[ EP: 科学に佇む心と身体 ]

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久高島の祭「イザイホウ」と、島の風葬が殺された顛末

カテゴリ[科学に佇む2007年] 2007/08/30
 かつて、沖縄の小さな久高島に『イザイホウ』という独特のお祭りがありました。
 久高島の『イザイホウ』は、沖縄3大奇祭の一つに数えられるほどにたいへん有名なお祭りでした。
 催されるのは12年に一度。午年(うまどし)だけの祭事。
 『イザイホウ』の際には、たくさんの報道陣や観光客が久高島に詰めかけて、小さな島はえらいことになっていました。

 『イザイホウ』は、島の男と結婚した島生まれ島育ちの女性が、神女(ミコ/女性神職者・ナンチュ)になるための儀式です。久高島生まれで島の男と結婚した女性のうち、丑年30歳から寅年41歳までの女性は全員、12年に一度のこの祭祀を通じて、神に仕える女に成ったのです。

 リンク 美ら島物語 Today's 沖縄
 半農半漁を営む久高島では男は漁業、女は農業をしながら島や島の人々を守る存在だといいます。イザイホウを通じて女性は神女に生まれかわり、男兄弟を守護する姉妹神、家・村の繁栄と安全を願う神女としての資格を得ます。


 しかし、1978年当時で久高島の全人口はわずか380人。
 島に残るは年寄りばかり、祭を支える新妻層は払底(ふってい)していた…
 リンク 久 高 島(くだかじま)
 来年あるはずのイザイホウについて別の2人のおばさんに聞いたら二人とも、「さあ、やるかどうか・・・若いモンがみな島を出ておらんからね」というようなことを言っていた。

 リンク 1996年 久高島ミュージック・キャンプ
 1990年がその年となっていたのだが、諸般の事情で中止され、1978年のイザイホウが最後となった。

 リンク 1978年が最後の「イザイホウ」
 21世紀には入って最初の午年である2002年・・・久高島の神女達がイザイホウを行えないことに対し、神へのおわびをしました。「わび御願」の悲痛な叫び。イザイホウは途絶えたのです。



大きな地図で見る

貴重な記録映画が残っています。
 リンク 記録映画「イザイホウ」の上映日程
 1966年のイザイホウを記録したドキュメンタリー映画。
 2007年は12月に沖縄で上映の予定。

記録映画「イザイホウ」はDVDで入手が可能なようです。
 リンク DVD『イザイホウ』(1966年/白黒/49分/定価10,000円)

 リンク 「イザイホウ」 久高島の神事 (DVDにて)
 600年の歴史があり、その儀式は4日間に渡る。
 興味深いのは祭りの儀式名が「○○遊び」とついている点。
 この映像、撮影はしたものの、公開してしまっては学者や見物人で神の島が荒れてしまうという理由で監督たちの手により40年間眠らされていたそうです。


 「学者や見物人で神の島が荒れてしまう」。
 どう荒れてしまうのか。
 いや、どんな荒らされ方をされたことがあったのか。

〓〓〓 EP 〓〓〓

 イザイホウは1978年が最後になったのだが、その一回前、記録映画が撮影された1966年(大阪万博の4年前)のイザイホウの際に、島の外からやってきた連中が、恐ろしい所業をしでかしてしまったらしい。
 端的に事件を記してある書籍はこれ。
◆左表紙

 『葬と供養』
 五来 重  東方出版 (1992/04)
p.67
 過疎のすすむこの島で、これがもう祭の最後になるかもしれないというので、多くのカメラマンや報道関係者をうけいれたという。恐らくそのカメラマンのなかの不心得者だろうというが、風葬の後生(ぐそう)に入って墓を写真にとるばかりか、棺を開けて死者の写真まで撮った。その棺をしぱった太い針金をペンチで切るほどの荒しようであった。しかもその写真は、ある好奇心のつよい、太陽の好きな前衛画家の見学記に入れて、週刊誌にのせられたのである。村のショックは慟哭(どうこく)するほど大きかったという。
 久高の村人はあつまって、墓荒しとして告発しようと相談したが、犯行責任の所在を問うことが困難なので、おとなしい村人らしく自衛策を考えた。それは風葬の廃止であった。その前から可能な者は土葬に転換しようとしていたので、この事件がなくとも徐々にではあるが、風葬は消えていったかもしれない。しかしそれは自然死のように消えるのがのぞましいのであって、久高島の風葬は非業(ひごう)の死であり、頓死(とんし)であった。南西諸島では明治時代の官憲の指導で、徐々に消えたのである。久高島では事件後、後生の崖の上の平地に墓地をひらき、五年ほどで完全に土葬と火葬に転換したという。

 「太陽の好きな」って、…岡本*郎?
 1966年。島のかけがえのない伝統の祭「イザイホウ」が途絶えるかもしれない。その記録を撮ってくれるというので、外の人間をたくさん迎え入れてやった。その結果。

 不作法なメディアの人間が、死者の世界・葬祭の尊厳を踏みにじった関係で、古来から続いてきた風葬の慣習を島全体であきらめざるをえなくなった、悔いても悔いきれない大変残念な経緯。

 書籍『葬と供養』に記されていたこのくだりはショッキングだった。あまりにショックだったので、こうして「イザイホウ」についてのエントリを立ち上げているわけですが。

... 以下つづき...

〓〓〓 EP 〓〓〓

 ああ、犯人(?)はやはり岡本太郎らしい。
 (岡本太郎は、大阪万博の「太陽の塔」や「芸術は爆発だ!」CMで有名な、シュールな芸術家のおっさん。故人。)
 リンク 御嶽とイザイホー
 無に近い大御嶽(クボー御嶽)を訪れて、岡本太郎は一変したという。

 リンク 晴徨雨読: 魂の島久高島
クボー御嶽(うたき)は男子禁制である。ましてや部外者が立ち入ることは大変なことである。

 その御嶽(うたき)に入り込んで「なんにもない」風景に感動し、風葬の墓をあばいて死体の写真も撮る。そうやって強烈な死穢をかぶったまんま、無神経に島の世界を歩き回ったヨソモノオヤジ。
 リンク 岡本太郎と沖縄と久高島
・「よそ者」が入ることを忌避している領域に無断で踏み込んだ。
・最大の浄めの舞台である「イザイホー」の現場に、島=シマの「不浄」を全身に浴びたまま、現れた。
・「後生」を写真に「撮り」、島の人々に諮ることもなく自分の著書で「公開」した。

 ひっでえ…。
 こいつただのバカじゃないか。

【後生(グソウ もしくはグソー)= 久高島にある谷間の共同墓地のこと。風葬によって残った骨を12年に一度集めて、洗骨して瓶に納める。】 リンク カミンチュ用語集

風葬が途絶えて久しい現在の後生(グソウ)の写真
 リンク 波の此方と彼方

 岡本太郎が久高島の伝統にとどめをさしてしまった事件の顛末を知らぬまま、岡本太郎による沖縄描写に感動していなさる先生もいらっしゃるようだ。
  リンク ふきのとう通信:久高島で 太田政男
  リンク 写真家・岡本太郎 −「対極主義」の眼 飯沢耕太郎
  リンク 沖縄文化論
 …いや、いらっしゃるどころじゃない、どうも「岡本太郎が久高島でしでかした悪行」のことは全然知られていないらしい。yan 岡本太郎の「沖縄文化論」を礼賛する記述ばかりがぞろぞろ検索で出てくる。

◆左表紙

 『新版 沖縄文化論 忘れられた日本』
 中公叢書
 岡本 太郎著
 [ Amazon ] [bk1]



 墓あばきの写真公開事件は、当時はけっこうな騒ぎになったらしいのだが、今では事件の記憶は風化して影が薄くなってしまっているということなんだろうか。いや、あくまで「風葬の断念」は一部の人間にしか届かないごくごくローカルな惨事でしかなかったんだろうか。

「彼の久高島での撮影行為によってもたらされた出来事」についてちらっと言及しているサイト
  リンク short hope - 斎場御嶽、その他
 …蒸し返すことは、はばかられるような事件なのか?

 リンク 阿呆坊の『・・・ほんなら・・・・ほんでも』
天才岡本太郎さんが久高島で島最大のハレの日に墓覗きを行うと言う蛮行を知った。
神聖なる処(サンクチュアリ:聖域)にずけずけと島民の了解も得ずに入っちゃった。
葬られていた身内の一人は精神異常にまでなったと言うほどの行動

 リンク 岡本太郎の沖縄文化論と他者を理解すること 織朱實

岡本太郎氏は、新聞記者に誘われて久高の風葬場所(後生グソウ)に入り撮影を行い、中央公論に掲載をした。
これは大きな波紋を与えた。
久高の人たちの中には、精神に異常をきたした人もいたと聞く。

 「かの岡本太郎氏であっても」と買いかぶった記述↑があるけれど、岡本太郎ってもともと異文化や他者に無頓着なほうの人だったと思うぞ。

 リンク りゅうきゅうねしあ 2000年6月29日
 1966年からグソーの地の風葬をやめたのは、どうも岡本太郎氏に原因があることもわかった。

 りゅうきゅうねしあさんによれば、どうやら書籍「日本人の魂の原郷 沖縄久高島」に(原郷かどうかはさておき)、風葬断念の顛末についての記載があるらしい。チェキ。

◆左表紙

 『日本人の魂の原郷 沖縄久高島』
 比嘉 康雄
 集英社新書 集英社 (2000/05)
 [ Amazon ] [bk1]



追記:読みましたgoo → 『 島の魂の原郷 沖縄久高島 』

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追記:

 久高島(くだかじま)のホームページはこちら。
  リンク 久高島(くだかじま)ホームページ
 ページのメタタグに「久高島からの情報を発信します。久高島ではイザイホーが途絶えた今でも多くの祭を伝えます。

入ってはいけない場所、注意事項を確認の上お越し下さい。」との記載がある。
 リンク 島に来る前に…
久高島では今でも、自然、祖先への祈り、感謝が日常のごとく行われています。本土と違って立派な建物がある訳でもなく、自然そのものが信仰の対象です。御嶽は特に先祖の魂がとどまる場所。何百年に渡って、もちろん今でも、先祖の力を借りて家族や国や世界の為に祈りを通してきた場所です。
立ち入らないようにしましょう。




メタル


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* * *

→ 上掲のお話についてのコメント

1325 #- コメントアンカー oota さんのコメント 【2008/04/05】

去年、久高にいってそのことを知りました。
岡本太郎はすきだったので、ショックでした。
その件や、テレビの人が聖地に勝手に入ってイザイホウのまねごとをして番組をつくったりしたという件があり、島のひとは学者やら報道関係やら、外部の人間に強い不信感をもっているようでした。

島に残る地割制度と、自然感、死生観は、我々のすべてが交換可能な貨幣価値のもとでのそれと全くちがうものであることを痛感しました。

貨幣価値のもとでは聖地や自然が「癒し」であり、そこに畏れというものはない。
人間観についても同じ事が言えるのではないかと思います。

商業主義は畏れを徹底して剥奪、排除していく。

お金など毛頭信じていない島の人の生活こそ人間のあるべき姿だとかそういった軽々しいことは言えないですが、神々の島とか銘打って久高を商業利用する動向だけは、えらいひとになんとかして欲しいとおもう外部の人間です。


1051 #cKjIa1.Y コメントアンカー amasaki さんのコメント 【2008/04/07】

他者のありように対する感性が貧弱になると、いろいろな悲劇が起きるもんです。
おひまがあれば、こちらの”文化と環境”のお話もご高覧下さい。
http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-943.html#closed

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