今現在、お一方の研究者が、公開での議論を希望なさっています。
主題は研究倫理、教育倫理、行動遺伝〜脳神経倫理あたり。
先方の通信環境では、この[ EP: end-point 科学に佇む心と身体]のページが正常に表示されないのだそうです。そのため、私のもう一つのブログ[ Dorm B ]で、議論を続けたいとの意向。
私としては、閑散・閑古鳥の独り言用[ Dorm B ]よりは、ここ[ EP: end-point 科学に佇む心と身体]のほうが数十倍読者数があるし、読み手の研究者・学徒率も高いし、やるなら[ EP: end-point 科学に佇む心と身体]、もしくは倫理問題にたずさわるべき人材が多く参加しているようないずれかのメーリングリスト上で、行いたい。(というか、[ Dorm B ]ではやりたくない)
●[ EP: end-point 科学に佇む心と身体]のページが閲覧できない場合、その原因は何か。
特定のブラウザで閲覧できない現象にでくわしたことがある人、ご連絡下さいませんか。
●教育倫理、ナラティブ研究、医療倫理、脳神経倫理などの話をまったり交わせる濃い場をご存じの方はいらっしゃいませんか。(mixiは使いづらいと思う)
まだ春休みなので研究者・学徒は戻りきっていないかもしれないという、このタイミングが微妙にじれったい。
医療社会学のML(med-socio)でやれないかとも思うけれど…分野違いで邪魔がられるかもしれない。
【追伸:STSのMLが良さそうなのだけれど、加入方法がわからない。
その後、[ EP: end-point 科学に佇む心と身体]を閲覧できなかった先方さん、閲覧できるようになったとのこと。ということで、後日このブログでラウンド開くことにいたします。お騒がせいたしました。m(__)m】


『月刊『現代思想』2006年10月 特集「脳科学の未来」』
青土社
[ Amazon ] [bk1]
*【討議】
* 茂木健一郎+郡司ペギオ−幸夫+池上高志 :意識とクオリアの解法
*【インタビュー】
* 神谷之康:マインド・リーディング
* 片山容一・小松美彦:脳はいかなる存在か DBS・認知機能・植物状態・脳死状態
*【意識】
* エヴァン・トンプソン+フランシスコ・J・ヴァレラ ラディカルな身体化 神経ダイナミクスと意識
* 前野隆司:自由意志は存在しないか
*【感情/情動】
* 茂木健一郎:脳科学における「統計的な描像」を超えるために
* 福田正治:情動・感情のメカニズム 進化論的感情階層仮説の視点から
*【言語】
* 山鳥重:ことばを生む心
* 岡ノ谷一夫:鳥の歌とヒトのことば 発声の獲得と脳機構
*【運動】
* 松野孝一郎:浮かび上がる量子脳
* 内藤栄一:ヒトの身体像の脳内再現と身体運動制御との関係
*【ニューロエシックス】
* 粥川準二:牢獄からの解放? 脳神経の科学、倫理、そして政治
* 香川知晶:ニューロエシックスの新しさ
*【哲学】
* 小泉義之:脳表面の動的発生 ドゥルーズ 『意味の論理学』 に即して
* 美馬達哉:可塑性とその分身 メタ可塑性を導入する
世間的には茂木さんがのしているので、そこから手にとる人も多かったらしい一冊。
個人的には、茂木さんや物理系のひとばらが語る言葉はさっぱり。クオリアにしろ、ほぼ日本ローカルというか、単に茂木さんのメディア露出によってメディアに影響される範囲だけが茂木さんの趣味に靡いているだけのような気がしたり。

出色に面白かったのは、片山容一・小松美彦「脳はいかなる存在か」。
・脳還元主義への懸念が述べられ。
・既存の生命倫理学は、科学・医学的な事柄の真偽を自ら検証しない傾向があり。
・その点ではニューロエシックスも同じ穴。
・片山氏は脳深部刺激療法(DBS)の権威。脳神経医学の理論・実践ではたいへん慎重なスタンス。
・「植物状態」にある人間に対して行うDBSの効果と倫理の問題。
・日本におけるロボトミー論争は共闘の時代が最後、つまり団塊の世代以降は倫理議論の経験がない?
・「脳死」の論理とその破綻について。
・”脳死”患者が示す「ラザロ徴候」という動作のリアル。
・意識有無の判断に用いられる基準と、実際の意識の有無とに、ズレがある可能性。
小松氏譚
ないものをあると考えるなら、まだ患者は救われていると思うのです。ところが今の医学や脳科学というのは、どちらかというと、あるかもしれないのにないと決めつける方向に全体として傾いているのではないでしょうか。
[〜中略〜]
片山氏譚
意識を定義できないかぎり、議論に終わりはありません。
還元主義への懸念。
これは遺伝研究でも脳研究でも似たようなものなわけで。
... 以下つづき...

多様なスペクトル(庶民側の実感含め)が我が儘を言い合って成り立っているのがこの世界だし。
少なくともてんかんにおける脳深部刺激療法では、報酬効果は発生していない、というくだりも興味深い。
「脳深部刺激療法」=頭蓋骨に穴を開け、脳の奥に電極を設置。バッテリーは胸に埋める。
パーキンソン病治療における「脳深部刺激療法」の説明
名古屋市立大学脳神経外科(神経機能回復学)による深部脳刺激療法(DBS)の説明 いわゆる「脳ペースメーカー」の話はこちらにひととおり
「ラザロ徴候」=脳死人間が動き回る現象。キリストによって生き返った死者ラザロにちなむ。
ラザロ徴候 〜google ほか関連URL
意識障害の評価方法、ジャパン・コーマ・スケール(JCS) 「日本意識障害学会」という団体は、自サイトはないけれど会員約1000人を擁し、毎年学会を開いているらしい。

ほか、内藤栄一「ヒトの身体像の脳内再現と身体運動制御との関係」つまりオノレの体というものを脳はどう再現構築しているか、美馬達哉「可塑性とその分身 メタ可塑性を導入する」脳の可塑性を敷衍して考察する、神谷之康「マインド・リーディング」脳スキャンで心が読めるか(海外からちょくちょくその手の報道は流れてくる)、興味深い論考が盛りだくさん。
粥川氏の肩書きがなんか「科学評論家」みたいなのになってたが。科学ジャーナリストを標榜するのはやめたのか。評論家?
岡ノ谷一夫「鳥の歌とヒトのことば 発声の獲得と脳機構」に登場する即初期遺伝子 (Immediate early genes) はたいへん面白いイメージを巻き起こす存在。
即初期遺伝子とは、刺激を受けてから三〇分程度で脳において発現し、その後の脳の可塑的変化を司る一連の分子カスケードを引き起こす遺伝子である。
つまり、成長過程で受けた特定の入力によって、その後の脳構造(神経の繋がり方)に関わる遺伝子の性質が変わってしまうスイッチ。単なる「学習」以上の、なにか水路が生まれてしまう機構。これは正否に関わらずさまざまな妄想をまとって過剰に膨らんでしまいそうなおいしいモチーフだ。
「即初期遺伝子」の話は
日本赤ちゃん学会 シンポジウム「外界刺激と児の脳発達」 の中の、岡ノ谷氏「小鳥の歌発達過程:環境を写し取る脳の仕組み」でも少し拝読できる。
即初期遺伝子について、異分野のひとがたが読んで「それ面白いねぇ」と気軽に相づち打てるような記述は、ちょっとウェブ上には見あたらない気配。残念。

そして。
香川知晶「ニューロエシックスの新しさ」。
この中で、遅まきに日本の脳神経倫理学のいいだしっぺが佐倉さんであることを知る。いやもー、MLに縁がないとその手の情報は何も入ってこないもんな。

〜香川知晶「ニューロエシックスの新しさ」
{2002年5月13日と14日にサンフランシスコで開催された「ニューロエシックス、研究領域の地図作り」集会に於いて}
サファイアは、「われわれは今やニューロエシックスの世界へと歩を踏み入れたのだ。それは、人間の脳の治療や強化の正邪(the rights and wrongs)を論じる哲学の分野なのである」と宣言した。
サファイアは「《ニューロエシックス》、新分野(a New Field)の展望」という報告を行い、ニューロエシックスを「医療と生物学的研究における結果の良し悪し(good and bad)について考察するバイオエシックスのなかの独立した部門(a distinct portion)」と定義
倫理は、その時点その場の暫定的なルール「ここまではやってもいいんじゃないか」を見るものだと思っていたのだが、そういうぬるいものではなくて、トップダウンに「正邪」や「善悪」を決めるものだったのか? orz
その発想のうしろには、もしかしたら一神教の神様が仁王立ちしているのかな。
抜きがたく「正邪」という、なんだ、二分観・二極観をひっかぶり、自分はいずれかの側であると自認標榜し、世には厳然として両極が存在するのだという想定の元に、仮想的相手にちくちくやっていくということなのだろうか。
両極。あちらの論争形式?
例えば、 「98%チンパンジー」 とか、 「ヒトはなぜするのか」 とか、『本能はどこまで本能か』とか、想定上対立する一派が派閥として実在するかのように仮想敵を描きあげ、きゃつらはこのように邪であるのだ!と叩きのめすポージング。
そんな叩き合いのディスプレイ行為がなされて当然だ、みたいな感覚は、かの文化圏特有? 日本でもやっているのかな。
かの文化圏は、個の主張の闘い合いがメインになる。日本では、どっちかというと、場の変遷に従って空気読んでこのへんにしておこうよ、みたいな展開が倫理に見られる?
問題が起きる前に自粛したり過剰防衛したりするのか、問題が起きてから泥縄に防衛戦を張るのか。
泥縄。
たとえば、代理出産とか、着床前診断とか、中絶胎児幹細胞移植とか。このへんは実際の問題事例が発生する以前に、とうに起きうる倫理問題として認識されていたのに、法的に想定することはなされていなかった。
事前に過剰自粛・過剰防衛してしまっても、実際「そのとき」が来たときに世間の倫理感覚とズレが生じていたりしてしまうだろうし。(今、代理出産に関する世間の許容度調べてるよね。もう調べ終わった?)
もしくは、逐一「こんな想定が考えられますが、いかがいたしますか」と見せてあげないと、何が起こりうるのか想像できず、問題も感じられないまま?
それと、このくだり。
〜片山容一・小松美彦「脳はいかなる存在か」
小松氏譚
「二〇〇二年あたりから世界的にニューロエシックス(脳神経倫理学)という学問領域が登場してきました。日本でもJST(独立行政法人科学技術振興機構)が二〇〇五年からニューロエシックスをめぐるワークショップを開き、他方、本年初頭には、ニューロエシックスの代表的著書、〓〓〓〓〓〓〓〓[ガザニガ]が『脳のなかの倫理 脳倫理学序説』(紀伊國屋書店)として翻訳出版され、物議を醸しつつ今日に至っています。」
〜香川知晶「ニューロエシックスの新しさ」
ガザニガの『脳のなかの倫理』を見ても、道具立ての新しさはあるものの、問題自体やそれに対する対応(あるいは反応)の仕方には新しさはないという印象は否めない。少なくとも、そこにしばしば垣間見られる科学に対するごく楽観的な立場は従来の議論でもおなじみのものだろう。新しく見えるとすると、生命倫理での議論の集積を知らないからである可能性が高い。
自分はガザニガを読んでもべつだん「ふうん」だったのだが、
(今読むと、はた目にわけわからんいちゃもん感想になってるけど。
どうも世間は「脳神経倫理の発端となる書籍だ!」と一目置いているらしく、そのギャップはなんなんだろう、自分はやはりそうとう頭が悪いのか、と落ち込んでいたのだが、上のくだりで(勘違いに輪をかけているだけかな)なんぼか安心してしまった。
伝え聞く限りでは、日本の神経倫理学の要たるJSTも、活動的にはなんか「ふうん」みたいなことになっているらしい。日本には良い人材がいないのでは、とか。いてもそれぞれの分野の言葉や想定が通じ合わないので話が噛み合わないままなのかな、とか。主催者側のキャラが強く反映してこうなっているのでは、とか。
そしてトドメにこの指摘。
〜香川知晶「ニューロエシックスの新しさ」
当然、この研究会は脳研究全般の推進を目指しているわけだが、注目されるのは「日本における脳科学の危機」が背景にあることである。その危機とは、具体的には、一九九六年の学術会議の提言を受けて振興が図られてきた日本の脳科学研究が二〇〇一年を境に研究予算を大幅に削減され続けてきたことを指している。研究者にとって、ピーク時の半分近くにも予算が削られれば、どのようなことになるのか、強い危機感が生まれるのは当然である。せっかくの振興策が無に帰し、研究で大きくリードしてきたはずの米国に逆転されるのではないか。そうした危機感のなかで、日本におけるニューロエシックスは語り始められた。ニューロエシックスの場合、倫理問題にともなう危機感は、その内部にある種々の具体的問題ではなく、この研究を取り巻く環境にあるのである。日本の脳科学は今や社会に向かって語りかけなければならなかったのはそのためである。その意味では、従来型の倫理問題が見えてこなかったとしても不思議ではないのである。
脳研究がノリノリになってきたいいところなのに、国からお金が出なくなっちゃったよ!どうしよう! そういう焦りが裏にへばりついて、本来出すべきではない妙な染み模様を描き出しているのではないか、みたいな。
かつて、「これからの10年は脳研究の10年だ!」とぶちあげていた記事が世紀の変わり目頃にあったような気が。そんなバラ色の10年であるはずだったのが、予算が削られていっている??
いつの記事だったかなのついでに、脳研究の 過去記事庫をちょっとおさらいしてみる。
脳強化革命、すでに進行中 脅かされるアイデンティティ 神経倫理学は間に合うか
2004/06 The Christian Science Monitor Strange food for thought
認識の自由と倫理センター Center for Cognitive Liberty and Ethics (CCLE)
「認識の自由」を脅かす来るべきテクノロジーたち
脳神経操作技術 記憶消去薬 脳内音侵入
2004/04 New Scientist We hold these freedoms to be self-evident...
脳力アップの倫理問題
2004/04 EurekAlert Ethics of boosting brainpower debated by researchers
教育方針を生徒の脳スキャンで決める日がやってくる?
2004/04 FuturePundit: Will Brain Scans Be Used To Choose Daily School Work?
スティーヴン・ローズ 科学倫理と民主主義@脳神経倫理会議
専門家の輪に座る人間は2票、その他の席の人間は1票を投ぜよ
概して利益より強調されるマイナス面
2004/07 Guardian Rings around the mindfield
学校の三者面談で脳スキャンを云々する日がやってくる?
神経科学で変わるであろう教育現場
2003/07 BBC News The appliance of neuroscience
スティーヴン・ローズが語る新脳科学時代
ニューロテクノロジー、アルツハイマー、気分障害、ADHD、そして神経倫理学
シリコンチップ上に特定の脳機能を「ダウンロードする」ことができたという報告も
2003/05 Guardian Brave new brain
あなたの心が解析されるとき 実はヒトクローン並みにヤバイ脳神経研究
2002/08 MSNBC Decoding the secrets of your brain
すべては科学さまのおかげですだ 〜マット・リドレー
悲観的欧州人:「どうすれば科学が**するのを止められる?」
能天気米国人:「科学で**できるようになるのはいつ?」
2003/04 Guardian We've never had it so good - and it's all thanks to science
アーサー・カプラン 脳科学と倫理について語る
脳検査で峻別されていく犯罪傾向、性向、適格性…
2002/10 The Scientist Volume 16 Issue 21 The Brain Revolution and Ethics
ヒト性質とその未来 スティーヴン・ピンカー@アメリカ大統領評議会・生命倫理
デザイナー・ベビー、行動遺伝、向精神薬、社会影響
ヒト性質改変は可能か許容できるのか 未来予測は超困難
議長はレオン・カス(キャス)
2003/03 The President's Council on Bioethics
Transcripts / Session 3: Human Nature and Its Future Steven Pinker
差別をもたらす学問なのか 行動遺伝学をどう扱うべきか
反社会的行動、肥満症、同性愛、乱暴者、知性などの遺伝要因研究について、一般世間はどう見ているのか調査開始(アメリカ)
行動遺伝学側は研究の意義・影響について説明に懸命
2001/03 BBC NEWS ONLINE Behavioural genetics to get public scrutiny
この調査は日本でもやって欲しいな。↓
世代、性別、文化によって異なる遺伝子研究評価(イギリス)
より強い倫理的抵抗を示すのは女性やアジア文化の人々
高齢者は政府による遺伝研究取り締まりを信頼しがち
2001/03 BBC NEWS 'Ethnic divide' over gene research

で、話を冒頭の呼びかけに戻すけれども。
素人にしてみれば、脳神経倫理も行動遺伝研究にまつわる倫理もいっしょくたに見える。
いっしょくたにすべきではないべつものなのかな、とも思いつつも、先日の「脳神経科学と倫理」には行動遺伝の先生も呼ばれていたし、やはりかぶる部分はあるよね。
だとしたら、脳神経倫理を主題としたMLが存在するならば、そこに混ざり込んで「行動遺伝研究の倫理」について話を交わすことは可能だろうか?
【追伸:脳神経倫理のMLはないらしい。】
へぇボタン:へぇ〜
と押してみるもよし
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