
『とにかく目立ちたがる人たち』
矢幡洋(著)
平凡社; (2006/01/12)
人格障害概念の立役者ミロンに傾倒する著者による、人格障害をつまみにした現状解釈・持論開陳。
パシリ議員の杉村大蔵氏と長野の田中知事をサカナに、演技性人格とナルシストを2つの柱にして、”流行りの人格はかくして成り立っている”解釈を披露する。
そんな、人格スキーマの色眼鏡ですべからく世の中を見ております。みたいな。
で、それらはあくまで解釈であって、実証ではない。
「自分の気が向いたとき、自分自身がハッピーな気持ちになったときに褒める親は、子どもをヒストリオニクス(演技性性格者)にする」
という論が出てくるが、
... 以下つづき...(同年2006/10/27若干修正)

ヒストリオニクス 著者によれば、「ヒストリオニクスは本当の自分がない、底の浅いカラッポ人間たち」なんだそうだ。胡乱だ。
…ん? もしかして俺って「本当の自分がないカラッポ人間」だったのか?
そうか。まあ、解釈しだい、詭弁しだいかな。「目立ちたがる」も、解釈しだいでブログ書いてるだけで「目立ちたがり」にくくられるんだもんな。
単純化という失礼の横行。
「演技性人格がもてはやされるようなご時世になってしまったのはテレビのせいだ」
これにしても、論の当否はともかく、実証の詰めが甘いような気がする。
この手の論ではたいがい、メディアの発信内容や報道内容がどうのこうの、どう影響している発信が悪い、などに終始しがち。この本もその例に漏れず。
発信内容や報道内容以上に、各メディアのハードが持つ特性(限界)自体が、衆生の人生のありようと、各世代の世界観を左右してしまっているという指摘をしている論者はどこかにいるか。
![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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