自殺を行った者と同じ遺伝子を持つ者は、そうでない者より自殺率が高い。
うつ病を発症しやすい家系でも、自殺者が出る家系と、出ない家系がある。
自殺につながるうつ病と、自殺につながらないうつ病は、どこが違うのか。
【その1】自殺と遺伝
2005/08 Psychiatric Times Vol. XXII Issue 9 The Genetic Basis of Suicidal Behavior
自殺行為をおかす人々の9割以上は、精神医学的な障害(大部分はうつ病・躁鬱病などの気分障害)を抱えている(〜Mann, 2003)
とはいえ、心の病がなんでもかでも自殺を招くわけではない
アーミッシでの調査では、鬱の家系でも、自殺がある家系と無い家系があるわけで
おそらくストレスに関する反応の様態が、自殺行動の有無につながりやすいと見られる
臨床的には、悲観性向に加えて衝動的な攻撃性(自暴自棄)をもたらす遺伝的要因に注目するべきか
一卵性双生児では双方が自殺行動をおかす割合は18%もあるのに、二卵性では1%に満たないわけで
それら性向に関わる遺伝子群の候補として、セロトニンに関わるトリプトファン水酸化酵素(TPH)をこさえるTPH1やTPH2遺伝子が挙がっている
自殺者の脳解剖からは、腹側前頭葉前部皮質でセロトニンの伝達が弱そうだと報告されている
また、HTTLPRのSS遺伝子型が、TPH1とは別に自殺未遂の繰り返しを招くっぽい気配も
自殺企図者の9割は、心の病に陥っていたという。
日本の調査では、 自殺者の8割が心を病んでいた。
でも、心の病がなんでもかでも自殺につながるというわけではない。
うつ病は自殺率をアップさせるが、うつ病がすべて自殺を招くわけでもない。
何が違うのか。
うつ病などの心の危機に見舞われて、そこで「自暴自棄」になりやすいか否か、「衝動的な攻撃性」に襲われてしまうかどうかが、自殺の分かれ道になるらしい。
自殺者の8割が心を病んでいたその調査について記してある下記の本においても、自殺行動の有無は「衝動的な攻撃性」がみられるかどうかに関わっていそうだとの推察が記されている。
... 以下つづき...


『人はなぜ自殺するのか 心理学的剖検調査から見えてくるもの』
張賢徳 (ちょう よしのり 著)
勉誠出版 (2006/12)
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著者・張賢徳氏は自殺者の8割が心の病という結果をものした心理学的剖検調査をはじめとするさまざまな調査にもとづき、以下の旨述べる。p146-
・うつ病に陥って「死にたい」という考えを抱く場合、自殺未遂を行う人は4割弱
統合失調症で「死にたい」という考えを抱く場合、自殺未遂を行う人は6割強
・うつ病に陥って「自殺したい」と思う場合、自殺未遂を行う人は5割強
統合失調症で「自殺したい」と思う場合、自殺未遂を行う人は8割強
・統合失調症に伴う自殺の場合、特定の苦しみに追いつめられ
いろいろ考えた末に決意して、自殺を決行する傾向が推察される。
ゆえに、自殺願望から自殺の実行に至る割合が高い。
・うつ病では「死にたい」思考が「死ぬことしか考えられない」膠着状態に陥った末に
記憶が飛ぶほどの興奮状態に陥ると、自殺行為が決行される気配がある。
・つまり、同じ心の病から至る自殺行為でも、
死ぬ覚悟を固めて自殺をする場合と、我を失って自殺に走る場合(解離状態)とに
大きく二分される気配がある。
そして当該書の後半、著者・張賢徳氏は「自殺に関わる遺伝的要因」についてかなりの頁数を割いている。p162-
・自殺の遺伝学的研究報告が見られるようになるのは1960年代後半から
・双生児研究では、一卵性双生児の自殺一致率14.9%に対し、
二卵性の一致率はわずか0.7%
( 先のPsychiatric Times では数値は18%と0.7%)
双生児における自殺一致率、と言われて思い出されるのが故・ブレンダの事例。
かほどのすさまじくもストレスフルな人生は、確実にこの二人の命を潰えさせてしまった。

【自殺を因数分解してみよう】さらに。
張賢徳氏は、遺伝要因と自殺行動の相関を考えるのであれば、自殺行動を攻撃性、衝動性、興奮などの行動成分に分解して、それらに対応する遺伝要因を探索する方向性が現実的な戦略だろう、との旨述べた上で、我を失っての行動である解離状態を、自殺行動の手がかりとして取りあげる。p163-164
ネガティブな感情に覆われて行き詰まった末に、自暴自棄に思わぬ行動を採ってしまうほどの興奮状態を発生させてしまうような、そんな脆弱さを持つ脳をこさえる、遺伝子セットとは。

【まず、うつ病に関わる遺伝要因】NEWMOOD:うつ病の遺伝要因を探れプロジェクト
2004/04 【日本語記事】ネイチャーバイオニュース うつ病の遺伝学を探る 新しい抗うつ剤の開発に期待
うつ病は遺伝的な要因と環境要因の両方によって引きおこされると考えられている。遺伝的にうつ病にかかりやすい傾向のある人では、長期にわたる病気とか死別のような慢性的なストレスが病気の引き金となるのかもしれない。
EUから資金を受けたプロジェクト「NEWMOOD」は今後13の研究所で5年間にわたって実施される
アル中、うつ病に関係する遺伝子@第1染色体上
2001/05 EurekAlert New study locates genes that may predict alcoholism, depression
自殺企図と遺伝 セロトニン生成:トリプトファン水酸化酵素 (TPH)を左右する遺伝子を特定
2001/04 EurekAlert Genetic contributions to suicide
2001/04 BBC NEWS 'Suicidal genes' identified
ヒト染色体の13番と22番は、躁鬱病と統合失調症に寄与する遺伝子を含むっぽい
2003/04 EurekAlert Families with severe form of bipolar disorder help scientists narrow the search for disease genes
13番染色体の長腕に統合失調症とうつ病に関わる遺伝子 G30 and G72
2003/04 EurekAlert Gene variation raises risk of bipolar disorder and schizophrenia
双極性気分障害(躁鬱病)の1割に関与する遺伝子GRK3
2003/06 University of California UCSD Researchers Identify Gene Involved in Bipolar Disorder
2003/06 【日本語記事】ワイアードジャパン 躁鬱病の発症に特定の変異遺伝子が関与
GRK3の変異が症例の1割にみられる
2003/06 BBC News Gene for manic depression
治療で良くなりにくいうつ病をこさえる突然変異遺伝子がありました
2004/12 EurekAlert Mutant gene linked to treatment-resistant depression
Tryptophan Hydroxylase-2 脳のセロトニン合成を調節する酵素トリプトファン・ヒドロキシラーゼ2
ささいな、一文字違いのトリプトファン水酸化酵素遺伝子(Tph2)バリエーションを持つネズミは、セロトニン合成が5〜7割も少ない
大うつ病は4〜7割遺伝するとみなされているが、発病には環境要因が関わってくる
2004/07 BBC News Gene fault linked to depression
2004/07 Duke University Medical Center Brain serotonin enzyme finding might explain psychiatric disorders
第四染色体上の「FAT」という名の遺伝子が躁鬱病の発症率を左右する
2006/01 EurekAlert Fat chance of becoming manic-depressive
躁鬱病は50人に一人が罹る病であり、発症者6人に一人は自殺行動を冒してしまう
2006/01 New Scientist New gene linked to bipolar disorder
遺伝性躁鬱病とSlynar遺伝子@12番染色体
2006/10 EurekAlert New gene linked to bipolar disorder
遺伝性躁鬱病にもいろいろあるんだね
イギリスとデンマークの特定に家系に発生する躁鬱病は、こいつのせい
いろいろ研究が進んでいます。
関わりがありそうな遺伝子は何種類もあります。
すべてが明らかになるのはまだまだ先のこと。
そして、少なくとも特定の遺伝子が長いか・短いかで、ストレスに強い(うつにならない)か、弱い(うつ病に陥りかねない)か、が決まってきたりするらしい。
鬱病遺伝子 5-HTTが長いとストレスに強いのか
2003/07 共同通信 うつ病発症率、遺伝子のタイプに差
2003/07 【日本語記事】ワイアードジャパン 鬱病のなりやすさは遺伝子の長さで決まる?
2003/07 【日本語記事】ネイチャーバイオニュース うつ病の発症リスクを遺伝子から予測する
5-HTTタンパク質を手がかりとした新薬開発の望み
2003/07 BBC News Scientists find depression gene
生活上のストレスによるうつ病発症に遺伝子が関与
2003/07 EurekAlert Gene helps determine whether the stresses of life push you into depression
2003/07 EurekAlert Gene more than doubles risk of depression following life stresses
2003/07 EurekAlert Study suggests interplay of gene, stress can predict depression
うつに関わる遺伝子変異、脳の感情制御回路を弱めているのかも
感情-制御回路の灰白質が少なく、ネガティブな感情の処理が弱め
2005/05 EurekAlert Depression gene may weaken mood-regulating circuit
セロトニンの動向に関わる遺伝子が短いタイプである場合、作られるタンパク質は少ないわ、セロトニンのリサイクルがうまく行かないわで、ストレスから鬱になる率が高くなる。
ネガティブな感情に関与するpulvinar (視床枕)が大きめになる遺伝子
視床枕は、ネガティブな感情を処理する脳領域と結託している
セロトニンの動向に関わる遺伝子が短いタイプ「SERT-s」のセットである場合、ネガ感情が大きくなりがちでうつにもなりやすい
2006/11 EurekAlert Gene linked with mental illness shapes brain region, researchers find
視床枕のサイズは、精神疾患の既往歴とは相関していない 〜Dwight German
彼らを早期に特定して、うつになりやすい脳に育ちあがらないよう工夫できないか

【自殺と遺伝子と衝動的な攻撃性】うつ病を起こしやすいが自殺は起こさない遺伝要因と、うつ病から自殺に至りやすい遺伝要因がある。
では、その差は何なのか。
自殺に至る行動を因数分解してみる と、自殺率の差をもたらしているのは「衝動的な攻撃性(自暴自棄)」に見舞われやすいか否かなのか?
躁鬱病に見られる衝動的な攻撃性は、2〜6割が遺伝学的な要因で左右されてるんじゃないか 〜Antonia New
調査対象はHTR1BとHTR2A
2003/01 Psychiatric NewsVolume 38 Number 2 Genes May Play Key Role In Impulsive Aggression in BPD
自殺行動を引き起こしやすい遺伝子の型
2007/03 ScienceDaily Study Links Attempted Suicide With Genetic Evidence Identified In Previous Suicide Research
最近の3つの研究がいずれも第2染色体を指している
このような研究からやがて自殺のリスクの高い人々を峻別できるようになればいいな 〜Virginia Willour
15〜54才で自殺行動を行うアメリカ人は5%弱にのぼる
2007/02 EurekAlert Study links attempted suicide with genetic evidence identified in previous suicide research
「衝動的な攻撃性(自暴自棄)」といえば。
想起されるのは「抗うつ剤を処方された青少年が自殺をするケース」。
これも、「衝動的な攻撃性(自暴自棄)」が関わるのだとすれば。
うつ状態は薬でやわらぐが、そのぶん「衝動的な攻撃性(自暴自棄)」が歯止めが利かなくなる、そのせいで自殺が発生する?
そも、大人より青少年や児童のほうが、どっちかというとおしなべてもとより「衝動的な攻撃性(自暴自棄)」傾向は高め。「抗うつ剤を飲んだ青少年が自殺に走ることがある」のもむべなるかな?
遺伝子の型を調べて「衝動的な攻撃性(自暴自棄)」がやばいレベルの患者さんには抗うつ剤の処方は要注意、そういうオーダーメイドな自殺予防策もこれからは採っていけるのかもしれない。
その後の記事 追記:
報酬回路とCREB1遺伝子
神経経済学と遺伝学の最初のリンク
CREBコーディングの近くに特定の遺伝子バリエーションをもつ男性は、うつ状態のときに怒りが暴発しやすくなる
同じ変異は、抗うつ療法で自殺に走る率を3倍にする2008/08 EurekAlert Study finds connections between genetics, brain activity and preference
研究は、遺伝学、脳活動と好みの間で関係を発見する
そのほか、自殺・うつ病関連の記事リンクはこちらに集積してあります

うつの家系
2005/02 ScienCentral Generational Depression
両親や祖父母にうつ病があったお子さん、女の子は不安症、男の子は行動障害がみられがち(つまりストレスに弱いタイプだとみなしうる:こういうお子さんはのちにうつ病を発症する率が高いとされる)
遺伝要因に、環境要因が加わると、うつ病として現れやすい
縁者に患者が多いご家族、うつ病を発症しやすい家系だと認識すると、かえって気がラクになりました
日本に「うつ病に罹りやすい、自殺が発生しやすい家系」があったら、「祟りすじ」とか「呪われた家系」とか言われて、えらいたごまりになってしまうんだろうか。
遺伝子のせいです、と結論が出ると、「呪いや祟りじゃないんだね」「予防の方法も治療の方法もあるんだね」と、上の記事のご一家のように思いきりほぐれて安心してもらえるんだろうか。
でも、「呪いのような現象が起きているわけを知りたいから」「自分の遺伝子に原因がないか知りたいから」と遺伝子研究に協力しようと申し出ても、倫理上「結果を教えてもらえない」場合があるらしい。
そううつ病の発症率4.6倍の危険因子 理化学研 異常たんぱく修復役XBP1の生産不調で
2003/09 日経 理研など、躁うつ病の発症に遺伝子XBP1が影響与えること発見
XBP1についてのQ&A 〜理研・加藤忠史
『倫理委員会では、「結果をお知らせしない」ことを条件に研究が承認されていますので、XBP1の遺伝子のタイプをお知らせすることができません』
う〜ん…。
民間の遺伝子検査サービスもあるけれど、「まだ解明途上」の遺伝子研究の結果を安直に結論として伝えてしまっていいものかどうか、そして、民間サービスの内実(プライバシー保護など)の危うさもあるし…。(うつ病の家系だと知れると就職できないなどの差別に遭う恐れ)
時期尚早か。

遺伝的にストレスに対して脆弱さを持つ脳であっても、ストレスフルな目に遭いさえしなければ、とどこおりなく人生は謳歌できる。(環境要因に関係なく遺伝要因から発症してしまう事例もあります)
うつに陥りやすい脳であっても、自暴自棄スイッチが入りにくいタイプの人は、自殺をはかる率が低い。
こういう、「普通な範囲の性格」が、環境要因(生活ストレス)しだいで生死に関わる結果をもたらす場合に限った場合、「性格の遺伝、行動の遺伝」がらみの話はプッシュして行きやすいのかもしれない。
→2007/04 行動遺伝研究を、世間や各立場はどう見ているか
→2007/04 「遺伝教育学」はどう展開するのか
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