かけ離れた異文化の習俗を、西洋人のお口に合うようキレイに調剤してしまっている。
これはこれで「製品」としてそれなりに成り立っているのかな、的な観察欲が妙にそそられたりして、おもしろカラーな一冊。

『チベット医学の真髄』
ラルフ・クィンラン・フォード著
産調出版 (2009/1/20)
基本的に、読者に想定されているのは、東洋系文化圏にいる者ではなくて、西欧の規範の人々。
ものっそい異文化に期待し投影する夢に沿う形で、西洋人の都合で編まれています。
見よこのオリエンタリズム・ファンタジー w
p15
8世紀にチベット仏教を確立し、グル・リンポチェの尊称で呼ばれるパドマサンバヴァはタントラ医学に精通しており、ガンやエイズ、公害病などのさまざまな現代病を予言し、その治療法を記述しました。 [〜中略〜]
西洋科学による調査研究が進めば、チベットの医学と文化を保全する機会が増えるのはもちろん、糖尿病、心臓病、ガン、HIV、エイズなど、現代人を悩ます病気を治療する道も新たに開けます。
ブラフ。 かな。

西洋医学にも貢献できるという「誇示」が、はしばしに。
言及内容も、幹細胞やキレート療法、さらにはラマチャンドランの名まで出すなど、生半可にこの方面の知識を囓った素人さんの琴線にピコピコ触れまくるようなおいしいジャーゴンちりばめられまくり。
どちらかというと、本書は、西欧文化圏でチベット医学というブランドに惹きつけられる消費者相手に「マーケティング展開」するための、販促ツールの一つとして拝読するべき本かと思われ。
マジもんのチベット医学とは、微妙に趣が違っている。
たとえば、「食事とライフスタイル」の項目では、西洋人のオルタナ嗜好にこびこびでこんな妙な提案が。
風:ルン型には プロテインドリンク!
熱:ティーパ型には プロバイオティクス!

記述は・・・女向けなのかなぁ。
キュートなお写真で「ホワイトチョコのお供え」とか登場するし。
なんかあちこちにイマドキファッションっぽい要素が盛り込まれまくり。
... 以下つづき...


かといって、大枠では、間違ったチベット医学を紹介しているわけではなく、それなりに押さえるべきところは、きちんと押さえてある。
●自我への執着が苦の源
●患者の現世だけでなく来世もよくなるよう十分に配慮して、治療を施す
●物質主義の悪循環から降りるには、瞑想の活用が好ましいのではないか
瞑想については、隣のエントリなどで研究状況を紹介したね。
けっこういろいろなアプローチで西欧科学の規範に則って、仏道系修行効果(身体実践)の研究はなされている。
アメリカでも、異文化の心性が寄って立つところの規範との折衷が現実的な施策だとして、研究は鋭意進められている。移民の扱いがデフォルトで大事なお国だからね。
こんな報告も流れていたし。
命の風が乱れている
2009/03 ScienceDaily Researchers discover ways of integrating treatment of traumatized Tibetan refugee monks
トラウマを負った難民チベット修道士の治療を、チベット医学と統合する方法:アメリカ・ボストン
でも。
それと”お供物にホワイトチョコ”は、またちょっとレベルの違う話だけどね。

■目的は幸福、幸福は慈悲心から■
仏道でベースとしてよくクローズアップされるのは、一神教的な「神の意」(何かに従え)ではなく、「菩提心」(皆とともにあれ)。
●チベット医学で最も尊い癒しの手段は「菩提心」すなわち慈悲の心
●真の幸福の源は、帰属感と共同体意識、足るを知る心、身の丈に合った望み、健全なパートナーシップなどである
●菩提心のある医師とない医師がそれぞれ薬を処方した場合、たとえ前者の薬の質が劣っていたとしてもそちらの方がよく効くといわれる
ここでは、導く者が導かれる者との間に<縁故規範>を確立することを求めている。<縁故規範>が、ヒトの幸福度に大きく関わる重要な要素であることを、根幹に大きく踏まえている。
・一神教では、神との間に<縁故規範>を確立することで、幸福感を保持しようとする。
・仏道では、衆生や動物らとの広い<縁故規範>を醸成させて、幸福を培う。
ずっぱりはしょって言うと、こうなるかな。

ほか、本書の中から拾ったトリビア:
●殺生の数をできるだけ抑えるため、小さい動物よりも比較的大きな動物を食べる
┗へえ!
シラスよりクジラを食べるほうが理にかなうわけかな。
●チベット医学では8世紀から人体解剖の研究が行われていた
┗へえ!
中世西欧のキリスト教社会では解剖研究が頓挫していたよね。
●喫煙は脈管を詰まらせてしまうため、チベット医学でも仏教でも禁じられている
┗へえ!
瞑想は体内感覚を鋭敏にするし、吸うときついだろうな。
●中国の侵入により、300種以上のチベット原産薬用植物が絶滅してしまった
┗ええっ!?
この絶滅数は正確なんだろうか、中国側は認めているのだろうか。
「伝統医療の薬用植物」は、いまや各国の製薬企業がバイオプロスペクト(生物資源開発)のターゲットとして漁りまくっている重要なお宝の源だ。その「医薬品候補の源が300種も失われた」のだとしたら、これどうなんでしょね。世界的に焦らざるをえない? この数値が使用に耐えるほど正しいものなのかどうか確認しておきたくなる。データの出所はどこ。

とりあえず、読む目的が「チベット医学に救われたい〜」ではなく「研究し比較検討する」旨なのであれば、本書の内容は、傾聴すべき点も多いけれど、なんぼか割り引いて勘案する必要がある。この本だけでチベット医学を語られても困るよ、みたいな。

本場マジもんのチベット医学はどのようなものなのかを端的に見るならば、この本より先に、『チベット医学 身体のとらえ方と診断・治療』のような、ナマナマしさの強い書籍に目を通しておくべきだ。まずはそれらを見てから、西欧人向けに二次創作されたおきれいな「チベット医学っぽい作品」を見ればいい。
『チベット医学 身体のとらえ方と診断・治療』
イェシェー・ドゥンデン著
地湧社 2001/05(原書:1986)
どの部分が、西欧人の目に無視され、どこが不都合なものとして変形させられているか。そこを「変形前の記述」と付き合わせて比較すると、なんだかんだきれいに洗い出せて面白い。

■科学につきまといやすい「意志偏重」信仰■

科学には意識中心主義がつきまといやすい。
その原因には宗教がある。
実は、一神教圏では「神の存在」を想定する上で、意識中心主義(自由意志の想定)が必須の条件であるらしいのだ。自由意志を想定して初めて、唯一神が云々できる。自由意志を想定しないと、唯一神がいないことになってしまう。そんな脆弱な想定。
西欧の科学は、はなから「神の意を探るために」邁進してきた気配がある。この世に神の意が現れている、そこを読み解けば、「真実」に近づけるのだという「想定」というか、ご信仰というか。
科学周辺の想定(未来、価値、幸福、自由意志・・・)は、実は宗教観や文化規範に強く影響されたものであって、科学的ではなかったりしている。
■仏道は「意志偏重」とは異なる世界■
で、以下またボヤキ。
そんな意識中心主義は、地球上の一部で通用するローカルかつ偏向した規範であって、世の中には意識中心主義とは無縁な文化規範も普通に存在するのである。という肝心の点を理解しない状態で「仏道はなっとらん」「輪廻とは何事か」などとねじこむ人を見かけたりするとねぇ。信者ではない外野でさえ「そこまで初歩的なところから説明しなければならないのかよー」と、かなりげんなりさせられてしまう。そのあたり、なんぼか「基本を把握してから参戦する」よう留意していただけると、色々世の中の効率が良くなるので嬉しいですね。
などなど、なんか最近、おもきし「うさんくさい宗教ブログ」っぽくなってしまっておりますが、約一名科学原理主義者のラウドマイノリティさんがいらっしゃったもので、その悪影響が出ているとみなしてスルーして下さると助かります。べつに宗教語りたくてブログやってるわけじゃないんだけれど、ノドに刺さった小骨は無理して大きなご飯の塊を飲むとかしないと抜けないので、まあ、そんなことをやっているわけです。

■余談
あ、今回の書籍『チベット医学の真髄』の著者のブログを見つけた。(というよりは、著者による当該書の宣伝ブログか)
・イギリス在住
・ホリスティック医学のコンサルタント
・この本は今や11カ国語に翻訳され広く読まれている
・The Medicine Buddha Foundation (仏教医学基金?)の創設者
だそうです。
「日本語版も出たよ嬉しいな」とかなさってます。 商売繁盛笹持って来い。w

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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