第3回 「男が消える?人類も消える?」
初回放送 2009年1月18日(日)
これまでのおさらい。
●番組は、妙な昼メロレベルの三文ドラマがはさまれる構成で、基本的に「科学的」すぎる印象を与えないように意図している。
●基本的に、番組は正確さよりは「わかりやすさ」を出すように努めている。つまり、正確なところを突き詰めるわけではなく、輪郭だけを把握できるようなおおまかさで、番組を作っている。
●番組の目的は、正確な伝達よりは、恋愛の科学や性差の科学が存在し進行していることを「知らない」人に、その存在を伝えること。 だと思う。

今回は、シリーズ『女と男』
■男が消え人類も消える
染色体とは: 「遺伝子を包む込む入れ物」
あわせて46本あります
Y染色体はすぐにでも、遅くとも500万年後には消えると指摘する研究者もいる
ここでオックスフォード大の人類遺伝学者と、オーストラリア国立大学の性染色体研究者(かなりキャラがスゴイ)を登場させ、威光暗示込みで「オトコは来週消えても不思議ではない」と視聴者を動揺させるツカミを一発提示する。
危機は男性の精子にも及んでいる
科学が性のシステムの中に見つけたのは、危機に瀕するY染色体という人類滅亡のカウントダウンだった
はいはい、バイオハザードモドキの煽りです。
オーストラリア メルボルン郊外
オーストラリア国立大学
性染色体の進化を研究するジェニファ・グレーブスは、
(性染色体研究者:ワラビーの研究)
2002年、Y染色体が危機的な状況にあることを初めて報告した。
彼女が「Y染色体は退化の途上にある:やがて滅亡するであろう」と謳った記事「The future of sex 性の未来」が、科学専門誌『ネイチャー』に掲載されたのだ
卵子と精子はめちゃめちゃ大きさに差があるのだが、その差は大きさだけでなく、持っている遺伝子の数も1098対78という格差。13倍も違うのだ。
もともとはXもYも同じ大きさの染色体であったことがわかっている。
一億6600万年前の数値を1000として、減少の過程をグラフに描き、将来のY遺伝子の量をグラフの曲線から推測してみた。
すると。
Y染色体はどんどん磨り減っていき、この先500〜600万年後には消えてしまうだろうと予測された
実際にはもっと早く消える可能性もある
Y染色体には機能しない遺伝子が多くて不安定だから
突然変異が起きれば、世界のどこかでY染色体は来週消えても不思議はないのだよ
なお、これは「うん万年単位」のお話であることに留意。(番組内では、その点についてはけっこうスルーだったが) 「うん万年前の当時、人類が持っていた常識や規範は、今とどう違うのか」とちょっと思いめぐらしてみるならば、数万年後、まして500万年後のヒト(?)の心持ちなど推し量ることは無理です、無理。今のわたしらと同じように「えええっ!絶滅はイヤだ!」と思っているかどうかなんて無理です、想定不能です。安直に「彼らも自分たちと同じ」と考えてはあきません。
で、えーと、不勉強ながら、上で言及されている「The future of sex」界隈の論考を見かけた覚えがないのですが
、過去記事を拾っても出てこないし。どこかにアーカイブされてますか?【追記】:自分で昔、この「Y染色体の衰退」について話を一本書いてました。
『 男は不要?女性支配の未来 』
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『Yの真実 危うい男たちの進化論』 スティーヴ・ジョーンズ (著) 化学同人 (2004/8/6)
Y: The Descent of Men●Y染色体 男の衰退 Steve Jones (著) Little, Brown (2002/9/19)
> 未来は女のもの Y染色体は男とともに衰退する
> オスの性染色体、次第に退化=いずれは極小に.
番組では、ダーク調の美麗な「減衰曲線のグラフ」のビジュアルが、視聴者の視覚メモリーにズバッとインプリントされます。

【ブライアン・サイクス】
で、「Y染色体が消えてなくなる!?」と視聴者の「染色体に自分の運命を投影してしまう心理」を脅かしておいて、展開は「それはなぜ」と進みます。
■なぜ消える?性染色体
なぜY染色体は、退化の一途をたどっているのか。
ここでいきなり場面展開。
スコットランド北西部 スカイ諸島 アーマデール城。
この城は、850年前バイキングの拠点だった場所を取り返したサマーレッドさんの城だったのです。
サマーレッドさんの子孫は、現在50万人もいらっしゃると推定されています。
歴史上権力を誇った人間のY染色体は、現在多くの人に広まっている。
そして、ブライアン・サイクス登場。イギリス、オックスフォード大学のヒト遺伝研究で世界的に著名なおじさんです。
NHKに言わせれば、サイクスおじさんは
【 歴史上の人物のY染色体を追う遺伝子ハンター 】
ということになるようです。 ものすごい下世話な肩書きになってますが、意外にこのノリは、サイクスおじさん自身お嫌いではないのでして。

サイクスおじさんはキャッチーな科学的成果の提示で、うまく社会の中の科学を回していく才気あふれる研究者さん。邦訳も2冊出ていて、どちらもたいへんよく読まれております。


『アダムの呪い』 ブライアン・サイクス、Bryan Sykes 性と遺伝と男が絶滅する日の物語
『イヴの七人の娘たち』 ブライアン・サイクス、Bryan Sykes
サイクスおじさんについては、昔一本書いたことがあります。
ブライアン・サイクスは、男のY遺伝子を追っかけて、人類の父方祖先の系譜を現代の科学の土俵に引きずり出しました。 歴史上の人物の子孫を捜したり、その人物の子孫が何人いるかを探ったりする研究を、バリバリやってなさるんですね。
はい、番組の展開に戻って。
遺伝子は、男女が交わることで、父母の遺伝子がミックスされて子どもに伝わる。
しかし、オトコ専用であるY染色体は、ミックスされることはなく、父から息子へ、ダイレクトに男系遺伝していく。
男にだけ、代々伝わるY染色体!
結婚で女の苗字が変わっても、オトコの苗字は変わらない文化圏では、オトコの血のつながりと、オトコ遺伝子であるY染色体のタイプが、直結している例がたいへん多くなる。男の佐藤さんには佐藤さんタイプのY染色体、男の武田さんには武田さんタイプのY染色体、をお持ちである率がとても高くなる。
Y染色体が崩壊する原因は・・・実は、Y染色体が子孫に伝わるその仕組みそのもののせいだった!
ふつうなら、遺伝子に異常が発生しても、染色体は2組あるのでもう片方の染色体の遺伝子を使ってしのぐことができる。しかし、Y染色体には相方はいない。ほかの遺伝子とミックスされて補強やアレンジがなされることはないピンの染色体なのだ。ただ単純に、代々コピーされるだけの特別な染色体なのだ。
そのため、Y染色体は、単純コピーが繰り返されるたびに、徐々に崩れ、削られ、崩壊の一途をたどっていくのだ。廃墟となったスカイ諸島のアーマデール城のように。
えーと、ものすごいはしょったカリカチュア的な説明ではありますが、ここで流れる「崩壊していくY染色体の悲劇」的なCGビジュアルが、かなりのインパクト大です。
「男/オトコ/男性」というくくりにアイデンティファイしてしまっている人は、Y遺伝子が崩れ去るさまを見て、おのれの運命と存在価値を揺さぶられるような仕様になっております。

... 以下つづき...

【コモドオオトカゲの処女懐胎】
■男なしなら絶滅?
イギリス チェスター動物園
ケビン・ビューリー学芸員
メスのコモドオオトカゲの「フローラ」ちゃんが、2年前、処女懐胎で子どもを産みました! 単性生殖です。
7個が孵化、今も元気に成長中。
コモドオオトカゲの赤ちゃんってスゴイカラフルなのな!

処女懐胎が発覚した当時の騒ぎを伝える記事群はこちら。
2007/01 【日本語記事】cnn.co.jp 「処女受胎」コモドオオトカゲの卵が孵化 英動物園
2007/01 【日本語記事】goo/時事通信 単為生殖でコモドオオトカゲの子供が生まれる=英国の動物園
2007/01 BBC News Virgin lizard becomes new parent
2007/01 Discovery 5 Komodo Dragons Born to Virgin Mom
絶滅危惧爬虫類の処女懐胎を避けるために、オスとメスを分けて飼うのはやめたほうがいいか
2006/12 Nature Parthenogenesis in Komodo dragons
2006/12 【日本語記事】asahi.com 聖母?オオトカゲ、交尾せず産卵 英の動物園
2006/12 【日本語記事】cnn.co.jp コモドオオトカゲが「処女受胎」、誕生はクリスマス前後
2006/12 ABC@オーストラリア Dragon waits for virgin birth
2006/12 BBC News 'Virgin births' for giant lizards
2006/12 National Geographic Virgin Birth Expected at Christmas -- By Komodo Dragon
2006/12 Discovery Dragon About to Become Virgin Mom
なお、2009年4月現在、日本にいるコモドオオトカゲは、札幌のペアだけらしいです。処女懐胎はしておりませんが、ルックスと重量感は一見の価値有り。機会があれば、リアルの彼らを見に行ってあげて下さい。

【母さんだけで子どもを作れる動物たち】
爬虫類、トリ、魚、虫、などでは、メスだけで繁殖できる種類がいろいろと報告されています。
いや、どっちかというと、「オスが絶対必要ではない生物の種類」かな。オスがいても、いなくても、繁殖できる。
「ニモ」のお魚、クマノミの性転換なんか有名ですよね、オスがいなくなっても、メスが”なんとか”するという。
サメの騒ぎもありましたね。
2008/10 【日本語記事】朝日新聞 雄と交尾せずサメが妊娠 米の水族館
米国の水族館で死んだ雌のサメが、雄と交尾することなく「単為生殖」で妊娠していた
2008/10 【日本語記事】cnn.co.jp サメの「処女受胎」を確認、2例目と 米バージニア水族館
2008/10 【日本語記事】National Geographic 謎の妊娠:サメの単為生殖を確認
アブラムシやアリにも、オスなしで殖えていたりする種類があります。
2009/04 BBC News Ants inhabit 'world without sex'
『セックスのない世界』に生きるアリを確認
No sex please, we're ants: first all-female species spotted
2009/04 Discovery Asexual Ants Give up on Males
無性生殖のアリは、オスをあきらめる

【胎盤にはY遺伝子が必要だった!】
はい、番組に戻って。
残念ながら卵を産まない動物、つまり人間、ネズミ、猿などの哺乳類は、メスだけで子どもを作ることはできないのです。
子どもが卵から生まれるタイプの動物は、オスなしで無性生殖できることがある、のだと示す。
つまり、有胎盤類(卵を産まず、お腹の中でしばらく胎盤を使って子どもを大きくする動物)と、卵を産む動物とでは、「子孫を作るときにオスが必要か、そうでないか」の違いがあるんだよ、と提示して、次に進みます。
胎盤にこそ、有胎盤類では処女懐胎が無理な理由があるのです。
胎盤を作る遺伝子は、「Y染色体」にあるのです。精子がY染色体の情報を運んできてはじめて、胎盤が形成される。つまり、オスがいないと、妊娠できないのです!
ゆえに、世代を経るにつれてすり減っていく「Y染色体」の運命は、哺乳類(=有胎盤類の仲間)特有の、絶滅の危機につながってくるのです!
そもそも、有胎盤類の性染色体と、鳥や魚の性染色体とでは、機能や遺伝の仕組み自体が全然違っていたりする。
┗ 性が、男と女の2つだけではない生物は何が違うのか

だのに、なぜか有胎盤類は、性転換できない仕様の染色体を持ち、
さらには「オス(の染色体)がすり減ってなくなってしまう怖れ」のある袋小路を歩んできてしまった。
【なぜ哺乳類だけが胎盤を持ったのか】
■なぜ胎盤は生まれた
1億500万年前のジュラ紀、恐竜世界の哺乳類。
画面はうっそうとした原始のジャングルに突入。大型生物の影におびえながら、こそこそ生き延びる小さな哺乳類の生きざまを映し出す。
厳しい自然を生き延びる中、卵を産むよりは、胎内で育てるという、安全・安心な繁殖方法を獲得したものが有利になった。
お腹の中で「胎盤とヘソの緒を通して」栄養補給をして育てれば、卵だけで育つ以上の栄養補給がしほうだいだ。
しかし、なぜか「胎盤」を作る遺伝子は、いつかはすり減ってなくなってしまうY染色体に乗ってしまっていた!
■
胎盤を作る遺伝子が、なぜ男性側にあるのか理由はわからない。
性染色体研究者、ジェニファ・グレーブス曰く、
「Y染色体が男性を決める役割を担ったことは、「死へのキス」だった
もうあともどりはできない 進化とはそのようなものだ 得たものを最大限生かして行くしかない」
胎盤を得たことは、哺乳類にとってメリットだった。胎盤があるおかげで、哺乳類は世界中のあらゆる環境に勢力を広げて繁栄している。
しかし同時に、胎盤の獲得は絶滅の危険を引き受けることでもあったのだ。
今の繁栄は、Y染色体の時限爆弾と引き換えに成し遂げられている。

【Y染色体がないと哺乳類は繁殖できないのか】
胎盤は、Y染色体に乗っている「胎盤を作る遺伝子」がないと作られない。
「胎盤を作る遺伝子」を含むY染色体が、やがてすり減ってなくなってしまうと、有胎盤類は妊娠できなくなり死に絶えてしまうだろう。
Y染色体なしでは、「妊娠」をする生物は絶滅するしかないのか?
ここで番組は、ひとつの可能性として、レアな繁殖システムを持っている哺乳類の事例を紹介する。
■Y染色体を失った謎の哺乳類
Y染色体がない状態で繁殖できている生物はいる。
日本にもいるトゲネズミの2種類、アマミトゲネズミとトクノシマトゲネズミのオスには、Y染色体がないのだ!
アマミトゲネズミの画像
トクノシマトゲネズミの画像
奄美諸島に棲む、ふしぎなネズミ
Y染色体がなくても、オスが生まれ、普通に繁殖できている!
そこで、2004年に「X0型トゲネズミにおける分子細胞遺伝学的研究」についての論文をお出しになられた黒岩教授が登場。(北海道大学先端科学技術共同研究センター 動物染色体研究講師
北海道大学 黒岩麻里
これらの「Y染色体がない」トゲネズミでは、オスを決める「SRY遺伝子」は完全に失われているし、精子を作る遺伝子は、ほかの染色体に乗っているのだ。
でも、オス自体はちゃんと生まれているし、オスがあって繁殖できているわけで、「SRY遺伝子」と同じ働きをする遺伝子が、突然変異によって他の染色体のどこかに生じたのではないかと推察される。
Y染色体がなくてもやっていけている哺乳類がいる!!
でも、残念ながら、このケースは生物学的にめちゃめちゃ珍しい事例であるわけで、ヒトも将来こうなっていけるとは限らない。
北海道大学 松田洋一
ヒトがトゲネズミのような未来をたどるとは考えられない

この番組「NHKスペシャル:シリーズ『女と男 最新科学が読み解く性』第3回」の主題は「男が消える?人類も消える?」と打たれています。
流れ的には、上で紹介した「Y染色体が危ないから人類の未来がヤバイ」という話だけがメインなのではない。
後半の話は「今の男に十分な繁殖能力はあるだろうか」「そもそもヒトの繁殖に、男は必要なのだろうか」という点にシフトして、総合的な「未来の性」についての検証に踏み込んでいく・・・。
後半については、
●男の精子が弱ってきている?
●女の人だけでヒトが繁殖できる現実
●男にはアイデンティティの呪いがかかりやすい
●グリーンフィールドが描く未来
●ポストヒューマンの世界
などのお話を記す予定です。
つづきます。
【追記】
番組のDVDが発売されていました。
それで4月に再放送があったのか。
『NHKスペシャル 女と男 DVD-BOX』
出演: 松本和也, 中條誠子
ディスク枚数: 3
販売元: NHKエンタープライズ
DVD発売日: 2009/04/24
時間: 156 分
●さらにその後、番組をご覧になっていなかった編集さんからのご紹介
2009/05 【日本語記事】 男は絶滅する運命?消えゆくY染色体は何を意味するのか - GIGAZINE
●韓国でもネタになってます。
2009/07 【日本語記事】東亜日報@韓国 [オピニオン]Y染色体の終焉
X染色体との遺伝子の数が同じだったY染色体の遺伝子は現在、80個に過ぎない。
一方、X染色体の遺伝子は1100個に上る。
●新しい報告
性染色体はコミュニケーションをする
XとYは遺伝子交換をしているぞ
2009/09 EurekAlert Sex talk revelations of the lonely Y chromosome
![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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