
『遺伝相談と心理臨床』
伊藤良子監修・玉井真理子編集
金剛出版 (2005/09/26)
[bk1]
自分が、子どもが、伴侶が、おなかの子が、病気だと告知されたらどうするか。
自分が、子どもが、伴侶が、おなかの子が、高い率で病死する可能性があると告げられたらどうするか。
医療からもたらされるものではあれど、医療だけでは解決できない問題。
自分の人生をどうするか。
自分と遺伝子の関わりとは何か。遺伝子とは人間の運命なのか。
心に直結する障害がもたらされる事例へのサポートはどうするのか。
じわじわと進む致命的な病、体の一部を失わねば生きていけない病、その病とどう折り合いをつけるのか。
病が遺伝をするのは「誰のせい」なのか、血縁者〜家族内での問題の共有はどうすればいいのか。
遺伝子の意味という、科学を離れた社会的位置づけに脅かされる個人…。
遺伝科学の進展以前にはなかった異常事態、「社会的に適切な落としどころが用意しきれていない」立場にまきこまれる当事者たち。

用語にさいなまれる痛み「遺伝病」が”呪い”や”たたりスジ”のような、医学とは意味の異なるあらぬ反応を巷に引き起こしてしまうことがあるように、「先天異常」の「異常」、また「奇形」という表現も、施療の現場では不適切な反応をひきおこしやすく、この点、説明の際には「先天異常」や「奇形」ではなく、具体的な疾患名(〜〜病、〜〜症など)で語るべきである旨、指摘されている。(p.78 川目裕)
心を扱うカウンセリング現場では言わずもがなの基本的な心構えなのであろうけれど、これらの「使うべきではない言葉」で語ってしまう医療関係者や市井の人々もふつうにいるんだろうなぁ…。
と、「先天異常」でぐぐってみたらあせった。ヒット数が多いのはともかく、トップヒットがこれ。
日本先天異常学会 …当事者の心、研究者知らず。orz

庶民のあずかり知らない高みから、唐突にもたらされる断固冷然とした遺伝科学のご託宣。
たとえばこの数字。
わが国では胎児に異常がある(遺伝性疾患に限らない)と診断されて,出産を選択する妊婦は10%くらいであるといわれている。
p.175
第13章 「出生前診断で児が病気とわかって出産した事例 筋強直性ジストロフィーの例」 浦野真理
『遺伝相談と心理臨床』
決断する1割と、決断する9割。
命と人生を賭けた決断。
医学と遺伝学の託宣で心を千々に乱される当事者たちの、心のケア。

さまざまな異常事態に翻弄される当事者の生き方に、つきそい、人生の編み直しを手伝う、そういう仕事をしてくれる人達がいる。
混乱のおさめどころをさぐる大事な人の道。
遺伝の病が関わっていなくても、病気や入院、傷病でこうむる「心のショック」には、体のお医者とは別に、心の手当をしてくれる人も必要だという流れは、特に今世紀日本でも(小児科のピエロさんなど)徐々に考慮されるようになっており。
お母さんが小児科医を見る目
医者としてよりは育児パートナーもしくはカウンセラーとしての役割を期待する
2004/08 EurekAlert New survey reveals insights into unique relationship between mothers and pediatricians
入院患者の不安ケア、不十分ですよ
2003/03 Ohio State University ANXIETY POORLY MANAGED IN HOSPITALIZED PATIENTS, STUDY REPORTS
患者には心のケアも必要です
2003/01 BBC News Patients 'must receive psychological care'
子供だからと言って勝手に治療しないで
治療処置について詳しく説明を受けていると子供はつらい処置でもよくしんぼうしてくれる
2002/10 Health Behavior News Service YOUNG CHILDREN MAY COPE BETTER IF THEY REMEMBER MEDICAL PROCEDURE DETAILS
治療経過に伴う心理的援助で乳癌患者の苦痛が軽減−日本心身医学会
2002/06 薬事日報
病院は身体だけでなく心も診てね
ストレス下にあり、複数の傷病を持ち、健康がかんばしくない場合、身体だけでなく心の病にも見舞われている場合が少なくない
2001/03 groups.yahoo/psychiatry-research/1466 Arch Intern Med. 2001;161:875-879 Clinical Predictors of Mental Disorders Among Medical Outpatients
遺伝相談と心理臨床(遺伝カウンセリング)も、その「医療における心のケア」に含まれはするのだろうけれど、いっしょくたに論じるには特殊事情が山積しているのかもしれない。
・遠い将来の災禍を確率で宣言されてしまう
たとえば中高年になってから現れる難病・死病
たとえばまだ産んでもいない子供に将来現れうる難病・死病
・人間の命の値段までをも左右してしまいかねない特殊な個人情報としての遺伝子検査結果
・検査結果は親戚縁者や配偶者の運命までダイレクトに左右しかねない
・本人は結果を知らず、周囲の人間はみな事実を知っているという錯綜した事態も
・さらにはひどい偏見にさいなまれることさえあるわけで
家族に関わる。命に関わる。将来に関わる。
親子・夫婦・兄弟であっても遺伝情報についての思いは一人ひとり異なる。病気に関与する遺伝子変異の有無等によって立場がまったく異なるので,家族であるからこそ語れないことも少なくない。まず,個としての思いが十分に語られる場が必要になる。
〜p.16 第1章「遺伝医療と心理臨床」 伊藤良子
思いきり、心のありたけを打ち明けられる「第三者」は、相談者を尊重してくれる相手は、得られるか。
...以下つづき...

ナラティブ・ベイスト・メディスンについても紹介されている。「病を「人生」というより大きな物語の中で展開する「一つの物語」と捉える。」(〜第10章 遺伝性癌と人生と物語り 岸本寛史・井上かおり)
「プラシーボの治癒力」 がとてもツボだったことを思い出す。人生という
自分と病の関わりの見直し。
人間は、同じシナリオでもその「意味」しだいで救われもし、煉獄にも墜ちる。
障害を持つ子が生まれたのは「誰のせい」なのか。
「なぜ」自分はこのような刻印を押されねばならなかったのか。
針のムシロを、異なる物語と新たな視点で救済に変えていくにはどうするか。
たとえば、仏の教えで救われる父親。
さらに言うならば,遺伝医療における心理臨床は,遺伝の問題の解決というよりも,遺伝子からの問いかけを契機に,人間における生老病死という本来的な問いが問われる場となると筆者は考えている。
〜p.16 第1章「遺伝医療と心理臨床」 伊藤良子
災禍の物語に見舞われた個人を、苦しみのシナリオから書き換えることに、しかと寄り添ってくれる人達。
よりそってくれる誰か。
人生の編み直しによりそうことを旨とする、遺伝カウンセラーたち。

需要を満たせていない現状日本での遺伝相談の歴史は1960年代にまで遡ることができ、すでに30年以上の長き蓄積がある。
その一方で、まだまだ遺伝カウンセリングはじゅうぶん普及できているとは言えない状態があるらしく。
加えてこれにはやや怒りを覚えた。
第18章 「染色体異常の会からの発信 18トリソミー児をもつ父母への心理的サポート」 櫻井浩子
p.232
1.こころのケアの現状について
18トリソミーの可能性が告げられた内容は,生産児の場合「短命である」「もって2ヵ月」「積極的な蘇生は行わない」「帝王切開は行わない」など,子どもの生死や命の期限を突きつけられている父母が42%であった。説明は,半数近くの46%の父母が,外来診察室や超音波検査室,NICU(新生児集中治療室)内の保育器の脇やナース・ステーションなどプライバシーが護られていない場所で行われていた。説明は,担当医のみでこころのケアを行うべき看護師や心理士の同席がなかった父母が24人であった。
子どもの病気の説明を聞いて,「奈落の底に落とされた」「パニックになった」「右腕を斧で切り落とされたような思い」「ただ頭のなかが真っ白になり,泣くことしかできなかった」とこころの悲痛さを述べている。このような状況であるにもかかわらず,こころのケアが「あった」と答えた人は20%で,「なかった」と答えた人は42%であった。約4割の父母は心のサポートもなく,1人で悲しみを抱えていたことになる。絶望感や孤独,18トリソミーの子どもの人権が尊重されていないことへの悲しみや怒りを感じていた。
まじすか。
人を救う場が、こんな無神経なことになっているんですか。
そこまでひどくはなくとも、患者の心をくみ取りきれない病院側の善意が裏目に出て、患者が転院していってしまった事例も挙げられている。
よりそうことを使命とするひとばらに、幸あれ。

もくじは以下のとおり。
まえがき 伊藤良子
第1章 遺伝医療と心理臨床 伊藤良子
第2章 日本における遺伝相談と心理士のかかわり 玉井真理子
第3章 リエゾン・カンファレンスから見たチーム医療の課題 乾吉佑
第4章 遺伝相談における心理臨床の実践 駿地眞由美
第5章 子どもの先天異常と遺伝 川目裕
第6章 高IgM血症の子どもたちと家族 X家の20年を振り返る 浦尾充子
[解説] 高IgM血症1型 石井拓磨
第7章 ミトコンドリア病児の母親との面接 魯山田祐子
[解説] リー脳症 後藤雄一
第8章 成人期発症の遺伝病 片井みゆき
第9章 発症前遺伝子診断を受けたハンチントン病家系の男性 玉井真理子
[解説] ハンチントン病 吉田邦広
第10章 遺伝性癌と人生と物語り 岸本寛史・井上かおり
[解説] 家族性大腸腺腫症 岸本寛史
第11章 出生前診断という医療 宗田聡
第12章 確定診断が得られないまま妊娠継続して出産した事例 出生前診断例にかかわって 渡邉通子
[解説] 染色体異常と出生前診断 松本雅彦
第13章 出生前診断で児が病気とわかって出産した事例 筋強直性ジストロフィーの例 浦野真理
[解説] 筋強直性ジストロフィー 斎藤加代子
第14章 周産期と心理臨床 永田雅子
第15章 不妊カウンセリング 伊藤弥生
第16章 障害児を避けようとする出産選択と裁判 「望まない障害児出産訴訟」にみる議論の様相を中心に 服部篤美
第17章 ハンチントン病の当事者団体を支援して 武藤香織
第18章 染色体異常の会からの発信 18トリソミー児をもつ父母への心理的サポート 櫻井浩子
あとがき 玉井真理子
この本の序章(古山順一氏筆)は、一部がウェブ上にて公開されている。
異色の書籍が上梓される。臨床心理士の資格を持つ方々が監修と編集された遺伝カウンセリング(遺伝相談とほぼ同義)関係の書物は類を見ない。遺伝相談と心理臨床:「序」より
類を見ない。
・遺伝病とは何か、医術側と市井側の食い違い
・「遺伝相談」「遺伝カウンセリング」「遺伝カウンセラー」の定義の紹介
・生まれる前に選別される子どもたち 出生前診断のガイドライン
・「ロングフル・バース Wrongful Birth」訴訟と「ロングフル・ライフ Wrongful Life訴訟」
・各種データ
さらには遺伝相談の実例、当事者のナマの語りと苦悩、現場の判断と事例の分析…。
まだ見ぬ子の将来をどう判断したのか。
因果の解釈をどこにおさめたのか。
カウンセラー自身の思いは。
貴重な経験と思いが詰められている大事な一冊。

関連情報:
3.筋ジストロフィーと遺伝,遺伝相談とは 筋ジストロフィー在宅療養の手引き改訂版
「遺伝とカウンセリング−その現状と未来−」のシンポジウムを主催して 柊中智恵子/日本遺伝学会へぇボタン:へぇ〜
と押してみるもよし●情報庫: 遺伝病 人工生殖・不妊治療 遺伝子、ゲノム 医療・医療人類学 妊娠〜出産 生命倫理
.
![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







次の記事
前の記事 

この記事のトラックバック用URL【http://ep.blog12.fc2.com/tb.php/291-99b57166】
みんなも使ってね






