[ EP: 科学に佇む心と身体 ]

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犬を食べる・陰陽・古代中国・鬼・追儺

カテゴリ[科学に佇む2005年] 2005/06/23
犬の肉はどうして「おいしい」とされていたのか。
とても読みやすい東洋科学・東洋文化の研究書2冊。

◆表紙 ◆表紙
 「気の自然像」 山田慶児著 岩波書店 2002/11
 「古代中国の犬文化 食用と祭祀を中心に」 桂小蘭著 大阪大学出版会; 6000円  2005/02


 気や陰陽、大陸古代の習俗を記した本は、なじみのない異文化・異時代・異分野研究者の感覚にあわせながら読まなければならないような、なんかそんな読みづらいものが多いのだが、この2冊は異文化・異時代・異分野を扱いながらも、感覚が読み手(それとも私個人?)に近いので、読んでいてすっと理解できて、とても心地よい。
 (こんなにわかりやすいのは、そのぶん論の単純化や視点の一面化があるからかもしれない、という疑念はあるけれど)

 「古代中国の犬文化」は日本の研究と中国の古代、そして今の習俗を、つなぎ目の違和感を意識させることなくうまく融合させた労作&佳品。

 ・・・ああ、今書いていて思い当たった。lappy
なんでこの両書が「わかりやすく心地よい」ものだったのか。
 「対立煽り」が無いんだ。

... 以下つづき...


〓〓〓 EP 〓〓〓

 なんだかんだ言って、この手の日中両国を股に掛ける研究の場合、往々にして「中国側の見解では」「日本の研究者の言うところでは」「**の研究ではこの視点が欠けており」などという、よけいな意味づけをしたくくりを陳列対立させて述べ立てることが少なくない。
 そういうこと言われるたび、読み手は「ああ、これは中国側の意見だからこう割り引いて読まなければならないんだな」「こう考えて書いているのは日本側だからなんだな」「この立場の意見はこっちに偏りやすいんだな」などと、いちいち思考にトッピングやディスカウント振りかけながら読まなければならなくて、そう、そこがしんどかったんだ。
 今回の2冊には、そういう「色分け矯正・色分け強制」がない。
 だからラク。
 だから素直に読める。

「古代中国の犬文化」の著者は日本に暮らす中国出身のお方。
 著書の中でほんの少し触れている日本・中国以外(例えば西洋では犬はどうかなど)の習俗については、知識不足。そこは著者もわかっているようでさらっと記すのみで済ませてある。
 そこはそれとして、見るべきはやはり本編。
 中国の資料と日本の大陸古代文化研究の知見、先達の研究や現代日本の習俗についての知識を、それぞれに特にわけへだてるこだわりもなく、当たり前のようにしなやか&スムーズに連結させていること。
 読んでいてとても気持ちよい。

「気の自然像」は、いわゆる東洋研究や宗教がらみ系ではなく、基本「科学史」。
 そのぶん相対的というか、どこにもくみせず現代的に今の人間がわかるように(今の人間の立場から)さらりとこなしている。
 おかげで「当時の人間の考え方はオマエらの理解を超えていて神秘的だぞコンプレックス」など気にせず読める。

※ 読みづらかった印象が残る東洋研究系の本
 たぶん対立云々以前に、記述内容になじみなかったこともあるだろうけれど。
●本 「韓日民俗文化の比較研究」 任東権著 岩田書院 14800円 2003/07
●本 「風水の社会人類学 中国とその周辺比較」 渡辺欣雄著 風響社 8000円 2001/12 
●本「チベット医学 身体のとらえ方と診断・治療」 イェシェー・ドゥンデン著 地湧社 2001/05(1986)

※ あと、読みやすかったけど、日中間研究での偏見に困惑する一件が記してあった本
→ 『埋もれた楽器 音楽考古学の現場から』


「気の自然像」「古代中国の犬文化」ともに、東洋的運気論がメインを占めている。
私的には、 奇門遁甲(きもんとんこう)や四柱推命などはかじったことはあるので、わりと予習はできていた感じ。
渡邊欣雄「思想が育まれる環境認識」p.34
東洋の対概念は二元論に基づく概念とはいいきれない。風水思想には、意味の対立があるかに見える対概念の中に、<気>一元論ともいうべき同意味素があることを、フリードマンなどわずかの人類学者を除いて発見しそこねていた。
  所収 『岩波講座文化人類学2:環境の人類誌』岩波書店 1997/12
「気の自然像」p.36-37
一般に中国の科学理論は類型化された概念を多用する。したがって、それらのあいだの関係も複雑になる。その複雑さが如見には精密さと映ったのである。
 これは中国(および中国思想を受容した東アジア)と西洋における理論の構成のしかたの違いを反映している。西洋における論理の厳密さ(定義された概念、演繹的推論など)に代わる役割を果たしたのが、中国では単純な原理にもとづく概念の類型化とその多用であった。そしてそのそれぞれが、両者の理論における「精密さ」の指標とみなされたのである。

 中国の世界観は、一つの気から、陰陽のめぐりが生じ、五運六気が生まれ、十干・十二支として巡り…と、シンプルな法則からアラベスクのような精緻なスペクタクルが広がるがごとく、人知を越えたはかりしれない複雑さが織りなされていくとみなすもの。
 人知を越えた複雑さ、そこに人心が何を見出すか、という問題でもある。

 人間の頭は、複雑すぎるものはつかみきれない。
 そこに「解釈の余地」は生まれるし、東洋的世界観の有効性(実効性ではなく)も生まれるわけで。(運気論の恣意性は、微妙に進化心理学の弱点を思い起こさせるけど)

 これヨソの時代・ヨソの国の話で済ませられるものではない。
 日本はめっちゃこの陰陽・風水思想の影響を受けて成り立っている国。
 いまだ現代でも風水や陰陽の知見を参照しながらまつりごとなり商売・人生決断なりを行っている人間は少なくないんだ。(政治・行政従事者含む)


右画
 さても「犬」。
 「犬」は、「陽」のシンボルとして古代中国文化の中で枢要な位置を占めている。
 → 『白川静の漢字研究』
 陰陽世界の中で、陰の障りや災厄を祓ってくれる「陽」として意味づけられ、神獣(龍の化身)の意味も付与された「犬の肉」は、老人(陽が不足する年齢の人)を敬い健康を増進させるには最良の食べ物とされた。
 「陽」の効果を強めるべく、犬肉の処理・調理は「陽」の方角である東で行わなければならなかったり、必ず「暖めて」食べるべきであったり、食べる時刻も「陽」の時、古代中国はあらゆる事象を陰陽世界観に沿って動かし守って暮らしていた。(この手の世界観こだわり耽溺は各地わりと普通だったんだろう:マヤ・インカしかり、インド・エジプトしかり・・・)
 過剰な「陰」を祓ってくれる「陽」の「犬」は、墓の鬼神(死者)を鎮める生贄にもなり、病魔(鬼の仕業であるマラリアやハンセン氏病など)を駆逐する良薬としても、広く普及した。

 日本でも「犬」は災厄よけ、病魔よけとして用いられる。
 → 『ニホンオオカミという魔よけ』
 これは、大陸からもたらされた習俗が混淆した末のものだったのだろうか。
 赤子の額に「犬」の文字を記して無病息災を願う習俗、これは日中共通するものとして観察される。

右画
 祓いの力は、ナマの「犬」ではなく、犬由来の何か、犬の形をしたもの、でも効果を発揮する。
 『ニホンオオカミという魔よけ』 でも、幼児のお守りとしてさまざまな犬型(オオカミのドクロ含む)が登場する。
 そして、古代中国の儀式で用いられた藁編みの犬型。
 そも、藁や茅も、強い祓いの力を持つ材料。
  → 『世にも恐ろしい葦の物語:疫病恐怖』
 病は鬼神がもたらすと考えられていた。
 日本の祇園祭。ここに登場する「犬神人/いぬじにん」も大陸の習俗が変化したものだろうと推察される。
「古代中国の犬文化」 p.280
中国から犬張子、犬の子など、犬による魔よけの風習がかなり渡来していた。前述したように、陰陽五行では犬が金行に配当され、呪力のあるものとして活用されている。しかし長年殺生禁断の令が敷かれていた当時の日本では中国のように生きた犬を犠牲にすることができず、代わりに犬神人などの起用を考え出したのでないか。

 豆まき:追儺(ついな/おにやらい)も、春に訪れる病魔を祓い追いやるための、「陽」を用いた由緒正しい古来の儀式。
 先日このようなシンポが開かれていた。
悪鬼追い払う「鬼やらい」 中国で国際シンポジウム
2005/06 【日本語記事】 asahi.com

 自文化耽溺やネポティズムにかかずらない融通の利く習俗研究を、ぜひ進めて欲しい。

 憑く穢れは「陽」で祓う。
京極夏彦著「百鬼夜行-陰」 講談社 1999年
p.129 [鬼ごっこについて]
 「だってあれ、鬼が追っかけて来て、こう、わっと捕まる。すると捕まった子供が次に鬼になる約束でしょう。鬼が感染るんですね。だからこれは、この場合の鬼と云うのは、ケガレみたいなものですよ」
 「ケガレですか」

伝承遊戯に残る昔の「鬼」観。
右画
日本にもたらされた中国の鬼神観念は、その後日本の文化の中で独自に変容変遷していく。
すっかり変容した「現代の鬼」についてはこちら→ 『鬼の復権 憑霊の夢幻能』

日本でも「犬肉」は中国と同様に、滋養のある食べ物・良薬としてふつうに重用されていた。

「赤犬」(黄犬)がおいしいとされるのは、「赤」(黄)が、「陽」の色であり陽である犬の性質を強調するから。
チャウチャウは食用としてこしらえられた犬種。当然毛の色は赤。
のみならず、
「古代中国の犬文化」 p.143
 中国犬には黄色一色または黒一色、あるいは白一色のような純色のものが特に多く、雑色の犬が少ない。この特徴は陰陽五行に基づいて重ねてきた犬の毛色改良の結果だと思われる。

うわあああ。
黒犬は薬用。
病魔含む祓いは白犬。
滋養強壮なら黄犬(赤犬)。
これは実効ではなく、陰陽五行からきた論理の帰結。
それ以外の犬は、食べても使っても効果が薄いとされたので、需要がなくて中国には少ないのだと。

食用だけでなく、犬の色は「雨乞い」でも重要視された。
これは日本でも行われていたらしいが、
 ・雨が降って欲しいときは黒犬
 ・雨にやんで欲しいときは白犬
を生贄にしたと。
黒犬は雨をもたらす暗雲を表す共感呪術。
白犬は、
「古代中国の犬文化」 p.241
陰陽五行では白色が金行に配当されており、殺や止を象徴する

ので、降雨を止めるために純白の犬を用いる。

虹帯〓〓〓〓〓〓〓〓

「古代中国の犬文化」 p.378
 古代中国における犬肉の食用は一種の食文化である。それを最初から根底で支え、さらに促したのは、古代中国の儀礼制度、陰陽五行思想、そして古代中国人の鬼神信仰であった。

これだけ上古時代に重用され繁栄した古代中国の犬文化は、中古時代に入ってからは衰退していく。
衰退の原因は、仏教・道教の影響で精進料理が流行ったり益獣の殺生禁断が唱えられたり「宗教、社会、経済など多方面にわたっている(p.381)」が、ひとつにはネコのせいがあるらしい。
中国にネコブームが到来して、犬がお払い箱になっていった。
各家庭で犬は食用のほか「ネズミ取り」の役をおおせつかっていた。
その役を家猫が引き継ぎ、人々は図体の大きな食用犬よりは、狆のような小型愛玩犬を喜ぶようになっていく。

「気の自然像」 山田慶児著 岩波書店 2002/11

左サムネイル
「古代中国の犬文化 食用と祭祀を中心に」

 桂小蘭著 大阪大学出版会; 6000円  2005/02


「気の自然像」は中国医学と近代科学の兼ね合いを模索しながら締めくくる。

「古代中国の犬文化」は、治療のためにはるばる日本に招いた母親が、治療を受ける前に日本の地で亡くなってしまった悲劇を後記に綴る。
中国文化と、日本。
当事者か否かの温度差以上に、後記のインパクトを差し引いても、後者の著述は稔り多いものだと思う。

〓ガラス棒〓

追記2006/05
 ●ネット 犬食文化 @ウィキペディア


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●情報庫: 人と動物の関係特集









メタル
trackback(1) :comment(1)  

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1402 #- コメントアンカー zhuangyuan さんのコメント 【2005/11/13】 URL [編集]

うーむ面白い。硬い本を軽く紹介していただけるとホント助かります。

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→中国語と狗(イヌ)  〜中華 状元への道【2005/11/13】
「逃亡作法 Turd on the run」(東山彰良 宝島社文庫)を読みました。このミス大賞受賞ということで手にとり、背表紙を見ると「モラルなき悪党たちが近未来の刑務所を駆けずり回る脱獄活劇」とある。あんまり面白くないかなと棚に戻そうとする前に、作者紹介を読みました。

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