
幼い頃、まじ幼い頃、めったにないことや異常に悪い事件ばかりがこんなに目立つようにテレビに流れていて大丈夫だろうか、バランスが偏っているんじゃないか、と心配していた。
世の中で実際に起きている割合と、かけ離れているんじゃないか。

いつもあることや、良い事件があまり流されず、めったにないことや異常に悪い事件ばかり見せられている。このままいくと、めったにないことや異常な行動があたりまえだと感じるようになっていくんじゃないか、テレビは「みんなこの程度のことじゃ驚かなくなってきたな、もっと珍しい事件はないか、もっとひどい出来事はないか」と、どんどんエスカレートしていくんじゃないか。幼心に、まじそんな心配をしていた。

幼い頃、遠くで起きた悪い事件はあんまり報道されることはなかった。たまに報道があっても、「すごい遠いところの話だね」とリアクションしていたような気がする。事件の重要度は、それぞれの発生地の距離で適宜希釈されていたような覚えがある。
遠くで悲惨な犯罪や事件が起きていても、単純な交通事故や殺人や火事であれば、自分のエリアまではニュースは流れてこなかった、全国ネットには乗っていなかったと思う。そんでもって、たまに遠隔地の親戚から伝え聞いて「え?そんなことがあったのか!」と驚かされる程度で。
地元には、地元のニュースが「気をつけよう」の範囲で流れていた。
今は、北海道という”日本の先っぽ”にいるから、よけいにすべての内地が遠くに感じて気になるのかもしれないけれど、でも、地元のニュースが全国枠で流されているケースを見るたんび、「え!?この程度のローカル事件が全国版でながされているのか!?」と驚くことが少なくない。
さいはて北海道で、交通事故で二人死んだ、それが全国放送。
清田の雑木林にあるゴミロードが、全国放送。
九州で通り魔事件が起きたよ今どきはなんと恐ろしい、となぜか北海道のテレビが報道する。
真駒内(まこまない)で子どもが切られて自警団がぴりぴりしている、というんなら、すごい近いしまだわかるんだが。でも、世田谷区や秋田や広島の話が真駒内と同じレベルで流れてくることには、いまだに妙な違和感が残る。
(ネットユーザの大半を占める年齢層がものごころつくより前の)昔に比べて。
扱いの大きさに距離感が欠落しがち、それだけでなく。扱われる情報の種類も違っている。
昔は、少年が犯した殺人や、精神障害者が身内を殺した、のような特定の要素を持つ事件は「報道されなかった」ケースがあると聞く。たしかにそうだったような、どうだったか、そこはよくは覚えていない。
いやいや、「報道されなかった」からには、覚えているわけもなく。


『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』
浜井浩一、芹沢一也 (著)
光文社新書 光文社 (2006/12/13)
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●実際には世の中の治安は悪化していない、悪化しているのは人々の治安悪化妄想だ
●効果以上に安全に金をかけ、警備商売が拍車をかけ、法律まで改正されるにいたって、昔とは違う監視社会に陥っていく
●警戒は「おかしな人」を排除する 善人であっても、安全を口実に平気でエンガチョされる社会
●社会から切り捨てられた弱者がふきだまる場所は、命綱としての刑務所なのだという現実
子どもに安全確認用のケータイを持たせたら、身よりのないおじいさんが刑務所に入る確率がアップしてしまう!?
... 以下つづき...

福祉がダメダメなのに、「フツウではない者」を毛嫌いする風潮が強くなってしまうと、ちょっとでもハンデを持っていると
・雇ってもらえない
・部屋を借りられない
・保証人も見つからない
・これでは食べていけない
悪人でも善人でも、警戒社会では「フツウではない者」とみなされたらもう居場所がない!
彼らは露天生活か、刑務所くらいしか、生きていられる場所はなくなったりする。さもなくば、死だ。
p.6
意外なことに、刑務所では世論で言われているような治安悪化の実態は感じられなかった。逆に、広く流布している治安悪化言説と、「治安の最後の砦」である刑務所の現状のあいだに大きな落差を感じた。
世論では治安悪化は凶悪かつ狡猾な犯罪者によってもたらされたかのように喧伝されている。それにもかかわらず、刑務所は通常の作業に取り組むこともできない高齢者や障害者であふれかえっていたのだ。
いまどきは、刑務所に入っているのは、万引きや食い逃げの、些細な再犯小物さんたちばかり。実際、身体をこわして働けない、ハンデを持っていて働けない、フツウの人々にエンガチョされて行き場を失った社会的弱者さんたちが刑務所にいっぱいいるようになってしまっている。凶悪犯ではなく、世間が救ってくれない弱者たちの吹き溜まり。
治安が悪化しているという勘違いが、守られるべき人々の居場所と糧(かて)を奪って、刑務所に送り込んでいる、それが今進行している「不安の連鎖」の結果なのだ。
当該書『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』はそんな悲しい状況を丁寧に描き出す。
コンパクトな新書で、内容は強烈。コストパフォーマンス大。

見た目がシマシマ模様なだけである家さえ排除しようとするほどに寛容さを失い、弱者含むアノマリーの声を聞こうとはしなくなっているフツウの人々の 異端者恐怖症/多様性フォビア 。そんなのが大きく報道されてしまうのって、痛いよね。
でも、そんな行きすぎ気味の「世の中恐い」病が、そこらじゅうをわしわし蝕(むしば)んでいたりする。
『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』 p.6
現在、行政の多くの施策が治安悪化を前提に動いている。はたしてこのことは、私たちの社会にとっていかなる意味を持つのか。
問題なのは、この治安悪化神話が事実なき「神話」であるにもかかわらず、さまざまな行政の施策に取り込まれ、人々の自由を制限し、コストを増大させる根拠となっていることだ。
たとえば、世の中で話題になり、行政も動いている「ニート問題」。これもまた、「不気味に変質する若者を放っておいたら、日本はどうにかなってしまうのではないか」といった物言いがなされるように、少年犯罪の急増、凶悪化を前提とした治安悪化神話と関連していると考えられる。
一体どうして、これほどまでに治安悪化が信じられているのか。
「治安悪化神話」。
メディアの特性上、どうしても「珍しい事例」を多く報道することになる。
実際の数字を検討すると、世の中の印象とは裏腹に、治安は悪化していない。
悪化しているのは、治安ではなく、事件をめぐる報道や受け止め方だった。
そのせいで、めぐりめぐって社会的弱者がひどいめにあっている。
消費者はムダに「警戒コスト」を払いまくっている。
当該書『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』は去年末に出ている。
これ、報道関係に、けっこう深く静かな冷や水になったりしなかったかい?
それらと関係があるかどうか。
今年、日テレの『ザ・ワイド』が打ち切られた。12年前、オウム事件や阪神淡路の震災を流しまくっていたあの番組。
ほかにも、異常な事件の顛末を微に入り細を穿って不安を煽りまくるような報道は、減っているような気がする。
ザ・ワイドが無くなっただけでもでかいし。

治安悪化神話は、宝くじに似ていると思う。
ひところ流行った「100人の村」ごっこもかぶってくる。
【治安悪化の百人村現象】
世界のみんなを100人の村にしてみれば。
そんなタイプの換算が、今世紀に入ってからなんぼか流行っていたよね。
100人という設定には、ロビン・ダンバーというイギリスの学者さんが、前世紀末に進化心理学のからみで提案した”マジック・ナンバー”が影響している。

『ことばの起源:猿の毛づくろい、人のゴシップ』 ロビン・ダンバー著 青土社 1998(原著1996)
●ヒトは集団生活をしながら進化してきた動物だ
●ヒトの生き死ににもっとも重要な情報は、仲間の情報だ
仲間とうまく関係を保てないと、生きるのがしんどいことになってしまう
●サルの研究では、どうも関係者の範囲として処理しきれるのは100〜150人ぶんくらいらしい
●実際、現実のヒトお付き合いでも「誰がどんな人で何をして誰と」のような情報を把握しきれるのはだいたい100〜150人くらいであるらしい
参照:
でもって、ヒトの頭ん中は、すんごい稀(まれ)な珍しい情報が入ってきても、うまく正しい割合で認識できるようにはなってない。最低限100分の1くらいの大きさに見えてしまったりする。
例えば、ペットボトルのキャップを一個わたされて、上の面にマジックで「面積の100000000万分の1の点」を描け、と言われても、絶対無理。マジックではボタッとでかい点しか描けない。
「100000000万分の1の確率」で当たる宝くじだ、と言われても、頭の中では取扱最低限の量「100分の1」ぐらいに、印象が変換されてしまう。
「100000000万分の1」のレアなケースを10回聞かされたら、それは脳内変換上では、単純計算で100分の1の10倍、すなわち「10回に1回」という高確率で発生するような、どえらい印象になってしまう。

ごく単純化した話だ、でも、そんな過剰増幅効果が、「珍しい話」にはつきまとう。
こんな、「宝くじ」めいた錯覚のしくみが、治安悪化の錯覚を起こさせているのかな。
毎日報道される珍しい事件、はるか遠くで起きためったにない悲劇。
ヒト脳の印象処理からすると、そんなのは過剰入力だし、実際の危険度からはかけ離れた危険感を植え込まれてしまう。
危険を感じると、自然に不安感情(回避せよアラート)が発生する。ヒトはなんとか不安感から逃れようとして、危険を避けるための涙ぐましい努力を始めてしまう。杞憂であっても、勘違いであっても、不安があるからにはなんとかせずにはいられない。
はたから見ると、実際の危険度に見合わない警戒は、たいへん無駄な行動だったりしうる。
(ケータイでお子さんの居場所が分かります/防犯カメラで犯人がわかります/セキュリティを/防犯商品を/安全を買いましょう!)
いやいや、コストがかさむだけなら、まだいい。過剰な努力を重ねて気がすむのなら、+安全でとっても安心だ。
でも実際は、それらの過剰な警戒は、安全を増加させるどころか、弱者の安全を奪っているのだという実態を、
警戒をすると、弱者が不幸になっていく?

【刑務所しか救ってくれない】
治安の良し悪しとは、すなわち、他者への信頼が成り立っているかどうか。
いつなんどき不審者に襲われるやもしれないと思い込まされると、ヒトはすぐ(警戒・攻撃ホルモン)テストステロンを出して「俺にそんなことをしてみろ、ごっつい後悔させたるわい」「そんな異常な人には今すぐ出ていってもらいます!」的威嚇行動をふりまわすようになる。
ちょっとでもハンデやアノマリーさを持っている人間は、たとえ「弱者」であっても「異常な人」として排除しておかないと気がすまない。そんな状態が、福祉がしょぼしょぼな社会に発生してしまったら、
雇ってもらえない
部屋を借りられない
保証人も見つからない
これでは食べていけない!
彼らが生きていられる場所は、露天生活か、刑務所か、さもなくば死か。
p.198 元気な受刑者はどこにいる
刑務所の現実は不自然極まりない状態であった。
一部学者やマスコミによると、受刑者が増加しているのは、治安が悪化し、犯罪が増加・凶悪化した結果であるとされている。ならば、「治安の最後の砦」である刑務所には、治安悪化をもたらした犯罪者があふれていなくてはおかしい。
しかし、現実には、元気な受刑者はほとんど見当たらない。
健康でありさえすればできるような作業に従事させるための受刑者すら見当たらず、ほとんどの受刑者が何かしら作業上の支障をもたらす問題を抱えていた。
●「拘置所も刑務所も受刑者であふれかえ」っているのに、所内作業ができる囚人がいない。p.190
●なぜなら「受刑者のほとんどが、作業をする上で支障となるハンディキャップを持っている」から。p.192
p.214
刑務所は、「治安の最後の砦」ではなく、「福祉の最後の砦」になっている
刑務所には、決して受刑者を拒否できないという特徴がある。
何らかの罪を犯し、裁判所で判決を受けた以上、「あなたは、ここにはふさわしくないし、十分な手当てもできないから、福祉事務所か病院に行ってください」と追い返すわけにはいかない。何があっても、決して受け入れを拒否したり、たらい回しをすることができない。
それが刑務所に与えられた使命である。
こうした場所は、社会の中で刑務所しか存在しない。
どのような受刑者であっても、正式に釈放の日を迎えるか、または死亡するまで面倒を見続けるほかない。受刑者が死亡した場合には、できる限りの手段を使って親族を探し出し、遺体または遺骨を引き取ってもらう。
●刑務所の「過剰収容は治安悪化の結果ではなく、治安悪化「神話」の帰結」なのだ。p.238
世間で働けないから、世間に受け皿がないから、犯罪をおかすしかなく、刑務所に避難するしかなかった。そんな人たちをたくさん生んでいるのは、「変な人」を不当に恐がる歪んだ世界観ではないのか。
では、安全感が増すと、「かわいそうな人々」は刑務所に掃き溜められること無く、暖かい社会の中で、しっかりした福祉を受けて暮らすことができるようになるのだろうか。
世の中の幸せは、自分の身の安全を優先すると、逆に減ってしまうんだろうか。
「役に立たない」からと社会が排除してしまう人たちを救いに行けば、世の中の幸せは増えるだろうか。
「信頼社会」を語る社会心理学は、なぜ答を説きに来ない。なぜ山上から降りてこない。
研究者は何をやっているのか
と歯がみしてしまう。
期待をしてはいけないのだろうか。
研究者がものする成果は、まだとうぶん「基礎研究」でしかないんだろうか。
野に降りて、訓を垂れよ。
追記:
2008/01 【日本語記事】毎日新聞 認知症受刑者:処遇に課題
刑務所・労役困難、介護もなし/医療刑務所・治療不能…
http://mainichi.jp/select/science/archive/news/
2008/01/05/20080105ddm041040094000c.html
福岡刑務所:03年に185人だった65歳以上の高齢受刑者は、07年10月1日現在で261人と急増。最も多い罪状は窃盗罪で、再犯率も1人当たり9・5回と全体の4・1回を大きく上回り、出入所を頻繁に繰り返すケースも後を絶たない。
同刑務所の花岡栄次調査官は「社会で行き場を失った高齢者が何度も刑務所に来る。高齢化に伴い認知症の受刑者の増加も予想され、介護機能のない刑務所での対応が課題となる」と話している。
◇法務、厚労省で対策を研究中
法務省は今年、大分、広島、高松の3刑務所でバリアフリー化など戦後初の高齢受刑者対策に乗り出す。一方で、全国の認知症受刑者数を把握していない。ただ、知的障害・認知症対策については厚生労働省と共同研究を進めている。
2008/03 【日本語サイト】日本テレビ系列 NNN ドキュメント’08 「塀の中の要介護者」 制作=福岡放送.
>塀の中の介護は職員だけでは間に合わず受刑者も看護係として手伝う。
>福岡刑務所では去年、社会福祉士を採用。
>受刑者に出所後の受け入れ先を斡旋する。
>しかし窃盗や無銭飲食を繰り返し、刑務所に戻る高齢受刑者は多い。
2008/03 【日本語記事】読売新聞 <犯罪に巻き込まれる>不安70%…読売世論調査
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20080330-567-OYT1T00521.html
2008/07 【日本語記事】朝日新聞 刑務所、進む高齢化 居場所求め「出戻り」も
http://news.goo.ne.jp/article/asahi/life/K2008070301660.html
一般刑法犯全体に占める60歳以上の割合は、30年前には3%だったが、06年には18%に増えた。
65歳以上の初犯は47%が1年以内に罪を繰り返す。
10回以上の「多数回再犯者」における60歳以上の割合は4割を超えた。
法務省は今年度中に、広島、高松、大分の三つの刑務所にバリアフリーの「高齢者専門棟」を初めてつくる。

【追記:自分で自分の首を絞める民意の時代】
2008/06 追記
『現代思想 vol.36-1 2008年1月号 特集「民意とは何か」』 青土社 (2007/12)
「民意の時代」 萱野稔人+森達也
森:
最近僕の知り合いのアメリカ人とドイツ人が立て続けに日本に来たのですが、テレビニュースを見て同じようなことを言っていました。なぜニュース番組でラーメンや寿司のランキングをしているのかということと、なぜ事件報道ばかりなのかということです。つまり殺人事件のニュースばかりですよね。おそらくフランスでも、これほどの事件報道はされていないと推測しますけれど。
萱野:
ほぼゼロです。
森:
日本だけですよ。妻が保険金目当てに夫を殺したというニュースで大騒ぎをするのは。もちろん事件報道も、特異性があるとかこの社会にとっての教訓が大きく含まれている場合にはするべきです。でも少なくとも誰かが誰かを殺しただけで、これほどに大騒ぎをする理由はない。だから僕の友人は、日本に来たらまるで国中で人々が殺しあっているような気分になると言っていました。その結果としてセキュリティ意識が高まっていく。実際には犯罪は全く増えていないし、殺人事件の件数も戦後のピーク時に比べれば半分以下に減少しています。犯罪率は五分の一に低下している。でも体感治安はどんどん悪くなってきている。そこにはメディアが大きな媒介になっているわけで、 −− これはラーメンや寿司も一緒ですが −− 視聴率を取るためですよね。一度不安や恐怖が広まってしまえば、人びとは危ない、怖いということに反応するようになってしまうから、その結果としてメディアとの相互作用の中で民意が変わっていく。
[〜中略〜]
森:
彼らも言っていましたよ。意味ある事件ならばやるべきだが、誰かが誰かを殺した事件に何の教訓があるのだと。それならば、ニュースの時間は有限なのですから、今日国会で討議されたこととか、イラクで何があり、あるいはスーダンの虐殺はどうなったのかとか、知るべきことは他にいくらでもあるはずなのに、なぜ保険金殺人事件でこれほどに貴重なニュースの時間を使うのかと。
秋葉原の無差別殺人事件や、通り魔のナイフ殺傷など、2008/06現在の目もあてられない報道のありさまに、「日本の報道の延髄反射ぶりはなんなのだろう」と上掲文面を張っておきます。
実際、欧米のメディアとどう違うのかをさしおいても、無差別殺人事件のやたら詳細な報道は、犯罪抑止効果や視聴率アップなどのプラス面より、
・犯行という「晴れ舞台」を広く教示する
・不安を醸成し、全国の視聴者を苦しめる
そんなマイナス面のほうが、全体から見た幸福度の損壊のほうが、大きすぎないか。

へぇボタン:へぇ〜
と押してみるもよし〈浜井浩一〉龍谷大学法科大学院教授。臨床心理士。


『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』 浜井浩一、芹沢一也 (著) 光文社新書 光文社 (2006/12/13)
『犯罪統計入門 犯罪を科学する方法』 浜井浩一 (著) 龍谷大学矯正・保護研究センター叢書 日本評論社 (2006/01)

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