山形浩生のお仕事みたいなキワモノ訳が似合いそうな一冊。


『抗うつ薬の功罪 SSRI論争と訴訟』
デイヴィッド・ヒーリー著
みすず書房 (2005/08)
原書 プロザック漬けにしろ:製薬産業と鬱病の不健康な関係
Let Them Eat Prozac: The Unhealthy Relationship Between the Pharmaceutical Industry and Depression (Disease and Desire) David Healy 著 (2004/06)
うつ病と製薬会社の関係に、良からぬ図式を見取って邁進してきた著者の、執念だか渾身だかの一冊。
元のタイトルは「プロザックを食わせとけ」。
プロザックは、有名なうつ病治療薬の商品名。
「うつ病治療薬を食うように仕向けとけ」。
気がふさいだら、それは人生の苦しみのせいではなくて、ビョーキなんですよ。
自然に治るのを待ってないで、お薬を飲みなさい。
薬が致命的な副作用を持っていても、その副作用は病気自体のせいですよ。
タミフル騒ぎにえらくよく似た図式のような…
タミフル騒ぎのきっかけを作ったお医者は「長髪にバンダナ」というオルタナネイチャー趣味ばりばりみたいなルックスだったので、お説の内容はともかく、その姿に騒ぎの初日からヒいてしまってたんだけど。
このプロザック叩きご執心のヒーリーさんも、もしかしたらそんな見てくれなのかなと、思わず検索。
これ。
3年前の
著者のお姿 。オルタナネイチャー系ではない、…独自の美学を貫く深夜通販系?
なんか先週のハリーポッター第2作に、似た感じのオジさんいなかったっけ。
この3年前の記事自体、彼の処遇をめぐって大学相手に訴訟云々の件。
で、当該書『抗うつ薬の功罪 SSRI論争と訴訟』。
抗うつ薬にどんな「功罪」があるというのか。
今般「気分の落ち込みが長引くのは病気」とみなす風潮がずいぶん普及してきた。
うつ病をほっておくと、「自殺」するおそれがある。
生活が困難に直面しているからうつ病や自殺志願者になるのではなく、うつ病が生活を壊し、死にたくさせるのだと。
ドイツでは「うつ病は病気として治療しましょう」運動を繰り広げたおかげで、自殺者数が半減しましたよ。
が。
「うつ病を治療するための薬、プロザックを飲むと、自殺したくなることがある」。
治療薬が、自殺させてしまう。 そういう致命的な副作用。
製薬会社はそこを隠して販売していないか、と、著者ヒーリーは実例統計を集めて告発する。
...以下つづき...

『抗うつ薬の功罪 SSRI論争と訴訟』 p.10
いまでは新聞も雑誌もテレビ番組も、うつ病がどれほど多く見られる病気で、どれほど深刻に人を無力化するかという話でいっぱいだ。うつ病は人類にとって非常に重大な、しかも非常にありふれた災厄に数えられ、疾病の頻度としては心臓病に次いで二位である。しかし、うつ病の歴史には、知れば気にせずにはいられない意外な事実が少なくとも三つ隠されている。
第一に躁うつ病とは異なり、うつ病は抗うつ薬のない時代には、認識されていないも同然だった。当時メランコリアと呼ばれていたものに罹患しているのは、一〇〇万人中五〇ないし一〇〇人にすぎないと考えられていた。現在の推算ではこの数字ははなはだしく押し上げられ、一〇〇万人中十万人がうつ病にかかっていることになっている。なんと一〇〇〇倍の増加だ。この恐ろしい病気を治すはずの薬が手に入るようになったというのに。
第二に、抗うつ薬の発見は、当初は医学上のブレイクスルーだと考えられていなかった。それどころか、発見者である製薬会社にとって、抗うつ薬は困惑の種といっていいぐらいだった。
第三の驚くべき事実は、最初の世代の抗うつ薬が発見されたときすでに、それらの使用が自殺につながる可能性が認識されていたことだ。
最初から、抗うつ薬には「自殺を招く」疑いがあった。
「子どもに抗うつ剤を与えると自殺する」騒ぎは2003年末ごろから盛り上がる。
抗うつ剤で自殺の危険増 18歳未満への投与を禁止しろ
2003/09 BBC News Teens warned over anti-depressant
2003/10 New York Times F.D.A. Intensely Reviews Depression Drugs
子どもに抗鬱薬を飲ませたら危ない
2003/11 Psychiatric News Volume 38 Number 22 FDA Now Urges Caution On SSRI Use in Children
2003/12 BBC News Child warning on anti-depressants
2003/12 Guardian Drugs for depressed children banned
子供でのデータを隠していた抗うつ剤製薬企業たち
2004/02 BBC News GSK knew Seroxat wasn't 'effective' on children
子どもの脳と、大人の脳は、チガウ。
配線もチガウし、反応もチガウし、薬の効き目もチガウ。
あとがき p.392
英国で始まったSSRIの依存性や自殺惹起の論争が、十八歳未満に対するSSRIの新規投与禁止という事態に至ったのは周知の通りである。
子どもへの抗欝剤投与が増加――問われる安全性
2004/02 【日本語記事】 ワイアードジャパン
公表されていなかった、抗鬱剤の子どもへのリスク
2004/04 【日本語記事】 ワイアードジャパン
子供への抗うつ剤投薬の是非論争
2004/06 Washington Post 'Overwarning'
2004/06 Psychiatric Times Vol. XXI Issue 6 FDA Deliberates Suicidality in Children on Antidepressants
抗うつ剤は子どもの脳を変えてしまいうる
2004/10 Science News, Vol. 166, No. 18, p. 278. Prescription for Trouble: Antidepressants might rewire young brains
2004/10 BBC News Prozac use 'risky for children'
2004/10 news@nature.com Can antidepressants harm unborn babies?
抗鬱剤が子どもの自殺を誘発:警告を義務づけ
2004/10 【日本語記事】ワイアードジャパン
全抗うつ剤に警告表示指示 子供に自殺の恐れ、米当局
2004/10 ヤフージャパン(共同通信)
2004/10 news@nature.com US antidepressants to carry suicide warnings

で、この騒ぎの対象になっている薬の主なものは、この3つ。
パキシル プロザック ズーロフト
日本ではパキシルだけが認可され処方されている。
プロザックとズーロフトに関しては普通なら無縁。
では、日本は児童への抗鬱薬処方について論争はやったのか。
今、日本で行われているキャンペーンはかつてあちらの国々が通った道。
その1:うつ病を放置すると巨額の経済的損失になるぞと脅かす
その2:うつ病を見過ごすことは、医者の恥なのだと吹聴する(p.21)
パターンその1の例
従業員のうつ病対策をすれば企業の生産性が上がります
2004/11 Medical News Today Depression Treatment Boosts Employee Productivity
2004/11 EurekAlert Depression treatment boosts employee productivity
自殺防止に向けた日本医師会の取り組み 西島英利(日本医師会常任理事)
2003/10 【日本語記事】 週刊医学界新聞
〔インタビュー〕うつ対策に厚労省がマニュアルを作成
植田紀美子氏(厚生労働省社会・援護局/心の健康づくり対策官)
2003/10 【日本語記事】 週刊医学界新聞
〔座談会〕年間自殺者3万人 医療職にできること 森脇龍太郎/高橋祥友/福山なおみ
2003/10 【日本語記事】 週刊医学界新聞
地域におけるうつ対策検討会
平成16年1月 【日本語記事】 厚生労働省
第3回地域におけるうつ対策検討会議事録
平成16年1月16日 厚生労働省
座談会 うつ病に対する理解を共有するために 「日本うつ病学会」設立にあたって
2004/06 【日本語記事】 週刊医学界新聞
自殺予防対策、不十分 総務省が改善要請
2005/12 ヤフージャパン(共同通信)
年間3万人超の自殺者予防策 関係省庁に課題を通知
2005/12 asahi.com
自殺リピーター防げ、うつ病対策で目標3割減
自殺者や自殺未遂者の大半はうつ病を発症している
2005/06 【日本語記事】 読売
うつによる自殺、予防策研究 厚労省、20%減目標
2005/06 【日本語記事】 asahi.com
なんとなく、「不況で多発している大人の自殺を薬でなんとかしようよ」という話ばかりで、子どもは視野の外なような気が… 気のせい?


子供の抗うつ薬治療は自殺リスクを高めるか?
2005/09 【日本語記事】 ヘルスデージャパン
この記事に端的に表れているように、状況は微妙かつ複雑。
実際問題、抗うつ剤で救われる人は少なくない。 多い。
実際問題、抗うつ剤を用いずに快癒する例もある。
日本は処方薬や医者に対して不信がちな文化風土(西洋では患者はけっこう医者を信用なさっているらしい)。
うつ病だけを見て、その人が直面している生活上の困難は無視する治療者、という悪しきパターンも、しばしば沙汰される。
素人にはやたら微妙な問題。
うち的には西洋オトギリ草に大変お世話になったことと(異様な不安に襲われることがなくなった&禁煙できた)、この問題については専門家ではなく報道傍観者止まりなので、如何とも言い難い。
うち的には 生きる以外の選択肢のありようは如何に という点あたりからすでに道が異界。

あちらの国では「大人でも抗鬱薬で自殺している例があるのではないか」と沙汰されている。
自殺は、病のせいか、薬のせいか。
自殺は、病のせいか、それとも治療したからなのか。
あくまで、検証は難しい。
あとがき p.392
二〇〇四年三月には米国食品医薬品局(FDA)も、十八歳未満だけでなく成人においても自殺惹起に注意するよう警告を出し、ついで十月には、SSRIなどの新しいタイプの抗うつ薬九種類のラベルに、黒枠で症状の悪化と自殺行動惹起への注意を記載するよう指示するという、最大級の警告を発した。あらたに成人においても抗うつ薬が自殺念慮や自殺行動のリスクを高める可能性を示す論文が発表されたことから、二〇〇五年七月には再び警告を発するとともに、すでに包括的なデータの再検討をおこなっていることを明らかにした。ヒーリーの警告してきたことが、深刻なハザードとして認識されつつある。
抗うつ剤はどのくらい安全?
2004/07 【日本語記事】 Nature@日本
抗うつ薬と自殺の増加
2004/08 New York Times Antidepressant Study Seen to Back Expert
2004/08 BMJ 2004;329:461-462, doi:10.1136/bmj.329.7463.461-b Antidepressants and suicide
2004/08 Guardian Anti-depressant's link to suicide
2004/08 BBC News Anti-depressant deaths increase
大人でも自殺衝動を増加か 抗うつ剤、米食品医薬品局(FDA)が警告
2005/07 ヤフージャパン(共同通信)

あとがき p.396
薬物ばかりでなく、どんな治療的介入も諸刃の剣である。SSRIにより多くの不安障害やうつ病の患者が救われていることも事実である。彼の主張はしだいに過激なものとなっており、その主張も裁判でみな認められているわけではない。彼は文字どおり精神医学界の異端児で、一部の専門家からは忌み嫌われる人物となっている
著者ヒーリーは、かくのごとく忌み嫌われてはおれど、「抗鬱薬を子どもに使うな」運動ではなんぼか貢献なさったのだと。
David Healyの、ほかの著作は最近のものだけでも以下のとおり。

The Antidepressant Era (抗うつ剤時代)
David Healy (著)
(1999/11)

The Psychopharmacologists III (精神薬理学者たち)
David Healy (著)
(2000/10)

The Creation of Psychopharmacology(精神薬理学の創生)
David Healy (著)
(2002/03)

【追記】■付記していた「東洋の国・日本と、西欧とでは、うつの基準が違いうるのではないか」という話は、別のエントリに移しました。(2006/02/10)
■抗うつ薬の功罪と自殺に関しては、その後「衝動性」と気分障害の兼ね合いが重要なのではないかという指摘がなされています。
■その後の関連記事:
2008/07 EurekAlert Antidepressants in suicide prevention
自殺予防と抗うつ薬
自殺を完遂する者の半数以上は、うつ病を病んでいる
抗鬱薬の処方で自殺が増加した国は見あたらないが、副作用に対する注意は怠るべからず
プラマイはどうなのか
2008/09 EurekAlert Risks and benefits of antipsychotics in children and adolescents
児童やティーンエージャーにおける抗精神病薬のリスクと利益
双極性障害概念の拡大と製薬会社の関係に関する論争。
2009/04 【日本語ブログ】ホツマツタヱ。
![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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