
『99%は遺伝子でわかる! 人生はどこまでプログラム済みか』
ティム・スペクター (著)
大和書房 (2007/08)
[ Amazon ] [bk1]
新刊情報の時点で、「おかしいぞ」と情報を集めたときのエントリはこちら。
著者に関する情報も置いてあります。
で、ここでは読後の感想を。
感想『
当該書
そのひどいも、著者ひどい出版社ひどい訳者ひどいのトリプル相乗作用が働いた上での「ひどい」。
内容に慎重さや上品さは期待しないで下さい。

●著者ひどいです。
細かい論点を「自分の都合の良いように」はしょって、ものごとを「決めつけてしまってかまわない」方向に誘導している。
進化心理学的記述もてんこもりです。しかもかなりゲビた書き方で。
... 以下つづき...

【ブレンダではなく?】
p.30に、「遺伝子が男らしさ女らしさを決める、教育では変えられない」の証左としてこんな話を挙げています。
性格は遺伝か、環境か?
1963年、アメリカに一卵性双生児の男の子が生まれた。
ユダヤ教の慣習である割礼の手術を受けるために、2人は生後7ヵ月で入院したのだが、双子のひとり、Jの手術は失敗してしまった。なんと、電気焼灼器による医療ミスで陰茎の大部分が焼け落ちてしまったのだ。
外科医は両親に新しいペニスを作るより、その部分を女性器に変えたほうがいいと勧め、何度か長い手術をした結果、彼は女の子として育てられることになった。ところが彼女は、いつも立ったままおしっこをしたり、ズボンをはいて木に登ったりしていたため、友人ができずにいた。
14歳になり、彼女はそのことで自暴自棄の状態になってしまったため、両親はついに真実を話した。
その後、男性ホルモンを摂取し、乳房を切除し、新しいぺニスを作り、ウエートトレーニングをすることで、彼は再び男性に生まれ変わり、25歳で女性と結婚した。
これブレンダのことかな?と思ったのだけれど、ブレンダは1965年カナダ生まれのはず。でもブレンダは同じ25で結婚したし…
この手の話を挙げるならばまずブレンダが筆頭にあがるところを匿名の1963年アメリカン双子にしたのは、
・誤記なのか(私の見間違いか)
・ブレンダがらみの論争がうざいのか
なんにせよ、男らしさ・女らしさに関する記述は、胎内におけるホルモン暴露などの細かい論点は全部はしょって「遺伝の影響」だけで話を進めてしまう。
このはしょり方は、前に紹介したレナード・サックスの「科学をずるくごまかして伝える」あの手法に似ているっぽい。
いや、それよりデリカシーがないか。微妙な論点はばしばし無視してシンプルにきっぱり書き記し、「こうわかっている!」という方向に内容の印象を操作していく。

●出版社ひどいです。
〜帯から
セックスをする相手の数 30%
初潮/勤勉性/オルガスム 40%
内気/ハゲ/性の不一致 50%
浮気グセ 55%
肥満体質/睡眠パターン 60%
よくいじめられる 75%
音痴/ニキビ/幸福感 80%
身長 90%
〜出版社によるアマゾンの書籍紹介から
心と体はこんなにも遺伝する!
ガン/セックスをする相手の数 30%
初潮/協調性・勤勉性/オルガスム 40%
内気な性格/ハゲ/性の不一致 50%
浮気グセ 55%
肥満体質/献身的な振る舞い/睡眠パターン 60%
血液中のコレステロール/知能/注意欠陥障害 70%
神経性食欲不振症/よくいじめられる 75%
音痴/ニキビ/幸福感 80%
近眼 85%
身長/自閉症障害 90%
じゃあ何が『99%は遺伝子でわかる!』と言うのか。
原書のタイトルは『Your Genes Unzipped: A Guide to How Your Genetic Inheritance Can Shape Your Life』 (あなたの遺伝子ご開帳:受け継いだ遺伝形質が人生をどう左右するのかガイド)ですよ、99%などとは言うておりません。
何が『99%は遺伝子でわかる!』んでしょう。そして、読者は何が『99%は遺伝子でわかる!』と受け取るんでしょう。
本書の内容もかなりすっとばした「遺伝子の力強調」路線なので、印象の過剰操作を狙ったのでしょうか。

●そして、翻訳者もひどいのです。
この本を読んでいてね、こう、なんともうかつに軽々しい表現が頻出するのは、著者のせいかなぁ、翻訳者のせいかなぁ・・・といろいろためつすがめつしていたんですけどね。
p.212まで来たところで、
うわ━━━━━━(´Д`|||)━━━━━━!!!!
この翻訳者、ゴールトンのことを「ガルトン」と表記しているのですよ。
google・ガルトン 優生学 に一致する日本語のページ 約 31 件
google・ゴールトン 優生学 に一致する日本語のページ 約 946 件
ゴールトンを知らないで、翻訳にチャレンジした・・・?
過去の翻訳仕事にしても
『人生のルール』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)
『富と宇宙と心の法則』(サンマーク出版)
『秘密結社を追え!』(主婦の友社)
『成果を上げて、定時に帰る方法』(日本能率協会マネジメントセンター)
と、アレ度高めな・・・。行動遺伝研究の周辺に山積している問題について、全然ご存じないらしい気配がやたら濃厚なのであって。
もしかして原文のニュアンスを読みとりきらずにテキトーに訳している可能性も?
まあ、そんなこんなの、著者×出版社×翻訳者の相乗作用が、こんなご本を産んでしまいましたよ、みたいな。

【遺伝子解析は社会的経験値不要?】

「倫理的になんぼかややこしい問題を引き起こすような分野では、うかつな人間は少ないはずだ、各方面への配慮を尽くした人間が従事するようになっているはずだ。」
昔、そんな幻想をいだいていたことがありました。
最近は「倫理的になんぼかややこしい問題を引き起こすような分野では、そういう問題に無頓着な人間がずけずけと歩を進めてしまいやすい」という印象を受けています。
例えば遺伝子解析業務。作業自体は社会的経験値がなくてもけっこう技術的知識だけでこなしてしまえる。
解析モノはそういう傾向が強いんだろうな。思わず、
行動遺伝の分野でも、それに近しい機序が働いている部分があるのかもしれない。豊富な知識・経験・倫理的配慮が「足りない」人でも、解析の機会さえ与えられれば、成果(データ)を出してしまえる。社会的経験値が高い人が手を出したがらない/出しにくい分野であれば、なおさら。
【監視社会イギリス】

の後半でも記したけれど、この「遺伝子でわかる」という言説を受け入れてしまう今のイギリスの情勢というものも、かなり気がかりというか、心にひっかかる。
国民すべてのみならず、観光客の遺伝子まで採取して監視しようとする風潮。
決めつける、人間の分類を容認する、自由は二の次、監視で安心する・・・。
監視社会を必要悪と考え受容するお国柄になってしまっているのか。
逆に、「監視より、危険を甘んじた自由を」と述べていたエコノミストの記事は、これはアメリカだったっけ。
イギリスの「遺伝子監視社会」(もしくは遺伝子の知識で物事を解決しよう運動)を推進する側だとみなしてかまわないだろう。
訳者による推薦の言葉をご覧下さい。
p.234 訳者あとがき
著者ティム・スペクターはリューマチの専門医として活躍しているが、遺伝子の研究のために、世界でも最大の双子の記録数を誇る「双生児研究所」を設立し、この分野でも押しも押されもせぬ第一人者として、現在、マスコミの世界にも数多く登場している。
しかし、このような権威が書いた本だからといって、まったく堅苦しいところはなく、揺りかごから墓場まで、人間が一生の間に遭遇するさまざまな問題に遺伝子学の立場から見事な回答を与えてくれる。
いってみれば、本書は最新の遺伝子研究の成果が盛り込まれた「身の上人生相談」だ。
著者はたしかに「回答」に見えるように記述している。短絡を推奨している。短絡してこう「簡単に」解釈して済ませばいいんだよと誘導している。それが、答に見えるわけだ。
実際は違う答もあるのだけれど、それははしょる。
そのほうが「わかりやすい」から。
この態度の人間が、「イギリス最大の双生児研究室を運営」していることに、イギリスの人々は不安を抱きません、ということなのかな。
いや、実はイギリスの人々は、こういう本を「銀河ヒッチハイク」や「モンティパイソン」のような、ブリティッシュ・ジョークのノリで読んでいるのかもしれない。
そう考えると、『99%は遺伝子でわかる!』という邦題は、この本のノリには(迷惑度はさておき)ふさわしいタイトルなのかもしれない。
セックスをする相手の数 30%
初潮/勤勉性/オルガスム 40%
内気/ハゲ/性の不一致 50%
浮気グセ 55%
肥満体質/睡眠パターン 60%
よくいじめられる 75%
音痴/ニキビ/幸福感 80%
身長 90%
酒の席、こういうネタで盛り上がりたい人にはいいツマミ本かも。
差別に踏み込むスリルを楽しみ味わえる人にも、おすすめかな。自己責任でどうぞ。
※その後、NHKの番組で

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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