

『水子 “中絶”をめぐる日本文化の底流』
ウィリアム・R. ラフルーア著
青木書店 2006/01
[ Amazon ] [bk1]
原書1992 Liquid Life: Abortion and Buddhism in Japan
これはすこぶる気に入った(と表現したら失礼か)一冊、すばらしくなつかしい。 久々に。
日本に暮らす人々がどのような観念を持って儚い命を遇していたのか。
中絶。水子。夭折(ようせつ)。葬送。あの世。転生。
異国の人から異国の人に向けて発せられた日本に関するその内容は、日本の読者からしても、美しく、たいへん読みやすい。
●初期仏教では、豊饒さや多産を象徴する「水」モチーフが欠落していた。これは世界的に見ても特筆すべき点。
●初期仏教においては、豊饒さや多産は善ではなく、人々を欲にかまけさせ道から遠ざける「妨げ」でしかない。
久々に巡り会った、そう、これ、みたいな。
ひしと抱きしめたくなるなつかしさ。
この手の語りを見聞しなくなって久しく。 いつからだったろう。
かつてはたしかによく接していたと思うのに。
●初期仏教は、諸処諸国への伝播と、世事にかまける在家との折り合いを経るにつれ、融通無碍(ゆうづうむげ)な「道徳的ブリコラージュ(応用アレンジ)」を広く展開する。
●日本においては、生も死もグラデーション。
生も死も、数々の儀式を通過せねばそれとして完成されない。
通夜、葬儀、初七日、四十九日、一周忌、十年忌… を経てはじめて死後、祖霊として完成するのと同様に、
赤子も御七夜、初宮参り、お食い初め、初節句、初誕生、七五三… などを経てはじめて、この世の人間として成立する。
●旧来の「豊穣・生産=水」観念は、裏を返せば「生まれきたものを返す先=水」となる。
水に返せば、再び産まれ戻ることも可能になる。
仏に返すのではなく、水に、返す。
水子とは、「死を承認すると同時に、ある種の再生を信じる表現」。
※ 漢字の「流」は、赤子を水に流すさまを表した文字だったし。

過去往々にして、堕胎や中絶行為を堅く禁じてきた一神教圏の西欧。
一神教の自家中毒に陥って、西欧における中絶・堕胎(だたい)問題はひどくこじれまくっている。
著者は、日本における中絶と水子(みずこ)の処遇、そしてその観念の機序を西欧に向けて紹介することによって、西欧的泥沼な中絶問題の、解毒を試みている。
解毒に用いるために、なんぼか紹介内容にはさじ加減や脚色をほどこしてあるが、意外とこれ近年、過去と断絶したような奇態な死生観を振り回している現代日本のひとばらには、かえってこのような「異国人による解き明かし」のほうが、すっと受け入れやすいのではないか/思い返しやすいのではないか などと思ったりする。
日本の文化、日本という観念の呪(しゅ)の解き明かし。 もしくは翻案の冒険。
... 以下つづき...



「母親の心理療法 母と水子の物語」
橋本やよい
叢書心理臨床の知
日本評論社 2000年
現代的方便としての、「水子」。
いろいろ心理療法を眺めるのがお好きな人には、楽しい一冊かも。


「間引きと水子 子育てのフォークロア」
千葉徳爾・大津忠男
農山漁村文化協会 1983
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絶版なので図書館を探すと吉
子殺しを「間引き」と表現したのは、関東の平野部の一部のみというかなりなローカル現象だったらしい。
仏道が諸般支配するほどに生活に入り込んだ近畿では、子殺し・間引きに関する表立った(?)隠語は観察されない。
仏道の発信地である上方からは遠く隔たった地方、九州〜岡山、中部〜東北(便宜的に辺縁圏と称するとして)では、「戻す、かえす、出す」などの意味を持った語でそれを表現する。
辺縁圏では、仏道と土着の死生観がアレンジ合体したらしく、
・幼子の魂は固定しきっておらず、死してもすぐ転生して戻ってきうる
・仏道に入って成仏してしまうとこの世に戻れず不憫だろう
・成仏しないよう、子の死体は仏道の墓(大人と同じ墓)には入れない、
葬式もあげない、戒名もつけない
子が儚(はかな)く消えたときには、まだ早かったのかねと、この世に戻ってこれるように埋葬し。
子が無理なときにはいったんアチラの世界に帰ってもらって、また戻っておいでと待ちわびる。
『水子 “中絶”をめぐる日本文化の底流』 p.32
「中絶された胎児は「殺された」わけではなく、あの世でしばらく待つよう「保留」にされた存在」。

生まれた子がその年のうちに死んだ場合、ミズコと呼んで死者の数に入れなかった地域例も。
死産・流産の場合は、葬儀を行わず、胞衣(えな:胎盤、後産)とともに埋める風習…。
(胞衣は、あの世のパワーで中間領域を旅する生命を保護してくれる、たいへんありがたい鎧 〜山本ひろ子著『異神:中世日本の秘教的世界』 1998年 p.352-354 / 文庫版2003年「異神」筑摩書房)
温故知新&濃い中身でおすすめ。
わずか数世代前の我々が「生死」をどのように考えていたのか、そしてその影が今どう我々に墜ちてきているのか、我々は何を否定し忘れ去ろうとしているのか、見ておくのにたいへん有用な一冊。

青土社「現代思想」 2002/02 vol.30-2 特集 「 先端医療 」 資源化する人体
対談「生命はどこへ行くのか 村上陽一郎/中谷瑾子」
村上
[〜ES細胞研究について〜] 胚に関する規定はできましたが、中絶胎児がどうなるかについては誰も触れていないですね。見たくないのでしょうか。
中谷
ただ水子地蔵がありますね。
村上
でも茶毘(だび)に付すのではないでしょう。あれは死体を埋葬するのではないですから。
もっともこれは日本の伝統かもしれません。かつて日本のいくつかの地域では、子どもが生まれても七日まではお披露目(ひろめ)をしないでぼろを着せて誰にも見せない。名前もつけず、その間に死んでしまったら(あるいは殺してしまったら)先祖代々のお墓には入れられないで、軒下(のきした)に埋める。七日まで生き延びた子どもはきれいな着物を着て、お宮参りをする。
中谷
かつて、日本での新生児殺の主体は出産した母親でしたが、障害児が生まれたときに殺したのは誰だと思いますか。父親かお祖父さんです。つまり家長だったんです。
村上陽一郎著 『科学史からキリスト教をみる』 長崎純真レクチャーズ第5回 創文社 (旧題『近代科学とキリスト教』2001) 2003/03
p.153
かなりの日本の地域で生まれて七日までの赤ちゃんというのは人間扱いをされなかったのです。これはご存知かもしれませんけれども、お披露目もしません。ボロを着せて家の中へ隠しておきます。そして仮に七日までに死んでしまいますと、その赤ちゃんは先祖代々の墓に葬ることを許されません。エナといっしょに軒下に埋めるという習慣がずっとあちこちにありました。
小松和彦著 『神なき時代の民俗学』 せりか書房 2002/07
p.239
民俗的な世界では、すでに述べたように、屋根それ自体よりも軒ないし軒下(のきした)の方がウチとソト、「この世」と「あの世」の境界として重要で、軒下を「賽の河原(さいのかわら)」の一種とみなすこともあった。


「母性と父性の人間科学」
ヒューマンサイエンスシリーズ4
根ケ山光一編著
コロナ社 2001年
胞衣(えな)の扱いと乳幼児の葬法について、章あり。
かわらけなど、火を通した土器は、安産に関わる表象をはらんでおり、
「胞衣納め」にも用いられる。百日までに死した赤子は、胞衣の処理に準じた葬法で処理される。
すなわち、赤子の死体は一般の墓所には埋葬せず、墓標もないまま「台所のすみ、軒端の雨だれの打つ下の所、土間から台所へ上る上り口、なるべく人々の足に踏まれる所」などの、マージナル(境界的)な場所に埋められる。


「心意と信仰の民俗」
筑波大学民俗学研究室編
吉川弘文館 2001/12
飯島吉晴「胞衣のフォークロアー胞衣の境界性」を収録。
・胞衣が降りないときに行われる呪術の変遷、胞衣納めの種類
・甑(こしき)、桶(おけ)、篩(ふるい)などが、魂の出入りを促(うなが)すという観念
二四四頁
籠(かご)や箕(み)などを通して見ると異界を覗くことができるといわれるように、向う側を透かして見えるものはこの世とあの世の象徴的な結界をなしている
一種、ポータブルな「境界」と言えるかもしれない。
ポータブルではない「境界」は、胞衣や水子の埋葬場所として選ばれて。
婚礼の際に花嫁に菅笠をかぶせる習俗例で、菅笠を胞衣と同一視しているというのはすこぶる象徴的。

青土社「現代思想」 1990/06 vol.18-6 特集 「 出産:胎児とテクノロジー 」落合恵美子「胎児は誰のものなのか 避妊と堕胎の歴史から」を収録。
・一家の子供は男二人、女一人が限度。
次女や三男は恥になるので、生まれても殺された という地域の例。
子供を間引けないぐらいでは一人前の女ではない、とされた例も。
・間引きを避ける風が出てきたのは18世紀、
胎内図絵が流布しだしたのも18世紀。
昔の人が描いた胎内十ヶ月の胎児発育想像図
妊娠5ヶ月までは胎児は人間の姿ではなく仏具の姿形だったりしている
その頃、行政がトップダウンに人口を増やそうとしだしている。
その際、世間の「命」観にも変化が生じていた可能性。


「民俗学がわかる辞典」
新谷尚紀(しんたにたかのり)編著
日本実業出版社 1999
自宅出産は昭和30年代を境に減り、それに伴って、例えば村境のヨナステバ(胞衣捨て場:家畜の死体や後産を捨てる場所)は使われなくなる。(長岡京市域での例 p.132)
土葬に代わって火葬が広まりはじめるのも、昭和30年代。
…とすると、わりと万博以前・万博以降、あたりでも、かなり世界観が異なっていたりするわけなのかな。
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