つぐないや昇華をしないと、来世のステップアップは望めないどころか下方に向かってさらなる業に苦しむことになる。
また、中絶や差別によって他者の昇華を妨げる者は、その行いの業を背負って死後や来世がランクダウンし、さらなる報いの苦しみに見舞われることになる。
「輸廻する倫理」 三浦俊彦
2 未来世代と過去断罪
常識的倫理を回復する手だては二つある。ナイーブな功利主義に戻ること、または、SIA的な人格同一性論を放棄してSSAの輪廻転生観を採用することである。
[〜中略〜]
輪廻転生観なら、同じ自分がいずれ未来を経験することになるので、我が事として未来の期待値を慮る動機が生まれる。
この、彼が言うところの輪廻転生観は、西欧的「歴史直線観」に蝕(むしば)まれすぎているような気がする。
輪廻転生観は「歴史直線観」ではなく、循環史観があってこそ、バランス良く成り立つのではないか。
自分の印象では、輪廻転生観の良いところは、未来の自分がどうのという利己的な話がウリにできるところにはない、と思うのだが。西欧の言説は、そのへんほんと、異文化や異なる想定に対する理解が浅薄なまま傲慢に論じていたりするもんなー。
例えば、アニミズムに縁遠い西欧では、アニミズムが正確には理解されていない気配がある。
森「全体」、自然「全体」に、意志を読みとるものだとみなしがち。一神教の神の意思の表れようと、アニミズムを、平気でゴッチャに扱いなさる。

そうではなく、アニミズムの本場では、ヒト以外の存在の「個々」に、固有性や人格を見出すのがフツウ。十把一絡げなど不遜なことはいたさない。
そして、それに伴って、輪廻転生観は、身近な生き物がみな、いずれもが大事な親戚縁者である可能性を強くぶちまけてくる。
そこの虫けらは、自分が愛したじいちゃんかもしれない。
妙になついてくるこのヤギは、死別した妻かもしれない。
舞い込んだこの野鳥は、亡くした我が子が挨拶しに来たのかもしれない。
生きとし生けるものが、すべからく、かつての大事な縁者かもしれない。恩人かもしれない、来世の妻かもしれない、前世の乳母だったかもしれない。
これは、「人間関係をうまく回せない」人間にはキツイ想定だぞ。耐えられるか? 生きとし生けるものすべてが、自分にとっての誰かである、という想定だ。
たいへんな世界観なんだぞ。
そういえば、環境教育にしても、森羅万象との親和性を考えると
さらには、上述の論にあった「輪廻転生観にしたがえば中絶に抵抗がなくなる」という見解にしても、そうは単純には言えないことも示しうる。
今、堕ろそうとしている子は、自分を慕って転生しにきたかつての弟かもしれない。
延命せずに死なせるこの子は、やっとここにたどりついた昔の夫の魂かもしれない。
そういう、心に刻む何かもなしに、「今回は無理だから、障害児はヨソ行って」という軽いエクスキューズに使えて便利だよと示される輪廻転生観は、マジあかん。 ごめんしてほしい。
「常識的倫理を回復する手だて」として輪廻転生観を語りながら「障害児の中絶は決して障害者差別ではない」と語る、ご都合主義的「人命軽視」。マジあかん。
自分は人命は_重いものではない_とみなす者だが(軽いものでもない/価値は一概には語れないんだよ)、この障害児中絶正当化の論展開は、浅うおまへんかと困る。

ああ、今どきの「千の風」もひでーよな。
死者は生まれ変わることをやめ、延々千の風になってそこらを彷徨っているという、どこの歴史にそんな想定があったのよ的なシチュエーションに酔うことにフツウに抵抗がないという、今どきのひとばら。死して高みを目指さない、生者のペットになり果てる死者たち。
輪廻転生観がどのようなものであったのか、今生(こんじょう)のひとばらはもう、転生占いやリセットアニメマンガノリのような範囲でしか、ご縁はお持ちではないということなんだろうか。
【ヤギは、死別した妻】という想定:元ネタはスーファミの名作ゲーム「ソウルブレイダー」(エニックス)。
『妻を亡くした男の所に、なぜか見知らぬ山羊がやってきてなついてしまう。男は気づいていないのだが、その山羊は妻の生まれ変わりであり、生前の夫の元で、かつて暮らした我が家の庭で、日々穏やかな生活を終生続けていく』 という設定のエピソードはめっさ心にキツくて泣いた。
しかし、そういう「生きとし生けるものすべてが、自分にとっての誰かである、という想定」に対しては、こういうリアクションもあるらしい。
「 ★ ただ、友人に貸したところ、『妻を亡くした男の所に、妻の魂を持つ山羊(!)がやってきた』ってシチュエーションが嫌で、やめちゃったと言ってました(苦笑)」
キツすぎたのか、単にありえないと却下されたのか。
世の中の生きとし生けるものを、自分とは関わりのない書き割りの背景としかみなせないような文化に育った場合、「生きとし生けるものすべてが、自分にとっての誰かである、という想定」には、心が耐えきれないのかもしれない。

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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