
『心はプログラムできるか 人工生命で探る人類最後の謎』
[サイエンス・アイ新書]
有田 隆也 (著)
ソフトバンククリエイティブ (2007/8)
[ Amazon ] [bk1]
「人類最後の謎」じゃあないと思うぞ。

それより、シミュレーションやゲーム的研究の面白さを思いきり全面的に打ち出したほうが、読むほうも書くほうも楽しくてよろしいのではないかと。
p.3
私のラボでは、次のような非日常的で非現実的な言葉がいつもあちらこちらで飛び咬っています。「人の心を読まない人たちの天下は続かず、絶滅しがちだ」「言語能力が進化したのではなく、言語が簡単になったのか!」「裏切り者の社会とお人好しの社会が交互に現れるようだ」「社交的な人のミーム(文化的遺伝子)の平均寿命はいくつ?」ラボのメンバーはみな、ウンウンうなりながら、しかし楽しそうにコンピュータに向かって考え込んでいます。そうです、これらはすべてコンピュータの中の小さな人工世界で起こっていることなのです。
すでにじゅうぶん「楽しい」内容の本になっているし、タイトルで無理してあっち方向にブラフ打たなくても。
内容は、生命シミュレーションプログラムのおもちゃ箱。
生命が、あんななってこんななって、こんな世界をこさえてる。どうして、あんななってこんななって、こんな世界をこさえてるんだろう、それを理解するために、まずはコンピュータ上でどう設定すると真似できるのか、考えてみよう!
プログラム上で生命(とその進化)を模倣する方法を、ああでもないこうでもないとチャレンジし続けている、微妙に趣味とマイペースが香る研究室から生まれたのが、このご本。

しょっぱなのツカミは、アリさんたちの行動シミュレーション。
アリさんのように動くようプログラムしたちっこい人工生命をスクリーン上で自由に行動させてあげると、なにやらすごく「効率的に」荷物が運ばれるじゃないか!
そのプログラムを参考に、荷物の流れを調整してみたら大変運送効率がアップしました、というアメリカの「サウスウェスト航空」の実話。実生活にも使えそうなおいしい話だね。
... 以下つづき...


なお、このサウスウェスト航空は、まずもって「格安航空会社」「社員第一、顧客第二主義(!?)」などなど、もっとすごい特徴がたくさんあるからか、このアリさん戦略で成功しましたという話はそんなには流布してないらしい。
伊集院 憲弘 (著) 毎日新聞社 (1998/11)
こちらは英文になるけれど、ナショナル・ジオグラフィックのサイトにアリさんとサウスウェスト航空の話が載っている。
こう、ちっこいプログラムたちがごちゃっわさっとうざうざ動いているうちに、効率的に何かが成し遂げられる、そんなありさまのあれこれは、まさにコンピュータ上の自動プログラムで研究するにふさわしい主題の一つ。
アリさんタイプの群研究は、
などにまとまっている。
「群れ知能 swarm intelligence」「群行動 swarm behavior」研究。
「群」は生物界の至るところで観察される。
魚の群、鳥の群、齧歯類から有蹄類、イルカの群に、はては山手線のサラリーマン達とか。
生物はなぜ群を作るのか。これは古くからあり、いまだにホットな研究主題。
群行動の進化と科学
2007/11 New York Times From Ants to People, an Instinct to Swarm
By CARL ZIMMER カール・ジンマー
2007/10 【日本語記事】Nature@日本 生態:群れの効用
捕食者と被食者双方が群れを形成することによって、個体群安定性が保持される
群れ形成がなければ極めて不安定になるはず
で、群れ知能の話はまだ導入部。
著者の研究は、行動のみならず、生物の進化自体をシミュレーションで探ること。
シミュレーションは、設定しだい。
一般世界は「こうなっている原因は何だろう」と日々頭を悩ませながら暮らしているわけだけれども、シミュレーション稼業では、「こう設定するとどんなことが起きるだろう」。
ドーキンスのバイオモルフからはじまって、
そして人工生命アヴィーダ・・・AVEDA? は検索ではうまくみつけられないぞ。マイナー?
とりあえず、後半はどんどん一般市民をおいてけぼりにするおもしろ話に突っ走っていく。


読んでいて、「現実に沿っているように見えそうなコンピューター内パターンを探しているだけじゃないのか」という気はしてくる。「まだこんなものなのか」みたいな。
「こう設定すると、こんなことが起きたんだよ。じゃあ次にどう設定を変えればいいか、また試行錯誤しなくては」
という段階がたくさん紹介されて(これはこれで研究者的にはおもしろいのだが)、
「こう設定すると、現実の**に似たことが起きたんだよ。じゃあどう設定を変えると、その現実に応用が効くようになるか試行錯誤しなくては」
という、現実にどう貢献しうるのかという一般市民が読みたい部分は、後半には乏しくなっていく。
そのぶん、著者が示してくれる「こんな現象が起きた」話を、現実に読み替えられないか、応用できる可能性はないのか、読むほうががんばってみるのだけれど、これがけっこうしんどい〜〜〜、というか、そもそも徒労なのかな。

著者がちょこちょこ示す「シミュレーションの結果」を、いろんなばらばらの分野の人がああでもないこうでもないとつついてみるとおもしろいと思うんだけれどなぁ。

【江戸時代っぽいシミュレーション?】
例えば、「進化と学習の相互作用とボールドウィン効果」。
p.119
学習は進化を促進する場合と抑制する場合があり、前者のほうだけを「ボールドウィン効果」と呼ぶことがある。 [〜中略〜] 焦点となるのは、学習がどの程度可能かということ、つまり可塑性自体の進化である。
p.124-126
1 学習で適応度を増加できる個体が適応的であり、近傍をなるべく広く探索する個体が広まる
2 適応度が上がっていく(頂上がありそうな)方向が定まってくると、その方向に関係ない遺伝子座の可塑性は適応度に寄与しないので落とし、指向的探索のための可塑性は逆に増やしていく
3 集団のほとんどの個体がある山の頂上近辺にたどり着き、学習をしなくてもみなが高い適応度を得られるようになると、学習のコストが表出するので、遺伝子型が山の頂上に近いものが徐々に増加していく
4 集団が山の頂上にたどり着いた後は、学習は基本的に頂上から落ちてしまうような突然変異の起こった個体の適応度を上げるために使われるようになる
この4ステップのうち、最初の3ステップが従来のボールドウィン効果の解釈における2ステップに代わるものである。学習の基本的な機能は、近傍を探索することであるが、頂上のありそうな方向がわかると、学習して適応度が上がりそうな遺伝子だけを可塑的にすることによって、むだな方向を探索せずに有望な方向のみを指向的に探索するのである。最後のステップはたとえば先天的な欠陥が突然変異で生まれても、可塑的に補うことによって適応度を下げないというものである。
この4ステップは、近所の1つの山に登る過程を説明したものである。富士山のような現実離れした適応度地形なら話はこれで終わりだろうが、現実の適応度地形は多数の山(局所解)がごちゃごちゃと並んでいるようなものだろう。したがって、上記の過程を経て頂上にたどりついたからといって、それが最適解で、それ以上集団が動かないということは通常ありえない。つまり、凸凹した適応度地形ならば、4あるいは3にとどまらずに、1あるいは2に戻るということを繰り返すと考えるのが自然である。
私たちの従来の研究も含めて、ボールドウィン効果に関するほぼすべての研究が、1つの山の頂上に達するまでのシナリオを分析することにとどまっていた。しかし最近、上記のような1、2、3を繰り返して、集団が次から次へとより高い頂上へ移っていく進化のシナリオを再現することに成功した。その実験では、学習を許さない場合にはうまくそのように解を探索していくことはできないが、学習の見事なアシストによって、谷を下ってはより高い頂上に到達するということを繰り返すのである。
「集団が次から次へとより高い頂上へ移っていく進化のシナリオを再現することに成功した」
うわー。なんかすごいことを言われているようだけれど、それが何をどう意味するのかはよくわからないぞ、現実界にあてはめると、これは何を意味しているんだ? (そも現実に適用するにはほど遠い話なのか?)
たまさか思いつくのはお江戸の時代なのだが、これは上のシミュレーションがなんぼか該当するのか否か、自分では検証できないぞ。

江戸の町は、武士50万人、町人50万人。武家屋敷が広大な面積を占めていて、町人は限られた狭い地域に異常にぎっしり。町人エリアは1km平方になんと55000人!
長屋住まいで7割は借家。月の家賃は収入1日分程度の300〜500文。家賃の安さは上方商人が土地買って、長屋作って、過当競争、供給過剰。識字率は100%、寺子屋も互助会も万一のときのための積立金制度もある。
歴史も資源もマックスまで稠密化。芸事、技能、趣味遊びが極度に洗練されるわ、リサイクル機構は完熟するわ・・・稠密なぶん、特定の層内の地位平均化も進む。町民の「宵越しの金は持たない」気風は、住民の関係が密で互助行為も密な中、近隣同胞からの妬みをひたすら避けるという効用があったと思われ。(※ クンサン族の気前よさ )
可能性を使い尽くして息詰まりきっているように見える一方、住民の新陳代謝はかなり高い。お江戸住人の死亡率がやたら高いこと、物資・人材とも地方からの流入量が大きいこと。しょっちゅう発生する大火によって、お江戸の人口は一気に減少するわ、江戸っ子は再興の建築需要で景気があがるので火事の発生を喜ぶわ、そこに職を求めて地方から次々新たな人口が流入してくるわ・・・。
で、これがシミュレーションとどうかぶるのかは各人各様の視点でとらえ方は変わってくるという部分もあるだろうけれど、えーと、なんというか、こう、シミュレーションと現実が交錯する(かもしれない)部分を、本書後半にもたくさん配してもらえたら・・・
いろいろな分野の人から「そこから何が読みとれるのか、どんな可能性があるのか」コメントをずらり並べてみたりしてもらえると、「これは何なのか」がなんぼかわかりやすくなる・・・かもしれない。

書籍としては、これ本文を色刷りにする必要はないんじゃないか。本文4色だぞなどとウリにするならまだしも、チープな2色イラスト程度では、モノトーンよりかさむコスト分の効果があるとは思えない。
内容的には、本書は単行本の体裁できっちり著してもいいんじゃないかと思うような、間口が広いながらも可能性を考えるにはじっくり脳力を要求する内容で、・・・新書じゃもったいないなぁ。
どうだろう、半端な色刷り挿画に気を配るよりは、シミュレーションプログラムを入れたCD-ROM一個おまけにつけてくれてたら、リアルに楽しい一品になったんじゃないかと想像したり。(でもたぶんMacintoshでは動かないプログラムだろうね)

著者は、世紀の変わり目に出した前著でこう記している。
「人工生命」有田隆也 科学技術出版 2000/01
p.95
さて,人工生命研究が生物学,あるいはそれに関連する学問領域において,いかなる成果を生み出すことが期待できるのであろうか? 具体的なテーマとして,ここでは進化に関連した10個のテーマを以下に列挙する(カッコ内は代表的な個別テーマ例)
1)生命の起源(「自己複製を行う最小の化学物質の構成は?」)
2)性の起源(「なぜ性が生じ,広まっているのか?」)
3)変異の起源(「変異は単にランダムに起きるのか?」)
4)多様性の起源(「なぜ生物種はこのように多様なのか?」)
5)適応のメカニズム(「進化,発生,学習はどのように関連するか?」)
6)平衡推移説(「S.Wrightの平衡推移説を明快に示せないか?」)
7)生態系の構造(「生態系に見られる普遍的な性質はなぜ存在するか?」)
8)社会性の起源(「社会はどのように形成されてきたのかl?」)
9)文化的進化(「文化的遺伝子の従う規則とは?」)
10)心の進化(「心はどのように形成されてきたのか?」)
『心はプログラムできるか 人工生命で探る人類最後の謎』は、それらすべてではないが、その後の進展を、著者の人工生命研究に関わる最近の成果を紹介してくれている。そして、最後は書名にある「心のプログラム」、我々の心の進化について章を割いている。
でも、「人類最後の謎」とまで言わせるその難題は、シミュレーションからの見解だけで解けるものでは、とうていないわけで。それこそ(江戸時代とボールドウィン効果の昇り降りの取り合わせレベルの比じゃないけれど)あらゆる分野からの「これは何なのか」という頭の突き合わせが必要だ。
・・・感情科学での 進化心理学見解の欠落とか、シミュレーション分野での、文化研究見解との疎遠っぽさとか、・・・学際の動きが見えたな、と思った頃からもうすでに10年経っているのに、日本はまだこんな状態でいるのか、と寂しかったりもする。
集団が、皆の衆が、次の山の頂上があることに気がついてそこにたどり着くまでには、まだとうぶん、自分らの手元(自分野内)の余裕がありすぎで、異分野間の結束方向にも多分野を巻き込む開拓魂にも発達しきれないんだろうか。
人工生命研究の楽しさは、本書から存分に伝わってきます。
もうしばらく待てば、何か展開がありそうですか。
門外漢が不十分な理解のままここに感想を記しています。期待を込めて。
追記:
2007/11 New Scientist Computer programs can help make sense of life
コンピュータープログラムは、生命の理解を促進できる
まるで彼らがコンピュータープログラムであるかのようにモデル化されることによって複雑な生命システムの理解が進むだろう
2007/11 New Scientist Evolution of humour could make computers laugh
ユーモアの進化は、コンピュータを笑わせる可能性があった

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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