そんなうたい文句で売られていた本だった。
たしかに想像は超えているのだが、そうは言われても、一般の人にはその世界は(痛々しすぎて)想像しきれないかもしれない。

『知られざる日本の恐竜文化』 祥伝社新書 金子隆一 祥伝社 (2007/07)
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コストパフォーマンスはたいへんナイスです。本体800円で、けっこう第一章だけでもその価格に見合いそうなおいしい話をいただけます。
全然もうからないのに巨額の金がかかる恐竜展。
展示企画とフリーライターの悲しい力関係。
主催側と展示業者の思惑食い違い、すれ違い。
●第一章
恐竜展や化石展示で観察されたなさけない展示例について、悲惨なケースについて、書き連ねてある。恐竜はもうからないし、恐竜商売は成り立ちにくいし、見に来る人間も祭や夜店的イベント感覚で来るだけであって恐竜の知識をさらに深めていく方向には行ってくれない・・・云々。
展示側も恐竜について無理解たること多々、平気でデタラメな記述のまま展示してくれたり、みごとな標本を展示する機会に恵まれても、予算の都合でどんな意義がある化石なのか説明文を添えないまま展示されてしまったケースなど、コアな人ならではの視点で「こんなにひどい実態なのです」と述べ立てられ、読む側は「そうか、これはあかんやん、ひどい実態じゃん」と思わず引き込まれる。
第1章 「経済的側面から見た恐竜文化」目次:
恐竜マーケットという幻想
資本主義と相容れない恐竜オタク
恐竜展の仕込み方
展示骨格をいかにして作るか
恐竜展は本当にビジネスになるか
恐竜展は文化事業
科学的恐竜展を成立させる難しさ
恐竜を理解しない恐竜展主催者
恐竜展の展示を信用していいか
第一章は、一般人が思っている恐竜展示や恐竜学と、その内実は、ギャップがひどいですよという話だった。一般人的には、「え、そんなことされていたのか!教えてくれてありがとう」なところがあった。

では2章3章と、これから展示側の苦労や裏話がよりつぶさに語られていくのかな、と思いきや。
第2章以下、目次抜粋:
恐竜学界最強のゴジラ・マニア
テレビ番組の影響で恐竜の道へ進んだ人々
恐竜学はオタクの科学
恐竜に「萌え」ないのが恐竜オタク
突出する日本の恐竜アート「恐竜フィギュア」
科学的議論を拒絶する人々
目指せ!「恐竜プロデューサー」
オタクはオタクの道を歩むべし
ええっ。2章以降は恐竜オタクの話?!
... 以下つづき...

「恐竜業界は想像を超えた珍世界!」
たしかに、そうです。熱い筆致で、濃く、情熱的に「想像を超えた珍世界」が記されています。
海外の恐竜学者には超日本アニメ好きがいます、とか、ゴジラは恐竜として成り立つのか、とか、恐竜の造形スキルにしろ描画にしろ情報にしろ就職にしろ、恐竜層の厚みのない日本では将来に希望が持てない悲惨な現状で:つまり超コアな人々の居場所がしんどいよという話だったり、・・・なんか、コア過ぎて、微妙に痛い。
書名を「知られざる恐竜文化」と銘打っているけれど、・・・ちょっと一般人が知りたい方向の「知られざる」話ではないような気が。
おいてけぼりになる読み手が発生する気配。
「あ〜、こりゃ恐竜の世界の人と、まともに話できるんだろうか・・・」みたいな不安もよぎる。
けっきょく第一章は、世俗とは違った世界にいるコアファンが、マニアな視点で「一般向け恐竜展は失格だ」とくさしていただけなのか?
いや、ちらと書いてある、
p37
この件について情報を収集する間(その結果は残念ながらほとんどオフレコであったが)、筆者はあちこちで、恐竜展を開催することのリスクの大きさについて聞かされた。
書きたかったが、とうてい書ける状態(もしくは書ける力関係)には至れなかったということなのかな。
当該書の冒頭では、この本は「サブカルチャーとしての恐竜」について述べる本である、とことわりを入れてあった。どうやら、恐竜展示にまつわる取材の結果を書くことができなくなってしまったのでオタク話であと埋めました、という話でもなさそうだし。著者のフィールド(目指せ!「恐竜プロデューサー」)をまんま書いたらこう、オタクの王道のような話になってしまったのかな。
あ。裏事情めっけ。
2007/07 恐竜直言 知られざる日本の恐竜文化
元々は「恐竜ビジネス」というタイトルでオファーが来たそうだが、見た目の派手さほど恐竜業界は儲かっていないというか、商売にならないため、この内容になったそうだ。
そうかそうか、やはり路線調整が。

「恐竜ビジネス」というイケイケな本になるはずだったなごりが、あの第一章だったのか。

「サブカルチャーとしての恐竜」がおもしろい人にとっては、最初から最後まで一気に読み進められる本だと思う。学会の状況についてくさしてあるくだりもあるし、コアな恐竜ファンの声を代表&凝縮するような編みようの本なので、その手の人(古生物学従事者含め)にとっては「ウチワウケにクスリと笑う」本であり、はたまた拍手喝采の溜飲を下げてくれる一冊であり。
日本の恐竜学、現状は痛々しい。
では展望は。どうすればいいのか。どこから改善のすべがありうるのか、。
今後もずるずると、こんな感じのままなのではないか。日本の恐竜文化が欧米レベルに匹敵するようになれよと願いながらも「やっぱりそれはムリかなぁ p.263」そう書いてしまう著者。
p265
日本には恐竜化石は稀にしか産出せず、それを手に研究ができる恵まれた(政治地理的)立場の人も数人しかいない。社会は本当のところ恐竜学を心から必要としておらず、ましてやそれがビジネスにつながる可能性も永久にない。だが、にもかかわらず、日本にはすぐれたオタク魂の持ち主を生み出す豊かな土壌のみはたっぷりあり、毎年のように優秀な若手研究者を世界の学会に送りだしている。
ならば日本は精神的恐竜大国として、世界の恐竜論壇に君臨するような立場を目指すべし。
打開の暁光が見えない。どこか希望を見せようとして書かれた本なのだと思うのだけれど、見えないまま、あきらめたまま、こんな精神論で締めくくるしかない痛々しさ。
敢えて、この痛々しさを前面に出してドキュメンタリーを一本撮るとおもしろいかもしれない。
あれ? なんかそんなドキュメンタリーはすでにあったような、微妙なデジャヴが。・・・あ”。この流れで痛々しさを撮ろうとすると、既存の怪獣ものとなんぼかかぶってしまうのか。orz


当該書冒頭で、恐竜オタクたちはつながりあったムーブメントになれない、との旨、指摘がされていた。
今どき盛り上がりを見せている鉄道オタクたちとは性質が異なり、
p.16
恐竜オタクの場合、こことここを押さえればその動向が把握できるというような情報の流れの結節点がほとんどない。マイナーなジャンルであるはずの鉄道オタクの世界にさえ専門誌はいくつもあるというのに、恐竜オタクにはそれすら今はない。筆者が知るかぎり、あるのは複数の主要な恐竜ホームページ、そして、「恐竜倶楽部」という非営利の全国組織くらいのものである。
へえええと思って「恐竜倶楽部」なるものをぐぐってみたら、なにやら痛げなサイトがいくつかかかってくる。しかもそれ、上で言及されている「恐竜倶楽部」とは無関係なサイトであるらしい。
著者が言うところの「恐竜倶楽部」はサイトを持っていない。
お〜い。
できれば上本文に”「恐竜倶楽部」はサイトを持っていない”と書いておいてほしかった。同名の無関係サイトと混乱しかねない。
サイトがないって・・・
窓口が要らない? 『パグウォッシュ』とは別の意味で窓口がない?
もとより、よほどコアな人材以外はおよびでない世界なのかな。まあ、はんぱな恐竜ファンの扱いがめんどくさいのは想像はできるけれど。いや、えーと、例えばサイトの仕様。
過日渡り歩いた地学関係のサイトは、仕様が旧時代然としてはいてもまだ論理性や仕事ッぽさがあった。
恐竜系は、それらとはまたちがう、体裁はキレイでも、はしばしにあらわれる微妙な論理のひとりよがりっぽさ・第三者視点の把握不足が特徴的かなと。
もしかして恐竜かいわいが「ひとりよがり脳」が集いやすいジャンルなのだとすると、たしかにこれは、窓口をふつうに開けておくと、想像するだにコミュニケーション不能なしんどいトラブルが頻発しかねない。
うーん・・・
サイトがない本家「恐竜倶楽部」については、環境gooで一本エッセイが読める。
この記事「日付が不明」。最近だとは思うけれど、いつの話か明記なし。
こちらは忘年会のお話。あ、デスモスチルスだ!
『デスモスチルスってなんでこんな足…?』の、足先含めた復元図が掲載されています。

いつぞや、幕張メッセのサマーソニックに行ったのに、隣の恐竜博には行けなかったんだよな。
んー、いつかリベンジ。
追記:
恐竜倶楽部のメンバーからお言葉いただいております。
へぇボタン:へぇ〜
と押してみるもよし
![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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