科学が社会になる? 理科を社会の時間に教えること?

『科学の社会化シンドローム』
石黒 武彦
岩波書店 (2007/05)
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直感的にわかりづらいタイトルで、残念。
科学の社会化って何。それがどうしてシンドローム。
要するに、「世間と乖離した浮世離れした世界のままではいられなくなっていく」科学者とそれをとりまく社会状況のことを言っているらしい。
世間離れした感覚でやっていた科学たち。
どんな感覚だったのか、そのあたりは科学の歴史:科学史の本をひもとけば、無断の人体実験の横行や研究費の濫用など、極端な例をいろいろながめることができる。
p.11-12
科学コミュニティが社会と向き合うことによって抱えるようになった問題は、原因ごとに整理すると、次のようになる。
1:パイ(研究資金やポスト)の争奪競争によるもの。
科学システムが求めるパイに、限度のあることが
明確になってきたために生じている。
2:若い人材を受け入れるための資金やポストが、
必要量用意できないことによるもの。
更新され、前進することが、生きていることの証である科学は、
若い人材を導入してゆかなくてはならない。
しかし、彼ら、彼女らを受け入れるポストは思い通りに拡大しそうにない。
3:社会からの要請に応える努力をするいっぽうで、
科学の重心がシフトすることによるもの。
科学システムがパイを拡張するために、社会を説得し、
納得させるための社会への働きかけが、
新しい任務として付け加えられることによって、
科学のあり方が変化してきている。
[〜中略〜]
科学システムのこれからの「あるべき姿」については模索段階にある。やっかいなことに、問題は生活習慣病のように複雑なからみをもっている。問題を抱えてはいるものの、すでに大きな構造をもつに至った科学コミュニティには、社会とのつながりに目を向けることなく過ごすことができる研究者も、少なくない。このために、適切なアクションを取るべきところが後回しにされがちになっている。科学システムにはびこりはじめたこの状況は、適切な手が打たれないまま、年月とともに進行する可能性が高くなっている。病的ともいえるこのような症状は、科学が「社会化」される過程、すなわち、科学が技術を通して社会に深く関わるようになったことがもとになって、科学自体が社会の影響を強く受けて変化する過程で現れてきたものとみなせる。このことから、本書では「社会化シンドローム」とよぶことにする。
社会を説得しなければ、資金が調達できない。
金とは、人の欲を現した記号であるならば、「人の欲が科学に向いていなければ、金は集まらない」のが当然の理。つまり、ほっておいても科学に夢と希望を託してくれていた時代は過ぎ去ってしまった、いまや科学は「科学には夢も希望もありますよ」とわざわざ宣伝しなければやっていけない時代を迎えてしまった。
また、世間離れゆえに、世間の需要に応えるべきTPOをはずしまくるケースも多発してしまう。せっかくのお役にたてそうな機会をみすみす右から左へ受け流す…
... 以下つづき...

●黄禹錫をはじめとする、国内外の一連の論文捏造事件は当然取りあげるとして
ワイアード ベル研究所の著名研究者、データ改竄で解雇●その論文は大丈夫なのかどうか、捏造はないのか内容は採用に値するのか
論文のたしからしさを審査する方式(ピアレビュー)の限界と問題点、そして公開審査(オープンピアレビュー)や、オープン・アーカイブなどの新しい選択肢についてのお話…
●ほぼ日雇い状態のホームレス研究員もあり!?のポスドク問題
先日NHK『クローズアップ現代』でも取りあげられていた「研究のプロであるはずのポストドクター(PD)さんたちが、なにやらえらい情けない状態に陥っているよ、どうしましょう!」というお話
●大学の法人化によって、厳しい状況に立たされている基盤的分野。
製品、医療、人間の欲… 世間の金の偏りが、研究にダイレクトに祟ってくる現状。
金に直結しない分野の教育・研究がしなびてしまうと、やがてまわりまわってこの世界が…。
【多様な視点をつぶす効果があるCOE】
最近の日本では、COE(卓越した研究拠点)プログラムと称して、特定の研究にドカンと巨額の税金を投入する方策が採られている。
そりゃその研究は進むだろうけれど、なぜその研究が選ばれたのか、選ばれるような処世術に長けた研究者だけがうまい汁を吸ってしまう可能性もあるし、COE以外の多様な見解がつぶされる可能性もある。さらには「バブルをつくるように研究費が集まる。これは、研究者の資金についての感覚を粗っぽいものにする。p.102」
思わず、某COEリーダーのひとりのことを思い出す…。

p.121
人びとの考え方や立場に多様性があるアメリカなどでは、具体的な行動についての規範が明文化されてきた。これに対し、わが国では科学者の行動規範が、仔細にわたって成文化されることは少なく、自得できるもの、自然に身につけるべきものとみなされてきた。科学者のコミュニティである学会では、ほとんどの場合、定款などの冒頭に書きこまれた学会の設立目的などを深く読みこむことによって、自ずと了解されると考えられてきた。しかし、科学がおよぶ領域が拡大し、社会と多面的につながり合い、科学を取り巻く環境が変わるなどによって、自得できる倫理観に頼るだけでは済まされなくなってきた。科学者コミュニティは、このような社会状況をよく理解する必要がある。
倫理点や規範を再確認せよ。
この厳とした指摘があってこそ、前エントリの
が、皆の衆しかとご覧になっておいて下さいな、と、リアルになってくる。

当該書『科学の社会化シンドローム』は、
雑誌『科学』の連載に加筆してまとめられた一冊。著者は古風で堅実な、社会的枠組み構築側の立場にお立ちになっている人。
石黒武彦:同志社大学大学院 総合政策科学研究科 教員紹介 専門分野:科学技術社会学/科学コミュニケーション/科学技術政策
こころもちトップダウンというか、紋切りというか、昔ながらの前提で見た社会であり、定めてやる者の視線で記している。彼の視野の中で、諸問題は手練れの筆致でわかりやすく(ノイズが少なく)開陳されている。
この手の「科学現場と社会の現状を考える」本の中では(タイトルのいまいちさを除けば)かなり上位に入る「つかみやすさ/わかりやすさ/堅実さ」でオススメ。
![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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