9月はいろいろ科学な催事に出向いてまいりました。その後、書く時間がとれず、10月になってからうろ覚えで記すハメになってしまっておりますが、今回は「物理学と社会」。

今年はノーベル物理学賞を受賞した日本人二人の「生誕百年」ということで、各地で展示や講演会が催されています。
札幌では、北大で開かれた日本物理学会のスピンオフで、この講演会。

2007年09月23日
【札幌】日本物理学会
市民科学講演会
「科学者の社会との関わり:パグウォッシュ会議」
北海道・旧赤れんが庁舎2階会議室
観光名所、「北海道庁 赤煉瓦庁舎」の二階ホールで行われた。
たいへん風情のあるレトロさ、重厚さ。
科学史の話にふさわしい。
お話をなさって下さったのは小沼通二(こぬま みちじ)氏。
慶應義塾大学名誉教授、武蔵工業大学名誉教授。
元・日本物理学会会長。
前パグウォッシュ会議評議員。
小沼先生(元物理学会会長)は、湯川秀樹とも朝永振一郎とも親交のあったリアル語り部。「湯川秀樹 朝永振一郎 生誕百年」を語るには最適のお人なのだろう。
ところが、小沼先生はここ札幌で「湯川秀樹 朝永振一郎 生誕百年」がらみの講演を頼まれた際、
「科学者の社会との関わり:パグウォッシュ会議」
というお題で語って欲しい旨、頼まれたらしい。
パグウォッシュ会議とは何か。
... 以下、何が憂鬱なのか...

【パグウォッシュ会議とは】
今年は第一回のパグウォッシュ会議からちょうど50年なのか。
すべての核兵器およびすべての戦争の廃絶を訴える科学者による国際会議。
1957年7月7日、 [〜中略〜] 湯川秀樹、朝永振一郎、小川岩雄、マックス・ボルン、フレデリック・ジョリオ=キュリーら10カ国22人の科学者たちが集まって第1回の会議が開かれた。
パグウォッシュ会議 〜ウィキ

ヒロシマ・ナガサキの原爆投下から12年たった1957年に、「核反対」の科学者たち会議が開かれた。その第一回から参加した日本の科学者たちに、今年生誕百年を迎える湯川秀樹と朝永振一郎のお二方がいらした。
ゆえに主催者は、「科学者の社会との関わり:パグウォッシュ会議」というお題を用意した。
そして演者の小沼通二(こぬま みちじ)氏は、日本の元パグウォッシュ会議評議員であり、湯川秀樹とも朝永振一郎とも親交があったわけで、この50周年&100年の今年、彼に語らせずしてなんとしょう!なお人だったわけだ。
●といっても、実際の話は・・・
う〜ん、ごめん、湯川秀樹/朝永振一郎ファンではないので、お二方の人となりを楽しそうに紹介されるその光景を、そうかぁ、とただ右から左に受けとめる状態で。
パグウォッシュ会議(科学史だなぁ)についても、話者が柔和な雰囲気を厚くまとっているからか、ことの深刻さ重大さに震えることもなく、そうかあ、そういう経緯があったんですね、みたいな「よいお話でしたね」状態で終始したような印象が残っている。
が、「ぎょっ」とする瞬間は、ひととおりの話が終わった後にやってきた。


【パグウォッシュの憂鬱】
お話をたまわる時間が終わり、聴衆との質疑応答の時間がやってきた。
いろいろと、当時について、核について、放射性廃棄物についてなど、問いかけが出る中、一人の市民系の聴衆からこう問いかけが出されたとき。
「本日は、たいへん意義深いお話を聞かせていただいて、たいへん感銘を受けました。ぜひその『パグウォッシュ会議』に市民として協力したいと思ったのですが、どうすれば参加できますか?」
小沼先生の顔色が変わったんですよ。

覚えている範囲では、だいたいこのようなお答えをなされた。
「『パグウォッシュ会議』は、誰か一人が講演をしてみなが拝聴するというような会議ではなく、世界中から来た科学者一人ひとりが意見を述べあって合議するという形式を採っているため、参加者数はだいたい200人程度が限度なのです。
厳選された科学者数名が、各国からその世界会議に出向くことになるのですが、間口の狭さのせいで、良い人材、後継者が育ってきていない。
パグウォッシュ会議自体、報道されていません。パグウォッシュ会議に出席して、参加した科学者は宣言文や提言を日本に持ち帰り、報道は取材に来ます。でも載りません、日本では報道されないのです。
日本ではパグウォッシュ会議(科学者による核兵器廃絶会議)をサポートするシステムもできていない。ヨーロッパには(このあたりうろおぼえです、欧州にはローカルの会議がある、という話だったのかな)、アメリカではパグウォッシュ会議をサポートする数百人の組織ができあがっています。日本にはない。市民がパグウォッシュ会議(科学者による核兵器廃絶会議)に向けて働きかけをすることができる窓口が、日本にはないのです。」
柔和な先生が、ここだけは憤懣のこもった吐き捨てるような語気でお語りになられた。
彼が日頃抱えている焦燥の源、最大の問題点が、講演中ではなく、質疑応答時間の市民からの素朴な問いかけで表に現れた。
・・・彼はなぜ、講演の中ではこの点を語ろうとしなかったのだろう。
湯川秀樹と朝永振一郎における「科学者の社会との関わり:パグウォッシュ会議」というお題設定が、微妙に逆効果だったのだろうか。「昔の世代が貢献した」面を語ることを優先して、「今の世代が足止めを喰らっている」という話は主題からははずれるものだと判断して取り下げてしまっていたのだろうか。
市民講演会の場合、聴衆が期待するのは科学者生活的にツボな話を拝聴するだけではなく、市民としてその科学に参加できる部分はないかとさぐりに来ている部分がある。
小沼先生の講演は、講演後の「今の日本のパグウォッシュが陥っている社会との隔絶」吐露も含めて考えて、良いものをもらえたという感が強い。

2004年当時
来年2008年、5月に幕張で大きなイベントがある模様。
呼びかけ人のひとりに小沼通二氏
開催日時と場所

【50年前の雑誌求む!】
ところで、最初の『パグウォッシュ会議』に日本人達が参加したその前段に、『世界連邦運動』というものがあります。
戦争をなくすための世界政府を樹立させようと、世界の科学者・文化人たちが1946年に発足させた。
バートランド・ラッセル
アインシュタイン
シュバイツァー
チャーチル
湯川秀樹 などが賛同した。
大意:世界連邦運動 〜ウィキ
パグウォッシュの10年前、ヒロシマ・ナガサキや終戦からわずか一年目の時点。
ここにまず湯川秀樹が入っているわけです。
この湯川秀樹参加のきっかけは、当時、どこかの日本の雑誌に、湯川秀樹とドイツ側の科学者との、核抑止や平和樹立について言及した日独往復書簡が掲載されていた。その往復書簡を読んだドイツ側が「この人間はスゴイ」と白羽の矢を立て、『世界連邦運動』の発足宣言に参加するようお招きになった、という経緯があったとのこと。
で、ここで話者・小沼先生が、ほんわかした問いかけを一個お投げになられるわけですが。
「この当時の日本の雑誌というのを、ずっと探しているのですが、見つからないのです。
どなたか心当たりをお持ちの方はいらっしゃいませんでしょうかね。それらしいものをご存じでしたらぜひ連絡をいただきたいのですが」
あれ?
元物理学会会長であっても、探しきれないものは・・・まあ、あってもいいけど、これは「科学史」の人たちにもアプローチした上での「見つかりません」なのだろうか。だとしたら、これはいっちょ、先生「お宝鑑定団」で告知を打ってみてはどうだろう。
これそこまで(メディアを動かしてまでして)やってみる価値はあると思うけれど。
科学史研究者に打診していない状態なのであれば、まずは科学史の門戸を叩くべきだけれど。

はいそこの人、じいちゃんばあちゃんに尋ねてみて下さい。
終戦直後、ノーベル賞受賞者・湯川秀樹の往復書簡が載っていたっぽい雑誌を・・・覚えてはいないか。蔵に眠らせてないか。
将来実現する世界平和の最初の1シーンとして、永遠に残るものになるかもしれない雑誌です。



『「湯川秀樹 物理講義」を読む』 小沼通二 (監修) 日本人初のノーベル賞受賞者・湯川秀樹生誕100周年記念/湯川博士「最後の名講義」を高校生にも読める解説付きで再現!! 講談社 (2007/1)
『朝永振一郎著作集〈別巻3〉朝永振一郎 人と業績』 小沼通二ほか みすず書房; 新装版 (2002/02)
『核兵器のない世界へ A Pugwash monograph パグウォッシュ・モノグラフ』 ジョセフ・ロートブラット (編集), 小沼 通二 (翻訳) かもがわ出版 (1995/11)

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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