日本の猪と豚。古代に、イノシシが飼われていたのかどうか。
飼われていたのはイノシシだったのかブタだったのか。
イノシシとブタはどうすれば見分けができるのか。
それが骨だけだった場合。
それが数千年以上も昔のものだった場合。
よくわかんないんだよなぁ。
専門家の人たちにも、よくわからないらしい。

「環境考古学への招待 発掘からわかる食・トイレ・戦争」
松井章著
岩波書店 740円 2005/01
この中のイノシシのくだり。
●出土したイノシシに若い個体が多いのは飼われていた証拠だと指摘したが展開は見られず。
●出土したイノシシに歯周病が見られるのは飼われていた証拠だという指摘もなされた( 1989年西本氏)が、畜獣か野生化の判別は困難とする見解も多く。p98
●学界の重鎮が2000年に弥生ブタ説をこきおろしたため「飼われていなかった」説が強くなる。
●それに伴う”ミトコンドリアDNAのDループでは弥生ブタもイノシシも違いがなかった”という報告。
●1996年に沖縄地方の”動物遺存体”調査に携わった際、著者は「これはブタ(飼育個体)では」という直感を得る。
●著者は帯広畜産大学の石黒直隆さんらとイノシシ、ブタの遺伝子(DNA)の研究を始める
●飼われていたのか否か。
解析に使われるミトコンドリアDNAからは母系しか考察できない。
●メスはたくさん飼わないとたくさん子をとることはできない。
オスは良い性質の個体が少数いれば繁殖には事足りる。
「種馬」のように飼育繁殖上「種豚」が存在したと考えるならば、
父系を確認するためにミトコンドリアDNAではなく核染色体のデータを取らねば。
●DNAの解析手法をさらに改良していった結果、
「どこかヨソから搬入されたブタ」の系統だろうと思われる結果が現れてきた。
●骨に含まれる炭素は、食べるものによって安定同位体元素 (炭素12と炭素13)の比率が違ってくる。
調べてみると、野生のシカと同じ数値を示すだろうはずが、人間の数値に近いものが出た、つまり飼われていたらしいと。
ふむふむ。面白いではございませんか!

と感じ入っていたら、他の本では何やら雲行きが違う話に行き当たる。

「動物地理の自然史 分布と多様性の進化学」
増田隆一, 阿部永(編)
北海道大学図書刊行会 (2005/05)
第8章 ニホンイノシシの分布・サイズ・変異
(千歳サケのふるさと館・高橋理)
▼更新世(200万年前から1万2000年前)に日本にいたイノシシは「Sus scrofa」一種類のみ。
▼北海道のイノシシは縄文時代前期ごろからヒトが本州から持ち込んだもの。
▼伊豆諸島は北海道と同じくヒトが持ち込んだ地区
▼伊豆諸島・北海道ともに、関東より年齢の高い骨が多い(歯の生えそろい具合から)
ぬ”〜 歯の比較 わかりづらい… 部外者にはしんどい

▼北海道に持ち込んだのはヒトだが、出土骨の量は少ないし飼っていたという確証はない。
第9章 イノシシの遺伝子分布地図と起源
(岐阜大学・石黒直隆,シグマアルドリッチジャパン・渡部琢磨)
■日本にいるイノシシは、イノシシ属Sus,イノシシ種scrofaの亜種2種類:
ニホンイノシシ S.s.leucomystax とリュウキュウイノシシ S.s.riukiuanus。
■リュウキュウイノシシはニホンイノシシよりはるかに小柄、世界最小の亜種。
■リュウキュウイノシシは地質時代に大陸から歩いて渡ってきた種の末裔。
■mtDNAから、リュウキュウイノシシはベトナム方面のイノシシと近縁である気配。
■中国や朝鮮から家畜ブタが日本に持ち込まれていたとしても、
導入は特定の地域でのみであり、加えてそれが飼育を示すものだとは限らない。
■縄文時代の古DNA分析は困難かつ不十分。
■礼文島のオホーツク文化期(5-12世紀)遺跡からはサハリン〜ロシア系統のイノシシ骨が出る。
■沖縄では14世紀より中国から持ち込まれたブタを飼育。
■家畜ブタが大陸から持ち込まれても、
日本の野生イノシシに大きな遺伝的影響を与えうるほどの規模ではなかったろう。
イノシシを持ち込んだのがヒトであっても、その持ち込み先でイノシシを飼っていたとは限らない…?
そもそも猪と豚、違いの手がかりの把握や評価の度合いも、研究者それぞれで異なっているような。
まあ、慎重な見解をとるならば、「断定できない」状態が延々続くわけですが、それにしても。
...以下つづき...(5月15日に内容分割のため更改)

近年になって,動物の飼育がいつから始まったかがさかんに議論され始めた。これは,(1〕発掘調査で小さな遺物まで回収する方法が精密化することによって骨の出土数が急増したこと,(2)それによって本来分布しない地域・島の遺跡で出土する意味をもう一度考えようとされ始めたこと,(3)mtDNAや安定同位体を使った方法の導入によってさまざまな分析ができるようになったことなどが理由だろう。特にイノシシの「飼育」やブタの存否の論議が多く… p129-130
ミクロに小さな遺物まで精密調査することによって可能になったひとつが「環境考古学」なんだけれども、その手法や成果はなかなか受け入れてもらい難く、という話は
でもなんぼか。
「動物地理の自然史」では、まあ自分の研究結果を述べている、というしばりがあるからかもしれないけれど、「環境考古学への招待」で挙げられている骨の炭素同位体の話も「安定同位体」の名称は挙がっていても、その導入の結果は紹介されておらず…。

ん?
「環境考古学への招待」
1996年に「これはブタ(飼育個体)では」という直感を得た著者は:p99
帯広畜産大学の石黒直隆さんらとイノシシ、ブタの遺伝子(DNA)の研究を始める:p102
「動物地理の自然史」第9章(岐阜大学・石黒直隆 & シグマアルドリッチジャパン・渡部琢磨)
中国や朝鮮から家畜ブタが日本に持ち込まれていたとしても、
導入は特定の地域でのみであり、加えてそれが飼育を示すものだとは限らない。p156
…帯広畜産大学の石黒直隆、岐阜大学の石黒直隆。
同姓同名?
調べてみると、石黒直隆氏は2004年に岐阜大学に転勤なさったとのこと。
同一人物。
「環境考古学への招待」 p103-104
しかし石黒さんたちは、 [〜中略〜] 断片的なDNAの破片をつなぎ合わせて長い遺伝子配列を解析する手法の開発に成功した。その結果、最初はブタと言うことにすら慎重だった石黒さんも、ブタが飼われていたと確信を持つようになった。
[〜中略〜] リュウキュウイノシシに酷似するが、特定の共通する場所に変異を持っており、独自のグループを形成していた。石黒さんによると、清水貝塚から出土したイノシシ、ブタの仲間は、ニホンイノシシとも異なることから本土からでもなく、他の沖縄本島、石垣、西表島でもない、リュウキュウイノシシの系統に関係の深い、どこか別の地域から搬入されたブタであった可能性が高いという。
でも、(難しい文章を私が読み取りきれていないのか)「動物地理の自然史」第9章では、石黒直隆氏はリュウキュウイノシシの系譜について述べてはいても、古代の出土イノシシが「飼われていたものか否か」には特に断定していない。
書籍の主題が「動物地理の自然史」だったからだろうか。

ところで。
古DNA(ancient DNA)というのは核染色体のこと?
それとも核染色体とmtDNAの両方を指すの?
しろうとは混乱しとります。

大陸の家畜イノシシが日本に持ち込まれたのが弥生ブタである説
2005年 「青谷の骨の物語 イノシシの家畜化」 日本海新聞井上貴央・鳥取大学教授。「私には弥生ブタと言いきる自信はない」
この教授は「弥生人の脳」発見で著名。
2004年 「原日本人を求めて」 下野博 日本の先史を語る会オホーツクのカラフトブタは東北アジア起源系統
北海道南部のは、本州東北ニホンイノシシの血筋
環境考古学部門 奈良文化財研究所COE研究拠点ベトナム北部の野生イノシシとリュウキュウイノシシは遺伝的つながりあり
〜ミトコンドリアDNAの解析から
ベトナムにおける新石器時代遺跡の獣骨に関する研究:茂原・本郷 京都大学霊長類研究所沖縄・本州の沿岸には、大陸系家畜ブタが早くから導入されていた 〜石黒直隆
2003年 動物プリオン病の解明を目指して Applied Biosystems JAPAN Ltd.愛媛の弥生イノシシ骨は中国から来て養豚されたものである説 〜石黒直隆
歯槽膿漏=飼育ブタ説
2002年 弥生豚 東奥日報古代日本では養豚はあまり普及せず
2002年 弥生時代の豚はアジア生まれ 奈良テレビニュース弥生時代の沖縄には東アジアからの大陸系家畜豚がいた
2001年 過去のニュース(琉球・沖縄) 下手でも歴史好き骨残存コラーゲンの同位体組成から家畜化イノシシをを見分ける方法
環境変化の生き証人 南川雅男@北大血しぶきが飛ぶような考古学「ブタ」大論争の行方
2003年 東アジアにおけるイノシシ・ブタ利用文化の動物考古学的研究 岡山理科大うわ… そんな恐ろしい切ったはったの泥沼になっているんですか。

こりゃちょっと覗いただけではなんも言えんわな…
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