[ EP: 科学に佇む心と身体 ]

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遺伝医療とこころのケア:先駆者と当事者の声

カテゴリ[科学に佇む2007年] 2007/06/03
◆左表紙

 『遺伝医療とこころのケア 臨床心理士として』
 玉井真理子 (著) 日本放送出版協会 (2006/12)
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 遺伝子のパターンが関わる病。遺伝病や遺伝子病、その診断と向きあう、もしくは向きあうかどうかためらっている人々の心に、よりそい、カウンセリングを試み、見守る。
 そんな遺伝障害・遺伝カウンセリングに関わりがある書籍はいくつか読んできたけれど、
   ●本ミニ 『遺伝相談と心理臨床』
   ●本ミニ 『いのちはプレゼント ぼくは18トリソミー』
   ●本ミニ 『法と遺伝学』
今回の玉井さんのご本は、一般の人にとって一番読みやすい良い本かもしれない。

●右画
 著者は、日本の出生前診断の倫理問題を扱う分野において、著名かつ第一線にいる人物。(※●本ミニ 坂井律子 「ルポルタージュ出生前診断」1999/06)
 ※ 出生前診断:
   胚(生まれる前の初期の赤ちゃん)の遺伝子を検査・診断する。
   結果によっては「この遺伝子異常を持つ子は産まない」という決断もなされる。
 臨床心理士であり、現在は信州大学医学部附属病院遺伝子診療部のスタッフとして「遺伝カウンセリング」にたずさわっている。
 これまで、日本ではほぼ手つかずだった遺伝カウンセリング、この仕事に手探りしながら身を投じていくことになった経緯、そしてそのときの個人の思いが、肩肘張らない柔らかい等身大の筆致で語られている。
 権威の立場ではなく、患者・当事者と同じ視野でためらいを共有していこう、耳を傾けていこうとする、その、たおやかながらもストイックな語りがたいへんここちいい。


●●●小玉7●●●

アンカー【親になる力】

 この本の白眉は、遺伝カウンセラーとして見てきた、当事者の心について述べてあるくだりだろう。

 子が持つ病気について診断が下ったとき。ふつうではないと言われたとき。
●おやごさんは「先が見えない不安」に陥る以上に、「普通の暮らしが奪われる恐怖」に襲われる。p.81
 が、おやごさんはいつまでもパニック状態にありつづけるわけではない。
p.81
 ショックを受け、一時は自分の心中にどんな感情が渦巻いているのかすらわからないような、激しい混乱のなかにあった多くの親たちは、しかし、時間をかけてゆっくりと立ち直っていく。わが子に起きるわずかな変化を大きな喜びにする力を、ゆっくりとではあるが回復させていく。それは、指導や訓練によって身につく力ではなく、親たちがもともともっている力であるように思う。
 遺伝外来では、それを選んだわけでもないのに障害児の親になってしまった人が、潜在的な力を発揮して、あるいは自分のなかから思いがけない力がわいてくることに驚きながら、障害児の親であることを選び直す過程を目の当たりにすることができる。

 親になる。子は、ふつうに我が子なのである。その強い力の現れ。
 「ふつうではない」という、その恣意的で残酷な意味投げに対する異議申し立ては、先日記した→ 「看護の禁句・看護の名句:実践者のバイブル」にも「ふつうの子育てとは何なのか」という形で立ち現れていた。

p.108
やがて親たちは気づいていく。
 障害をもっていることそのものが不幸なのではなくて、障害をもっていることは不幸だとしか思ってもらえないことこそが不幸なのだ、と。


... 以下つづき...

〓〓〓 EP 〓〓〓

 p.106、医療現場でどのような「心ない対応」をされたか、つらい例を列挙している。

 産まれたお子さんにふつうではない遺伝子が見出されたとき、
●誰に告知するべきか。父親だけに告知する判断は正しいのか。p.84
 母親には告げない、という選択肢は、いったい誰を救っているのか。
 調査では、多くの当事者は父母同席の場で告知をしてほしいと望んでいる。

 これら、障害児の親御さんの気持ちや「傷つき」については
   ●本ミニ 「染色体検査に至るまでの過程及び結果告知についての実態調査報告」
に収録された諸例も含まれているっぽい。
 我が子はふつうか、ふつうでないのか。つむぎあげた意味の落としどころを、外部から容赦なく侵襲してくる他者の言葉の数々。
p.107
 障害をもった子どもの親たちは、その事実そのものに圧倒されて戸惑っている。そんな親を、せめて傷つけないでほしい。もちろん、心理士とて例外ではない。
 傷つけないということは、決して、はれものにさわるような扱いをすることではない。実際、はれものにさわるような扱いをされたと言って、傷ついている親もいる。
 では、どうすればいいのか……。しいて言葉にするなら、親を信じて、さりげなく傍らに立ち続けることであろうか。「早く立ち直って!」ではなく、「どんなにか戸惑っているだろう」「さぞかし自分の気持ちをもてあましているだろう」と、親が感じているものを徹底してそのまま感じようとするまなざしをもち続けながら、自覚的に一定の距離を保ってそばにいることである。
 目標達成的な雰囲気が支配している医療の現場にあって、早く立ち直ってもらうための援助をひとまずわきにおき、親が感じているものをそのまま感じようとするまなざしをもち続けることは難しい。


●●●小玉7●●●

 傷つけようとはかって言動している者はいない。
 だのに、思いはすれ違って、苦しみを生む。
 傷つけることがない言動は、どう察知し、習得していけばいいのか。

アンカー【劇団「ジェネトピア」】

 劇団「ジェネトピア」の紹介がある。
 信州大学の医療従事者さんたちからなる有志が結成した、ボランティアな劇団。
 舞台には、「患者」「当事者」「診断をくだす人」「相談を受ける人」などの役まわりが登場し、たいへんリアルな相談・悩み・救済の現場を繰り広げてくれる。
 受診前のおやごさんのためらい。診断を告げる緊迫の一瞬。医者と行く違う当事者の思い。こんな子を産ませるなとくってかかる親戚縁者。suji 倫理は、文面や論理ではなく、感情の揺らぎを直接まのあたりにしながら考えるのが一番なのかもしれない。一種のシミュレーション演劇。
■劇団ジェネトピア
 信州大学医学部附属病院遺伝子診療部のスタッフは、「ジェネトピア」という素人劇団をつくって、遺伝についての啓発活動を行っています。
 ●ネット 遺伝医療にかかわる臨床心理士のための情報交換の場

 ジェネトピアの情報、ウェブ上に全然ないじゃん。グーグルもヤフーも、2件しかヒットしないぞ。mmm



 ジェネトピアについては、詳しくは当該書『遺伝医療とこころのケア』をご参照下さい。なかなか公演を目にする機会はないらしいのだけれど、上演の●ネット ビデオ記録は拝見することができるそうです。

 ジェネトピアとは別に、信州大の医学部には「遺伝カウンセリング演習」という授業もあるのだそうだ。
p.68
 学生はいくつかのグループにわけられ、各グループにひとつずつ、遺伝性疾患があてがわれる。学生は、その疾患の特徴や遺伝形式など、医学的な側面について調べたうえで、その疾患であればどんな相談がありうるのかを考え、相談場面のシナリオをつくる。シナリオには、相談に来た患者や家族に対して医師が一方的に説明をするだけでなく、医師と患者がやりとりをする場面や、相談の前後で患者や家族が悩む場面なども含まれる。説明のなかには、その疾患に関連する患者団体の情報も含めなければならないという、やっかいな(?)決まりごともある。シナリオにしたがって演じるのも学生自身である。

 学生それぞれに役が割り振られ、半ばアドリブで遺伝相談の現場をかいくぐってみる、シミュレーションする。医者顔負けの医学的知識を披露してしまう患者役、その情報は間違ってはいないかと思わずツッコミを入れてしまう外野など、試行錯誤のいろいろおもしろいエピソードも記されている。

●●●小玉7●●●

アンカー【遺伝子診断は運命を限定しに来る】

 ほかの病気と、遺伝性疾患は、何が違うのか。
 なぜ、遺伝性疾患には特別に「遺伝相談」や「遺伝カウンセラー」が必要になってくるのか。
 遺伝性疾患は、当事者の遺伝子を検査して診断を下す病(やまい)。遺伝子を検査して明らかになるその結果は、血圧検査やレントゲンなどほかの医療検査とはかなり性質の違うものになる。
 出てくる遺伝情報は…
p.28
不変性・予見性: 生涯変わることがなく、ときに将来の発症を予見しうる。
  個人特異性: DNAの配列そのもので個人を特定しうる。
 家系内共有性: 血縁者の遺伝的リスクまでもが否応なく明らかにされうる。

 遺伝性疾患の中には、例えば「40才代になったら必ず不治の病におそわれる」などのような、個人の未来をいやおうなく大幅に狭めてしまうものがある。その、未来を限りに来る運命が自分の中に刻まれているのかいないのか、知って備えて憂えるべきか、知らずに運命を諄々と受け入れるべきか。
 知って、その結果が否定的な意味合いを持っていた場合…
p.153
21か国の100か所の施設でハンチントン病の発症前診断を受けた4527人のうち、自殺者が5人、自殺未遂が21人、入院治療が必要なほど精神のバランスを崩した人が18人で、合わせると全体の0.97パーセント(44人)になんらかの「破滅的な出来事」があったという。

 この数字のインパクトもさることながら、気になったのは、この数字は診断を受けない者とどのくらい差があるのかないのか、これら自殺企図率は発症前診断を受ける当事者にあらかじめ知らされるのか? 当事者は、どこまでの情報を踏まえた上で、受診するかしないか判断しているんだろう??? 行動遺伝研究者が、自分の懸念を協力者に伝えずに受諾を取り付けている、そこに感じた違和感に近いかもしれない。 よけい混乱してくる。
 ハンチントン病とその発症前診断プログラム(診断ガイドライン)についても、紙数をさいてある。
 さらには、遺伝子診断は、診断の結果、発病のリスクがある者のみならず、発病のリスクがないとわかった人にも、心の不調を引き起こすことが少なくないのだと示される。p.177
 ・将来、発病する家族の看護をする運命にさいなまれる
 ・自分だけ発病からまぬがれた罪悪感
 ・発病しないからといって幸せになるわけではない現実
 ・発病しないと言うのは、実は親切なウソなのではないか!?
 陽性でも、陰性でも、診断を受けた人の心をかき乱すことになる、この遺伝子診断とは…!!

●右画
閑話。
 人心は、将来の希望を削ぎ取られると、大きなダメージを受ける。人心は「自分は将来、自分の意思しだいで変わることができる」という、希望?可能性の開き?がないと、大変苦しく逼塞する、そこから逃げだそうとする。
 これは後日、書籍「殺してやる」や「ヤバい経済学」あたりにかこつけて述べようかと考えているくだりだけれども、「可能性を限られる、将来の自由度が減る」ということはすなわち、コミュニティの中でどうしようもない立場に陥る、という状態に匹敵する、脳への入力になるのではないか。
 人間は、元来逼塞すると、リスクを冒してでも別のコミュニティに脱出する、そういう心理機序(もしくは進化的適応性)を持っていたのではないか。アフリカのコミュニティは、ヨソの部族への移動や別天地への放浪を限られてしまうと異様に逼塞する。「脱出」や「変容」の可能性を奪われる(偏見やレッテルに縛り付けられる)と、当事者は大きなダメージを受けてしまう。その解決策として、豊胸手術なり、自殺なり、そういう思い切った「打開」手段の一つとして併置されうる、「脱出」という手段。…後日改めて。
 で、何を言いたいかというと、「遺伝子診断」は「陽性」であれ「陰性」であれ、人間の将来をいやおうがなく大きく削ぎ落とすわけで、人心に大きな負担を投げかけてしまう。「将来が減る」という情報だけで、その刺激入力だけで、進化心理学的に言えば、「コミュニティから排除されてヤバイゾアラート」がオンになる? 善意であっても、将来を限られると悪い結果に陥る性質が人類にはあるんじゃないか、殺人衝動や恋愛衝動と同じような進化心理学的機序で。だから進化心理学は進化心理学的に悪い結果に陥るのであってというどうどうめぐり。
 なんかそんな仮説を話したくなってしまったと、まあそんなことなのですが。


アンカー【男は発症前診断を希望する?】

 そういえば、「日本においてハンチントン病の発症前診断を希望しない者は、すべて女性である」という、これまたある意味ショッキングな指摘を見かけたのですが。yan
   ●ネット 「ポストゲノム時代における生物医学とジェンダーに関する研究会」第3回
 諸外国では女性の受診希望の割合は高く、日本での結果は文化的なジェンダー差が何らかの意味で影響しているのではないかと考えられる。

 これはいったい何がどう作用して、「日本の女は知らずにいたがる」ことになっているのか、なぜ「日本の男は知らずにはいられないのか」。 たいへん気になるところ。

●●●小玉7●●●

アンカー【DNA伝説お手軽バージョン】

 p.16からひとしきり、海外や日本におけるDNA伝説の例を挙げてある。
 先週書いたこれの話です。→ DNA伝説:イコンとしての遺伝子

●●●小玉7●●●

 さても、生命倫理、心理カウンセリング、いずれにもゴールはない。
 日々刻々、時代も状況も人心も変わる、そして我々はみな一様ではない。それぞれに物語を紡ぎ、それぞれの物語を生命倫理は無粋に縛りに来…。 縛りっぱなしではいけない。 いつも、何度も、いつまでも、ほどいては縛り、ほどいては縛りなおし、の作業が繰り返される、どこかですべてが終わる終着点を見いだせる世界ではない。
p.76
 わたしの尊敬するある先生から、現代社会における生命の意味を考えるということは、背負っている重い荷物を腰をかがめてもう一度背負い直すことだ、と教えていただいたことがある。出生前診断の現場に身をおくものとして、今しなければならないのは、荷物の重さを感じる感受性を失わないことと、腰をかがめることをいとわないことかもしれない。

 どこかで終わらせようと、「倫理の決定打」を編むべく高邁な理想に燃える人間は、男に多いような気がしている。
 現場の多様性に寄り添い、予測を超えた事態にも忍耐強く合わせていこうとする者には、女が目立つような気がしている。
 枠を超えよう。



メタル

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筆者:雨崎良未
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