極限に通用するタフな物語は、手の届かないところにあるからこそ、その極限に居るのであり。
月刊 『現代思想 2006/12 特集:自立を強いられる社会』
青土社
■世の中が「自立」を奨励すると、ホームレスが増える。
■世の中のホームレスは、ほとんどが男。
困窮しても「自立」にこだわる結果が、男のホームレスなのだ!
と述べている論考はこちら。
丸山里美「自立の陰で ホームレスの自立支援をめぐって」(上掲書所収)
いまどきの「自立」観念のねじれを、「女性の」ホームレスが語る物語からひもといている。
例えば、妻としてのホームレス。
論者は丸山里美。
京都大学 大学院文学研究科 社会学教室
論文・書評題目
野宿者の抵抗と主体性:女性野宿者の日常的実践から
自由でもなく強制でもなく
数々の脱出をつなぎあわせて:女性ホームレスたちとの出会いから
東京における「ホームレス」女性の自立支援と居住支援
Homeless Women in Japan
路上にあらわれたジェンダー格差
野宿者(ホームレス)としてくくられる中の、「女性」が見せる/置かれている様態や構造を、追っている研究者であるらしい。
... 以下つづき...

丸山氏の論考でウェブ上でまとまって読めるのはこれだけ?

↓
2006年2月国立民族学博物館 共同研究「ストリートの人類学」 丸山里美「ストリートにおける抵抗の実践? ─ 女性ホームレスの社会的世界」
発表原稿【 PDF】
2006/03 丸山里美 20060331 「野宿者の抵抗と主体性―女性野宿者の日常的実践から 」 『社会学評論』Vol.56No.4、pp. 898-914、日本社会学会
ヒトが困窮したすえに「最終的に選択できる自立の形式」とは。
・かつては、寄せ場の日雇いや野宿(ホームレス)が、「自立の最終形態」だった
・ホームレスが増加したのは90年代から。
・貧窮者が「それでも生きる」場合、家の経費を省く「野宿」は必然的な「自立の最終形態」
・多様なホームレスを二つに大別するならば
■変革指向・思想:ハード系ホームレス
■弱者の生活実践:ソフト系ホームレス
・「働く気さえあればホームレスにはならないだろう」というみなしを国がぶちあげると、残るホームレスはみな「やりたくてやっている」とみなされ蔑ろにされる。
・国によるホームレスの3分類
1●働く気はあるのに失業状態にある者
2●医療、福祉等の援護が必要な者
3●社会生活を拒否する者(社会的束縛を嫌う者、身元を明らかにしない者...)
1と2は救われるかもしれないが、3は見捨てられるか、取り締まられる
自立の意志を基準として人々をふるいにかけ、そこからもれてしまった人をふたたび野宿に追いやる選別装置として機能しているのである。
〜丸山里美「自立の陰で ホームレスの自立支援をめぐって」
世の中は、「労働による自立」をして当然という価値観に支配されている
「まともな市民」は「自律/自立」を是/前提として暮らしている。
「自律/自立」を是とするからには、必然的に「誰の世話にもならずに野宿する」という選択肢が是として立ち現れざるを得ない。世話にならないために、自立するために、ホームレスになる。どうしてそのホームレスを「自立できていない」と言えようか。
自立。
いわゆる 脱社会的存在 を切り離して見捨てる方向での論議と考え合わせると、これは… いったいなんだろう。 踏み抜いた者 も「自立」してホームレスになっている者も、同じレベルで切り捨てられるのだろうか。それとも… ああ、操作できない者は、参加しない者は、見捨てるのか。ホームレスでも操作できるうちは(なんらかの方法で動員できるようであれば)救って(利用して)やろうというわけか。
日本は美しいかな?
自立を基準にしている限り、自立が落とす影が濃くなるばかりだ。
●ホームレスは一枚岩ではない
彼らの中でも「自分は自立しているので本当のホームレスではない」のごとき「自立」基準の差別化が作用している
社会におのれを合わせきれないからこそのホームレス。
合わせきれないからこそ、はんぱない多様をはらむホームレスたち。
だのに、なぜか単に「ホームレス」として一様に塗りつぶされ、ホームレスの豊かな内実はないがしろにされがち。
その、ホームレスが孕む多様性の一端を逆照射で浮かび上がらせる意味も込めて、丸山氏はホームレスにおける女性のありようを、追うわけなのか。
なぜ「女のホームレス」を取り上げるのか。
日本のホームレスは、ほとんどが男なんだ。
敢えて「女のホームレス」を取り上げることによって、「男がホームレスになる社会の歪み」を浮かび上がらせることができるんだ。
■女のホームレスの研究は少ない。
・ホームレスの97%は男! 女はたったの3%!
・従来のホームレス支援は「独身男のホームレス」が前提!
・ホームレスの多様性に即せていないのではないか?
■「労働によって自立せよ」圧力は、女では弱めなのだ
男では「自立しろ」圧力が高いからこそ、自立の手段として、 服従しない、お世話にならない手段として、ホームレスという暮らしの形が選択されやすい。
■女は「救い」の使い方がうまい
・女性のほうが、福祉施設の受入口が広くできており、利用率も高い
・女が野宿するのは、安全上、かなりヤバイし・・・
女では「ホームレスになってでも自立せねばならない」圧力は、男の場合に比べるとはるかに少ない。
それでも、女性がホームレスを選ぶ場合、どんな意味合いやしがらみが作用してしまっているのか。
紹介されるケースは以下のようなもの。
●たまに日雇いに出るホームレス夫に暴力を受けながらも、彼に養われているホームレス女性。
●夫が身体を壊し、収入が途絶え、ほかのホームレス男性たちの世話をすることによって夫婦ともにホームレス仲間に養ってもらっている女性。
●自分は生活保護を受けたいと思いながらも、夫の「自立」意向を尊重してホームレスのまま仕事を探す女性。
●自分の厚生年金を頼りに、施設の世話になることも遠慮して夫を養いながらホームレスでいる女性。
女のホームレスさんたちでは、本人が自発的にホームレスしているケースは少ない。
「自立する男」に引きずられる形で野宿暮らしに「つきあって」いる。
「妻」ではなく独身女性として野宿を選択している者もいないことはないのだろうが、報告ではさらに影薄く。
そして、このような女性アノマリーたちの声とありようは、ホームレスの代名詞状態である男たち97%の影で、ほとんどかき消されている。
自立とはおそらく、自立していないとは認められないような部分を切り落とし続けることによって、ようやく成立するものである。それにもかかわらず自立を強調することは、この社会には必ず他者に依存せざるをえない人々が存在し、その人々をケアすることで自らもまた自立をなしえない人々がいることから目を逸らせてしまう。またそれは、自らは自立していると口にしているときでさえ、人はじつは多くのものを自己の内部であきらめ断ち切っているという過剰さにつきまとわれており、自立していないからこそ逆に感じられるような豊かさを排除してしまっているということを、覆い隠してしまう。
〜丸山里美「自立の陰で ホームレスの自立支援をめぐって」
…「自立してあたりまえ」のような錯誤はいつからこう、蔓延するようになったんだろう?
2006年11月丸山里美さんへのエール 風塵社的業務日誌う〜ん、丸山さんの作業がもうちょっとウェブ上で注目されていればいいんだけど、とくだん注目すべき論点でもない、とみなされているような気配があったりするのかな。
研究対象(ホームレス女性)の絶対数が少ないので、実態・実状をレポートするにも個人が特定されやすくてなかなか…、とかあったりするのだろうか。
■追記:
先方は 徳保 隆夫/趣味のWebデザインという人だろうか? 雨崎の考えはそのように見えるのですか。
■追記:
「趣味のWebデザイン」からここを見に来た人はBUNTEN氏のリアクションもチェキして下さい。
追記:
2008/04 【日本語記事】北海道ニュース BNN
ホームレス、全国で減少 道内は昨年から16人減って145人
※ 本稿は2009/06に少し言い回しを改稿しました。

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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