[ EP: 科学に佇む心と身体 ]

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文化心理学からベーリンジアを望む:後編

カテゴリ[科学に佇む2007年] 2007/11/15
 文化心理学に見る螺旋族と反螺旋族。

●画
 アメリカでは、ハッピーだと感じればそれはハッピー。いくらでも無限のポテンシャルを見る螺旋(らせん)族。開かれた系だ。「おれさま」だから、どこにでも行ってしまえるから、開かれているから、周囲を気にしなければならないほど逼塞(ひっそく)していないから。

 日本では、幸福は不幸も招きうるという観点が入ってくる。盥(たらい)の中の資源は限られている、何かが過ぎれば、何かが被る。にっちもさっちもアンチスパイラルな閉じた系。「おかげさま」に揉まれて暮らして、周囲との関係がうまく行ってないと、あとのしっぺ返しが恐い。逃げ場が少ない逼塞した世界。

 以上、→ 『 前編 』 のおさらい。


 「おれさま文化」と「おかげさま文化」。
 これは雨崎が便宜的につけた呼称なのだけれども、そんな「おれさま文化」と「おかげさま文化」の違いは、どこから来たのか。なぜ維持されてきたのか。

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アンカー【国だけじゃない、地方も身分も・・・】


 どんな環境が、どんな人間を作る文化を、作るのか。

 この文化が生む心理の差は、「アメリカ vs.日本」とか、「西欧 vs.東洋」とか、そんなでっかいくくりに限った話じゃない。
 「東京 vs.大阪」、「関東 vs.北海道」、「アメリカ南部とアメリカ北部」、そんな国境無関係な細かい地方区分でも、ヒト心理への文化環境影響が明確に観察できる。

■社会階層によって異なる文化や規範
 アメリカ内部だけでも、地域や階層しだいで差異が見られる(Plaut, Markus,& La-chman, 2002)
 学歴によっても差異がある(Snibbe,&Markus, 2005)  【1】


 地区環境に限らず、学歴や階層でも、文化規範は異なっている。
 そんなことくらいは、わざわざ研究されなくても経験則で「違っていそうだ」ってことはあたりまえなんだけれども(鳶職人と慶応教授とまんだらけの店員は、それぞれ大幅に異なる文化規範の中にいることが予想される)、でも確実に何かを言うためには、あらためて厳密に検証しておく必要があるらしい。

アンカー【信頼関係が薄いと威嚇する】


 治安の良し悪しが、住民の素行や感情反応に影響を与える事例。
●右画
●対人様式の文化差
 アメリカ南部の男性は、北部の男性に比べ、侮辱されると攻撃的に振る舞いがち
(アメリカ南部の「名誉の文化」Nisbett,&Cohen,1996)
 南部男は、北部の男性に比べ、侮辱を受けたら他者からさげすまれると想定する度合いが強い
(Cohen, Nisbett, Bowdle, & Shwarz,1996)
 侮辱に暴力でお返しすれば、自分の評判が良くなると想定する度合いも、南部男で顕著
(Vandello,&Cohen,2004)  【1】

「侮辱された男性被験者の唾液に含まれるテストステロンの濃度を測定したところ,南部出身者の方が他地域出身者よりも有意に多かった」
(Nisbett&Cohen,1996〕 【3】 p.245

 文化環境の情報が、感情が、体内のホルモンバランスも変えるんだ。

... 以下つづき...

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 アメリカ南部は、広大な農地にまばらな農家。
 放し飼いのウシ、どこからともなくあらわれるヨソモノ、夜闇に乗じた家畜どろぼう・・・
 法の力が弱く、治安が期待できない無法地帯では、行儀の良さは役に立たない。「何かあったら報復するぞ!」と理不尽な力を誇示して自分の財産を守るポーズ(威嚇行動)をとらないと、自己防衛できない状態におかれがち。

 人間は、しょっちゅう「この場では世間的にはこうふるまったほうが有利だろう」と判断をしいしい生きている。中には、実際にはそうふるまっても有利ではなくても、その文化では「この場では世間的にはこうふるまったほうが有利だ」とメンバーが思い込むような風潮ができあがっていたりする。
 世間が期待する「どうあるべきか」をどう想定するか、それも文化しだい。

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アンカー【資源や空間の発展可能性】


 居住区の小ささが、住民のありように影響を与える事例。

 沖縄県の小さな孤島、久高島の人は、生まれた子に
「あまりえらくなってはいけない、普通であってほしい」 p.31
と願をかけていたという。
 → 『 島の魂の原郷 沖縄久高島 』 p.31

 現代人の発想ではとうてい考えられないことかもしれないが、しかしこの願い詞は、絶海の小島の、のっぴきならない状況で、長い、長いなりわいの中から生まれた、重いものである。久高島では生きていくための形が決まっていて、生まれた子供はその生活の形、価値観にそって成長すればよく、はみ出したら不幸になると考えられていた。

 資源が限られている孤島では、成功してねたまれたり、下手して嫌われたりしたら命を失いかねない。波風を立てない、集団になじむことが、サバイバルに必要な条件として立ち現れてくる。

 「シマが完結した世界であるという意識 p.22」の中に生きている。
 資源が限られている孤島では、人口が増えすぎるとみんなが飢えに苦しんでしまうのが目に見えている。
 昔々の与那国島では、村民の合意の上で、おりおり口減らしをして人口の調節をしていた(人数を減らす目的で村民を殺した)という伝説が伝わっている。
 → 『災害と超合法殺人「人桝田」トゥングダ』
 島の環境では、資源も食べ物も限りがある。
 限られた世界で、みんな顔見知り。
 無法行為の脅威も小さいので、威嚇も誇示も不要。男の権力は強くない母系社会。

 資源が限られ逼塞(ひっそく)した社会では、他人から疎ましく思われたら命が危ない。内地であれば、村八分、追放、人身御供(ひとみごくう)。
 島であれば、追放=死。
 閉じた盥(たらい)の中、「偏らないように、突出しないように生きる」。誰にも迷惑にならないよう、人間関係に細心の注意を払うよう。
 これは「おかげさま文化」だ。

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 では、逼塞していない環境ではどうか。

アンカー【文化のるつぼと豊富な空き地】


●〜北海道 北海道は、内地(青森以南の本州・四国・九州・・・)とは違う文化色を持っている。
 一言で言えば、おおざっぱ。

 内地から北海道に移住するとけっこうぎょっとするんだが、「北海道はなんて開けているんだ! 内地はなんて逼塞していたんだ!」 これは風景や町だけの話じゃなくて、心の話なんだよ。
 内地は、どこを見ても、どこに行っても、見える限りのものには人間の手が入っており、何かをされつくし、限界まで使われ、密集し、定まりきっていて、余地がない。過去が稠密に堆積する圧迫感だらけ、とにかく逼塞感できゅうきゅうだった。

●〜北海道 北海道は、なんもない。
 しばりない、気にしない、空き地豊富、手つかず、放置、やりっぱなし。かなりの下層階級や旧市街区でも、内地のような古漬けクラスの逼塞感は見あたらない。入植によって、歴史が断絶していることもあるのだろうけれど、どうにもこうにも開放系。
【6】 p.153
注1)Kitayama, et al.(2005)では,日本人参加者をさらに3つの下位グループに分類している。すなわち,京都大学の学生,北海道出身の北海道大学の学生,北海道以外出身の北海道大学の学生,の3グループである。このうち,北海道出身の北海道大学の学生はアメリカと同じ帰属のパタンを示すことが報告されている。

 むべなるかな。
 アメリカも、北海道も、移住者が開拓に使った土地だ。北海道は、九州から鳥取から秋田から広島から、さまざまな地方(県民性)のものが、わたわた寄り集まってばらばらに町を形成してきた。
 内地の各地では、土地それぞれに「この場では世間的にはこうふるまったほうが有利だろう」という合意の想定がきっちり醸されているので、それに従って逼塞していればどうにかなるのだが(もしくはつまはじきにされるのだが)、北海道では文化が一枚岩ではないので、「この場では世間的にはこうふるまったほうが有利だろう」という合意の想定が、無理め。そこに逃げ場も資源もなんとかなりそうな余地と開放感が加わって、その結果、いきおい、気にしない、かまわない。

●〜北海道 「おれさま」的おおざっぱさで「どうにかなるっしょや」と直線的・開放的に考えるケースが比較的多いのが、ドサンコ気質。

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 おおざっぱさには遺伝子が関わっているという話もある。

アンカー【新奇探求性向】


 旧来の土地にたごまっている人々の中から、新しい土地にぞろぞろっと大勢が流出していく場合、「とどまり組」より「流出組」のほうが、なんぼか「新しいものを恐がらない」「楽天的にものを見る」傾向が高めの人たちが多くなると予想される。
 少しでも「**の傾向」が強めになると、お互いの間の常識が影響を受けて(相乗効果で)変化して、かなりさまがわりした文化規範を作っていくことがある。
◆表紙テリー・バーナム/ジェイ・フェラン著 「いじわるな遺伝子 SEX、お金、食べ物の誘惑に勝てないわけ」 日本放送出版協会 2002年 
p.109
 こうした人々に特有の遺伝子を、メディアは"新しいもの好き"遺伝子と呼ぶ。最近の研究によって、ある集団内にこの遺伝子をもつ人々がどれだけいるかと、その集団の移住距離とには密な関係があることが証明されている。人類は最初アフリカに発生し、その後世界中に移住していったことを思い出してほしい。その移住先の中で、いちばん遠かったのは南アメリカだ。人類はアフリカからアジアを通り抜け、陸の橋を渡って北米にたどり着き、そしてはるばる南米までやってきたのだから。
 南米の先住民は、何千年もかけて移動に移動を重ねてきた人々の子孫だ。そして、これら南米の人々の三分の二は、先の「新しいもの好き」遺伝子をもちあわせている。この率は、どの民族集団と比べてもいちばん高く、四人にひとりしかこの遺伝子をもちあわせていない現代アフリカ人やヨーロッパ人と比べて格段に高い。

 北海道人もこの新奇探求性向が遺伝的に高めじゃないかと某所で話をふったことがあるんだが、誰も調べていなかったのか、当時は却下された。
 社会心理学者に振ったこともあるが、「社会心理学(+ゲーム理論)だけで行ける」と却下されたような気がする。遺伝をからめなくてもやれるのであれば、さしあたりそれはそれで、データ的にきれいでいいんだろうけれども。

 まあ、どっちにしろ、北海道人が「新しいものに対する抵抗感が薄い」ことはよく知られており、新製品のパイロット版リサーチなどに、札幌はコンパクトでデータを取りやすい都市として重宝されている。
 → 『 負け犬日本人? 北海道人は「新しもの好きでおおざっぱ」 』


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アンカー【文化心理学からベーリング陸橋を眺める】


 前段でちらとゲーム理論の呼称を出したところで、2つ、ヨソから持ってきた気になる話を文化心理学話にフュージョンしてみたいんですが。
 一つは、進化(物事の趨勢変化)をシミュレーション(+ゲーム理論)で解明する人工生命研究の視点から。
◆心はプログラムできるか
 『心はプログラムできるか 人工生命で探る人類最後の謎』
  [サイエンス・アイ新書]
 有田 隆也 (著)
 ソフトバンククリエイティブ (2007/8/16)

(進化の過程で、伸びないたごまり時期と、ジャンプアップする時期があらわれる現象について)
p.124
1 学習で適応度を増加できる個体が適応的であり、近傍をなるべく広く探索する個体が広まる
2 適応度が上がっていく(頂上がありそうな)方向が定まってくると、その方向に関係ない遺伝子座の可塑性は適応度に寄与しないので落とし、指向的探索のための可塑性は逆に増やしていく
3 集団のほとんどの個体がある山の頂上近辺にたどり着き、学習をしなくてもみなが高い適応度を得られるようになると、学習のコストが表出するので、遺伝子型が山の頂上に近いものが徐々に増加していく
4 集団が山の頂上にたどり着いた後は、学習は基本的に頂上から落ちてしまうような突然変異の起こった個体の適応度を上げるために使われるようになる

 もうひとつは、人類の新大陸到達について。
ベーリング海峡で一休みのあと、ダッシュ
2007/10 EurekAlert Researchers posit new ideas about human migration from Asia to Americas
 人類はアメリカ大陸に渡る前に、突然変異が溜まってアジア系から分岐するほどの長い間、Beringia:ベーリング陸橋(ベーリンジア)にとどまった
 その後一気に北から南までアメリカ大陸に広がっている


追記:
2008/02 National Geographic New World Settlers Took 20,000-Year Pit Stop
アメリカ大陸へのヒト拡散は、時代を違えて3回起こった
 それは、ベーリンジア陸橋たもとでの、20,000年もの長きに渡るたごまりをも含む
 一度に4500人規模の渡りも行われた


 雨崎的表現に書き換えると、

1:新しい環境に置かれると、元気な個体はその環境でトクをするような方向にいっせいにワッと流れる。(イス取り合戦だ)
2:ゲットできるイスがツバ付けられ尽くして、あともう何かできそうな余地がなくなると、みなだんだん「同じような存在」に均質化する方向に流れていく。(もうほかに新しいイスはないんだ、仲間はずれにされてイス壊されたらヤバイじゃん)
3:新展開の可能性が少ない場合、お互いの中での安全さをアップさせるために、「ふつうで、ねたまれない良い人」たちになっていく。その逼塞(ひっそく)環境の中、ひそやかに進む現象は、「ふつうの範囲からははずれないけれど、見た目ふつうの状態のままに実力をマックスまで溜め込むことができる”能ある鷹”」の増加。みんな同じイスを持っているけれど、その使い方や技巧が限界まで異様に精緻に洗練されていってたりするわけだ。
1(に戻る):新しい環境が開かれると、能ある鷹がここぞとばかりに爪を出し、可能性を求めてハイリスクハイリターン方向にいっせいにワッと飛び出していく。

 そんな感じだろうか。
 これを、日本にあてはめれば「長期鎖国状態の爛熟江戸時代のあとに発生したジャンプスタート」?
 ●→ 『江戸時代の心はプログラムできるか』

 これを、ベーリンジアの人々:アジアからアメリカ大陸に渡った古代人類にあてはめれば、ベーリンジア手前のにっちもさっちもいかない「はじっこの土地」に永くとどまって逼塞していた民がいた(お江戸のようにそこでの可能性を使い尽くし能力がマックスに爛熟していた)。
 海水位が下がり、ベーリンジア陸橋が開けると(ベーリング海峡が陸続きになった状態)、ベーリンジアを渡って北アメリカから南アメリカまで、能ある鷹たちが地球規模で一気に新大陸を駆け抜けていった。

 新しい土地を、求めまくって、はるばる南米の果てにまで到達したインディオたちは、世界的にも遺伝的に新奇探求傾向が抜群に高い遺伝子を持つ体質であることがわかっている。アメリカ合衆国に数百年前入植した人々も、旧世界に残った人々よりはなんぼかチャレンジ精神が高い遺伝子の人々だったんだけども、アメリカン・ネイティブの遺伝子はその入植者以上に新しもの好きだった。
 そんなトップクラスに革新的な「新しもの好き」遺伝子の民なのに、現代世界では、アメリカン・ネイティブたちは「おれさま」アメリカ合衆国とは全然違う、保守的な「おかげさま文化」を形成していたりする。
■集団主義国(ブラジルやベネズエラなど)では、恥や罪悪感はそんなに深刻には扱われない傾向。(Wallbott&Scherer,1995) 【5】

 アメリカン・ネイティブが南米に到達してから、もう数万年(あれ、数千年だっけ?)の時間が経っている。到達しつくし、次に向かえる土地のないまま、永い逼塞生活を送ってきたからだろうか、今では、開拓者気質の文化ではなく、日本本土的な「集団主義」「恥の美徳」「まわりに合わせる」文化になっているんだそうな。

 文化の違い。世界観の違い。
 環境が、変えていくのかな。
 可能性が、変えていくのかな。
 環境変化の可能性の有無が、文化に、そして人間の性格や行動、世界観に、意識自体に、影響しているのかな。

 自分は、世界でできている。

挿画


 まだほんの数百年の歴史しかない、ウブウブなアメリカと北海道。
 数世代前の開拓者気質が、まだ色濃く残っている。
 そのアメリカも、北海道も、そのうちいずれ心や資源の余白を使い尽くし、開拓の余地を失って、日本の内地のように、さらには久高島や与那国島のように、逼塞して仲間の顔色に縛られながら生きる文化になっていったりするのかな。

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 日本の文化心理学については、こんなブログを拾っております。この先の展開を楽しみにしております。

リンク 2007/11 自己概念を用いずに西洋の自己高揚と東洋の自己批判を説明:YamaHiroshiの研究日誌



引用した各書籍に関する個別エントリ
 ・『アンドロイドの「不気味の谷」と感情の科学』

 ・『感情心理学史と表情認識の日韓差』

 ・『集団生活の論理と実践:心理学〜人類学』





メタル

[カテゴリ 科学に佇む2007年] : 2007年11月15日 
* * *

→ 上掲のお話についてのコメント

2123 #- コメントアンカー oota さんのコメント 【2008/04/09】

口減らし、村八分。。
たしかに島の現実として重要な要素ですね。

開放型社会は、本来侵略型ともいえるかもしれない。流民の論理。

資本主義と近代自我。個人という幻想。

K島の地割制度と島という存在に同化したあいまいな自我。

自我というもののあり方と、聖性のあり方。

脳化する社会ってフレーズがありましたが、そういう見方で島の地図をみると、身体を伴った社会構造をもっているようにみえます。(なんかうすっぺらな言い方ですが)港から島の10分の1くらいの面積に集落がおさまっていて、現世とそうでない側を区切る道があって、そうでない側にうたきやお墓や森がある。(そっち側は基本的に立ち入り禁止)

なんとなく、意識と無意識やら脳と身体やらのありかたがそのまま具現化しているようで興味深くおもいました。

なにやらとりとめなくてすみません。

2359 #cKjIa1.Y コメントアンカー amasaki さんのコメント 【2008/04/09】

いえいえ。
ヒトは脳内を現世に投影して生きています。
同胞と共有する概念も投影して、社会を作っている。
http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-882.html
脳内でできた意味の配置を、周囲の環境や世界にもあてはめる。
そして、脳内の意味の配置は、周囲の環境に大きく左右される。
どれが元でもない、相互作用のあやですよね。

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