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死と病と看護の社会史に見る覚悟の仕方

カテゴリ[科学に佇む2007年] 2007/07/31
 この長い人間の歴史上、人間はふつう、どう死んできたのか。

◆左表紙

 「死と病と看護の社会史」
 新村拓
 法政大学出版局 1989年

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 かつて、医術を弄(ろう)する職人は、その異能たる術式の駆使から汚らわしい生業(なりわい)だとみなされ、いやしき者どもに準ずる扱いをされていた時代があった。

 はたまた、絶対的な権威による威光(いこう)を振りかざして患者側にうむを言わせない、そういう強圧的なスタンスが医者にあたりまえに認められていた時代もあった。医者にかかっても良くならないのは、患者の行いが悪いからだと済まされる世界。

 かつて、医療を受けられるのは裕福層だけだった時代があった。大半の庶民には、病苦に見舞われても民間薬とオフダ・祈祷(きとう)が「せいいっぱいのできること」だった。
●本ミニ 『病いの世相史 江戸の医療事情』 p109によれば、祈祷の護摩壇(ごまだん)は単なる儀式にとどまらず、それなりに薬効のある成分の煙を生成していたらしい)

 かつて、病は本人の行いに対する罰であるとみなし、救われるにはまず「罪の償(つぐな)い」をなさねばならいとされていた時代があった。医術は、あくまで本人が償いを済ませたあとに用いられる、回復補助/病み上がりの滋養強壮のような扱いだった。

 かつて、医者は患者を選ぶことができた。医者にとって都合の悪い患者は、相手にしなくても良かった時代があった。見込みのない者は見捨て、治りそうな者だけを診る自由。
●本ミニ 『植物と帝国 抹殺された中絶薬とジェンダー』でも、よく効いた都合の良い例だけを報告喧伝する昔の医師たちの話を読むことができる)
 いつから、医者は患者を選り好みしてはならないとされるような時代になってしまったのか。いつから、医者は死後を管轄外にし、医者にあるまじき行いをしてはならないとされるようになってきたのか。

... 以下つづき...

〓〓〓 EP 〓〓〓

(ここでは「時代」は、特定の時代の一部の地方や階層に見られたローカルな文化規範、程度の意味であって、その時代をすべて席巻していた、と示すつもりにはあらず)

 いまどきの欧米医療観では「苦痛は何よりまず避けるべきネガティブなもの」(※ 魚は痛みを感じるか/苦痛の定義とは )とされることが通例。
 でも、かつてはふつうに、苦痛に見舞われることにポジティブな価値があるとする世界観が存在し成り立っていた。苦痛を乗り越えてこそ、到達できるかけがえのないステージがあった死生観。

 病に襲われてからではまともな往生(おうじょう)ができないとみなし、健康なうちに自殺をして意図どおりの往生をすることが理想的であるとする考え方(異相往生:いそうおうじょう)が通用していた時代があった。望む形の臨終を迎えるためには、治療の拒否もあたりまえの選択肢として活用される。

 死にゆく者が抱く生への執着や欲望をあきらめさせ、死出(しで)の価値世界を看る者と看取られる者が共有する、そういう作業が、臨終の看護としてふつうに施されていた時代の局面もあった。いや、過去、その形の看取りのほうが多かっただろう。
 「がんばれ、もうすぐ死ねる」という励ましがふつうに成り立つ世界だったのは、そんなに昔の話ではない。〜●本ミニ 波平恵美子著『日本人の死のかたち 伝統儀礼から靖国まで』 p.94
 何せ「輸血」が普及するのはごくごく最近の戦後の話だし(●本ミニ ダグラス・スター 『血液の物語』)、麻酔もついこないだまでは失敗して当たり前のギャンブル状態。(→ 『 麻酔の裏方・裏話 』
 土葬で生き埋めにされる恐怖のあまり、埋葬の前に医師が_患者を確実に殺しておいてくれる_ことを期待したかつてのヨーロッパに見られる臨終観の話は ●本ミニ M.ロック著『脳死と臓器移植の医療人類学』 で読める。
 (参照 → 『 脳死と臓器移植の日米カンチガイ 』

 「どう死ぬか」の成り立ちは、今とはどう違っていたのか。

 かつては、本人が望む往生の形の障害になるとみなされれば、あるべき心構えを乱す存在だとみなされれば、死出を前にして肉親縁者との接触を断つケースもあった。夫婦であろうが親子であろうが縁を切る。「死ぬな」と生者からの欲を投げつけることは、今生への執着をきっぱり断とうとする者の意志を損なうじゃまな妄念だとみなされる。
 死にゆく者は、家族の待つ自宅に帰ることなく、臨終者専用の住居に独り隠棲することも、正しい選択肢として成り立つ。

●●●小玉7●●●

挿画


 この●書籍 「死と病と看護の社会史」をはじめとして、世の中に存在した多様な死生観は、ちょっと書物をひもとけばたくさん拾い出すことができるのに、どうして今、ふだんそこらで見聞きする死生観は、こんなに貧弱かつ薄っぺらなものになってしまったんだろう。

アンカー【「千の風」キモイよという愚痴】


 死の作法の確立は、それぞれの時代で、それぞれの立場によって、大事なイベントを通過する際に受ける心理的インパクトの緩衝材として、工夫して編み出されてきた。
 どれも、いわばそれぞれ当座の社会的な構築だ。

 進化は生者しかかまってはくれない。死後は進化的ナリユキの管轄外だ。それでいて、死穢(しえ)に敏感であるか否かはけっこう生者の繁殖率を左右してくれるわけで、生者はやたら「死」から感情的撹乱を受けやすいようになっている。
 いきおい、もてあますほどの感情的撹乱の落としどころを、なんとかこじつけようとする ミームが、発達してくる。

 それぞれの「死に方の意味世界」や「死生観」は、ほかの「死生観」とぶつかると簡単にゆらぎ撹乱されてしまうようなデリケートな仮構だったりする。たしかな死生観を持って、この重大なイベント”死出の門くぐり”を滞りなくやり過ごすには、どうすればよいのか。心の乱れを抑えた状態で、不可避のイベントをやりすごすには。
 おのれのものとは相容れないヨソサマの死生観をシャットアウトするのが最も安全だ。ヨソサマの死生観を持ってすり寄ってくる障害は排除せよ。それが最愛の家族であろうとも。

 みなそれぞれの、「死に方の意味世界」「死生観」で死んできた。今の 衆生(しゅじょう)が持つ「死生観」も、今しか、いや特定の個人たちにしか通用しないような当座の 社会的な構築だ。かつて死んだ者たちは、いや、ついこないだ死んだ者たちだとて、今の衆生が持つ「死生観」とは違った「死生観」の中でみまかった者たちだろう。(「みまかった」=死んだ)

 それをいっしょくたにして、なんでもかでも「千の風」よばわりする極低IQのような失礼な死生観が最近もてはやされているのは、めっさキモイ。震え上がるほど、キモイ。 多様性潰しだ。
 死人に口無し、死者が異議申し立てできないことをいいことに、勝手に「死者は異なる視点は持ってはいない」扱いで生者側の都合で意味を塗りつぶす。抗弁できない死者。…仕方ないとはいえ、この世で常に行われてきていた失礼であるとはいえ、それがもうなんも後ろめたさもなく「死んだおまえは都合の良い千の風」呼ばわりしてはばからない、この感覚には全然ついていけない。

 やめてくれ、お盆に法事に千の風は、絶対やめてくれ。
 そんな姿になるために個人は死ぬんじゃない。

●●●小玉7●●●

 自分が、どんな偏った死生観で今生きてしまっているのか。
 この夏休み、ご先祖が見ていた多様な死生観を今一度温故知新してから、お盆を迎えてくれ。


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●本ミニ 「死と病と看護の社会史」
●本ミニ 『水子 “中絶”をめぐる日本文化の底流』
本ミニ 内堀基光:死にゆくものヘの儀礼 「岩波講座文化人類学9 儀礼とパフォーマンス」
本ミニ 山折哲雄 「日本人の宗教感覚」
本ミニ 「死の儀礼:葬送習俗の人類学的研究」
本ミニ 内堀基光/山下晋司「死の人類学」
本ミニ 池上良正:死人に口あり--民俗宗教における死者との対話 「異界談義」
本ミニ 国立歴史民俗博物館編「葬儀と墓の現在 民俗の変容」
本ミニ 藤井正雄「骨のフォークロア」
本ミニ 波平恵美子著「病と死の文化 現代医療の人類学」
●本ミニ 福田アジオ 『寺・墓・先祖の民俗学』
●本ミニ 『死と葬送 民族小事典』





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