
しかも内容が「政治」の話である部分をすっぽかしたタイトルだ。


『リスクにあなたは騙される 「恐怖」を操る論理』
ダン・ガードナー著 早川書房 (2009/5/22) [ Amazon ] [bk1]
原書 『Risk: The Science and Politics of Fear』 Dan Gardner (2008/3)
著者の本業は政策アドバイザーだ。科学者でも心理学者でもない。
その政策アドバイザーさんが、2008年前半に出した本がこれだ。強く特定の意図のもとに、著されている気配がある。当然だろう。第一線の政策アドバイザーが、時期時節について何も考えずに出版などするわけがない。
2008年。
当該書『リスクにあなたは騙されるは、大統領選でオバマを勝たせる意図のもとに出版された?
中身はスゴイ。そんじょそこらの社会心理学者や行動経済学者なんざは、足元にも及ばない手練れの記述だ。


■不安や恐怖で簡単に操られる私たち■
原題は「リスク:科学と恐怖の政治」。
恐怖の政治と言えば、
著者は冒頭、「おまえら不合理な恐怖で偏っちまってるぞ!自分のリスク感覚のダメダメさに気づけ!」とツカミをぶちかます。
なぜ地球温暖化よりテロの脅威のほうが重大だとみなしたがるのか
2009/09 EurekAlert Our emotions can lead us astray when assessing risks, says new CU-Boulder study
感情はヒトに誤ったリスク評価をさせるのだ
脳内の感情プログラムは、実際の危険度ではなく、直近の感情的インパクトのほうを優先して評価してしまう

目次
第1章 リスク社会
第2章 二つの心について
第3章 石器時代が情報時代に出会う
第4章 感情に勝るものはない
第5章 数に関する話
第6章 群れは危険を察知する
第7章 恐怖株式会社
第8章 活字にするのにふさわしい恐怖
第9章 犯罪と認識
第10章 恐怖の化学
第11章 テロに脅えて
第12章 結論…今ほど良い時代はない
本書の流れはだいたいこんな感じ。
リスク管理が大事な時代に、ヒトがダメダメなリスク管理をやらかしがちなのは、ヒトが石器時代の心のまんまで生きているからだ。より良い社会を目指すには、政治的に適切な「リスク感」操作と民衆のリスクリテラシーの向上が不可欠だ、みたいな。

■「ヒトの心は間に合わせ」■
こう、「感じるリスクと実際のリスクはこんなに乖離している、ヒト心理はこんなにダメダメなのだ」とあげつらうのがお約束となる流れは、特にWTCテロのあとに顕著になってきたのかな。
いや、WTCテロの後始末からブッシュ政権への反動盛り上がりに伴って、ブレの整合性をなんとかするのにも都合がいいこともあって、この数年「ヒトの心は間に合わせ」論が盛んになってきているのかもしれない。
ヒトの脳は間に合わせですよ論:
ヒトの心は間に合わせですよ論:

■システムワン(腹、直感、感情) システムツー(論理)■p44
ヒトには、進化心理学的な由来によって大きく異なる二つの判断経路が備わっており、それぞれの短所長所の兼ね合いで、ヒトはふつーに「ダメな判断」をしでかしてしまうような仕様になっている。
かような説明をする便宜上、著者は「腹」と「頭」なる設定を用いてわかりやすく講釈を展開する。
「腹」システム・ワン:スピードに優れる直感。確度はいまいちな無意識の思考
「頭」システム・ツー:判断に手間取るが確度は上。直感に反して葛藤したりする
このあたりは、
にある「タブー語、罵り語」や、「市場価格決定/市場型の関係性」などの話とも読み合わせると、状況がより多角的に見えてきて面白いだろう。
生活世界vsシステム、 縁故規範vs市場規範にも通底してくる論理だ。
『リスクにあなたは騙される 「恐怖」を操る論理』 p173
私のみるかぎり、市場価格決定はこうした理由から人間の本性の領域に属するものではなく、したがって人間の考えや感情がそれに合わせて自然に発達してくるとも思えない。その意味で市場価格決定は、過去数世紀にわたり高度技術社会で何百万単位の人間を組織するのに適した方法として磨き上げられてきた他の形式的な社会組織の例と、同類のものとしてくくることができる。それはあくまでつくられたものであって、素朴な人間の心に自然にわき起こってくるものではないのだ。

■ヒトは神じゃないからダメダメだ■
さて。
ひとつ気をつけておきたいのは、この欧米発「ヒトの心はダメダメだ論」の裏側には、一神教の考え方がべったりへばりついているという点だ。特にアメリカは、進化生物学を足蹴にするほどの「神が世界と人間を作りたもうた」信仰バリバリのお国柄だ。キリスト教的世界観に「ヒトの心はダメダメだ論」が親和的だからこそ、これら言説を喜んで受け入れている部分がある。我々異文化的には、そのあたりをなんぼか意識して読んでいく必要があると思う。
一神教圏には 「原罪」という観念が染みわたっている。
「全能の神」を根本に据えた関係で、その対比で「ヒトは必ず間違う」という設定が必須になっている。「必ず間違う」ヒトは、「全能の神」にひれふさねばならない。「ヒトは必ず間違う」から、神の領域に踏み込んではならない・・・云々。
そういう世界観から、
『リスクにあなたは騙される 「恐怖」を操る論理』 p63
特定の状況で人間は_必ず_間違いを犯すということである。私たちには系統的な欠陥がある。 [〜中略〜] 私たちは理性的だが、それは限度内においてのみであるということだ。
このような物言いは、信仰厚い一神教信者たちの心の琴線に触れまくる仕様になっているのだ。
もちろん、これら知見は特定の文化圏だけに有効なものではなく、ほかの宗教文化圏でも真ではあるのだが、知見を受け取る側の論理の枠組みが、我々と欧米とでは、ちょっと違っていそうなんだよと言う部分は押さえておきたい。
... 以下つづき...


■リスク感の操作■
自動車恐怖症は少ないのに「飛行機恐怖症」が多いのはなぜ。
裁判員はどんな情報に引きずられて判断を下してしまうのか。
ロリコン犯罪者はインターネット上にそんなに多くいるのか。
なぜ「治安が悪化している」という錯覚が蔓延しているのか。
毒もばい菌も撒かずに病気の人を増やす簡単な方法とは何か。
今般の「むずむず足」研究ブームも「創られた流行」だった!
本書の前半をたっぷり費やして、著者は実態とはかけ離れた判断を下すヒト性質のダメダメさをあげつらう。
後半では、そのダメダメさがどう「政治的な操作に活用されてきているのか」と問題提起して、著者は自分のフィールドである「政治」とこれからのアメリカについて語りあげていく。
語り口は絶妙。進化心理学的リスク心理解釈のススメのあたりなど、読者の乗せ方がたいへんうまい。
まあね、政治(共有される意味の操作をする分野)は、そもそも大衆を乗せてナンボの世界だからね。このへんの手腕は科学ライターの皆さんにも、どんどん見習っていただきたいところ。
そして、「腹/直感/感情」によってなされる「リスクの大きさの判断」は、かようにトンデモないしろものになっているんですぜと丁寧にあげつらいまくったあと、おもむろに著者は「テロの危険性や、戦争のリスクも、ダメダメな判断の元になされてはいないか」と核心に筆を進めていく。

■平和になってきていることを隠蔽した政治■
・暴力犯罪は減少してきた
・世界の戦争も内戦も大量虐殺も激減している
・WTCテロ以降も世界のテロ事件は着実に減少している
・しかし、レアで悲惨なニュースの報道は増加している p329-381
さらには、p385-388で、日本のオウム真理教はあれほどの膨大な資金力を有しながら、結果悲惨ではあるけれども、ごくごく小規模なテロしかしでかすことはできなかった、と笑いものとして言及されていたりする。
p421-422
世間は恐れていた。直感が恐れろと言い、ブッシュ政権が恐れろと言った。恐れながら、世間はもっと知りたいと思った。記者や編集者、プロデューサーもこういった感情を共有していた。
結局のところ、彼らもみんなと同じ地域社会で暮らし、同じ大統領声明を聞き、同じ直感を使ってそれを処理している。だから、家庭でもニュース編集室でも等しく、テロが重大で増大しつつある脅威であるという事実上の合意が存在した。
そういった合意が成立すると、 確証バイアスが働き始めた。みんなが信じていることに矛盾する情報(攻撃に関する統計、死亡する確率、リスクの比較、オウム真理教の失敗、見かけよりずっとたいしたものでないことが判明した大げさな陰謀)は、ほとんどあるいはまったく注意が払われなかった。しかし、みんなが信じていることを裏づけることであれば記者は何にでも飛びつき、それをメディアに供給した。膨大な量の偏った情報が流れた。
その情報によって、不可避的に、世間のテロの認識が強化された。巨大なフィードバック・ループが生み出された。メディアにとって(どんな規模のものであれ、どの程度洗練されたものであれ)実際の攻撃や阻止された陰謀は、テロが重大で増大しつつある脅威であることの証明になった。攻撃や陰謀が存在しないこともその証明になった。
そして、中東戦争を含むテロ対策に膨大な無駄金が費やされたことを指摘し、「米国を弱くし、脅えさせ p436」たのは誰なのかについて思いめぐらすよう誘導する。
そう、政治コンサルタントである著者は、この2008年大統領選挙直前に出した著作で、明言を避けながらも「オバマを選べ」と強く指示しているのだ。
「従前の政治にあきれろ」と。

進化心理学を援用してリスク論を語る政治コンサルタント。ちゃかしのキレ芸つき。
政治は「説得のアート」の世界。その説得職人の技量が、この書籍で遺憾なく発揮されている。
絶妙なエピソードの選択眼。ハンパなく厚い「説得経験」の蓄積がある上で、自在に最も有効な例証を引き出せる懐の深さ。引き出しの多さ。
この著者さんは、下手な社会心理学や行動経済学者よりもたくさんの手持ちのカードをお蓄えなんでしょうね。敬服する限りです。うーん、スマート。

※ 訳文上、登場する人名が ガッザニガ(脳学者のガザニガ) グッドール(霊長類学のグドール) だったりしている。
翻訳者さんは農学出身だそうです。心理学にも進化学にも社会学にも社会心理学にも脳科学にも動物行動学にも専門ではないようで、ちょっと残念。経済書の翻訳経験があるところから引っぱり出されたのかな。読みやすい訳ではあります。

■読み合わせてみよう■

当該書とぜひ読み合わせてみていただきたいのが、こちら。
『人は意外に合理的 新しい経済学で日常生活を読み解く』
ティム・ハーフォード著
ランダムハウス講談社 (2008/11/20)
p338
私たちの合理的な行動はしばしば社会に逆の結果をもたらす。 [〜中略〜] しかし、私たちの合理的な行動は奇跡を起こすこともある。
この世界でロジカルな生活を送る人が増えれば、私たちが次の100万年を乗り切る可能性は高くなるのである。
感情によってダメダメな判断をしているように見えながら、実際には極めて現実的に「損得」に反応して合理的に物事を選択しているヒト行動の実態をつぶさにあげつらう。そしてその「合理性」を利用して、「正しく社会を運営する」道を説く。
ヒト判断のダメダメさと合理性、その両輪を活用できて初めて、合理的な社会設計は可能になる。
勉強しましょう。 みんなで。

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







次の記事 
















