ふつうなら、記されておいて当然な大事な情報の一部がゴッソリ欠けている。それでいて、内容は貴重な体験情報が思いきり吐露されていて、たいへん捨てがたい。

『クマと黒曜石』
豊原煕司 著
北海道出版企画センター (2009/02)
【黒曜石の散布地・遺跡を求めて、クマの生息地である道北の白滝(現・遠軽町白滝村)を中心に踏査した記録をまとめる。また、クマと遺跡・送り場など、クマに関する聞き取りの記録も収録。】
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なんとも表現しづらい本なんですよね。記されている体験は、トンデモだったり真摯だったり。でもそれは、専門家の立場として通ってきたトンデモだったり真摯だったりするわけで、実に妙な滋味に満ちている。
・・・たぶん、著者は地質学系の、博物館系の、調査をする人なんですよ。たぶん。
まったくもって、そのへんをまるっこ欠落させた状態で話がどんどん進んで行くから面食らうことしきり。
本書の主題は『クマと黒曜石』。
前半は、黒曜石探査日記。
後半には、クマ狩りのベテラン古老への聞き書きが収録されている。
リアル熊狩りの技と現場。これは貴重。
■米澤征一さんの話
米澤征一さんは昭和一八(一九四三)年四月二五日、自滝村生まれである。昭和三九(一九六四)年に狩猟免許を取得している。捕ったクマは、数えた事は無いと言うが、単独で五十頭以上は捕獲しているようである。
「やはり鉛弾ですよ。鉛は先っぼ潰れて、開くからね。昔は、村田(銃)の頃は、自分で弾を造っていたんです。その後、アイデアルって弾が出て二四番の銃でやっていた。佐々木鉄砲さんも二四番の銃使っていたんです。二四番というのは、弾ん中が、空洞になっていたんです」
「昔は皮は、ずいぶん売れたみたいですよ。僕ら子供の頃の事だけどね。解体するったらね、山から馬頼んで馬で出しに来てたんですよ。そして、自分ちのとこで、皆んな手伝ってもらってね。解体してたね。その頃はお祝いだって必ず盃で血、生血を必ず飲んでましたね。皆んで」
■菊池猛俊さんの話
菊池猛俊さんは昭和一三(一九三八)年二月一五日、白滝村生まれで七〇歳である。
「呼吸してたのが止まったら掌返るの。/心臓止まる時、必ず捻るから。そしたら掌、自然に返って天向ける。爪伸びるから。伸ばした状態になるから。そしたら、もう完全に死んでる」
「{口発破用の爆薬作り:硝石の代わりにケイカン石(鶏冠石)を}金敷の上に上げて、米粒よりちょっと大きいようにパッパ、パッパ敲いて粉にして、それをこんだ作って、ガラス細かく敲いて粉にして混ぜるの。濡らさないと爆発するんだ。乾いたまま混ぜたら。衝撃で爆発するんで、水分で必ず濡らしておかんと。アルコールで濡らしておくんだわ。昔、知らんかなあ。ちっちゃいクスリビンあったの。注射のクスリビン。アンプルになってんの。それを買ってきて、中空けて詰めるの」
「クマ食ったら、顎ぶっ飛ぶね。あ/だいたい口発破掛けてさ、クマが噛んで爆発したとこだら1m四方ぐらいのとこ何もないから。吹っ飛んで。/皮しかない。脳味噌も頭も骸骨も何もなくて、皮引っ付いてだけで。頭の中もね。皮は引っぱらさるから、ぶっ飛ばないから。奥歯でガバッと噛んだ時。前歯で噛んだ時、眼の下から口までぶっ飛ぶけどね。即死だね」。
すごい。口発破(くちはっぱ:動物が噛むと爆発する罠)のリアル! これはなかなか・・・!!
うちにも 鶏冠石はあるけれど、これ爆薬の材料になるのか・・・!
... 以下つづき...

この採録は、微妙に社会的・歴史的状況についての予備知識がない読み手にはなにがなにやらの、いきなり関係性の説明をはしょったような無粋な記録仕様になっているけれど、それでもやはりインパクトは図抜けている。この価値をもっとじょうずに生かせるような紹介ステージのしつらえを、なんぼか考慮して欲しかったかも。
調べてみるに、著者は郷土館などの「展示紹介」業務にも携わった経緯がおありなわけで、だからこそ、この程度の紹介ステージしかしつらえることができていないことに、よりましに強い残念感を抱いてしまう。
本書はホント謎な本でして、いろいろと不備な点が多い。
■著者の立場がわからない。

そもそも信じられないような要件から、この本は欠けています。
この著者が、どこのどんな人なのか、記されていない。
なぜ、この著者が山を踏査しているのかもさっぱりわからない。
ただただいきなり、何かの専門家さんらしき人物が、山で黒曜石を探している。
何度も何度も探している。
どこかからの依頼で探しているらしいときもあれば、自発的に踏み込んでいるときもあるらしい。
踏み込む山は、北海道の原生林。
当然、クマにおびえながら。
いや、おびえて警戒しているならまだいい、中にはあきらかに「クマがいる」のにその手がかりを無視したり、普通にクマにおびえる同僚にわざとあからさまなウソをついて危険を冒させたり、稀な僥倖を自分の強運のおかげだと勝手な解釈をして虚勢を張ってみたり、ふつうに犯罪すれすれかよと呆れるようなエピソードを世間の目を気にすることもなくボロボロ披露、そんでもって、それらのエピソードには、いつ、なぜ、何のために何をしに、その山に踏み込んでいるのかさっぱり記されていない

読んでいる側の感触としては、この本は、これものすごく「たまたま行き当たったブログを読んでいる感じ」に近い。
たまたま『クマと黒曜石』というタイトルのブログを開いてみたら、誰が何のために書いているのかよくわからないけれど、なんかの専門家らしいなぁ、とりあえず貴重で面白い体験談がゆるい構成でたくさん書かれているじゃないか! みたいな。ほんとそんな感じ。
かといって、元がブログですよ、という話でもないんだよな。本書にはかなりの厚い年月が含まれており、ブログ以前のアナログ時代に記されたような部分も多いわけで、んー、不思議だ。
北海道出版企画センターは、何を考えて、このような体裁で書籍を出版しようと思ったんだか。
前半は、黒曜石探査日記。
北海道の東の方では良質の黒曜石が採れるので、大昔(石器時代)から石器の材料としてなど、黒曜石の採掘や貿易が盛んに行われていた・・・っていう_予備知識さえ披露せずに_、とにかく「クマが往来している山奥に黒曜石の調査に行った」という話が何度も何度も紹介される。ほとんど「突然黒曜石探査日記」状態。
おいっ、ちゃんと読者に説明しておこうよっ!
※ 北海道の黒曜石の産地について
で、その「突然黒曜石探査日記」にしても、現場的にはそんなんで普通なのかもしれないが、一般人から見ればかなりぶっとんでいる内容が記されていたりする。
■同僚をたばかる!■

黒曜石を探しに沢を登っていたら、
『菊池さんの方を向いたら、背負っていたリュックサックからいつの間にか銃を取り出して構えていた。ほんの一瞬の事であった。/一番後ろにいた松村さんは、何が起こったのか状況がわからず、キョトンとしている。/松ちゃんはクマを嫌がるから黙っていよう』p10
当事者が直面する危険性について、黙ってんのかい!あとわずかで目的地、というところで、どう見てもクマの足跡に出くわす。
『ここで帰られては今までの苦労が水の泡である。「マツ。違う。これはシカの足跡だ。クマでない」「朝の足跡も帰りには陽に照らされて大きくなっていなかったか。ここは標高910mで、太陽に近いのだから大きくなるのは当たり前だろう」「ひづめのないシカだっているかも知れないじゃない。そんなに気になるなら、爆竹を鳴らしたら」。何とか誤魔化しが成功した。我ながらあきれるほどの目茶苦茶な説得である。』p52
恐い。その思考回路は高山病の妄言かよっと叫びたくなる。突然、クマの臭いと唸り声。
同行の女性にパニくられる。『「捻り声がする。クマでないの?」「シカだ。シカだ。シカが捻っているんだ。早く来い」「シカが慮るの?」「たまに、捻るシカも居るんだ。早く帰るぞ」』
下界に降りてから、
『「私はシカと言われたので信じていたのに…」と、彼女の泣きそうな嘆きが続いていた。「あの場面で、クマだと言ったらパニックになっていたろう」と思いながら、私は聞こえないふりを続けていた。』p56
・・・なんか、ものすごいんですけど。これが、研究者フィールドワークのリアル!?
以前、アンダマン戦に従軍した日本兵が、ただただ平凡なぬるぬるした最前線の日常を手記にして残していたのを拝読した、そんなリアルも髣髴とさせる微妙な違和感。
■遭難する者の心理っぽい■
強烈なクマの臭いがしていて同僚がおびえても、
『「クマの臭いかい」と、たたみかけるように聞いてくる。「ヤバイ」と思いながら、「いや違う。発酵している臭いだ」。ここで引き返すわけにはいかない。』p44
これですよこの手の心理が、毎年何人もの北海道沢登り遭難者を出している原因なのに!沢沿いの古い林道をたどると、
『五〇cm大の梨肌の黒曜石がひっくり返されていた。「こんな大きな石をひっくり返した、もの好きな奴もいるもんだ」と、松村さんと二人で感心していた。「見た眼で梨肌と分かるのに」と半ば呆れていた。私たちの意識の中には、研究者としか考えがなかった。』
見るものすべてが、自分たちと同じ「黒曜石あさりの人間のしわざ」と見える心理状態にいたと。
ようやっと、これはアリを食餌するクマの仕業だ!と気づいたとたんに「爆竹のオンパレード」と化す。p32
マジ、現場の感覚はこんなもんなんだろうなぁという恐ろしい反面教師。■クマよけの爆竹、山火事のリスク■
クマよけの鈴は、笹藪が深い場所では効果がいまいちなのかもしれない、と思ってしまったくだりも。
笹薮の中でクマよけの爆竹を鳴らすのだが、
『ササが密生しているので音が籠ってまったく効果がない。さらに、お互い歩くというより藪の中を漕いでいるので、まったく聞こえない。時間を決めて鳴らしてもみたが、無駄であった。』p92
ということは、もとよりかん高い音は樹林の中ではくぐもりやすいし、クマよけのカランカラン鳴る鈴も、意外とクマよけ効果は薄いのかもしれない。
この人たち、とにかくクマよけに爆竹を使うのだけれど、ロケット花火を『水平にクマに向けて飛ばせばいい』などという話も飛びだしてくる。p92 このあたり、「山火事」の懸念については一切考慮が出てこないというか、読んでいてかなりおっかない。めっさおおざっぱ。
さて著者。
いったいこれは何やってる人で、何をしたいんだ。
検索してみた。
豊原煕司( とよはら てるじ )
・弟子屈(北海道の「てしかが」)育ちらしい(前書きより)
・標茶(北海道の「しべちゃ」)町郷土館に勤めていたことがあるらしい
★ 昭和62年/1987年 標茶町郷土館々長・豊原煕司氏
★ 標茶町郷土館収蔵資料目録 2 釧路集治監関係文書 豊原煕司編 1990
株式会社タナカコンサルタント 情報企画システム部・文化財調査室長
★ 平成10年(1998)
★ 1995年
んー、1990年頃まで、標茶町郷土館の館長をやっていて、その後、タナカコンサルさんで、文化財調査を担当なさるようになった、ということなんだろうか。
『以前に滝壺に落ちた時にも会社で治療費を払うので労災にしないで欲しいと頼まれたことがあった』p81
おひ滝壺!

そういえばtwitterユーザの九州の某地質屋さんも、健康診断も事故保険もなんもなさそうな気配の会社で日々山と格闘していらっしゃる・・・!
■熊トリビアもたくさん■
白滝の「クマ缶」が作られるようになった経緯。p36
山の奥、クマのキバで穴が開けられている缶コーヒーの空き缶を見つけ、
『将来の展示標本にと思い、ためらう事なくリュックに入れて戻る。』p68

■黒曜石ファンにもウマー?■
アイヌ遺跡の発掘調査とその結果、黒曜石の産地分析などの話も、かなり中途半端ながら、現場ならではのナマな中途半端さで気持ちのおもむくままに書き散らされている。
幌加湧別川だろうか、ハチの巣状の穴の開いた珍しい黒曜石が採れ、高値で取り引きされたという 中がスカスカで、ふつうの黒曜石の三分の一位の重さだった についての聞き書き。p15
1950年代に赤石山の頂上でたくさん採掘された紅十勝:きれいな赤の黒曜石 についての聞き書き。p17
これはもしかしたら、石好きさんや地質学屋さんには「あーわかるわかる!」的なツボな描写がいっぱいだったりするのかもしれない。
ついでに情報;
●こないだ流れていた黒曜石の考古学ニュース
2009/06 EurekAlert Obsidian 'trail' provides clues to how humans settled, interacted in Kuril Islands
黒曜石がたどった道筋からさぐる、千島列島のヒト植民経路
●気になったけど高価すぎて入手を断念した一冊
『黒曜石考古学 原産地推定が明らかにする社会構造とその変化』
池谷 信之著
新泉社 (2009/03)
で、本書『クマと黒曜石』は、誰か手練れの編集者もしくはライターさんが、本腰入れて構成し直したら、かなり読ませる面白い一冊になったのではないかと思われ。ていうか、一般向けに出すときに揃えておくべき基本的な諸条件を満たしてないってのは、こりゃあかんでしょ北海道出版企画センターさん!
豊原煕司さんのちゃんとした一般向け著作を拝読したいので、自作に期待!!
フィールドワークはマンガに起こしても面白そうだよね!
よろしく〜!

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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