こんな表現を見聞きしたとき。
この「〜〜」の部分にはどういう文言が入っていたか。
それはマジかヨタかトンデモか。 判断することはできるか。
遺伝子にかこつけた表現で、わけのわからないアイデンティティこじつけ(下手すると遺伝子全く無関係なヨタまで)が、無責任にたれ流されることが少なくないきょうび。
そも、遺伝子で日本人をくくることのあほらしさに気づいている人はどのくらいいるのか。
日本人というくくりに直結させうる遺伝子、そんなもなぁただのファンタジーであって、どこにも実在しとりませんがな。

ちくま新書 『DNAから見た日本人』 斎藤成也著 筑摩書房 700円 2005/03 [bk1]
『DNAが解き明かす日本人の系譜』 崎谷満著 勉誠出版(2005/07) [bk1]
ちくま新書 『DNAから見た日本人』
斎藤成也著 筑摩書房 700円 2005/03
●この分野の研究者について、今誰が何を調べているのか、人脈コラムや人物紹介で述べてある。
●縄文人の歯(スンダドント)と渡来人の歯(シノドント)。(p.144〜『DNAから見た日本人』)
縄文人の歯(スンダドント)と渡来人の歯(シノドント)(日本人はるかな旅展:国立科学博物館)
渡来系弥生人は、厳寒の氷河期を生き抜いてきたシノドントたちの頑丈な歯です。
縄文人の歯は小さく、東南アジア型のスンダドントに近いのです。
両者の頭骨が晒されています。↑
あああ、なんか「この人だれだったんだろう、こんな晒されかたしちゃって…」とか哀れをもよおしてしまうけれど。
「異国の研究者から指摘をされるまで、日本の研究者は縄文人の歯のサイズがヘンなことに気がつかなかった」という話は
●日本人の遺伝子の話をしようとしているからには、当然”日本人に多く見られる遺伝形質”の話も登場する。
耳あかについてはさっき置いた別のエントリを参照。
乳糖耐性(ラクトース消化能力)の話はこちら。
そしてアセトアルデヒド分解酵素の多寡の話。(下戸か酒飲みか)
これはちょっと今間に合わないので後日あらためてエントリをしつらえるかも。
いずれも”日本人に多く見られる遺伝形質”の話であって、「日本人の遺伝子」ではない。
ちゃう。


『DNAが解き明かす日本人の系譜』
崎谷満著; 勉誠出版(2005/07)
●各章にまとめがあって便利。
●2001年にNHKで放送されシリーズ書籍も出た 『日本人はるかな旅1-5』(日本放送出版協会)の裏側について少し記してあるあたり、興味深い。
1997年度〜2000年度に行われた 「日本人および日本文化の起源に関する学際的研究」を元に編まれたのが 『日本人はるかな旅1-5』。
A.自然環境班「日本先史時代の自然と文化的環境の研究」
B.人類学班「形態と分子からみる日本人の起源と形成に関する研究」
C.考古学班「先史時代の生活と文化」
D.日本文化班「日本文化の源流と形成に関するアジア諸地域との比較研究」
という4本の柱を総合した学際研究は、「「DNA考古学会」へと引き継がれている」(p.8 『DNAが解き明かす日本人の系譜』)と記されているのだけれど、これは
DNA考古学研究会 のことを指すと思われ。
このような話も記されている。
p.120 『DNAが解き明かす日本人の系譜』
NHKは『日本人はるかな旅1』で,人類遺伝学者篠田謙一氏のミトコンドリアDNAのデータの一部を利用して,「日本人」のルーツがブリヤート民族であるかの放送を行った. この筋書きは,データを利用された篠田氏が与り知らないところで決められたものであり(篠田氏私信), 人類遺伝学者の間でかなり物議をかもした問題である. Y染色体分析の観点から見ると, 日本列島に移動して来たC3系統の亜型と, 現在のブリヤート民族のC3系統の亜型とが一致するというデータがまだ存在しないため, せいぜいその共通祖先がC3系統に含まれるとしか言えない. またミトコンドリアDNA多型分析から見てもブリヤート以外のもっと多くのヒト集団が日本列島へ移動してきたことが分かっている(篠田2003Sci.Hum.Bensei42:10-18). そしてもっと重要なことであるが, 日本列島で主流になっている先住系ヒト集団はD2系統であり, 他にも02b系統や03系統の大グループが存在するため, この僅かなC3系統のヒト集団でもって「縄文人」や「日本人」全体を代表させるわけには行かないであろう.
などなど。
『日本人はるかな旅』の補足になると同時に、日本列島には多様な民族が流入してきたことも示されている。
貝文文化を担った人々
(オーストロネシア系ではなく推測C1系統/6300年前に火山の噴火で滅亡:同書p.123)
縄文をものした人々(D2系統)
弥生文化を蒔いた人々(いわゆる大陸系)
「エミシ(アイヌ説)」「ツチグモ(推定D2系統先住漁撈民族)」「ハヤト(推定縄文文化D2系統)」などの、いにしえの文献に残る民族の出自と系譜の研究紹介も興味深い。(p.129〜133)

『DNAから見た日本人』も、『DNAが解き明かす日本人の系譜』も、後半で紙数をさいて、日本人ではなく”日本語の系統解析”を紹介している。日本語の系譜をさぐれば、すなわちそれらをもたらした人間のルーツの手がかりも得られるだろうと。
この切り口はヒトゲノム解読とあいまって盛り上がり、最近たくさん成果をあげている。
言語系統樹とヒト遺伝系統樹 南アメリンドの系統解明
2005/11 EurekAlert Genetics used to prove linguistic theories
西バンツー語属の波及とともに狩猟採集民のY遺伝子が置換された経緯ほか
2005/06 Dienekes' Anthropology Blog: The western Bantu expansion
2005/05 Human Genetics DOI: 10.1007/s00439-005-1290-3 The genetic legacy of western Bantu migrations
人類の起源と移動、言語の遺伝学
2004/06 Estudios de Psicolog?a, vol. 25, no. 2, pp. 169-182(14) Human origins and migrations and genetics of languages
逆に、言語の系譜イコール血脈ではございませんという例もあり、
...以下つづき...

インド文明は西欧の言語を遺伝子抜きで導入いたしました
今のインド人は大半は南アジア人の末裔 シルクロード由来の血はわずか
2006/01 National Geographic India Acquired Language, Not Genes, From West, Study Says
言語系統と民族の血脈は一致しません@北米ネイティブ
2006/02 Current Anthropology Volume 47, Number 1 Linguistic Classification at Odds with Genetic Evidence
日本語の系譜は参考すべきものではあれど、イコール日本人の遺伝的系譜と言いきることには抵抗を感じるべき。
『DNAが解き明かす日本人の系譜』にも、「DNA多型と言語との乖離」例と「DNA多型と言語との相関例」が挙げられており、
一般的には,生物学的指標であるDNA多型(ヒト集団)と,文化的指標である言語(民族)とでは,その分布が相関しないのが原則であると想定できる.
[〜中略〜]
[相関する例については] いずれも古くから居住するヒト集団が周囲の異なるヒト集団とはほとんど接触がなかった地域であるので,例外的な現象だと考えられる.
p.137『DNAが解き明かす日本人の系譜』
と付記して、言語系統と遺伝系統が直結することは少ないのだとしている。

『DNAが解き明かす日本人の系譜』には「日本列島諸語の地域ごとの成立史」の章があり便利。
・アイヌ語:シベリア起源のC3系統由来である可能性
・西九州語:日本語形成の基幹地域であった可能性
・東北語:シベリア起源のM系統ヒト集団由来の可能性
・琉球語諸語:琉球語諸語の言語データが少ない(!)
そのほか両言語二極の間に広がる折衷言語、そして「地域言語間の比較による日本語比較言語学」を急ぐべきだとする提言など、いろいろ示唆があり勉強になる。

あ。縄文時代人のDNA解析(ミトコンドリアDNA)例について詳述したサイトがあったんだけど、今トライしてみるとつながらない。
一時閉止なのか、消滅したのか…?
「中妻遺跡について」 佐賀医科大学解剖学講座第104回日本解剖学会総会 篠田謙一(佐賀医大)/松村博文(国立科学博物館)1999
・茨城県取手市東部の中妻遺跡
・60体以上の縄文人骨が出土
・ミトコンドリアDNA解析により血縁関係が推察される
・中妻縄文人は現代日本人の変位幅に匹敵する多様性を持つ
・縄文人そのものが多様な地域集団の集合体である可能性
などが述べられていた。

たくさんの機会、たくさんの時代に、さまざまな民が訪れた列島。
「学術的 民族的」な大きなくくりでうんぬんされる波だけではなく、雨崎のような出島から入った血筋も、強制連行という混迷も、駐留軍の落とし子も国際結婚のたまものも、あまたあるさざ波の重なりが、いまある日本人と呼びならわされる群の中身を形成している。
簡単に言えば、「日本人」の典型などいない。
(たとえ、万が一、いたとしても、社会的に典型呼ばわりされるような形質の人たちは、おそらく戦時に「健康優良児」としてまっさきに戦場に送られて戦死していたりするんじゃないかという歴史の皮肉)
そも、「日本人」なるものは、社会的合意の上で”想定”されている枠組み。(科学的合意ではなく)
人々の間で共有されているファンタジー(仮構)が、「国」であり「日本」であり「日本人」。(科学的な概念じゃない)
それであれば、「日本人の遺伝子」という表現を使って表したい何かは、
「〜〜が日本人の遺伝子に刻まれているのだ」
という表現で示される何かは、すなわち、発信者が
「日本人」というファンタジー(仮構)に加えたい意味づけ
であり、単なる<呪>(意味の押し付け)であり、仮構の上塗りにすぎない。
「日本人の遺伝子」という表現は、科学的な物言いではない。
「日本人に多い遺伝子型」とか言うのならまだしも。
というか、「日本人に多い遺伝子型」と「日本人の遺伝子」では、指すものがエライ違うわけで。

では「日本人の遺伝子」という表現はいったいなんなのか。
科学を離れた”意味の押し付け合いの世界”では、そんな非科学的物言いでもはばを効かせることがある。
「国」も「日本」も「日本人」も、社会的なお約束でできあがった意味の枠。
社会的なお約束以外には、今のところ根拠も証拠もない概念上の存在。
「国」も「日本」も「日本人」も、ヒト脳に適応的なミームではある。
ヒト脳以外には、今のところ実態もニッチも持たない空虚な存在、ミーム。
ヒトは、「国」や「日本」や「日本人」のようなミームに、やたら「意味づけ」の供物をしたがる。
「〜〜が日本人の遺伝子に刻まれているのだ」
も、意味づけ行為の現れ。
「〜〜が日本人の遺伝子に刻まれているのだ」
のような物言いを、実態に即して正しく表現するならば、
「〜〜が日本人のミームに刻まれているのだ」
と表現すればいいんでないか。
「日本人のミーム」。
「日本人」という仮構。
この文脈なら、この表現なら、ファンタジーにファンタジーを重ねる呈でどうぞ意味づけはご自由にだ。

「日本人特有の遺伝子」なんかない。
遺伝子に意味づけなんかすんじゃない。
本来遺伝子にゃ意味なんかない。
ミーム相手に社会的に意味づけしているにすぎない。
悪い科学と人種主義@日本
外国人犯罪を遺伝子鑑定で峻別しようとする警察の試み
日本なゲノムの独自性という幻想
2004/01 The Japan Times Forensic science fiction
Bad science and racism underpin police policy
なんにせよ、日本人の多様性をよっこしたような物言いはやめてくれ。


ちくま新書 『DNAから見た日本人』
斎藤成也著 筑摩書房 700円 2005/03

『DNAが解き明かす日本人の系譜』
崎谷満著; 勉誠出版(2005/07)
両者読み合わせると吉。
いろいろな意味で日本人の中のアノマリーに属するので、わりとこの手の話には過敏に反応する雨崎であった。
アイスマンのときの筆走りも、アノマリーを不作法に貶める物言いに過敏反応した結果。
これについても「死者冒涜」がらみでまだあとで何か書かねばと煮えていたりする。
![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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