
『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』
シャロン・モアレム, ジョナサン・プリンス (著)
日本放送出版協会 (2007/08)
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原書:


『Survival of the Sickest』 Sharon Moalem, Jonathan Prince (著) HarperCollins Entertainment (2007/6/4)
『Survival of the Sickest: A Medical Maverick Discovers Why We Need Disease』 Sharon Moalem, Jonathan Prince (著) William Morrow & Co (2007/02)
■『迷惑な進化 病気の遺伝子はどこから来たのか』
このまったりしたタイトルでは、本書のスパッと突っ走るスタイリッシュな知の冒険の雰囲気を表せてないような気がする。
原書のタイトルは『Survival of the Sickest』。
雨崎的に訳してしまえばこれ『病んだが勝ち!』。
病気は単純に負けであるとは言えない。病気をもたらす要素は、実は状況しだいでは生存に有利で実際に勝ちをもたらすケースがある。それがゆえに、今も病気は勝ち残っている。病気あってこその末裔だ。
そんな「進化医学/進化疫学」の不思議な因縁(いんねん)にまつわる最新情報・見解をずらり並べてくれたのがこの本だ。
■本文はすこぶる読みやすい
訳がうまいこともあるけれど、原文の語り口、話の構成・持って行き方がプロだ。
メインキャストは「進化医学研究者」さんなのだが、本書ではプロのライターとタッグを組んでいる。
〈シャロン・モアレム〉神経遺伝学、進化医学、人間生理学において博士号を取得。進化医学研究者。
〈ジョナサン・プリンス〉クリントン元大統領のホワイトハウス上級顧問およびスピーチライター。 〜※
研究のプロが、著述の才能も兼ねそなているとは限らない。わくわくする研究内容を、ドキドキするような筆致で書き表せるとは限らない。おもしろい科学をつまらなく書いてしまったらもったいない。
→ つまらなかった場合
それなら、ちょいとプロのライターさんに手伝ってもらおう。そんなちょっとした譲歩が、長く広く読み継がれる良書を生み出してくれる。
→ 『 専門のライターを頼むことも大はやり 』
世紀の変わり目にブレイクした
【遺伝性ヘモクロマトーシス】
■目配りは広範。
今年の本を今年訳してくれたので、巷的には最新に近いネタを堪能できる。
著者モアレム自身が遺伝がらみの特殊な体質(ヘモクロマトーシス)を持つ人間であり、
そこから今、環境問題で注目株の「鉄分による海洋改造」話や、「瀉血の適応性」などの話がボンとつかみに語られる。
どうやら、生きていくために瀉血(しゃけつ:体の血を抜いて捨てる行為)が必要な特殊な体質の人々が実在した関係で、そうでない人にまで「治療としての瀉血」が過去広まってしまっていた気配。
遺伝性ヘモクロマトーシス
2008/02 EurekAlert Europe's most common genetic disease is a liver disorderヨーロッパで最も頻度の高い遺伝病は、遺伝性ヘモクロマトーシス hereditary hemochromatosis による肝臓障害である
:「迷惑な進化」の人が抱えていた遺伝病ですね
:体に鉄分が溜まりすぎるので、たまに血を抜いて鉄分を減らすと体調が良くなるという特殊体質、これがヨーロッパでありふれている遺伝病
:欧州の医療で「瀉血治療」が横行したのはこの病気があってこそだったのだ
... 以下つづき...

【光くしゃみ反応】

光線と生体反応の話から、「光くしゃみ反応(明るい場所に出るだけでクシャミしてしまう人がいるんだよ)」や、人間の皮膚色の進化の話も出る。
なぜ黒い肌から白い肌までヒトには見た目の差があるのか。
魚食民族はV.D豊富な食生活ゆえに、高緯度の暮らしでも真っ白な肌にはならなかったのだろう、とする見解も紹介してくれる。

ふだん科学の報道を見ているぶんには、病理学や医療からの「病気の**がわかった/**で治せそうだ」研究情報はよく流れてくるけれども、「この病気はこういう理由があって存在しているのではないか」「この症状はこれに効果がある」という推理ごっこ(進化医学的解釈/こじつけごっこ?)の部分は、あまり表立っては流れてこない。
そういう、裏の流れがいまどきはどうなっているのか、たっぷり読ませてくれる。
進化医学、一昔前は「そりゃどうだかなぁ」めいた大胆なこじつけ解釈がけっこうゴロゴロしていたのだけれど、いまどきはけっこう丁寧にこなれた解釈がいろいろ発達してきているらしい。
【小氷河期と糖尿病】
■気候変動解析の最新情報(ヤンガー・ドリアス/小氷河期)を引き合いに出しながら、糖尿病の進化理由についての考察もご披露(ひろう)。
寒冷地では末梢神経の流量を下げて、体躯中心部の体温を確保できる体質の人間が生き延びやすいという話。
つい、先日フジテレビの『アンビリーバボー』でやっていた、極寒荒野の数夜を奇跡的に生き延びた骨折女性の話を思い出してしまう。彼女は骨盤骨折で大量に腹腔内に出血していた。はからずも体内の大出血によって、手足の血流量を下げ、体躯中心部に血液を集める「寒冷地でも生き延びるぞ」効果が発揮されていたんじゃないか、そんな連想をしてしまう。
【ソラレン:ソラマメ中毒の分布と進化】
空豆に含まれる「ソラレン」という成分で体をこわしてしまう体質の人がいる。
p.102
ソラマメに含まれているビシンとコンビシンという二種類の糖質物質は、活性酸素、とくに過酸化水素の活性酸素を作り出している。ソラマメ中毒症の人がソラマメを食べると、過酸化水素を追い出す役目をするG6PDが足りないため、過酸化水素は赤血球を攻撃して破壊してしまう。壊された細胞の中身が流れ出すと溶血性貧血になり、場合によっては死に至る。
そのタイプの人の分布は、実は恐い疫病のマラリアと密接な関係を持っていた。
なんと、ソラマメ中毒体質でありながらソラマメを食べる人は、マラリアにかかりにくくなる! そのわけもきっちり紹介してある。
ある面では健康に不利だけれど、死にそうな病気からは守ってくれる、そんな体質と死病の共進化の話は、鎌状赤血球貧血やサラセミア(地中海性貧血)などでも有名だね。
【子どもの性格を変えるばい菌】
■「最近ではさらに、子どもの連鎖球菌感染と強迫性障害に関連性がありそうだという研究結果も出てきている。」p.141
これは2005年のこの報道だね。
扱いにくいお子さんなのはばい菌のせい?小児の強迫性障害と連鎖球菌感染の関係
2005/09 BBC News Anxiety disorder 'infection link'
それ以前にも、何度か連鎖球菌は槍玉にあがっている。
子どもの強迫性障害やトゥーレットと連鎖球菌の関係
2001/12 Yahoo! News Strep a Linked to Psychiatric Disorders in Kids
連鎖球菌がADHDの発症に関与している可能性
2000/05 Yahoo! News Strep Infection Possibly Linked to Attention-Deficit Disorder
『脳のはたらきのすべてがわかる本』 ジョン・J.レイティ著 堀千恵子訳 角川書店 2002年(原書2001年、A User's Guide to the Brain)
p.158-159
「運動と認知の機能障害の関連については、「聖ヴィトゥスの舞踏」という一風変わった名前の病状に悩む子どもの研究が、なおいっそう浮きぼりにする。この病状は、連鎖球菌の感染後にリウマチ熱を発症した子どもに起こる。 [〜中略〜] 連鎖球菌に感染すると、自己抗体が脳組織と交差反応してさまざまな症状を招き、人によっては不随意運動を引きおこすことがある。通常、一夜にして発症するといわれ、ふってわいたように突然、動作がぎこちなくなってしまう。 [〜中略〜] なかには、精神的にどこにも異常がなかった子どもが土曜日前後に連鎖球菌咽喉炎を発症し、月曜日には紛れもない強迫性障害の行動を見せるという劇的なケースもあった。」
感染したときに、免疫が暴走して脳に悪さをしてしまう気配があるんだそうな。

■そして寄生虫「トキソプラズマ」が人間行動を操作してしまう話。
寄生されると、性格が変わる!?
これはその道ではもうけっこう有名な話なんだけれど、「まだ知らない」人にとっては、かなりギョッとする話。
別項にまとめておきました。

で、こう、それぞれのネタにたいへんイモヅルしながら、さまざまな解釈ごっこ、推理結果を広く語り聞かせてくれるのが前半。ひろびろと、共有しやすく理解しやすい新見解が、目の前に開けていく印象。
後半(6章以降)は、それとは一転して、著者はヤブの中、暗中模索の領域に踏み込んでいく。
人類水棲進化説の沼地、ジャンピングジーンの迷路、エピジェネの虚像・・・。進化についての個人的ファンタジーに泥濘してしまう。
なんだこれは。

よく考えると、前半にしても、進化医学がらみで沙汰されているトピックのすべてを網羅しているわけではない。こまかく挙げていけばもっとたくさん出てくるはず。その中、特定のトピックを選んで並べているような気配が感じられる。
冒頭のツカミは著者自身の遺伝病話だった。
著者は、この後半を語りたいからこそ、この本を著したのかもしれない。間違っていようがいまいがそんなことおかまいなしに。
自分の夢と、おそらく、病持ちである自分の存在の自己正当化も含めて。
そう思ってあげないと、ちょっと6章以降は痛くてかなわない。

前半は上掲列挙したように、たいへんワクテカなイキのいい情報がたくさん詰まっております。それだけでこの本はじゅうぶんペイしてしまえる。
まあ、人によって分野に得手不得手はある。ライターとタッグを組んで、たいへん読みやすい作品に仕上がったけれど、残念ながら肝心の不得手部分をカバーしてくれる相手ではなかった、そういう顛末(てんまつ)の本なのでしょう。
そうそう、先日流れていたこの記事、
2007/10 【日本語記事】共同通信 妊婦喫煙で子の肥満率3倍 山梨大教授が調査http://news.goo.ne.jp/article/kyodo/life/health/CO2007102401000084.html
なぜ、母さんがタバコの煙を吸うと、生まれてくる子どもがデブになってしまうのか、そのわけについても「進化医学」的な解釈を記してくれています。
いろいろな新顔トリビアを拾える楽しい一冊でした。
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と押してみるもよし■こちらもご参照を
shorebird氏による書評

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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