『ピカドン』 うわあ。
「遺伝子組み換え」=「遺伝子が変わる」=「放射線障害」=「ピカドン(原子爆弾)」
まじかい。

日本文化が<呪>として捉えてしまった「原子爆弾被害」が、その意味的枠組みが、
「DNA伝説」に乗っかって構造的にスライドした末に、
同じ<呪>で、遺伝子組み換えもくるみこんでしまっている場合があるってわけか…!

放射線による被害が、日本的な<呪>になっている?
それでは、欧米ではどうなのか。
欧米では「被爆=忌避すべき呪い」のような感覚はないのか。
実は、ないらしい。
... 以下つづき...(2006/08/07更改)


「プルトニウム・ファイル」の話に端的に現れているのだが(「選ばれたものは放射線によってさらなるステージに進むことができる」というようなエライ勘違い:
・良き人には放射線は無害
・悪き人には放射線が害をもたらす
そんな、キリスト教的選民思想の影響が濃く出ているんだろうか、すべてのあちらの人々がこういう感覚だとは言いきれないが、少なからず日本の感覚とはかけ離れたものがあるらしい。
欧米のバラ色ミュータントと、日本の呪怨的ケガレ。
放射線で超人になれるというファンタジーが普通なあちらのお国。
放射線を浴びた人間を、疫病患者かのように忌避し排除してくれた日本の銭湯。
放射線で身体を壊す者は、神には選ばれなかった、神の国に入る資格のない者たちだ。
神に加護されていない者が、障害に見舞われるのだ。
日本では、放射線とその被害は「人間がかけた呪い」。
あちらでは、放射線とその被害は「神のおぼしめし」。
そこからしてみると、「悪しき」日本人が放射線で苦しむことになるのは当然の帰結であり。
「確率」の解釈が、文化によって社会によって、こうもかけ離れることがあるのかと。
「遺伝子組み換え食品」にしても、あちら的には「食べるとうまくすればスーパーになれる」という、忌避側とはかけ離れた感覚があったりするのかもしれない。

くだんの詩の作者にはこのような著作があるらしい…。

医道(かんぽう)は六合の至宝―聖徳太子のお言葉です
青木 すみゑ
文芸社 (2005/07)
1921年生まれ。
”呪い”感覚が強く支配している世代。
平成世代ともなるとろくたら太平洋戦争のことも当時の葛藤も知らない場合が多いらしいが、
日本の、特に戦争当時の話に毎夏親しんで育ってきた世代には、呪いとしての原爆被害という感覚はリアル。

現状では、「科学」側さんはこの<呪>を祓うほどの証拠も能力も持っていはしない。
そも、どちらも「未来は我々が」という、はるかに大きな呪と妄執の虜になったままどうしのいさかい、同じタライの中の小競り合い。
未来という妄念に、<呪>(一方的な意味の投げ合い)にずぶずぶしている、延々、そんな世界で。

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







次の記事 













