[ EP: 科学に佇む心と身体 ]

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幸せはいつも妄想のちょっと隣の心理学

カテゴリ[科学に佇む2007年] 2007/06/23
◆幸せはいつもちょっと先にある◆目からウロコの幸福学
 『幸せはいつもちょっと先にある 期待と妄想の心理学』 ダニエル・ギルバート (著) 早川書房 (2007/02)
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  原書:Stumbling on Happiness: Think You Know What Makes You Happy?
     幸福につまずいて あなたを幸せにするものはナニ?(2006)
 『目からウロコの幸福学』 ダニエル・ネトル (著) オープンナレッジ (2007/03)
  原書:Happiness: The Science Behind Your Smile(2005)
     しあわせ あなたの笑顔の裏を科学する

●この2冊は間違っている。
 ギルバートの本の邦題と、ネトルの本の邦題は、入れ替えるべきだ。
 「幸せは先にある」と説いているのはネトルであって、ギルバートは「幸せは先にない」と目からウロコを狙って書いているのだから。

●両者とも表紙が黄色なのはなぜ。
 色彩心理学的に、happiness=黄色だとか?
 原書は黄色ではない、黄色を使ったのは日本側の判断。なぜだ?

 ネトルの本についてはたいへんkampaiなので、別のエントリにてまとめて書きます。
  → 『進化心理学的相対主義者が語る「目からウロコの幸福学」』
 以下はギルバートと、その本について。

●●●小玉7●●●

アンカー【幸せはその先にはないぞ】


 邦題は『幸せはいつもちょっと先にある』となっているが、この本は実際は「幸せはいつもちょっと先にはないぞ」と説いている。というか、「あんたら衆生がやってる将来の見通しは、こんなにぐだぐだでトンチンカンなんですぜ」とねちっこく畳みかけてくるのがこの本。
 さらにいえば、幸福のゲットの仕方の本でもなければ、幸せとは何なのか解析結果を披露してくれる本でもない。
 そもそも、著者の専門は認知バイアス(間違った考え方が発生するパターン)や感情予測(affective forecasting:未来の気持ちは予測できるか)研究で、特に「感情の予測ははずれまくりまっせ」という主題の研究で有名。そのようなおじさんが書くモノに『幸せはいつもちょっと先にある』なんて日本語タイトルをつけたもんだから、「読んでも幸せがわかんないじゃん」という「予測がはずれた否定的感情」なご不満感想文が巷には出回っていたり。
p.37  われわれは想像上の最高のあすと戯(たわむ)れたがる

ヒトは判断を下した後にオノレが感じる感情を予測し損ねるものである
2007/08 EurekAlert Humans mispredict their emotions after decision making

失恋は、意外にたいしたことはございません
2007/08 ScienceDaily Breaking Up May Not Be As Hard As The Song Says
 恋わずらいがひどいほど、失恋のダメージは軽く、回復も早い

追記:
2009/05 EurekAlert Achieving fame, wealth and beauty are psychological dead ends, study says
名声、富と美しさ
 その探究は、幸福をもたらすどころか、かえって不幸になりますよ!


◆左表紙

 原書
 『Stumbling on Happiness: Think You Know What Makes You Happy?』
 Daniel Todd Gilbert
 ダニエル・トッド・ギルバート
 HarperPerennial (2007/2/5).


 原題は「幸福につまずいて あなたを幸せにするものはナニ?」。
 原書の表紙は「バナナの皮でスッテンコロリン」の図。予測した幸福が、全然予測どおりじゃなくてスッテンコロリン。そういう内容の本であるわけです。
 本人も当該書の中で書いているが、「こうすれば幸せになれる」という衆生の思い込みをぶちこわすのが目的の本。衆生が期待する「読めば幸せになれるかな」とはかけはなれている。

... 以下つづき...

〓〓〓 EP 〓〓〓



p.46 ●右画
・第4部では第二の欠点について説明する。想像の産物は……なんというか、その、それほど想像に富んでいない。想像した未来が現実の今とそっくりな場合があるのはそのためだ。

・第5部では第三の欠点について説明する。想像は、未来に到着したときわれわれがどう思うかをうまく伝えてくれない。未来の出来事を先読みするのがむずかしいというなら、その出来事が起こったときどう感じるか先読みするのはもっとむずかしい。

・最後に、第6部では、なぜ先見の錯覚が実体験やおばあちゃんから受け継いだ知恵で簡単に改善できないのか説明する。ここで先見の錯覚に効く単純な解決法を紹介するが、たぶん、あまり積極的に聞きいれる気にならないだろう。

 ここまで読みすすめば、なぜ、ほとんどの人が舵とりと帆の操作で人生の大半をすごしながら、結局は理想郷/シャングリラ/が思っていた場所ではなかったと気づくことになるのかを理解してもらえるはずだ。


アンカー【アメリカ〜イギリス】


 著者:ダニエル・ギルバート Daniel Todd Gilbert
 このおじさんは、ハーバード大の心理学教授。つまりアメリカにおける言説と見ていい。
 (ネトルのほうはイギリスの言説。)

 当該書は本年度のアヴェンティス賞をみごと受賞している。つまり、昨年イギリスで発売された科学啓蒙書で最高のものである、と折り紙がついた。
 → 『2007年アヴェンティス賞 [ EP: end-point 科学に佇む心と身体]』
 著者は進化心理学にも通じている(冒頭の謝辞に上がるお歴々の中、見覚えのある名は:ピンカー トリヴァース トマス・ギロヴィッチ ダニエル・カーネマン ティモシー・ウィルソン)。が、アメリカの心理学らしく、反進化論者を逆撫でするような物言いは出していない。
p.22
人間の脳の最大の業績は、現実の領域には存在しない物事や出来事を想像する能力であり、この能力があるからこそ、われわれは未来について考えることができる。

 ヒトの独特さを強調し、その性質を「業績」呼ばわりする。すでに特定の価値方向に唱導しているわけで、これはアメリカ(一神教観)的に安全で正しいとされる物言い。「人のいたらなさと自由意志」を描く形になっている当該書は、アメリカに於いては宗教的にも科学的にも無問題、わりとすんなりだったろう。

 が、これイギリスで受賞したんだよね。どうなんだろう。
 どういう点で、英国科学インテリの心をわしづかみにしたんだろう。
 これは…「人はいたらないものであるから分をわきまえよ」という英国的「階級社会是認」の風土で、たいへん安全かつツカエるものだとみなされた…とか?
p.305
科学は平均的な人について、たくさんの事実を明らかにしてきた。なかでもとくに信頼できるのが、平均的な人は自分自身を平均的だと思っていない

 おまえらみんな 田吾作 にすぎないじゃないか。田吾作は田吾作としての分をわきまえるべきだ。そんな物言いにツカエる。

アンカー【同じではないという幻想】


 平均的な人は、自分自身を平均的だと思っていない。
 これは、アメリカは個性をより増しに過大評価する風土、という部分を差し引いても、ヨソの国でも普遍的に観察される傾向。
p.306-308
なぜ自分をそんなに特別だと思うのだろう。理由は少なくとも三つある。一つは、われわれ自身が特別でないとしても、われわれが自分を知っている方法が特別だということだ。
   [〜中略〜] 
2つめの理由は、自分を特別だと考えることの楽しさだ。
   [〜中略〜] 
3つめ:われわれがあらゆる人の独自性を過大に見積もる傾向を持っているからだ。つまり、われわれは、個人によるちがいが実際より大きいと考えがちだ。
   [〜中略〜] 
個々の類似点はあまたあるが、われわれがこの地上ですべきこと −− ジャックをジルと区別し、ジルをジェニファーと区別すること −− に役立たないため、だれもほとんど気にしない。そんなわけで、個々の類似点は、数少ないささやかな個々の相違点をくっきりと浮かびあがらせるための、目立たない背景にされる。
 われわれは、こうしたちがいを探し、関心を向け、じつくり考え、記憶することに多くの時間を費やしているため、ちがいの大きさや頻度を過大に見積もりがちで、そのために、実際よりも人間ひとりひとりがちがっていると考えてしまう。


 そして、個性的、独特、みんなそれぞれ違っている という物語(妄想)を再生産し続ける。(ええっ。自分も平々凡々なの!?)
 このくだりは、安藤寿康さんが投げた問い「なぜ双子の違いは過大評価されるのか」の答でもある。安藤さんは、この「必然的な偏向した性向」が織りなす世界観の2枚も3枚もウワテを読んでから、戦略を考える必要がある。「同じだと強調すればいい」のような直球勝負で衆生に語ろうとするのでは浅薄、もしくは逆効果だ。

●●●小玉7●●●

アンカー【書くのがお好き?】


●右画

 本音を言うと、内容はたいへん良い本なのだろうけれど、自分的には、この本はめちゃくちゃ読みにくかった。中盤は思いきりとばし読みしたし。orz
 ごちゃまんと折りはさまれる比喩・例示がウザすぎて骨子をとりにくい。読ませはするが、分析には向かない、いちいち顕在にしろ潜在にしろ誘導をはかられている、何かの価値観におもねているこの書きよう。塗り込められた意図。この著者の文才というか、謀りようは、ものすごいくせ者じゃないか。


 著者は若かりし頃、SF作家になりたくて作家養成講座を取り損ね、その際たまたま心理学の道に足を踏み入れることになったという経緯を持つ、フィクション系物書きフリーク。
 ●ネット Daniel Gilbert (psychologist)  〜英語圏ウィキ
 著書サイト ご近影つき ●ネット Stumbling on Happiness by Daniel Gilbert
 1957年生まれというから、彼が目指していたSFはイマドキのセカイ系ではなく、おそらく当時の世代が拓きたがっていたファビュレーションSFだったろう。(ファビュレーション:寓話。現実世界の構造をスライド・反転・結晶させる石庭のようなもの)
 かといって、そのノリを引きずって書かれた科学啓蒙読み物は、…科学の伝達には使えても、検証にはちょっと向いてないみたいだ。

 (ネトルの本もギルバートの本も邦訳はレファレンスなし)

●●●小玉7●●●

アンカー【子育ては苦い幸せ】


 進化心理学にも(専門ではなけれど)かんでいる著者。
 ラストではミームについてもひとしきり述べている。
  ・子どもを育てることは実際には幸せではないのに、
   育児は幸福だとヒトに錯覚させるミームが多い。(p.295〜)
 その書きようのスキマからは、ヒトがそういうミームを発達させたからこそ、実際の育児幸福度は低いままでも繁殖できているという皮肉な生物学的事実(もしかしたらヒト以外の育児は_本当に_幸福なのかもしれない!)が読みとれる。

 はいはい。「育児は幸福」ミームの再生産が弱まれば、そりゃ世の中自然にヒト出生率も減っていきましょうて。
 → 『ミームとは』
子供を持つと幸せだというのはガセ
 子がいると、大人はうつ状態になる率が高くなる
2005/12 EurekAlert Feeling the holiday blues? Then you must have children

女性の幸福において重要なのは子どもの有無にあらず 〜Amy Pienta.
 大事なのは、人生の伴侶がいるかどうか
 幸福度は、子どもがない人より、若くして母になった人のほうが、実は低いんですよarama
2007/05 ScienceDaily Deciding When To Have A Child, If Ever: The Impacts Later In Life

 「幸福度」と「繁殖度」は比例しないその最たる好例だ。

 自分が、ピンカーは [踏み抜いている] と感じるのは、彼が「繁殖していない」から。
 彼はシェーカー教徒の轍(p.296)を踏んでいる。自分としては、ついついそうサスペクトしてしまうのだけれど、実際はどうなんだろう。

 皮肉なことに、アメリカは幸福度より効率(**成功度)を採っているんだよね。実際、国民の幸福度はかなり低いくせに、合理的なリスク管理を優先してやまない。宗教に基盤を置いている国のくせに。宗教は、幸福度に関わらず衆生を慰撫懐柔するためのツールになり下がっているのかもしれない、見た目とは裏腹に。

※ この件については楽屋のほうに試論を置きました。(アメリカとスウェーデンの幸福政策の違いについて論じているものを見かけたことがない:誰かこの方面の資料知らない?)
 → 『効率、幸福、コントロール幻想』

●●●小玉7●●●

アンカー【進化心理学が語る「幸福」例】


 ついでに、進化心理学が語る「幸福」の例。
●本ミニ 「心の仕組み 人間関係にどう関わるか 上」 スティーブン・ピンカー著 日本放送出版協会 2003/06

p.81
自然淘汰がご先祖の環境でなにかを達成させるべく私たちを設計したことと、幸福や美徳がなんの関係もないことだけは確信をもっていえる。幸福や美徳を選び取るのは私たちである。

 西欧的強迫観念「自由意志」に媚び媚びの言説。↑
 ピンカーは、わかってやってるんだろうな、こういうブラフを。

 「自由意志」基準ではなく、→ 『魚は痛みを感じるか/動物の苦しみ』 に記した概念「苦」に通じるような、東洋的視点はこちらで拝読できる。↓
●本ミニ 「感情の猿=人(エンジン)」 菅原和孝著 弘文堂 2002/08
 
p.311
 あらゆる生命体は「良くあること」(well-being)を実現すべく全力を尽くしている。少なくとも知覚世界をもつ動物にとって、その「良くあること」の中心部には「安寧」がある。そうした「安寧」の究極的なゴールが繁殖の成功であると信じこむとき、動物はすべて「効率的な行為主体」に変貌し、「どかす/どく」という相互作用にあけくれる〈対象体〉たちの寄せ集めしか構成しないものとみなされる。
 しかし、わたしたちが日々遂行している言語行為をちょっとでもふりかえるとわかることがある。「発語内的な力」をふるうことと繁殖成功との関係はどう考えても非決定的(間接的)な過程である。人間が文化をもっているからそうなのだ、というのはなんの説明にもなっていない。いちばん簡潔な理解のしかたは、動物においてもまた、内在的な意味に満ちたコミュニケーションと繁殖との関係は非決定的であると認めてしまうことである。仲間性を問題にすることの真の意義がここにはある。つまり、どんな形であれ「特異的な仲間」が成立した瞬間に、「効率」ではなく「安寧」への意志こそが、霊長類的な実存にとってもっとも重要な動機づけとなるのである。


 「内在的な意味に満ちたコミュニケーションと繁殖との関係は非決定的である」。
 「幸せな生活」と「繁殖成功度」は比例しない。

  社会設計をする立場の者 からすれば、このような言説は市井には流通させず、ふつうに 「幸せなブタ」として繁殖にいそしんでいてもらいたいところ、めいた図になるのかな。
 知らずに「育児は幸せなはず/幸せな育児をする物語に乗る」生活に耽溺するか、知っていてなおかつ「世間の育児幸福妄想に乗ったフリをする」か、そ れ と  も
 → 『【知る/知らせない】知る位置に来る/知らない位置にとどまる』

●●●小玉7●●●

 この項は「幸福設計」がらみでこさえようとしている一連のエントリの一つで、半ば書きかけ。ほかのエントリが形になるにつれ、あとで内容を更改するかもしれません。半端ですみません。





メタル
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筆者:雨崎良未
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