[ EP: 科学に佇む心と身体 ]

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死の変貌 デスについてのノート

カテゴリ[科学に佇む2006年] 2006/07/05
 ええい。
 このクソ忙しいのになんか腹が立つ。寝不足だからか。
 → いま手一杯であまり書けないんだが、 睡眠時間バリ削り中。

●●●小玉7●●●

アンカー 【死の変貌】

 死がまた変わったらしい。
 「人を一人殺しただけでは死刑にならず、複数の人間を殺さないと死刑にならないのはオカシイ、命一つと命一つの等価交換であるべきだ」
 そんな物言いが普通にメディアから流れてくる。
 行為と命が、同じレベルで扱える、ということらしい。

 ちょい昔は、行為と命はべつもんだった。
 だからこそ、死刑に対するタブー感もあり。
 ミームという概念が世に蔓延するよりちょい前の時代、「人の行い」と「命」は別レベルのもんだった。
 「どんなに悪いことをした人間でも、大事な命だ」。
 命に貴賤はない。
 その感覚がなくなる、いや特定の世代を中心に、ない、ことがあるらしい。

 人間は、思春期を中心に摂取した”物語”をベースに醸成した世界観を抱えて、生きる動物。
   → 『ニートと物語 ゲームと世界観』



 それぞれの人にインストールされ、行動規範の元になっている、思考上の意味体系。それを便宜的に「物語(hi-story)」と称するとして。

 かつては、授受する物語はわりと現世の生き方に則したものが多かった。
 今の世代が思春期に接する物語群とは、大きく様相が異なる。

 いまどきの親世代(20〜30代)は、当時の「自分で物語の設定を変更できないテレビゲーム」「単に敵を殺せば(消せば)クリア」によって物語を醸成された人間が多い。
 世界観。展望。処し方。価値観。
 ゲームの世界観では、命と行為は等価扱いされやすい。
 敵は、消す。
 そこには行為と命の区別はない。

   → 『少年の世界観、犯罪、ゲーム、県民性』

挿画


●●●小玉7●●●

アンカー 【説得の放棄】

●右画
 犯罪者に対する憤り。
 なぜ相手は犯罪者なのか。
 それはすなわち、自分側と異なる価値観に入っている相手であり、自分側の思いとは異なる位置にいる人間であり。
 どうなれば解決するのか。

 純粋に、”物語”から考えるならば、犯人が、自分側と同じ価値観、同じ物語の中に来て、自分(被害者側)以上にショックを受け反省し泣き叫んで悔いまくり謝罪に狂う。それが一つの解決。
 憤りは、自分側の物語を無粋に蹂躙する、自分側とは異質なままでふんぞり返っている犯人側の、物語(価値規範の体系)に対して発生するのだから。
 ゲームに縁遠い世代では、比較的「対話」「説得」などの「物語すりあわせ(更正努力系)」選択肢があったと思う。

 が、ゲーム的物語に沿うならば、解決は、消去。
 それが解決だな。
 懐柔や説得、お互いの世界観の切り結びは、ない。
 登場する敵を逐一説得したり懐柔したりしてクリアするゲームってなぁ、あるか? あんま覚えはないぞ。あっても思春期の世界観刷り込みにはあまり寄与してないよな。(こちとらゲーム制作業関係者だ)
 敵がこっち側の世界に入るまで艱難辛苦するような頭は(ゲーム的には)ない。
 消すだけ。

 ゲーム的物語に沿うならば、相手は「命」じゃないんだよな。
 存在するデータに過ぎない。
 データの行いが悪ければ、デリートする。ザコがジャマなら消す。
 そこに「命」はない。

... 以下つづき...

〓〓〓 EP 〓〓〓

 ひとむかしまえは、行いと命はベツモンだった。
 悪いことをしても、それはその人の行いであって、「命」がなしたことではない。
 どんな悪者でも、生きている限りそれは「尊い命」に乗っているミームにすぎないのであり。
 そういうものの見方が、普通にあった。
 今どきは、それは忘れ去られてしまったのか。

挿画

 まぁ、さらに昔にさかのぼればもっと異なる生命観が立ち現れてくるのだけれども。

 皮肉だな。
 ミームという概念が普及する頃に、ミームと別扱いだった「命」は尊厳ある座からひきずりおろされミームといっしょにデリート(死刑に処)される対象に成り下がってしまった、ってか。

●●●小玉7●●●

アンカー 【選択肢と死】

 人間は目の前の選択肢から、解決策を選び取る。
 選択肢が提示されていなければ、それは選ばれない。
   → 『メディア・バイオレンスと犯罪』
 放火をリセットだとして提示すれば、それが解決の手段として選び取られる。
 「不適切な手段が、解決の選択肢として流布している」。
 逆に言えば、「適切な問題解決用選択肢が提示できていない」「適切な問題解決方法を見聞きできていない」。

 不適切な解決方法を採った彼らは、ふだんどのような選択肢に接していたか。
 彼らがふだん接するメディアにおいて、適切な選択肢の提示が欠けた状態ではなかったか。

挿画

 自殺を「すべてからの解放だ」「死ねば安らかになれる」と提示すれば、これも解決策の一つになってしまう。
   → 『自殺を許す国、自殺者を貶す国』
   → 『自殺は感染する』

 「自殺したら救われない」という文化規範では、自殺はまれ。
 逆に言えば、自殺者は「周囲と共有している価値観」に殺されているわけだ。
 「周囲と共有している価値観」が、別の価値観にいたならば死なずにほかのことをやっていただろう人間に自殺を選ばせて殺しているわけだ。
 「自殺をするな」と言う側の人間は、実際のところは「死で救われる」という概念を共有して暗黙理に自殺幇助に荷担してしまっていないかおのれを省みるべし。

 死刑も同様。
 「消去=解決」の世界観に影響を受けている世代。
 その時代の価値観によって救われたり殺されたりな。

 時代によって、「命」は姿形を変える。
 それぞれの時代、それぞれの文化、それぞれの立場で、インストールされる物語(意味体系)は異なる。

 デリートの対象になりさがった命。
 (「死んでも生き返る」「リセットできる」てのもなんだかなぁだよな)

 次に「命」はどんな時代においてどんな立ち現れ方をしうるのか。
 今後ずっとなりさがったまんまなのか。

 寝不足前頭葉。


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●情報庫: 犯罪 





●●●小玉7●●●

アンカー 【強姦を死扱い】

 強姦を殺人と等価に扱うのは、サバイバーに失礼やわ。
 本人個人の価値観的にはそうなのかもしれんが、ローカル&うちわでは無害な言説なのかもしれんが、全国放送に処すには、浅い。もうちょい周到に考えてくれ。(つまりやはり「死」は彼にとってゲーム的な「ステータス(状態)」となじみが強いわけなのか)
 本人的には真剣なのかもしれないが、ぽっと出で語られてもザコブロガーレベルの言説を全国放送されてる状態で。 と思ったのが正直なところ。

メタル
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→人の命が大切なら  〜正己の異論・反論【2006/07/06】
『*死の変貌 デスについてのノート』( EP: end-point 科学に佇む心と身体Pt.2)を読んでhttp://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-430.html次の部分 死がまた変わったらしい。 「人を一人殺しただけでは死刑にならず、複数の人間を殺さないと死刑にならないのはオカシイ、

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筆者:雨崎良未
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