
長沢武著
『動物民俗 1』
ものと人間の文化史
法政大学出版局 2005/04
この中に
・対馬では、イノシシによる食害に悩まされたあげく
「生類憐みの令」さえも無視して命がけで立ち上がった住民によって
元禄時代に絶滅させられた p37
と記されているのだが、
「動物地理の自然史」第9章では・対馬諸島では江戸時代の「イノシカ追い詰め」運動で絶滅したはずだったが、
1990年代になって野生イノシシの生存が確認されている。
九州のニホンイノシシの系統らしいが、
イノシシなのかイノブタ牧場から逃げて野生化したものなのか判然とせず p158
と記されている。

ちょっと気になって拾ってみると:
●現代の状況
対馬と島原半島におけるイノシシ害:対馬地区のイノシシは近年人為的に持ち込まれたものである
2005年 「特定鳥獣(イノシシ)保護管理計画」(素案)に対するパブリックコメントの募集結果について長崎県
2005年夏 対馬でイノシシ被害が激増 3倍の2580万円に 長崎新聞こんな条例をも発行せざるをえず
2004年 対馬市イノシシの所持又は持込みの禁止等に関する条例施行規則 ●過去の経緯
元禄13年に幕府の禁令に背いて「猪鹿追詰(しししかおいつめ)」を断行した
猪垣(ししがき):歴史と民俗 兵庫県立 人と自然の博物館...以下つづき...

イノシシ害はなくなったが、その後人間が焼き畑を広げすぎたこともあり、
対馬の生態系バランスが壊れてしまった。
イノシシは生態系が健康かどうか教えてくれる山の神。
猪変(いへん) 第6部 中国新聞イノシシ絶滅から20年後には焼き畑のやりすぎで山が荒れ最悪な状況に

森林・林業 作った人・守った人 長崎県イノシシに恨みを買った対馬の聖人:陶山訥庵(すやまとつあん)
焼き畑農法は、イノシシにとっておいしく楽しい環境を与えることもあり、イノシシ増加→イノシシが畑を荒らしまくる。
「生類哀れみの令」(動物を殺したら死刑だ法)が出ているさなか、それでもイノシシ害に耐えかねて、島ぐるみで9年かけてイノシシを殺しまくり、ようやく全滅させることができた。
住民は「イノシシ害から解放された」と焼き畑をばしばし広げまくる。
20年後。
木は刈り尽くされ、山は荒れ、土砂崩れも起き、土地もやせ、収穫もがた落ちに!
一世代の間に、ひどい状態になってしまった。
それに懲りて”焼き畑禁止”の令も出されることになる。
そしてその後は… それなりに安定していたのかな。

ながらく島にはいなかったはずなのに、近年殖えてしまったイノシシはどこから来たのか。
・趣味のハンターが対馬に勝手に持ち込んだ説
・イノブタ牧場から逃げ出した説
があるが、遺伝子を解析してもどっちなのやら判然としないわけで。
「動物地理の自然史」第9章(岐阜大学・石黒直隆 & シグマアルドリッチジャパン・渡部琢磨)・野生化した家畜ブタと野生ニホンイノシシのデータを峻別するのは困難。
で、最近対馬においてイノシシ害が問題になっていることから、
「かつては人間がイノシシを根絶した島なんですよ」
という話は(対馬的に誇りなのか)たくさん拾える。
が、
「イノシシ根絶後に人間が島の生態系を荒らした顛末もある」
という後日譚は、まあ”今のイノシシ害”にはあまり関係ないからかな、ほとんど言及されず影薄くなっている気配。
ヒトが持ち込んだイノシシ。
ヒトが荒らした対馬の生態系。
イノシシという害は、沙汰されやすく見えやすい。
人間による害は、沙汰されにくく見えにくい。 そんな皮肉が透けて見えるような。
※ 日本のイノシシとブタのその昔:弥生ブタ
※ 日本の野生イノシシ事情 今昔
へぇボタン:へぇ〜
と押してみるもよし●情報庫: 動物 生態系
![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







次の記事
前の記事 

この記事のトラックバック用URL【http://ep.blog12.fc2.com/tb.php/397-ec0808ee】
フリーのチベットバナーだよ













