第3回 「男が消える?人類も消える?」
初回放送 2009年1月18日(日)
これまでのおさらい。
●恋愛は、ヒト繁殖用の脳内反応だった。
●ヒトのオスとメスは、それぞれに特色のある思考の段取りを取りがち。
●男を作るY染色体は、この先どんどん磨り減っていきやがて消滅する・・・。

最終回、シリーズ『女と男』
前半では、「哺乳類は、やがて未来のいつの日か、オスの染色体がすり切れて消えてしまう可能性を抱える生き物である」という点を打ち出した。後半では、遺伝上のシステム以前の、「今ここにある精子の危機」があげつらわれる。
【男の精子が弱ってきている?】
■危機に立つ男 精子が危ない
オーストラリア ニューカッスル大 ジョン・エイトキン
人間の精子の質を調べてみたところ、極めて状態が良くないことが判明した。
一般的に精子の85%に異常がある。
正常な形をした精子は、わずかに15%ほど。
まともに泳げているものは3〜4割。
精子の質だけでなく、精液の濃度にも問題がある
コペンハーゲン、デンマーク国立病院 ニールス・ヤーゲンセン
イギリス、フランス、デンマーク、フィンランド4ヶ国で大規模な調査が行われた。
2001年、最悪の結果を叩き出したのは、デンマーク。
WHO基準では、1ml中、2000万個を下回ると不妊とされ、4000万個以下は不妊予備軍とみなされる。
それが、デンマークでは2割もの男たちがWHOの基準以下である「不妊」状態なのだ。 不妊予備軍を併せると4割にもなる。
平均値でさえ、予備軍ギリギリの4600万個レベルというありさま。
日本の調査結果も、デンマークとどっこいどっこいだった。
うーんとねぇ。一昔前、この手の研究、「ヒトの精子がダメダメになっている!」調査は、今の「なぜかミツバチがいなくなっている、ヤバイ!」騒ぎなみに「大丈夫か!?」「調べ方おかしくね?」「なんとかなるんじゃないの?」などなどあっちこっちへ迷走していたと思う。その後、世間的にはぱたりと音沙汰がなくなっていたのだが、まだ調査は続けられているということなのかな? 番組で紹介されている調査は2001年、8年前の話になるわけだけれども。
■精子の質の悪さに関わる進化上の要因とは
乱婚が基本で、精子がやたら元気なチンパンジーを引き合いに出す
エイトキン曰く、「人間には精子どうしの競争がありません
我々には質の高い精子を選び取って次世代に伝える仕組みがないのです」
またここで、木偶人形のような古代人の暮らし再現CGがはさまれる
「ヒトは基本的に夫婦で子育てをする道を選んだ」というシーンが演じられます
去年の秋のフィンランドのデータをご覧下さい。
フィンランド人の精子の濃度が、下がり続けているのです。 5年間で27%も減少。
このあたり、精子戦争とか、性淘汰とか、繁殖戦略とか・・・細かい論点とか、異論とか、たくさんあるわけで、けっこうややこしい問題であるはずなんだけれど、ここはそういう細かい枝葉や裏を列挙することが目的の番組ではないので、わかりやすさ第一に、ぎゅっと絞って手頃にばっさり「危機に立つ男 精子が危ない」の図でまとめてあります。
そもそも、精子が元気であろうがなかろうが、もとより男は、女に比べて機能が損なわれやすい身体に生まれつきがちな仕様になっております。
また、精子は全部が全部「完璧」である必要はない、という話もあります。
どうせ少数の精鋭しか授精できないのだから、たくさん作る中には、それぞれ運命を割り切って特殊部隊とか、ディフェンスとか、オトリとか、分業してもらったほうが効率がいいはずだぞ、とか。
種なし精子はほかの精子のガードマン
2008/02 New Scientist Infertile sperm die protecting their brothers
兄弟を保護している不妊型の精子
とりあえず、先週、このあたり「危機に立つ男 精子が危ない」にからむような記事をひととおり並べてみておきましたので、必要ならばご参照を。
・妊娠中に男がヤバイうーん、いろんな要因で、精子はダメダメになって行くんですね。
・環境汚染で男がヤバイ
・バイアグラで精子がヤバイ
・太りすぎても精子がヤバイ
・大豆を食べると精子がヤバイ!?
『自分の精子の健康をチェックしよう』
■ニールス・ヤーゲンセン曰く、
「精子の悪化は今後も続く。
今後、多くの国では、自然に妊娠することが難しくなっていくだろう。」
かくして、おおむね視聴者の心中に、大きな不安が惹起される。

番組は「自然な妊娠は難しくなるぞ!」という絵を打ち出した。
それはたいへんだ。
ではどうなるのか・どうしたらいいのか、と登場するのが、人工的な妊娠手段の紹介だ。
番組は、バイテクワンダーランドの生殖医療の世界に踏み込んでいきます。
... 以下つづき...

【生殖医療ワンダーランド】
■これらの事実を知ってしまった我々にはどんな選択肢があるのか
2008年7月、ヨークシャー
一人の女性の誕生日会が開かれました。
彼女の名前はルイーズ・ブラウン。30歳。
世界初の体外受精児/試験管ベビーなのです。
あらなつかしい。
隣のエントリに、その当時の記事や関連する報道を並べておきました。
「世界初の試験管ベビー」をお作りになられた当時は、シャーレの中に卵子と精子を入れて、自由合体で授精させていたんですね。
■30年たった生殖補助技術
自然な子作りができなくても、テクノロジーを使って子孫を残すという選択肢が開かれたのだ。
■1992年 シャーレの中での自由合体とは一線を画す、新しい技術が登場した!
それは「顕微授精」!
精子に運動能力がない男性でも、授精できるのだ
人工的に、卵子の中に精子を突っ込む(ぶっさす)ミクロの手作業ですね。
■ブリュッセル自由大学(ベルギー) ポール・デブロイ(顕微授精技術の開発者)
年々生殖技術は高度になる・・・このままでは精子の質の劣化を加速させかねない
■エイトキン(ヒト精子の質を調べた研究者)曰く、
たった一つの精子を人為的に選ぶ顕微授精では、精子への競争圧力がゼロになる。
質の劣化が避けられない。
生殖技術への依存度が増すばかり。
従前の体外受精が、放牧した牛が自分で草を食べるさまだとすれば、「顕微授精」はウシの口の中にロウトを突っ込んで、無理矢理モノを流し込むみたいなもんだ。精子と卵子側に運命の選択の余地はない。技術者が、どれとどれが合体するかを決めてしまう。
今では「精子になる前」の睾丸の細胞から、技術を駆使して人工授精用の精子を作るなんて実験も行われていますもんね。
普通なら妊娠の見込みが全くないような「元気がない精子」でも、工夫しだいで子作りに使えてしまう。そんな技術の進歩によって、どんどん「妊娠は無理」なはずだった精子によるお子さんが産まれていく。
それはすなわち「精子の質の悪さを引き継いだ子が生まれる」割合の増加を意味する。
■コペンハーゲン
デンマークは、すでに人口を維持するために生殖技術が不可欠になっている国だ。
(平均的な男性でさえ、精子の状態が「不妊予備軍」ギリギリなんですもんね)
デンマークでは、出生数は横這いなのに、自然妊娠は減少傾向。
ヤーゲンセン曰く、
人工的な生殖医療がなければ、デンマークの出生率は下がっていたでしょう。
不妊の主な原因は、男性の精子の質にあるのです。
デンマークでは、新生児の14人に一人は生殖技術のおかげで生まれることができた子なのです。
日本では、子どもができない場合「女性に問題がある」と決めつけられることがかつて多くありました。今でもなんぼかその傾向が残っている。
┗ 自分が不妊症であることに耐えられない男たち

中国では、今も「昔の日本」っぽいことをやっていると聞き及んでいる。
子どもができないと、原因はぜんぶ妻のほうにあるとされて、不妊を理由に離縁されるケースが多いらしい。

■技術の使用に対して、行きすぎを懸念する国も出始めている
イタリア
2005年、生殖医療を規制する世界で最も厳しい法律を制定。
生殖医療はカップルに限る
冷凍胚保存禁止
第三者提供禁止
法案成立の背景には、バチカンの意向がありました(イタリア国民に対する影響力が強い)
バチカンは「社会の最も基本である「家族」を人工的な生殖技術が壊す」とみなしたのです。
ああ、そんな法律の話題もありましたね。
・・・ん? 2005年だった?
2002/06 毎日新聞 <生殖医療法>人工授精などに厳しい規制 イタリア下院が可決
イタリアの生殖医療方針、リプロダクティブヘルスを脅かしかねない
2002/06 BBC News Italian fertility bill 'danger to women'
2002/07 EurekAlert! Italy now faces worldwide storm of protest over fertility proposals
2003/12 毎日新聞 不妊治療の規制、上院で法案可決 イタリア
2003/12 BBC News Italy bans donor sperm and eggs
2004/09 ワイアードジャパン イタリアのヒト胚規制強化、卵子冷凍技術を促進
不妊治療数が減少
精子提供ダメ 凍結胚ダメ 代理母禁止
イタリア、新法制定で生殖医療へのハードルが高まった
2004/03 BBC News Italy fertility treatment curbed
2005/06 毎日新聞 人工授精:イタリアで自由化の国民投票 賛否両論で物議
2005/06 BBC News Italy prepares for fertility vote
イタリアの国民投票は、 厳しい生殖力法を緩和することに失敗した ― 改正に必要な50%に満たず
2005/06 BBC News Italian fertility vote collapses

そこで番組は、バチカンのおじさんに直撃インタビューなさいます。
■ローマ法王庁生命科学アカデミー所長 エリオ・スグレッチャ神父
「男と女の人類学的な意味を変えてしまうすべての技術は、許されない」
「人間は自らの限界を受け入れるべき」
「人間がすべての欲求を満足させることができるなど、考えること自体が間違っている」
ヒトの欲は、「かなわない現実」に対して「かなわなさを緩衝するほどの欲望」を抱いてあがくようセットされることで、バランスが取られていることが多い。穴があいているバケツに、絶え間なく水をそそぎ込むことで、一定の水準を保つような。
そこにいきなり「バケツの穴をふさぐ」変化が訪れた場合、欲望はバケツからあふれて事態が収拾つかないことになりかねない。メタボしかり、ポストヒューマンの妄想しかり。
「バケツの穴をふさぐ」ことが「幸福」なのだと信じ、実際に幸福がもたらされるのであれば、べつにお好きにどうぞ、なのだけれど、そこらへんには何やら深刻な誤謬が幾重にも枝葉を茂らせているのでややこしい。
【女だけで子どもを作る】
番組は、来るべき新世界をかいま見せる人々の姿を紹介する。
■世界の現実は、すでにその先を歩み始めている
カップルの不妊治療のために開発されたテクノロジーが、全く想定されていなかった目的のために利用され始めているのだ。
ロサンゼルス 精子バンク
4年前、「子どもと二人の暮らしは理想であり自然」として、精子バンクで子どもをもうけた独身の看護師さん。
アメリカでは、「子作りに男性は必要ない」と考える女性のための民間サービスが登場している。
インターネットで好みの精子提供者(ドナー)を自由に選べる場合も。
追加料金を支払えば、精子提供者からの手書きの手紙や、彼の子供時代の写真を入手することも可能。
なお、心理的な問題はないか、カウンセリングも行われる。
このあたりの現状や問題については、前にひとしきり記したことがありますのでご参照下さい。
┗ オスがいなくても世界は続く/生殖医療報道に混じり込む性差別
■参考までに、「精子ドナー」さえ不要な繁殖方法もありえる:
処女懐胎研究から胚性幹細胞作成へ
2003/04 EurekAlert Virgin birth method could found stem cells
キリスト教圏的にはたまりません
ロスリン、ヒトの処女懐胎胚作成に成功
2005/09 BBC News 'Virgin conception' first for UK
黄禹錫(ファン・ウソク)が残した真実のかけら
2007/07 news@nature.com Korean stem cells unmasked
2007/08 【日本語記事】中央日報@韓国 ハーバード大「黄禹錫のES細胞は処女生殖…一部は成果」
2007/08 【日本語記事】読売新聞 論文捏造の黄・元教授、ES細胞作製は世界初の方法だった
単為発生によるES細胞の作製は世界初
2007/08 【日本語記事】毎日新聞 ES細胞:韓国・黄元教授の虚偽論文、実は成果あり 単為生殖と判明
自分自身を、自分の「性別」にアイデンティファイさせすぎているお人がたには、けっこう耐えられない話なのかもしれませんけどね。性別に対する執着は、いったん染みついてしまうとなかなか抜けないもんなんでしょうか。自分を縛るほうが安心できるんでしょうか。
■精子バンクには、シングルマザーからの依頼は多い
カップルを作らずに子作りをするという選択が、テクノロジーによって可能になった
子育てをする家族のありようも新たな選択が始まっている
サンフランシスコの事例紹介:
内科医と新聞記者の同性愛カップル。
知り合いの男性に精子を提供してもらい、それぞれが一人ずつ、人工授精で我が子を出産した。
戸籍上は同性愛カップルの子だが、子育てには精子提供者もたずさわっている。
精子提供者も、同性愛者。
いまさらこんなことで驚かれていては困るんですが、念のため「同性愛のご家庭で育つ子は、ちゃんとしてますよ」という話もご覧になっておいて下さい。
┗ 同性愛のカップルが、生殖技術でどんどん子どもを作っています。

アメリカ人類学会も、同性愛のご家庭の営みを支持しています。
もとより、自然妊娠の子より、人工授精の子のほうが愛され度はおしなべて高いと言われています。
同性愛に対する偏見さえなければ、家庭も子どもも大丈夫なんだそうです。

番組は、けっこうすっとばした”特殊な家庭”紹介をなさったあと、あっさりエンディングのまとめに入ります。
やがて消えゆく男の定め。
そのとき私たちはテクノロジーをどう使っていくのか、あるいは使わないという覚悟を決めるのか。
この点に関しては科学者の間でも意見が分かれている。
■人間に用意はできるのか
顕微授精開発者:ブリュッセル自由大学 ポール・デブロイ
難しい。Y染色体の消滅ということへの根本解決はない。
受精卵を作る技術を確立しなければならないでしょう。
でも、そうした技術ができたとして、はたして人間社会はその技術を利用する準備ができるのでしょうか。
■自然に謙虚にあれ
北大・松田:
長い進化の歴史を経て獲得してきたさまざまな生命の機能に対して、一時的な介入を行うことは、倫理的に問題が多い
■What can be done, will be done.
精子研究者:ジョン・エイトキン
人類の歴史は、生物学的な制約から解き放たれてきた歴史。
性の仕組みも、ヒトの努力によって道を切り開き、問題を乗り越えてしかるべき。
ヒトは、自ら選択する生物へと歩み始めているのかもしれない
繁殖が難しかったからこそ、過剰に繁殖を志向するような性向や価値観が蔓延してしまった。そも繁殖を志向するべき理由は何なのか、この事態のありていもない再帰性のどこに足場を読みとれるのかというのも、というか、再帰性を理解しない視聴者は多いという配慮(?)の元に、編まれている番組なのだろうけれど。
なお、この番組の脚本をお書きになられたのは、「 内田ぼちぼち」さんだったそうです。

世の中から男がいなくなっても、女がいなくなっても、「それは今のことじゃない」し、まして「あなたのことじゃない」。この番組にオロオロする人は、いったい何にアイデンティファイしてしまっているのか。
人間は
オス(男)という種族とメス(女)という種族が対立して駆け引きする
のごとき、「2種類の生物」が形成しているのではない。
ヒトという種の中の命が、「あみだくじ」形式で女になったり男になったりして流れているだけなのです。
それを瞬間だけ切り取って、女側だの男側だのの一方的に偏向したありように自分自身を耽溺させてオロオロしてしまう。まして、あなたの運命は「ヒトという種族の未来」とは関係など無かろう。w
そういう、「視聴者は、こういう脅かし方をすればオロオロして啓蒙されるだろう」と企図された番組の思惑通りに、オロオロしてしまう視聴者が、この世には少なからないことを広く慮ってみましょう・・・、そんな材料として味わってみるべき番組だったかもしれません。
『Yの真実 危うい男たちの進化論』 スティーヴ・ジョーンズ (著) 化学同人 (2004/8/6)
Y: The Descent of Men●Y染色体 男の衰退 Steve Jones (著) Little, Brown (2002/9/19)
> 未来は女のもの Y染色体は男とともに衰退する
> オスの性染色体、次第に退化=いずれは極小に.
【追記】
番組のDVDが発売されていました。
それで4月に再放送があったのか。
『NHKスペシャル 女と男 DVD-BOX』
出演: 松本和也, 中條誠子
ディスク枚数: 3
販売元: NHKエンタープライズ
DVD発売日: 2009/04/24
時間: 156 分

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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