『アポカリプト』についてのエントリ:
1:発端 2006/12
(アポカリプトはジャレド・ダイヤモンドに影響を受けている)
2:本編 2007/01
(アポカリプトはマヤの歴史をねじまげている)
3:駄目押し 2007/01
(アポカリプトは人種差別映画である)
4:書籍資料 2007/01
(マヤの本当の姿とは)
そして、このエントリは、マヤの人々にまつわる駄目押し。

【学問的な間違いの話じゃない】映画『アポカリプト』は、史実を曲げて描いているから叩かれているのだ、とみなしている人がいた。
歴史的にちょっと間違っていても、すばらしい映画なので「史実と違う程度のこと」でこの作品の価値は損なわれない、と、映画『アポカリプト』を擁護なさるスタンス。
違うよ。
この映画が問題なのは、歴史を曲げているからでも、学問的に間違っているからでも、ない。
歴史は曲げている。考古学的にも間違っている、でも問題はそこじゃない。
政治的に、問題なんですよ。
人種差別を、正当化する意図が含まれている映画だとみなしうるから、問題なんですよ。

『アポカリプト』
出演: ルディ・ヤングブラッド
販売元: ポニーキャニオン
DVD発売日: 2007/11/21
時間: 138 分
『パッション』のメル・ギブソンが放つサバイバルアクション。
R-15作品。グロシーンに注意。
.
映画のできばえはすばらしい。
監督の腕前とセンスは、大したものだ。
その腕前を持って、
例えば、下劣なユダヤ人をヒトラーが一掃するのはすばらしいことだ。
例えば、下劣な黒人を、白人有志がリンチするのはすばらしいことだ。
日本にすげ替えていえば、「日本は、耳塚ハラキリ指詰めイケニエ奴隷あたりまえの残虐で下劣な文明を誇っていたから、我らキリスト教徒が原爆落として当然な存在であったのだ」と受け取れるような、すばらしい大感動巨編を描きあげてくれました、てなもんだ。
「すばらしいできばえの映画で、思いきり人種差別を賛美した」
だから、映画賞にノミネートされ、そして、映画賞を受賞させない。
しかも。
マヤの民の近年のありようと主張をご存じない方がこの映画を見ると、人種差別的な意図に気づかないまま映画の内容を真に受けてしまうという、人種差別観刷り込み効果があったりする、このたちの悪さ。
町山氏が『アポカリプト』のダメダメさについて、さらに語っていらっしゃる。
映画秘宝.com 町山智浩のアメリカ映画特電 2006/12/28
時代考証めちゃくちゃな映画。
紀元前の裸族/最盛期のマヤ文明/マヤ滅亡から数百年後のスペイン人侵入:3つの時代がご都合主義にチャンポンで、ありえない。
この映画に表れるメル・ギブソンの主張とは:
・文明は滅ぼされるものではなく自ら滅びるものなのだ
・マヤ世界は、かほどに残酷で享楽的で退廃的、
人を殺して遊ぶような劣悪きわまるいかがわしい文明だった
・アメリカ原住民であるマヤ人はこんなに邪悪な文明を作っていたんだけれども、
そこにキリスト教が入ってきて、邪悪な文明がなくなって良かったですね
カソリックってすばらしいですね
実際にはカソリック側の布教こそが、拷問連発、殺戮オンパレード。キリスト教徒のほうがはるかに残酷だろうに、カソリック原理主義信者のメル・ギブソンは聞く耳持たず。
当時のいけにえ観は残酷でも何でもなく、誇りであり、名誉のためにいさんで生贄になったのに(自爆テロや自傷儀式の系列)そういう、異文化に置けるいけにえのありようについて、わかってなさ丸出し。
できばえはすごいと同時に、意図もありえないほど許せない映画。
どんなに思想が間違っていても、面白い映画は作れてしまうという好例ですね。
映画って恐いですね〜
前回のポッドキャストは
2007/02 追記:
「図説 メキシコ 混血が生む新しい民族文化」
河出書房新社 (2001/10)
p.33
「まだ先住民諸文化の大衆の居住祉の発掘調査(メソアメリカ先住民の庶民生活の詳細はほとんどわかっていないと言ってよい)が遅れている現状で大切なことは、西欧がメソアメリカの侵略を、「生け贄風習」を理由に正当化しようとしていた当時の西欧の時代背景を認識しておくことであろう。」
ここでいう「当時」とは、スペインが植民地を広げ征服しまくっていた頃のこと。
『アポカリプト』は、その当時からの偏見と横暴を、今も脈々と受け継いできている事実を、みごとにお示しになっているらしい。
2007年7月のNHKスペシャル関連書:




『マヤ文明を掘る コパン王国の物語』 中村 誠一 日本放送出版協会 (2007/06)
『アンデスミイラ』 恩田 陸 NHK「失われた文明」プロジェクト 日本放送出版協会 (2007/06)
『マヤ』 恩田 陸 NHK「失われた文明」プロジェクト 日本放送出版協会 (2007/06)
『インカ』 恩田 陸 NHK「失われた文明」プロジェクト 日本放送出版協会 (2007/06)
【多様な実態を意図的に拾い編むと…】近年次々に、マヤの暮らしと歴史について新事実が明らかになり、研究は急速に進んでいる。
それでも、研究者によって、マヤについての見解は多種多様。
そも、マヤの文化は一枚岩ではなく、多様な文化がさざ波のように寄せては返し、相互影響しあい、移動し、栄枯盛衰し。
マヤの文化はどのようにして衰退を迎えたのか、という点も、各都市によって、時代によって、栄枯盛衰の過程も原因もそれぞれ違うのではないかと指摘されたり。
問題となる「生贄(いけにえ)」習俗も、あまねく蔓延していたわけではなく、一部のローカルかつ限定された時代でのみの行いであった、と見る向きもある。
石造遺跡を残した生贄文化もあるが、すばらしい精神文化を誇り、石を刻まぬ平和な知的文化の時代もあったと主張する先住民シャーマンもいらっしゃるわけで。
曖昧さが豊富にあるゆえに、よけいにそれらの情報の取捨選択が、その発信者・編纂者が「どのくらい失礼であるか」を浮き彫りにする。
一橋大学教授の落合一泰氏は、アメリカの人類学者リチャード・ウィルクの極めて興味ある説を紹介している。それは世論の動きと古代マヤ学の進展には密接な関係があるというもので、すなわち、かつてベトナム戦争が激化した1960年代末には各都市間の抗争とマヤ文明の崩壊を関連づける論文が増え、また、エコロジー運動が盛んになり始めた1970年代以降は、農地の過剰利用に基づく生態系の破壊をマヤ文明崩壊の主因と考える論文が増え始めている
〜土方美雄, 辻丸純一「写真でわかる謎への旅 メキシコ/マヤ&アステカ」 雷鳥社 (2001/08)
かような、実に多様な時・性質をはらむ複雑な文化圏の事象を、「特定の視点に沿って」選びそろえると、とんでもない物ができあがったりする。
『アポカリプト』は、現存する多様な説・観点の中から、メル・ギブソンにとって「都合よい」部分だけを抽出しアレンジしたわけで、もとより考古学者の時代考証を受けながら製作された映画でもあり、一部考古学者から「すばらしい」映画だと絶賛もされるわけだけれども、同時にそのような評をなす考古学者の元には「かくのごとき無能かつ無神経な学者も世の中にはいるのだな」とほかの考古学者・人類学者から酷評も殺到し。

【残虐非道なキリスト教徒とアメリカ人】異文化に無神経なタイプのアメリカ人にとっては、アステカもマヤもいっしょくたに思えるのだろう。
『アポカリプト』は、マヤらしきものを描きながら、できばえはアステカとごっちゃ。
極端にいえば「太平洋戦争を始めたのは台湾だった」みたいな。
マヤ文明は個々の要素を見てみると非常に興味深い対象だが、通史を書く対象として見てみると、アステカの方がはるかに書きやすいし面白い。それは歴史上の人物の行動がよりつかみやすいことにも原因
〜実松克義 (著) 「マヤ文明 新たなる真実 解読された古代神話『ポップ・ヴフ』」 講談社 (2003/01)
マヤとアステカの間には、直接両者を結ぶ関係はほとんどありませんが、アステカ以前のメキシコ中央高地で勢力を振るったトルテカの文化伝統は、後古典期のマヤ地域に影響をおよぼしました。
〜寺崎秀一郎 「図説 古代マヤ文明」 河出書房新社 1999
末裔の暮らしがスペイン人に踏みにじられて以降、長く不遇をかこってきたマヤ文化圏の人々。
グアテマラでは現在もマヤ語が公用語として認められておらず。
マヤの人々は、グアテマラ軍によって殺戮されまくった。
強姦され、なぶり殺しにされ、生きながら家ごと焼かれ。
その大災禍をかろうじて生き延びた人々は、まだ思いきり存命なさっているし、今まさに補償や権利を求めて闘っている。
悪魔のごときグアテマラ軍は、マヤの人々にとっては、アメリカやカソリック・キリスト教徒と同じ属性の存在。
グアテマラ軍のアドバイザーは、アメリカだった。
グアテマラ軍を率いた独裁者は、まぎれもないキリスト教ファンダメンタリストであり、毎週日曜、テレビでキリスト教の説話をお垂れになっていた。
... 以下つづき...

なんと無神経なことか。

【復元言語】映画では、古代マヤ語を復元して役者にしゃべらせたと伝えられているが、マヤ語も多種多様、どの言語を選んで復元したのか。
現在800万人を超える「マヤ語」という言語が1つだけあって,方言が30あるのではない。独立した別々の言語が30種類あるのである。言語として異なるということは,近隣言語を除けば,ほとんど相互に理解できないということである。
〜八杉佳穂 (編集) 「マヤ学を学ぶ人のために」 世界思想社 (2004/10) 落合一泰p.166
ネイティブが映画を見て「ゆっくりしゃべっている」と感想をもらしていたという。
ということは、『アポカリプト』がチョイスしたのは現代マヤ人が聞きとれる言語。
すると、…もしかしてわりとメジャーなナワトル語あたり?
ナワトル語はアステカの言語であって、マヤ語ではないんだが。 …どうなんだろ。
「ゆっくり」は、もしかしたら役者が言語に不慣れである以上に、「都会(今)より田舎(昔)のほうが会話がゆっくり」という一般的な現象をなぞった結果であるのかもしれない。
早く、短く、かん高く
都会に住む鳥、森と同じ歌では生きていけません
低周波の環境ノイズ(例えば交通騒音)に対抗して周波数アップ
2006/12 EurekAlert Cities change the songs of birds
2006/12 news@nature.com City birds raise their tempo
2006/12 BBC News Urban-based birds 'learn to rap'
2006/12 National Geographic Birds Change Songs to Suit Urban Life, Study Finds
2006/12 New Scientist Urban songbirds raise their voices to be heard

【天然痘】マヤではなくアステカ中心の話になるけれど。
以前読んだこの2冊では、
「病原微生物の氾濫」 アーノ・カーレン 青土社 1996(Man and Microbes/1995)p.165〜
「デーモンズ・アイ 冷凍庫に眠るスーパー生物兵器の恐怖」 リチャード・プレストン著 小学館 2003/06 2002/THE DEMON IN THE FREEZER p.70〜スペインの征服に先立って、天然痘が現地民を壊滅的な状態に陥れていた、アステカ王モクテスマも天然痘の犠牲者となった、と読めるような記述になっている。
今回、新たに十数冊ほどマヤ・アステカ関係の本を見渡してみたのだけれど、この説は上掲2冊以外には見あたらなかったと思う。
天然痘災禍の最中にスペイン人による征服が進められた、とする視点は「一部の説によれば」どまりなのかな?

【グアテマラ】マヤの民が暮らす地域は、メキシコ〜ベリーズ〜グアテマラあたりにまたがっている。
(ホンジュラス、いつのまにかベリーズになっていたとは…
)メキシコに比べて、グアテマラに関する書籍はめっさ少ない。
ましてベリーズともなると、それこそレア本状態。orz
メキシコとグアテマラでは、マヤの民のポジションはたぶんに事情が違う部分もあり、虐げられている点では通じるものもあり。
メキシコでは、多文化を尊重する…というより、多文化・多民族が混じり合ったミックスを是としながら、アメリカに憧れると同時に根深く憎みもし…、と、なんとなく東京に対する大阪人の複雑な感情を彷彿とさせるような。その中で、自民族の衣装を恥じて現代服を着る民族もいれば、一生民族衣装で通すぞと誇りに胸を張る民もあり。
グアテマラでは何より、前世紀の長きにわたる虐殺が傷深い。
先住民殺されまくり。
ノーベル平和賞を受けたリゴベルタ・メンチュさんは、虐殺を生き延び、グアテマラの人権侵害を世界に向けて告発した、キチェー・マヤの女性。
ところで、アマゾンで
エリザベス・ブルゴス (著)「私の名はリゴベルタ・メンチュウ マヤ=キチェ族インディオ女性の記録」 新潮社 (1987/01)この本の「内容はウソである」と読める書評がついているのだけれど、いったいこれはどういう経緯?
サパティスタ民族解放軍 - Wikipedia
マヤ文明 - Wikipedia 民族意識と組織運動の高まり、このエピソードなんか「すげー」と感動。
インターネットなどの情報網の発達や国際的人権擁護団体の支援によって、このゲリラ闘争は従来とはまったくちがったあたらしい展開をみせたのである。しかもこれ「今」の話じゃない、元稿は1999年というから、とうのむかしの前世紀の話だ。
この紛争はしばしば「インターネット戦争」と形容されるが、実際にインターネットの使用はメキシコの奥地まで浸透している。わたしは電気も水道も通じていないユカタン半島中部のジャングル地帯に住んでいるラカンドン族の若者に出会ったとき、メールアドレスを聞かれてびっくりしたことがあった。かれはアメリカのある人類学者に自分たちの文化についての情報を提供した代わりに、その学者からパソコンの使い方を習ったといっていた。かれがメールをするときは、そこから何十キロも離れたマヤ遺跡で有名なパレンケに行って、そこの町のインターネットカフェを利用するのだそうである。
〜「メキシコ多文化 思索の旅」 高山智博 (著) 山川出版社 (2003/07) p.156

【ナワール】マヤの世界観について述べられているくだり、各書籍で「ナワール」「ナウァル」なる語が登場し、その概念や意味も説明され。
が、カスタネダについては全然言及なし。
自分的には即、ナワール=ドン・ファン=カスタネダなので、けっこう(言及がないという点が)違和感。
ドン・ファンは「北部メキシコのヤキ・インディアン」だという設定。
ヤキ族は実在するが、そのエリアはマヤ文化圏からは、はずれる。
キー概念としてのこの「ナワール」は、ヤキにも実際あるのか、それともカスタネダがネイティブの概念を借用しただけでヤキとは無関係なのか、はたまた、ヤキの世界観は「ポポル・ウーフ/ポポル・ヴフ/ポップ・ヴフ」の世界観とどう同じでどう異なるだろうか、気になる。
マヤ世界での「ナワール」は、「ナウァリスモ信仰」のキー概念であり、リゴベルタ・メンチュウによれば、「ナウァル」はトーテムに近い何かっぽく(分身霊)、ヴィクトリアーノの『ポップ・ヴフ』講釈によれば「ナワール」は叡智であり精神であり、神聖な期間の区切りの神霊であり。

前述の「かくのごとき無能かつ無神経な学者」という話から、つい連想してしまうのが、下記。
【「地球のDNA」とマヤの漆喰】1月2日午前にTBS系列で放送された「地球新世紀」。
マヤ文明の崩壊をつまみにした、環境保護っておステキ雰囲気番組。
環境考古学の安田喜憲氏が登場して。
その1:
マヤ帝国のヤシャ湖底をボーリングして、AC900に大旱魃に見舞われていた証拠がここにと提示する。
大旱魃の証拠はヨソサマがとうの昔から何度も世にお示しなさってらっしゃるわけで、そのはったりめいた「俺があばいた」スタンスはやめなさい。
おまけに番組のテロップ、でかでかと「地球のDNA」。恥ずかし。

その2:
「マヤ崩壊を招いた旱魃は、マヤで大量に使われた漆喰(しっくい)の白が太陽光をはねかえして拍車をかけた結果だ」
うろ覚えだけれど、そう論じていたような。
そうか? そうなのか? 白が雨量を減らしうるのか?
気候変動に関しては、漆喰大量生産による森林伐採は大きく関わっていたとしても、漆喰の白効果に関しては言及の要もなく微々たるものだろうに。
という以前に。
マヤ世界では「漆喰は白くなかった」じゃないか!
マヤ文化圏では、漆喰を赤や黄色や青や黒でいろいろ塗りたくっていたんじゃん。
「漆喰=白」ってのは日本人のローカルな感覚じゃん。
現在マヤ遺跡を訪れると,白い石,緑がかった石など,建築石材自体の色からなる建造物が目に入ってくる。しかし,往時は各建造物に鮮やかな色が塗られていたため,現在とは全く違う景観であっただろう。
〜「マヤ学を学ぶ人のために」 八杉佳穂 (編集) 世界思想社 (2004/10) 中村誠一p.82
毎度、安田喜憲氏はあいかわらず考古学者をないがしろにしながら無粋なトンチンカンを振りまいてしかも無自覚、 そんなトンデモ印象 がさらに加速。
誤解であることを祈りつつ。
番組のサイト:
TBS「地球新世紀 月尾嘉男の文明大冒険」 シリーズ第2話「水と土の循環」 追記:
赤、白、緑、そしてギラリ
コパンの古代マヤ建築は雲母でキラキラ輝いていた!
ロサリラ神殿の角にある赤い漆喰のマスクに、ウンモのコーティング2008/01 EurekAlert QUT researcher discovers Maya mask splendor
Rosalila寺院はペンキや化粧漆喰を15層以上も持つ
コパンにポータブル・ラマン分光測定器を持ち込むことができればもっと分析ができそうだ

トンデモといえば。
【口中の珠】マヤについての書籍を読んでいるうち、ところどころ目につき気になったのが、中国文化とマヤ文化の共通性。
もひとつ目につくのが、その共通性を「日本とマヤ文化の共通性」であると解釈している記述が見られたこと。
マヤ・キチェーの神話が「『古事記』や『日本書紀』と良く似ている」と100年前イギリス人が指摘した、それをいまだにすなおに引きずっているのだろうか。
アマテラスと岩戸の説話や太陽信仰は、中国南部方面の米作民からもたらされたとみなされているのではなかったか。
マヤ、中国ともに、二つの要素(陰陽)が複雑な事象を生み出していくという世界観、調和を是とし、循環史観をも合わせ持つ両者。
また、 夜明珠 に関する言説もからんでぎょっとしたのだが、死者の口に、石の玉や石加工品をふくませるという習俗、これマヤも中国もおこなっていた。
「死者の口に玉」の風習はほかの文化圏にもあっただろうか?
欧州や中東、インドなど、どうなんだろう。 中国文化圏とマヤ文化圏だけ?
あと、これは「ト」に分類されるのだろうけれども、アジアとメキシコ太平洋岸の間で、マヤ以前から海洋交易もしくは文化的つながりがあったとする説も、ネイティブからの見解含め、あるようで。
さても、ほんとに太平洋を隔てて両者つながりがあったのか、それとも共通するかのように見える習俗は、単なるヒューマンユニヴァーサルとベーリング海峡つながりがかいま見せるいたずらにすぎないのか。

【キンタナ・ロー】今回マヤの本を仕入れる際に、前に発注していた 「すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた」 もいっしょに届いた。
先にマヤ関係の本に目を通しはじめて、マヤの地図に「キンタナ・ロー」の名があり驚く。
「すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた」、これはマヤ世界の本だったのか!
知らずに発注していた。偶然恐るべし。
人影さえとどめぬ大森林がはてしなくひろがるカムペチェ州南部およびキンタナ・ロー州こそ、マヤ地域のなかでも、もっとも未開の地といえる。だが、ここにも、考古学者がいまだスコップやつるはしをふるっていない数多くの廃墟が点々と存在している。
〜マイケル・D.コウ著「古代マヤ文明」 創元社 2003/04 (Michael Coe : The Maya, 第6版の翻訳)p.182

ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア著(アリス・シェルドン)
「すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた」
ハヤカワ文庫FT
早川書房 2004/11
[ Amazon ] [bk1]
アフリカの異文化に育ち、その父母なる異文化とのつながりを無碍に断たれた、誰も理解し得ない心の傷を引きずる著者。
マヤ世界は、大陸も文化も彼女が失った異文化とは異なるけれど、「失われたもの」の雄弁な幻影が、著者の心の空隙に呼応し去来する。
深くいとおしい一冊。

【メキシコのカルサイト】偶然といえば。
ユカタン半島は石灰岩でできた台地である。そのため雨が降っても水は地表にしみこんでしまい川ができない。代わりに地下にできた石灰岩の割れ目などに水はたまり、地下湖や地下川を形成する。古代マヤの人びとが水の確保のために利用したセノーテと呼ばれる水たまりもその仲間である。
〜「メキシコを知るための60章」 吉田栄人 (編集) 明石書店 (2005/02) 杓谷茂樹p.47

石灰岩。
石灰岩といえば、自分的にはもうカルサイト。
手元には
・白とオレンジ・ツートーンがビビッドな目玉焼きそっくりのメキシコ産カルサイト
・透きとおる草色がみずみずしいメキシコ産グリーンカルサイト
そうか、この二つ、はるばるマヤ世界から来ていたんだね。
(右のはまた別のカルサイト)
マヤ世界のピラミッドは石灰岩。
切り出した直後の石灰岩は柔らかく、建材加工に適していたという。
ピラミッドを覆い飾る漆喰も、石灰岩から作られた。
メキシコのカルサイト産地、行ってみたい。
昔、メキシコをモチーフにした物語を構想していた、その当時の心的ダイナミズムがほのかに甦る。
メキシコの荒野に、立ちたい。

『アポカリプト』についてのエントリ:
1:発端 2006/12
(アポカリプトはジャレド・ダイヤモンドに影響を受けている)
2:本編 2007/01
(アポカリプトはマヤの歴史をねじまげている)
3:駄目押し 2007/01
(アポカリプトは人種差別映画である)
4:書籍資料 2007/01
(マヤの本当の姿とは)
![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







次の記事 
2008/01 EurekAlert 













