2006/11 【日本語記事】 livecoor/毎日 [訃報]白川静さん96歳=漢字研究の第一人者、中国文学者
CLIFFORD GEERTZ 1926-2006 クリフォード・ギアツ訃報2006/10 The Institute for Advanced Study
「文化人類学のフロンティア」 綾部恒雄編著 ミネルヴァ書房 2003/04
第2章 多文化主義と国民国家 グローバル化の中の文化相対主義と普遍主義 綾部恒雄
p.44 解釈人類学のクリフォード・ギアツは、人間共通の「構造」や「普遍的認識の核」の存在を想定する本質主義的アプローチには批判的である
波平恵美子編 「伝説が生まれるとき:死者の語る物語」 福武書店 1991
清水展「革命を紡ぐ物語−アキノ政権の誕生とカトリシズム」
p.19 ここでいう文化とは、ギアーツが次のように説明する意味で用いている。すなわち、「……信仰や慣習ではなく、意味の構造、それによって人々の経験に形が与えられる意味の構造のことである」。
太田好信著 「人類学と脱植民地化」 現代人類学の射程 岩波書店 2003/03
p.61 たとえば、ギアツの解釈人類学は、ボアズの文化概念を忠実に踏襲した結果生まれたものである。ギアツ(ギアーツ一九八七:八三)はこういう、「文化から独立して存在する人間性などというものはない」と。言い換えれば、「われわれは文化のパターン[……]の導くところによって個人となる」(一九八七:八九)。
村武精一・佐々木宏幹編『宗教人類学 宗教文化を解読する』 新曜社 1994
佐々木宏幹「宗教人類学の流れと現在」
p.8 宗教を象徴の体系として理解しようとするC.ギアツは「宗教とは,一般的な存在の秩序の概念を形成し,また,これらの概念を事実性の層をもっておおうことによって,人間のなかに強力にして浸透的で永続的な情調と動機づけを打ち立たせ,情調と動機づけが,独特の現実性をもつようにみえるように働く,象徴の体系である」(ギアツ1973)と定義する。
... 以下つづき...

アラン・バーナード著「人類学の歴史と理論」 明石書店 2005/02 原書:2000:HISTORY AND THEORY IN ANTHROPOLOGY
p.263 アメリカでは、ギアツが独自の解釈主義を主唱し始めた。かれの手による人類学では、文化は解釈され、記述されるべき比喩的な「文法」ではなく、他の文化 −− ほとんどの場合文化人類学者の文化 −− の成員にわかるように解釈されるべき「言語」であった。
青土社・月刊「現代思想」98/02(特集:身体障害者)
岩隈美穂「異文化コミュニケーション、マスコミュニケーション、そして障がい者」
文化人類学者であるギアーツによると、社会構成と文化の存在は一枚のコインの裏と表のようなもので、片方があればもう一方も存在すると主張している。
「ヒューマン・ユニヴァーサルズ 文化相対主義から普遍性の認識へ」 ドナルド・E. ブラウン 新曜社 2002/07 原書:1991/Human Universals
p.131 クリフォード・ギアツ(1965)は、文化的普遍特性の概念に −− とくに、普遍特性こそが人間本性を定義する上でなによりも重要だという考えに −− 批判的な目を向けた。ギアツは、こうした考えは啓蒙主義以来受け継がれてきた偏見であり、これが二十世紀半ばの数十年にわたって人類学の具体的な研究方略をもたらしたと論じた。
森部一編著 「文化人類学を再考する」 青弓社 2001/12
吉田竹也「ギアツのバリ文化統合詮再考」
p.130 解釈人類学は、クリフォード・ギアツが唱えた人類学の認識上の立場である。ギアツは、認知科学やサイバネティクス、ヴェーバーやシュッツらいわゆる主観主義社会学の議論、そして思想や文芸批評などの知見を総合し、当事者が社会的行為のなかで相互主観的に紡いでいる意味の複雑で錯綜したあり方の一端を、その社会的脈絡に照らしつつ可能なかぎり濃密に記述すること--彼のいう「厚い記述」--こそ、異文化を研究する人類学の一義的主題であると主張した。
岩波講座文化人類学 第13巻「文化という課題」 1998
関本照夫「文化概念の用法と効果」
p.25 ギアツは一九七三年の論文「厚い記述」の冒頭で、「『あらゆる構成要素が複合した総体』というよく知られたタイラーの文化概念を、より狭く特定された、それゆえ理論的にはより強力な概念に置き換える」必要を語る。
綾部恒雄編 「文化人類学最新術語100」 弘文堂 2002/07
小泉潤二:「厚い記述」と『文化の解釈』
p.8 「厚い記述」は、人類学者クリフォード・ギアツが主著『文化の解釈[学]』の序章で、「文化を解釈する」とは結局どのようなことであるかを論じるために用い展開した概念である。
1973年に出版された『文化の解釈』は、20世紀後半の社会科学を代表する著作の1つであり、人類学の領域を超えて現代の古典となった。しかし同書にこの「厚い記述」と題する序章がなかったなら、これほど広く受け容れられることはなかったといわれる。
ヤコブ・ラズ著「ヤクザの文化人類学 ウラから見た日本」 岩波書店 1996(1996) 新版2002/07
p.5 人類学者は研究対象の文化の根底に達することは決してできない。文化の分析は本質的に完結しないものなのだ。「さらに悪いことには、深く掘り下げれば下げるほど、完結性は失われていく」(ギアツ1983)。
パトリシア・K.タウンゼンド著「環境人類学を学ぶ人のために」 世界思想社 2004/02 (原書2000/ENVIRONMENTAL ANTHROPOLOGY: From Pigs to Policies)
p.69 バルトが人類学に生態学的ニッチという言葉を持ち込んだことで知られるように、クリフォード・ギアツは生態系という用語を取り入れたことで注目される。
ジョン・ホーガン★ 「続・科学の終焉:未知なる心」 徳間書店 2000/04 (原書:1999/The Undiscovered Mind)
p.114 ニュージャージー州にあるプリンストン高等研究所の人類学者、クリフォード・ギアツは、人間の性格についての議論は、原子核物理学や分子生物学といったハードサイエンス的なものとは違って、経験的な証拠に訴えることでは明白に解決されえない、と提唱した。
青土社・月刊「現代思想」1998/05
エヴリン・フォックス・ケラー+エリザベッタ・ドニーニ「アノマリーである権利」
この研究では特にイアン・ハッキングに大きく影響されたけど、クリフォード・ギアツの『文化の解釈学』(1973、岩波書店、一九八七)も重要でした。モデルは何か「の」モデルであり、何かの「ための」モデルである、という二重の意味があるというギアツのアイデアを取り上げて、これを私は表現の理論に拡張しました。〔科学〕理論とその表現は何か「の」モデルであり、何かの「ための」モデルである、というわけ。
「脳死と臓器移植の医療人類学」 マーガレット・ロック著; みすず書房; 5000円 2004/06 原書:2001/Twice Dead
p.36 クリフォード・ギアツは、皮肉な表現を用いてはいるが、文化というものを信じている。


![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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