
『三日で解決せよ 有珠山噴火現地対策本部長奮闘記』
増田 敏男 (著)
時事通信社 (2001/03)
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はんぱないおじいさんだ。
ものすごい行動力。
こちらは 岡ちゃん先生の表現力とはまた趣の違った、「政治力」に近い世界だ。
増田敏男(ますだとしお)
厚生労働副大臣・衆議院議員・元有珠山噴火非常災害現地対策本部長。
国土総括政務次官、有珠山噴火非常災害現地対策本部長、衆議院地方行政委員長、労働総括政務次官、厚生労働副大臣を歴任。
で、「有珠山噴火非常災害現地対策本部長」として避難指揮をお採りになった当時は71才ですよ!
戦時中もご存じな人生大先輩なわけで、その頃の経験も匂わせながら、いかに意欲的に危険を冒してでもどのような決断と行動を、とお話が披露される。大活躍。
●噴火しそうで危険すぎて飛べません、「でもヘリを飛ばせ!」。
見に行ってしまうんですね、上空から自衛隊のヘリで現地を。p28
●地震で本部の建物も壊れそうです! 移転などしているヒマはない、ここで対策を練る!
耐震性が心もとない建物だけれど、腹をくくって居座ってしまう。p33
●下水施設が壊れました! 若い者をさしおいてまっさきに地下三階の暗闇に駆け下りる。p124
このムチャ無鉄砲さ丸出しのような大胆かつやることはやる行動には、先だっての『にょろり先生』に近いものを感じさせられる。岡ちゃん先生とはまた別種の、一種ギャンブル性も感じられるような剛胆さだ。
いや、人命を書けてギャンブルをされても困る、この場合は人生経験・現場経験に裏打ちされた野生の勘に近いのか。
... 以下つづき...

●地形変化を観測しきれない!ならGPSを「三日で用意しろ!」p119
在庫がなくても今は緊急事態なのだ、100台くらいなんとかしろ!
●避難所の方々が、板の間にダンボールでせつなそうだ。「三日で用意しろ!」
避難所すべてに畳を敷いてしまう。
p73
畳の数は全部で何千枚にもなるだろうが、事は緊急を要する。「近くに札幌があるんだから、すぐに集めようと思えばできることだ。なければ北海道中から集めろ、できなければ陣頭指揮でおれが集める」
その語の関連記事 追記:畳ってホントに大事なんですね
避難所に畳は大事 体調に影響
2008/08 【日本語記事】時事通信 畳の有無で倍の差か
避難所2カ所で血栓比較−エコノミー症候群、岩手・宮城地震
北海道の大動脈まで「三日でなんとかしろ!」。
p.126
線路が曲がってしまっては列車を走らすわけにはいかない。その日午後の合同会議では、「あの橋は通ることはできない。しかし、鉄道のほうは三日で復旧してもらわなければいけない」と、また「三日理論」を持ち出して演説をした。理屈じゃない。短時間で修理しなければ北海道の経済がパンクする瀬戸際にあると考えた。
「三日でやれ!」。
人が動き、手配し、完了するまで三日。それを可能にする判断力と政治力(人を動かす力)があってこその、実行力発動指示だ。ひとつの企図のありようとして「三日で事態を激変させるべし」この目安設定はわくわくすると同時に、現場はパニック?
でもって、これだけバリバリやってくださる行政の人が71才でしかも頻繁に避難所の様子を見に来て下さる。お年寄りも全然しょげていられない。(避難所の方々に、71才だとはなかなか信じてもらえなかったらしい)
●陸海空総動員で厳重警備の元、なんとか一時帰宅や漁場のメンテを実現させるのだ!
p99-100
こうしてこれら一時帰宅などを決断された場合のバックアップ体制をつくるのが現地対策本部の仕事になった。岡田、宇井両教授の絶大な協力の下、観測体制と実働部隊の活動を組み合わせた陸・海・空の大オペレーションの準備が対策本部を挙げて進められた。特にホタテに関しては海の上だからといって安心はできなかった。一八二二年(文政五年)の有珠山噴火では火砕サージが海上を走り虻田町の一集落を全滅させた記録が残っている。火砕サージの発生の仕組みは、火砕流と基本的には同じだ。まず噴煙が上がり、それが崩れて火砕サージになる。さらに海の上に流れて何百度という熱風が吹くのである。だから、安全上どうしても上空から火山の専門家に火ロを監視してもらい、なにか噴火する兆候があったら地上の指揮所に連絡して中止しなければならない。漁船では秒速数十メートルになる熱風からは逃げることはできないのだ。
火砕サージ(高温の毒ガスが吹き下ろす)の恐ろしさはわかりづらいかもしれない。
火山が噴火しはじめたら、いつなんどきそこに「爆弾が落ちるかもしれない」、そういう恐さに近いかもしれない。いきなりザァッ!とあらわれて、その地域の人命と財産をあっと言う間に奪い去っていく、死のカーテン。
危ないと思ったときにはもう遅い、事前に逃げておくしかない、高速の死神。

●避難対象地域が広がった!よしJRから避難用の特別列車を出してもらえ!
「この避難作戦で、JRにはかなり無理を聞いてもらった。」p52
非常用列車は2便用意できたが、2便目は「避難完了後」で、結局一人も乗せることなく出発した。
火山の噴煙をバックに、人っ子一人いない駅から火山灰まみれの無人列車が出立していく。なんかそんな鬼気迫る絵が脳裏に浮かぶ。
【避難受け入れ先としての心構え】
どこに避難させるのか、もたいへんだったらしい。
『2000年有珠山噴火』p.122
この避難では、実はどこに何人収容するかなど詳細な計画はなかった。「とにかく危険地区から住民を避難させることを考えた」と、安危室の関審議官は言葉少なに語る。「そのために手厚い避難手段を用意した。もし無駄になっても、批判は甘んじて受けるつもりだった」。ヒト、モノを大胆に投入した強引なまでの総動員計画に、国の威信をかけた決意がのぞいた。
一万人が避難する。
避難に伴い、巻き込まれるのは被災地だけではないわけで、避難民をどこが受け入れるのか、避難先は受け入れの心構えがふだんからできていたのか。
周辺市町村に受け入れを要請しまくり、結果、避難民が来ないために、用意した6000人ぶんもの大量の食事を廃棄するはめになった行政区もあった。p.124
周辺市町村との連携の必要性が、あらためて強調される。どう段取りをつけていけばいいのか。尻拭いは二の次、そのあたりは政治の勘所も大きく働くだろうし。(外交まで含めると「日本沈没」が脳裏をかすめてしまう)

この本の特色としては、中身はともかく、体裁が、たいへん政治色が強い。
というか、政治の世界のお付き合いをまんまご披露なさるような、献辞、寄稿がぽろぽろくっついていること。
リップサービスというか、しがらみというか、寄稿の数々。
中身は政治色はあんまりないんですよ、体当たりの防災担当者の大活躍、みたいな冒険色強めのドキュメンタリーものなんですけどね。どうも、冒頭と末尾にくっついている寄稿・献辞の数々が、いえ、著者がたいへん偉いお方だということはわかります。でも政治家の著書ってふつうこうなんですか?
有珠山噴火直後に倒れられた小渕総理、その娘さんからの寄稿。
小渕総理に代わって総理の職に就き、有珠山の現場を視察なさった森喜朗氏(森元総理)からの寄稿。
p.250
最後にご多忙の中、玉稿を賜りました森喜朗総理大臣、中山正暉先生、野中広務先生、小渕優子先生、堀達也北海道知事、小笠原紘一胆振支庁長、菊谷秀吉伊達市長、長崎良夫虻田町長、山中漠壮瞥町長に御礼申し上げます。
おもしろいといえばおもしろいんですけどね、まあ、庶民としてはちょっと異世界のしがらみなのかなと。

【座って座って。それから耳を傾けて】
p.70
実際に避難されている人たちと直接話さなければならない。その日は、伊達中学校体育館を皮切りに東小学校体育館、コミュニティセンター、伊達小学校体育館、西小学校体育館、保健センターと回ったが、心がけたことが一つだけあった。
話をするのに、こちらも座って話し込むということだ。同じ目線で話をすることで、相手の言いたいこと、要望なども出しやすいだろうし、こちら側の誠意も伝えやすいはずだ。立って話をすれば、いいかげんに聞いているような印象をどうしても相手に与えてしまうことになる。国土庁をはじめ何人か随行してくれることになったが、座って相手の話を聞くようにと、これだけは厳命した。
医療や看護の場においても、相手と同じ目線もしくは、お互い座って、話をすることの重要性は再三指摘されている。
患者の気持ちがどうもわからない(もしくは無口な患者さんだな)と思っていたある日、ベッドサイドに腰掛けて話しかけてみると、その患者が滔々と思いや要望を話しだした。なぜ今まで話してくれなかったのかと問うと、「先生は忙しそうだったから」。そんなエピソードが「よくあること」として医療現場では語られる。
立っている状態、それがすでに「ここはさておいて次に行くところですが」という無言のメッセージになる。座る、それは「今ここであなたと面と向かうためにとどまっているのです」という態度の表明になるわけで。

【災害弱者@有珠山噴火】
ショッキングだったのは 災害弱者 の問題。
2000年の有珠山噴火の際、被災者のうち、条件的に恵まれた者が、他の条件が悪い人(お困り度が高い人)より、いい目を見てしまうケースがあったという指摘が。
『2000年有珠山噴火』p.126-127
避難所から避難所への引っ越しを四、五回も余儀なくされた人たちもいる。
[〜中略〜]
しかし、マイカー組が「少しでもいい場所を」と、我先に出発してしまったため、指示に従って昼すぎにバスで到着した人の中には当初、入所予定だった施設に入れない人が続出した。「言われたとおりにしたのに」「あっちもいっぱい、こっちもいっぱい。いったいどこに行ったらいいのか」。施設前で遅れて来た人と職員とが押し問答になる場面もあった。
バス組の人たちは、車を持たない高齢者や体の不自由な人、母子家庭などいわゆる災害弱者が多かった。腰の曲がったお年寄りがいったんスポーツセンターに運び入れた荷物を再び両手に抱え、市街地から離れた別の施設に移っていく姿は痛々しかった。
この指摘が記されていたのは、避難を指揮した有珠山噴火現地対策本部長の『三日で解決せよ』ではなく、北海道新聞社が著した『2000年有珠山噴火』のほう。
「「手厚い避難手段を用意した。もし無駄になっても、批判は甘んじて受けるつもりだった」。ヒト、モノを大胆に投入した強引なまでの総動員計画に、国の威信をかけた決意がのぞいた。(『2000年有珠山噴火』p.122)」
その、決意をのぞかせた避難計画は、無駄だけではなく、格差も覗かせてしまった。
この「格差」を、「無駄」とゴッチャに扱ってしまうような神経があったとしたら、災害非常時のやむを得ない瑕疵(かし)なのだとして扱ってしまうとしたら、まずいかもしれない。
国の威信をかけた決意が、かような細部にまで行き届くようになるのであれば。

この2冊の読み合わせはたいへんおもしろうございました。


『2000年有珠山噴火』 北海道新聞社 (編集) 北海道新聞社 (2002/07)
『三日で解決せよ 有珠山噴火現地対策本部長奮闘記』 増田 敏男 (著) 時事通信社 (2001/03)

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