かねてより、安藤氏は、研究を進める上でたいへん心労を尽くしていなさいます。
行動遺伝の研究成果は悪用されやすい
優生学がらみで世間から攻撃されやすい
絶対悪用は防がなくてはならない
環境の影響についてもじゅうぶん検証を尽くすぞ
表現の端々にも粗相がないように神経をはらって行くぞ
その一方で、
科学倫理の人とのシンポジウムで話が噛み合わない
対話の際に論点を先走って受け取る傾向がある
心理学研究の倫理について、「正義」という表現を用いる
行動遺伝研究を「指輪物語」に喩えて「指輪をみんなで元に戻してくれ」と訴えかける
何か腑に落ちない点を感じて、私はどうもひっかかっていた。
こんなにテンションと使命感(ナルシスム?)が高いのは、世間からさんざん不当な突っ込みを受けていて、ほとほと閉口しているからなのだろうか、うまくさばききれていないのだろうか、と解釈してしまった。
ところが。
このたび、安藤氏ご本人から連絡をいただいて判明したことには、実際は全く逆で、安藤さんの研究にツッコミを入れてくれる人は_全くいなかった_、とのこと。
え”?
ということは、…どういうこと?
【Q1:安藤さんが想定するつっこみがなかったのはなぜ】1-1:単に安藤さんが「ツッコミを受けて当然の研究だ」と独り相撲をしている?
欧米のレベルと同様の倫理論争になるはずだと想定している?
実際は日本では、欧米ほどの腫れ物にさわるようなビクビクさに終始しなくてもいい?
1-2:単に行動遺伝研究が何をやっているか、世に知られていないだけ?
世間のみならず、異分野に対してもビジビリティが低い、露出が少ない?
知られれば、ツッコミはそれなりに発生してくるのか?
1-3:安藤氏が慎重さを尽くした結果、つっこみようのないみごとな研究成果をものしている?
環境影響をも調べて提示する、それがもうじゅうぶん正解になっている?
... 以下つづき...

日本では脳神経倫理の立ち上げは早いほうだったけれど、いまいち伸び悩んでいると聞き及んでいる。
『生物多様性という名の革命』の岸氏は、日本の生物多様性論議の平板さに失望をあらわしている。
もしかしたら、日本は倫理に関してはたいがいそんなものだったりする?
倫理に限らなくとも、いろいろな分野の人が集う場所では、お互いの用語や前提が噛み合わなくて気まずく押し黙っていく展開はけっこうあるようだし。
(個人の主張をぶちとおす米国では、そんなことは気にせずまくしたてることが多い。
場を読むことを重んじる日本では「こいつわかってない、通じない」気配に敏感すぎて、押し黙り傾向が顕著になってしまうのかな?)
1-2+:行動遺伝学の成果は、実際知られているとは言い難い。
過日の『サイエンスZERO:双子研究・行動遺伝』にしても、物議をかもしそうなデータは(「わかりやすさ」配慮の結果ではあれど)紹介されていない。
知られていないからこそ、何が起きうるのか想像もしていないのかもしれない。
安藤氏は、何が起きうると想定しているのか。
各立場の人は、行動遺伝の研究と聞いて、何を想像するのか。
「何が起きうる」と知らしめるべきなのか。
1-3+:安藤氏は、できうる限りの配慮は尽くしている。
ただ、どんな配慮が適切なのかを外部に問い合わせきれているかというと、微妙かもしれない。
求められる配慮と、安藤氏が想定する「なすべき配慮」がずれているか否かは、安藤氏に対するツッコミがない現状から鑑みても、なんぼかこれから検証するべき課題なのかも。

安藤寿康・安藤典明編『事例に学ぶ心理学者のための研究倫理』 ナカニシヤ出版 2005/07
安藤寿康「行動遺伝学の正義」
「行動遺伝学は悪の学問」と言われたことがある。
ヒトゲノムがすべて解明される時代に突入し,遺伝子と人間行動との関連性の探求をめざすのが行動遺伝学だといえば,現代科学のあらゆるテーマのなかでも最も重要でチャレンジングなテーマを掲げる学問のはずである。にもかかわらず,わが国にはほんの数える程度の研究者しかおらず,その研究成果は日本の心理学のテキストで依然としてほとんど省みられない。これは人間行動の遺伝研究が,基本的に人倫や正義にもとるという危惧が人々の心に根強くあるからではないかと思う。
[〜中略〜]
容易に想像がつくように,もし高い知能,優れた素質,明るく健康な性格に関わる遺伝子,あるいは逆に精神病理や犯罪行動に絡む遺伝子を科学的に突き止めたなどと発表した暁には,それが事実であろうとなかろうと,遺伝子による差別や遺伝子操作によるデザイナー・ベビーの創造など,正義や倫理に真っ向から抵触するような事態がつぎつぎと発生することが危ぶまれる。このような歴史的汚点と未来への危険に満ちた行動遺伝学に正義はあるのだろうか。
冒険を冒すのが行動遺伝学。
行動遺伝学はえんがちょされていると「思う」。
歴史的汚点と危険に満ちた行動遺伝学。
行動遺伝学に正義を。

【Q2:「正義の行使」や「指輪物語」を行動遺伝研究の展望として用いるのはこの場合適切だろうか】※「指輪物語」 〜言わずとしれた「ロード・オブ・ザ・リング」の邦訳題名
2-1:倫理を語る場合に「正義」という概念は使えるのだろうか
簡単に善悪や正邪を判別できるようなら倫理問題以前に片が付くのではないか
倫理をめぐる場合、簡単に善悪や正邪を判別できないからこそ難題になるのであって
2-2:環境影響から来るヒロイズムがまつわりついていないか
エリート層特有の義務、使命、間違いはあってはならない、高みを極めよ、そんな強迫観念
庶民のものの見方を、エリート的に想定し間違っている可能性はないか
2-3:西欧でありがちな図式を描いていないか 西欧ローカルな世界観に影響されていないか
二分観、二極観、神と悪魔、絶対的価値が存在するという想定、スチュワードシップ、パターナリズム…
はなから行動遺伝学を「パンドラの箱」と決めつける想定
悪は絶対に存在するのであり阻止すべきものであると
これ東洋的観点から見ると、また違ってきたりはしないだろうか
安藤氏は「指輪物語」のキャラにみられる葛藤は参考になる、とおっしゃるけれど、一般が「ロード・オブ・ザ・リング」と言われて描く図は「悪魔と正義の闘い」めいたヒロイズムなRPGものになっちゃうです。
想定する物語しだいで、世の中諸般、展望も意味合いもまったく異なる姿で立ち現れます。
悲惨な将来の物語を提示すれば、将来悲惨なことが起きるのだと刷り込まれやすい。
行動遺伝の研究の展望をあらわすには、どのような「寓話」が適切なのか。
ヒトラーや優生学を想定すれば、ものすごいガチガチの防御で怯えたくなるだろうし。
私の提案は「十牛図」。善悪を想定しない話。「正義」話の対極としての候補。
ほかにも何か、あてはめると視点が変わりそうな「寓話」の候補があれば、諸氏ご示唆下さいますよう。

【Q3:優等生とはどのような存在か】「安藤さんはツッコミに嘖/さいな/まれているのだ」という誤解の元に記していた私の文章を見て、安藤さんから「そこまで優等生であることを要求するのか!」と苦言が送られてきた。
すみません、逆です。
ツッコミがないなら、逆です。
ツッコミがないなら、見えない影に怯えて崇高すぎる優等生の姿を描き苦しむより、実際のツッコミの正体をあばき見て「この程度の優等生で良かったんだね」と肩の力を抜くべきだ。
安藤さんはツッコミに嘖まれているのではなく、自分がどこまでどのように配慮すればいいのか把握できていない現状に、見えない影に、嘖まれているのではないか。
で、私は世間一般とは言えない人間であり、全く世間の声を代表しているとは言い難い。
行動遺伝の研究と、研究者は、どうあるべきか。
これは調べる余地がまだたくさんあるんですよね?(上掲「行動遺伝学の正義」文中で、日本のパーソナリティ心理学者に関しては、遺伝研究に抵抗が少ないという調査結果があることを紹介なさっている)
かといって、調べる作業まで行動遺伝研究が自らなすべき事だとみなしていいものかどうか。
サイエンススタディーズ系の人が、この調査の余地に興味を持って下さるといいんですが。

【2-3+:相手は、欧米か?】書きながらふと思ったのだけれど、安藤さんが想定しているのは、そもそも全然日本なんかではなくて欧米のほうなんだろうか。
日本を相手にしているのではなく、もともと欧米の研究者を、ツッコんでくる相手・競争すべき相手として、想定しているんだろうか。
だから「指輪物語」なのだろうか。
遺伝するのは何? 鬱それとも気質? 双生児比較 〜安藤寿康ほか
2002/11 EurekAlert! What does one inherit: depression or temperament?

安藤氏は私が独り書き散らしていたこのブログを見つけて、「これまで突っ込んでくれる者がいなかった」と連絡を下さった。
皮肉なことに、私のブログも「ツッコミが少ない」という点だけを見れば似たようなものでして。
ツッコミが少ないので、独り想定して突っ走る、みたいな。
まずは、独り想定どうし、お互いの想定の何がどうすれ違っているのか、そこからすりあわせなければならない。とりあえず、上、箇条書きにしてみました。
さても、安藤氏は公開の場で話をしたいとのご意向です。私もやぶさかではない。
本当はどこかサイエンススタディーズに携わる人がいらっしゃるML等でやりたかったのですが、ノラの私がふつうに混じれそうな場所は無さげで。
このブログのコメント欄を「公開の場」とみなして、応答する場にしていこうかと思います。
公開扱いゆえ、外野からのレスポンスも混じるでしょう。
もしか、コメントが長すぎる金魚のフン状態になるようであれば、適宜新しくコメント用のエントリを増やしていきます。
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