[ EP: 科学に佇む心と身体 ]

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交通事故はなぜなくならないか:安心する危険

カテゴリ[科学に佇む2007年] 2007/09/29
 こないだの津波でたくさんの死者を出した奥尻島は、お役所がたくさん立派な「安全策」をとってくれたおかげで、住民の津波に対する警戒感が損なわれてしまっている。
 安全だと感じたら危険になる。なんだろうこのヒト心理のお粗末さは。

◆交通事故はなぜなくならないか
 『交通事故はなぜなくならないか リスク行動の心理学』 ジェラルド J.S.ワイルド (著) 新曜社 (2007/02)
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 なんと人間の心理とはあさはかなものなのだろうか。
  状況が安全になる
      ↓
    そのぶん危険なことをやってしまう
         ↓
       事故の発生が減らない
 簡単にいえば、そういう身も蓋もないことを敢えて指摘したのがこの本だ。

 自分の身の安全度が増したと感じたら、そのぶん人間は気がゆるんだ行動をやらかしてしまう。
 安全を提供すると、人間は危険はないのだとみなした行動をしてしまいがちになる。運転の安全度が増したと感じたら、危険回避のための注意をさぼるようになる。
 それじゃ事故が減らない。

 事故を減らすには、
【状況を安全にした上で、なお「まだ危険だ」と思わせる】
ようにするべきだ。

アンカー【リスク・ホメオスタシス理論】


 危険を減らしたぶん、ユーザの気がゆるんで事故が減らない。
 この、一見平衡しているっぽい現象を指すために、著者は「リスク・ホメオスタシス」という呼称を前世紀末に提案した。ホメオスタシスであると表現をするというアイデアは面白かったのだが、「ホメオスタシス!? 事故発生率は何をしても絶対値に戻ってしまうしかないのか!?」という誤解をたくさん生んでしまい、その後けっこう藪(やぶ)の中を回り道をすることになってしまったらしい。
(※ 訳者は著者の考えのシンパであるらしく、おりおりはさまれる訳注が著者に好意的で面白い。)

 ヒトが感じる危険を減らすと、ヒトの危険な行動が増えてしまう。
 これは「安全だ」と思える情報がもたらされるから、ヒトの行動が危険回避を軽んじたものになってしまうのであって、何をしても事故発生率を変えることはできない(増やせば減るし、減らせば増えるから何やっても無駄だ)という意味では_ない_。

 要は、状況がどうあれヒトに「危険だ」と_思わせれば_、危険を回避する行動を増やすことができる。「危険だ」と思わせられれば、安全度を高めなくても事故が減る。
 逆に、事故を増やしたければ、ヒトに「安全だ」と思わせればいいわけだ。eeee

... 以下つづき...

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 そこで微妙な問題がいろいろ発生してくる。
 安全をウリにしたら事故が増える!?

 例えば、新技術エアバッグで車が安全になった、新型の安全なABS車ができた、と宣伝する。実際その車は従来の使い方で比較すれば、じゅうぶん安全が増しているわけだ。「安全だぞ!」
 この「安全」アピールは消費者に喜ばれて売れ行きは上がるが、その車を運転する人は「うちの車は安全だ」と感じるぶん、安全に頓着しない危ない運転をしがちになるという事実。
 安全に作るのはいい、でも安全だと宣伝すると、運転が危険になる…!?
 「リスク・ホメオスタシス」という微妙にまずい呼称に輪をかけて、「ヒトが感じる安全感をどうすれば最適の解が得られるのか」…リスク管理とヒト心理の問題は、こう、ややこしい加減の問題が幾重にも干渉する複雑な迷宮を彷徨(さまよ)うことになる。

 安全感、事故発生率、実際の危険度。その関係。

 実際の危険度ー、不安↑、安全感↓、危険な行動↓、事故発生率↓
 危険度はそのままの状態で安全感を減らせば(不安にさせれば)、危険な行動を取る率(事故数)は減る。けれど、安全になるわけではない。警戒を増やして事故数を減らすぶん、心労が増える。下手をすると、過剰警戒。

 実際の危険度↓、不安↓、安全感↑、危険な行動↑、事故発生率ー
 危険度を下げて安全感をアップさせると、危険な行動を取る率(事故数)が増えて、プラマイゼロなことになったりする。
 実際、「安全な車」を与えると、ドライバーは手荒でラフな運転(注意を減らしスピードを上げ…)をしがちであることが確認されている。
 で、「ちょい待てよ、安全な車を安全だとアピールして売ることは悪いことかもしれないぞ!?」というなんともdamedarooな絵図がボンと提示される。

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 著者は交通事故を主題に研究している関係で、表題が「交通事故」になってしまっているけれど、交通事故に限らず、「危険度をどう認識するか、どのくらい安全な行動を選ぶか」という人間の心理反応として広く読み解き応用することができる。

●医療
 健康に良い薬を与えられると、そのぶんあまり健康に気を払わなくなる。良い医療を施されると、安心して生活習慣がほったらかしっぽくなる。

●ダイエット
 カロリーが低い食品だと言われると、たくさん運動したねと言われると、ついそのぶん安心してダイエット中なのにたくさん食べることを自分に許してしまったりする。

●タバコ
 軽いタバコだからと、たくさん吸ってしまうとか。本数減らすと、その少ない本数を吸える口元ギリギリまで吸い尽くして結局たいして変わらない量吸ってしまっているとか。
ヘビースモーカー、少々本数を減らしたくらいではダメ
 ライトスモーカーと同じ本数に減らしても、はるかに多く毒を摂取する
2006/12 EurekAlert Smokers who cut back on cigarettes may negate benefit through 'compensatory smoking'

 → 『 タバコとリスク行動 』

●津波
 こないだの津波でたくさんの死者を出した奥尻島は、その後、お役所がたくさん立派な「安全策」を講じてくれたぶん住民が津波を警戒しなくなってしまっている気配。
 行政のパフォーマンスとおせっかいは、住民による安全自律を損なうほど過剰だったのか?!
 → 『 奥尻島の今と、安心ゆえの危険 』(リンク先は明日か明後日に書く予定)

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 道路事情の向上、車の安全装備…、安全策を講じると、危険な行動が増えてしまう。orz
 危険な行動を減らして、安全な行動を増やす、適切な方策は何かないのか。

アンカー【あたりまえ感】


p.128
フランスの一部地域で、シートベルトの着用者が「私はシートベルトを付けています。あなたは?」と書かれたステッカーをバンパーに貼ったところ、自主的にシートベルトを着用する率が、他の地域の二倍になった

 ご近所さんが「やっている」ことをヒトは倣っていく。そのご近所さんは、隣人でも、クラスの中の仲良しグループでも、職場の同僚でもいい。
 仲間内の「あたりまえ感」にヒトはひきずられる。
喫煙って、どれくらいあたりまえ?
2007/05 ScienceDaily How Normal Is Smoking? Teens Don't Know, But Their Guesses Affect Their Habits
 ティーンエージャーにおける調査
 実際のアタリマエ度に関わりなく、あたりまえ度は高いのだとみなす子供ほど、喫煙率が高め

中毒の度合いより、禁煙努力よりなにより、禁煙を失敗させるのは「他人がタバコを吸っている姿」
2006/04 EurekAlert Researchers discover link between expectancy, visual cues and the desire to smoke

若人向け反喫煙広告の成否を握るのは…
2007/07 EurekAlert UGA study explains why anti-smoking ads backfire or succeed
 若い連中の仲間が広告に従っていると信じさせれば大成功。
 逆に、好奇心や反抗心を煽ってしまうと逆効果


アンカー【オピニオンリーダーを利用せよ】


 大衆の行動に影響を与える誰かさんの行動を、安全方向にアピールすると、大衆がそれに倣(なら)ってくれる。スターしかり、会長しかり、キャプテンしかり。彼らが行う行動のよしあしは、ザコの行動より重要度が大きいがゆえに、リーダーなのであり。
 会社の上司が、クラブの先輩が、論壇のリーダーが、飲んで運転する/喫煙をする/違法駐車をするその行動は、彼らのポジションを仰ぎ見るザコたちの行動に大きく影響をおよぼしていくぶん、何かあったときの罪の度合いも大きいとみなしうる。
映画の喫煙シーンが青少年の喫煙を招く
2004/06 EurekAlert On-screen smoking by movie stars leads young teens to smoke, says Moores UCSD Cancer Center study


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アンカー【明白なごほうび、インセンティブ・プログラム】


 人間は、自分にとって結果的にトクであるとみなす行動を、日々選択して生きている。
 人間に特定の行動をたくさんやってもらいたければ、その行動がトクであるとみなさせればいいわけだ。
 トク、つまり「ごほうびが得られますよ」。
 例えばゴールドの免許証。
 例えば無事故のドライバーに無事故手当を支給する。
 罰を与えるより、ほうびがもらえる、と設定するほうが、積極的な行動を引き出せる。

 ごほうび目当てで人間が動くという絵は、なんぼかいやしい感じもするけれど、実際「安全向上」にかなり効き目がある。「多少ごほうびに金を費やしても、それ以上の損害を防げているのでオトク」つまり、ほうびをもらうほうも、ほうびを与えるほうも、両方オトクをゲットできる幸せ設定zokkonが可能なわけだ。
 大げさなことをしなくても、大金を動かさなくても、ヒトの心へのアピールを少し工夫するだけで、大きな結果をものすることができるんだなぁ。こういうあたりにこそ、ヒト心理を研究する醍醐味があるのかなぁと「へぇ〜」。

 既存のごほうびの使い方を見直したほうがいい場合もある。
 不適切に安全感をアップさせている(危険行為を増やしている)補助金を洗い出して減らすことで、事故率が下がった例が報告されている。
:高校生の運転教育(免許取得)に出していた補助金を廃止したら、高校生の事故率が激減した。免許取得数も減ったが、それ以上に運転に対する危険感がアップして危険運転が減ったと思われる: 〜p.243コネティカット州の例
 ごほうびをあげていい分野と、あげないほうがいい分野を、きちんと見きわめるのも重要か。

 ごほうびは、量より「もらえる」「ゲットできる」感のほうが大事。
 取られる税金が少なくなるよ、とか、天引きが減るよ、とか消極的な印象のごほうび設定より、
  ・税金が戻ってくる!
  ・月末に報奨金がもらえる!
『環境に優しいおうち』に現金のごほうびをあげましょう
2007/08 BBC News Call for 'green-home' cash bonus
 家庭に税金の割戻しを:太陽電池や風力発電の導入を促す目的

プラス感のあるごほうび設定のほうが、嬉しさ感アップ。
 同じ金額でも、渡し方しだいで大きな効果が得られるらしい。

 当該書『交通事故はなぜなくならないか リスク行動の心理学』の後半は、事故を減らすためのごほうび、インセンティブ・プログラムの効果と可能性についてかなりの紙数を費やしてあるので、気になる方はご参照を。

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 ところで、交通事故にからむアルコール、飲酒運転になると、残念なことに酔っぱらいには「危険感と安全感」の話が通用しなかったりするわけで…
2007/08 ScienceDaily Alcoholics Show Deficits In Their Ability To Perceive Dangerous Situations
アルコール中毒患者は、危険な状況を察知する能力に障害あり

 アルコールは、脳の価値評価/状況判断機能をすぐに麻痺させる。気が大きくなる、解放される。だからこそ、飲みたくなるわけだし。
 そして、アルコールで判断機能が落ちて、くつろげると同時に、危険かどうかの判断がわやになる。飲んで判断能力が逝ってしまった人間に対して「どうしてその状態で運転しようと思うのか」などとまわりからこづいても、どうにも詮無いこと。
 周囲の「飲んでいない」人間が、無理にでもなんとかするしかない。

 飲酒運転を防ぐためにごほうびの設定をするとしたら… どうすればいいんだろうね。
 客数のわりに代行運転の発注数が多い飲み屋さんには報奨金を出すとか、税金を還付するとか? いや、とっさにはろくな案は思い浮かばないけれど、時間をかけて、みんなで「どんなインセンティブ・プログラムの設定が可能なのか」アイデアを投げ合っていけば、なんとかなりそうな未来が見えてくるかもしれない。

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◆左表紙
 『交通事故はなぜなくならないか』は、前世紀末の見解をベースに記されており、内容的にはかなり昔の話になる。
 では最近はどうなのか。
 先月出たこの本が気になってます。近いうちに読んでみたい。

 『 事故と安全の心理学 リスクとヒューマンエラー』
 三浦 利章, 原田 悦子 (編さん)
 東京大学出版会 (2007/08)


参考追記:
2008/01 EurekAlert Using the safety belt in the rear seats of the car reduces death risk by almost a half
車の後部座席でも安全ベルトを使うと、死亡者数が半減するよ


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 リスクと言えば。
 危険感と実際の危険度(事故発生件数)は、合致しない。そもそも食い違っていることが多いもの。
 文化的・社会的に受け皿ができているリスク/事故は、わりと忌避感・危険感が少ない。(例えば交通事故、風呂場での死亡、水難)
 逆に、文化的・社会的に「異様で受け入れがたい」と見做(みな)されているリスク/事故は、危険度とは別の機序から過剰に忌避されることがある。(例えば原発、殺人、遺伝子組み換え、死体処理)
 そこから、リスクを減らすことより危険感を減らすことを優先する国と、危険感を減らそうとせずにリスクを減らすことを優先する国、そんな対比も描けたりする。
 → 『 アメリカとスウェーデンのリスク管理はどう違う 』


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 → 『交通事故はなぜなくならないか:楽屋メモ』




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筆者:雨崎良未
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