
『人間の自然認知特性とコモンズの悲劇 動物行動学から見た環境教育』
小林朋道
ふくろう出版 (2007/03)
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全体に、進化心理学の見解についてよくご存じない層も読者に想定している、というか、進化心理学の知見にうといであろう教育関係者が読むことを前提として、書かれている感じ。
ゆえに、初心者向け進化心理学入門本、という趣が強く出ている。
主旨は、
・進化心理学的に見て、ヒトにとって学びやすいものと、そうでないものがある
・効率の良い学び=刷り込みで、環境問題に敏感な人間に育て上げることを目指せないか
ふむふむ、着眼点はまっとうだし、やりたいことはわかる。
進化心理学的に見て、ヒトはどんなものを学びやすいようにできているのか。

どう提示すれば、ヒトは情報をスポンジのように吸収してくれるのか。
... 以下つづき...

〜p.10 大意:
(1)ヒトは緑の光景に快さや安心感を感じる。
(2)ヒトはサバンナの風景を特に好む。
(3)危険な生物や、暗やみ、高所、流水、血などに特別の恐怖心を感じる。
(4)成長過程で、危険動物への恐怖、隠れ家確保行動、地理習得、それぞれが最も高くなる時期がある。
(5)いろいろなものを口に入れる行動は、安全性が下がる離乳後は低下する。
(6)ヒト脳には、生物に関わる情報処理用の専用回路が存在する。
(7)生物専用脳内回路は、狩猟採集の成否に関わる情報に敏感に反応する。
(8)擬人化思考は、狩猟採集につながる生物専用脳内回路に必然的に備わる特性。
で、これら8項目を支持する証左をつぎつぎと列挙していく。
このあたり特に、進化心理学「入門」の香りが高く。
彼が目指す「進化心理学の知見を取り入れた教育」は、「効率よく理科を教えよう」にとどまらない射程を持つ。
サブタイにある「コモンズの悲劇」についてはこちら。

●人間にはもともとバイオフィリア(自然界好き)の性向が備わっている。
しかし、自然とは縁のない環境で育つと、自然を省みない生活に向かってしまうようになる。ただでさえヒト活動は野放しにすると「自然の使い過ぎ:コモンズの悲劇」に陥りやすいもの。
「自然界好き」傾向を伸ばすことによって、「コモンズの悲劇」が回避できるならそれにこしたことはないし、その手法こそが_自然な_回避方法として奨励に値する…。
●ヒトの思考において強く観察されるのは「ひとづきあい指向/擬人化解釈」。
「自然界好き」傾向や世界保全指向は、「ひとづきあい指向/擬人化解釈」の性向と重ね合わせることによって、より効率的に助長していくことができる…。
●ただ関連情報を教えるよりは、「人となり」を教えるような、擬人化しやすい生態情報を主眼にしたほうがよく覚えてもらえるし、のちのち自然保護にもつながってきやすい…。
つまり、対象を「主人公やサブキャラ化」して語れるように持っていけばいいということだね。
物語中毒であるヒト性質に沿った、提示をしていくわけだ。
もとより、人間についても、「知らない人間」に対しては、非道な扱いを普通にしてしまえるのがヒトであるし。
安直な擬人化、科学的に正しくない擬人化、というそしりを敢えて甘んじて、ここは未来のために、アニミズム(擬人化世界)を温故知新するわけだ。
まえがき
このような「擬人化認識による自然コモンズの保全」が、世界中のさまざまな状況の人々すべてに効くような万能の薬でないことは明らかです。たとえば、日々の生活を心配しなければならない人々には効き目はないでしょう。企業といった、個々人の心情が反映されにくい対象にも効き目は期待できないでしょう。しかし、習性や生態をよく知ったうえでの擬人化は、これまで、薬としてはっきり認識されることなく、飲み方もでたらめに使われてきた薬です。その成分、効用、作用メカニズムなどを認識したうえで使用すれば、「コモンズの悲劇」対抗心理として一定の効果は発揮するはずです
【原体験をこしらえる】
●そして彼は、彼が行った自然教育「実験」の実施結果を紹介しながら…
教育にはただ情報を見聞きさせればいいというわけではないのであって、
1:生物の習性を感じさせたり、それに基づいて探すという体験を織り込んだ方がいい。そしてその生物は、比較的大きい方が興味を引きやすい。
2:男女差などの個体差も考慮に入れて、多様なタイプの体験が可能な設定が好ましい。
と実際的なアドバイスを構築していく。
p.75
こういうプログラムは、本来、自然への好奇心が旺盛な小学生の生物専用脳内回路に合致し、植物の形態や習性について脳内記憶に残りやすいと思われます。もちろん、これっきりのささやかな体験だけでは影響はわずかですが、その方向性は大切だと思います。このような体験の繰り返しが、単に植物の名前だけではなく、生態系の深い理解などに大切な「植物の息づかい」などを、五感刺激とともに記憶する機会になるはずです。
いわゆる「原体験」ね。
原体験や世界観として、経験が一生刷り込まれる率が高い時期はある。
おおむね、脳の組み変わりの一段落であり言語習得の臨界期でもある「小学校卒業まで」だろうか。
中学までに自然に親しんでないと環境問題に無関心な大人になりますよ
2006/03 EurekAlert 'Wild' nature play before age 11 fosters adult environmentalism
ヒトの一生を支配しかねない「県民性」の醸成も、思春期前後までの肝心な期間がある気配だし。
●「野生動物との接触体験が豊富であるほど擬人化思考も顕著である この傾向は、10-29歳、30-49歳、59-79歳のすべての年齢層において見られました。 p.117」
「すべての年齢層において」の内容が判然としない。接触体験をした年齢なのか、接触体験をした時期に関わらず経験の有無だけを調査した時点の年齢のことなのか。
要するに、ペットを飼ったり山川で遊んだりした経験が豊富なら、自然や動物に対して、脳の「共感」機能がよく作動してくれるようになる。
共感。
何を「同胞」として共感対象内に組み入れるか。
その形成が、ヒトにおいては小学校卒業までが大事である、という推察はできると思うが。
幼いときに偏見はいけないよと教えれば、偏見を慎む良い子に育ちます
2005/03 EurekAlert Tell children racial prejudice is wrong: They'll be less likely to be prejudiced
男は、女性差別をする環境で育つと一生その傾向が染みついたまま治らない
女は、成長後でも教育しだいでけっこう男女不平等感覚を治せるのに


ツッコむとすれば、「ヒトにとって学びやすいものと、そうでないもの」は、わざわざ進化心理学を持ち出さなくてもある程度の知見蓄積はあるわけで、そこを「なぜなぜ話」呼ばわりされやすい進化心理学で枠組んでしまうと、なんというか、シュタイナー教育と紙一重じゃないか、みたいな予感・悪寒もどことなくしてくるわけで…。
しっかり地に足をつけた理論に育た…ないんじゃないか、(むりやりな信仰・没頭を要求する仕様になってしまうんじゃないか)みたいな。
「進化心理学的に見て、こんな感じに「学びやすいもの」の傾向は割り出せるんだよ」と、いくつか証左の実験が挙げられているのだけれども、どうも微妙な感じがぬぐえない、というか、まだ十分にツッコミの応酬をなしきれていない…想定されるツッコミに対する予防線を記しきれていない感じがする。
おおむね、ほんわかな研究環境でやってきています、みたいな。
・男の子は狩猟行動につながる情報に敏感
・女の子は採集行動系の情報に親和的
これらにしても、狩猟/採集のような恣意性がぬぐいきれないくくりで持って行かなくても、心理学や認知科学の脳性差方面の知見を援用したほうが(性差別対策もしやすくて)キレイかもしれないし。

この著者は、ほぼ同時期に別の出版社から『先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます!』なる本も出している。

『先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます! 鳥取環境大学の森の人間動物行動学』
小林朋道 (著)
築地書館 (2007/03)
こちらは発注中で未読なのだけれども、『人間の自然認知特性とコモンズの悲劇』より、世間的にかなり評判はよいらしい。
言うならば、著者的には
『人間の自然認知特性とコモンズの悲劇 動物行動学から見た環境教育』は、教育者に向けたメッセージ
『先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます! 鳥取環境大学の森の人間動物行動学』は、一般読者を想定した上で、教育者に向けて実践の成果をアピールする内容
という意図で書き分けられているのではないかと。
鳥取環境大。 いいな、わりと好き勝手できそうだな。(はるかなまなざし)
たしかに、廊下をふつうに巨大コウモリが飛んでいたりなんかしたら、いやおうなしにエキサイティングで人生を覆う原体験になりかねないし。

(ほんとは『巨大コウモリ!』のほうも読んでからこのエントリは記したほうが良かったのだろうけれど、今週続いている北海道の 「ジオウィーク」や、ドーキンスの「神は妄想である」がらみの「理科教育・科学教育」話が溜まっているので、敢えて今書きです。)

【スコット・アトランの見解】
著者は後半、スコット・アトランの「アニミズムと自然保護」に関する見解を、自説に対置させて紙数を割いている。

スコット・アトランは、マヤ世界の現地フィールドワークから、
・自然界の知識が豊富で、それらを資源ではなく同胞として認知している民族は、コモンズの悲劇を回避できている。
・自然に親しまないままに、自然利用の規則や規制が厳しいだけの民族では、コモンズの悲劇が頻発してしまっている。 p.123
という知見を打ち出している。
※ スコット・アトランについて
p.125
★擬人化思考の拡大による「コモンズの悲劇」への対抗
矢野君やアトランたちの研究は、コモンズの悲劇を回避する方法として、小田によって示唆されている方向性とは別のものを示唆しています。それは端的に言えば、植物や動物などの自然物を、物言わぬ単なる共有資源と認識するのではなく、喜びや怒りなどの感情を備えた対象として、共感して認識するという方向性です。そうなると、私たち一人ひとりが、個人的に、感情を持った自然と向き合うことになるわけです。コモンズの悲劇は、他の人たちとの資源の取り合いの中で生まれる出来事ですが、今度は、資源そのものが、あたかも人格を持った同種のようにこちらを見つめることになるのです。
ここの「小田」は
の、小田亮(おだりょう)氏のこと。
と、アニミズム、自然への共感を、自然保護に打ち出すのはいいとして、さらに著者は筆を進めて「アトランとの見解の違い」を前に出してくる。
・アトランたちは森全体を擬人化した、森の精霊(forest spirit)に注目しているのに対し、私の仮説は、個々の動植物の擬人化に注目する p.126大意
・アトランたちの仮説では、対象が自集団内だけか自然全体かが曖昧だが、私の「自然体験→擬人化的認識→環境問題意識」説では、”自然”は生活範囲の外も含めた環境問題に関係する広い自然環境を指す。 p.128大意
「擬人化認識の自然全体への適用は、進化の副産物として起こりえる p.129」だとしても、なんぼか文化によって解釈に加減は必要になってくるとは思う。
ここしばらく告知に走っているはてなの伊藤さんの、ロボットに見るアニミズムの文化差についての話など、この文脈で参照するにおもしろい感じ。

新装版 『森政弘の仏教入門』
森 政弘 (著)
佼成出版社 (2003/03)
(初版は 1974年 )
無生物に対するアニミズム感の文化差は、1970年代から(いやさらに遡る?)とうに指摘されていた。
欧米でアニミズムを語る場合、それはスコット・アトランの見解に見られるように、対象個々ではなく「神の意思の表れ」としての「森全体」や「自然界のありよう」のような、十把一絡げた存在として現れやすいのかもしれない。

※ イスラエルでは宗教文化上、植物は生物扱いされていないため(神がこさえた舞台セットの一部)、あらためて子供に「植物は生物である」との旨、理科の知見を教育しないと生物として認識してもらえない。
…という話を聞いたことがあるのだが、これほんと?

著者はHBES-J(クローズドの進化心理学会)のメンバーなのかな。
けっこう知見の範囲が国内の主要な見知とつながっているような書きぶりでありながら、異分野外部からの突っ込まれをあまり受けていないような…ので。
気になるむきは、下記目次もご参照を。
進化から見た人間の自然認知
◆人間の精神と自然とのつながりについての研究
*「つわり」の意味は進化の視点からのみ理解できる
*環境教育における進化的視点の重要性
◆原人以降の人類史
*私たちの直系の祖先は?
◆自然環境への適応として予想されること
◆植物に対して感じる安心感、快さ
◆ヒトはサバンナ様の風景を特に好む
*野ネズミの場合
*自分が育った風景の影響
◆ヘビ、クモ、暗やみ、高所、流水、血などに対する反応
*ヘビに対する特恐反応と条件付け
*特定恐怖症の対象になりやすいもの
*恐怖反応の違いとその適応性
◆危険な動物に対する恐怖心の変化、隠れ家、移動ルートの学習
*活動範囲の拡大に伴う恐怖感情の変化
*隠れ家づくりの適応的な意味
◆乳児期における周囲の物体を口に入れる行動の発現とその後の低下の意味
◆生物についての推察・理解・記憶のために専用に準備された脳内情報処理系の存在
*ピアジェとチョムスキーの言語発達理論
*チョムスキー理論を支持する最近の研究
*言語以外の知的活動への波及
*心のスイス・アーミーナイフ理論
*力学的直感モジュールと心理学的直感モジュール
*生物学的直感モジュール
◆狩猟採集生活と男女の認知特性の差
*狩猟採集生活における男女間の分業
*狩猟採集生活への適応としての性差
*得意な認知関連能力の性差
*子どもにおける親に対する行動の性差
*シベリアやアフリカの狩猟採集民の状況
*子どもの対親行動の性差の意味
*父親と狩猟遊びをした男の子は良いハンターになる
*狩猟採集適応性差と性差別
*記憶の内容から脳の特性を知る
*脳や心の中身を直接探る研究方法
*映像の記憶を通して見いだせる脳の性差
◆生物専用回路のもう一つの特性一動植物の習性に対する特別な敏感さ
*植物の習性や生態の憶えやすさ
*習性に基づいて見つけられた植物はよく憶えられる
*動物の習性や生態の憶えやすさ
◆環境教育とは何か
*環境教育は明確な目的を持って創立された
*環境問題を解決するための能力としての感性、知識、実践力
*地球環境問題の本質
*人間による2種類の環境破壊
*環境問題における3種類の有害物質
*進化的適応の結果できあがった人間の生理や精神は急速な変化に対応できない
*生態系の存続の原理
*自然に対する感性
◆私たちが行ったいくつかの白然教室のプログラム
*習性・生態をもとに探して発見する
*習性・生態に関連したクイズ、探索、働きかけ
*狩猟採集を意識したいろいろなプログラムの店開き
*男の子は狩猟が好き、女の子は採集が好き
*いま自分たちが行っている環境教育の位置付けの把握
人間の自然認知特性と「コモンズの悲劇」への対抗
◆コモンズの悲劇環境問題の解決を困難にするもう1つの壁
*進化の本質としての「遺伝子の利己性」
*遺伝子の側から説明すると
*遺伝子の利己性とコモンズの悲劇
*コモンズの悲劇は環境問題の本質
◆コモンズの悲劇に対抗するには?
*人間本来の集団の規模
*裏切り不安感情
*裏切り者特別記憶回路
*「みんなが」原理
*社会的ジレンマ
*社会的ジレンマの中で最大の得をする戦略
*「みんなが」原理と気のいい奴
*「コモンズの悲劇」対抗心理特性が機能するためには
*「身の丈サイズ」への変換装置としてのメディア
◆もう1つの方向性 −− 「コモンズの悲劇」対抗心理を自然との間で分かち合う
*人間の自然認知の特性
*ミズンの認知流動説
*認知流動としての擬人化思考
*植物に対する擬人化的認識
*擬人化思考は人間本来の認知形態
*認知流動としての擬人化思考を検討する実験
*稲垣たちの実験
*擬人化思考と自然保全意識を結び付ける研究
*グアテマラの3集団の対自然行動の研究
*森の生物についての知識が保全意識を高める?
*擬人化思考の拡大による「コモンズの悲劇」への対抗
*アトランと私の仮説の違い
*保全の意識が及ぶ自然の範囲
*いくつかの擬人化的認識
*万能薬ではないが、薬としての明確な認識
自分なりの仮説や意見をひととおり形にしてからこの本を読めば、著者との「対話」をより深められるでしょう。
へぇボタン:へぇ〜
と押してみるもよし
余談:
p.88
ドーキンスは著書『利己的な遺伝子/生物=生存機械論』(1991)の中で、遺伝子の側からの見方を巧みに示してみせ、世界中に大きな衝撃を与えました。
これ、邦訳初版の出版年は違うと思う。80年代前半だったはず。
ああ、正確には1980年です(さっきアマゾンの情報を更新しておいた)。原書はたしか1978年くらい。
![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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