[科学に佇む心と身体]

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ゲノムと聖書:大阪について考える科学者を見よ

カテゴリ[科学に佇む2009年] 2009/03/02
◆ゲノムと聖書 科学者、〈神〉について考える
 『ゲノムと聖書 科学者、〈神〉について考える』 フランシス・コリンズ著 エヌティティ出版 (2008/9/29) 
>国際ヒトゲノム計画の立役者、「神の言語」を読み解く
 原書The Language of God: A Scientist Presents Evidence for Belief Francis S. Collins Free Pr (2006/6/27)
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ヒトゲノムプロジェクトのフランシス・コリンズ、遺伝子に神の御言葉を発見したと語る
2006/06 The Sunday Times Iユve found God, says man who cracked the genome


 一人の人間が、良心に従い、良心の礎を、純粋なセオリーとして形成しようと、善処を尽くす。その真摯な姿は、見る者の目によっては滑稽に映り、気持ちを汲める者には、幸あらんことをと、ただただひたすら祈る心を惹起される。

 えーとね。
 ほんとまじめなんですよ、この先生。自分の良心の落としどころを求めて、あれやこれや試行錯誤に調整を試みた末の、せいいっぱいの”有望な”神の延命計画を提案しているんですよ。インテリジェント・デザイン(ID)説に苦言を呈しーの、有神論的進化論を試しーの、バイオロゴスはどうかと打診してみーの。
 そこには、どこか、人類には共通の性向があり、共通項を確立すれば幸福がもたらされるのであり、という楽天的な妄念がどっぷりしいの、そしてあくまで、どこまでもどこまでも一神教圏の神設定から抜け出す気はいっさいございません状態で徹底しいの、なんだけれども、とりあえず、まあ、あちらのお国事情では、これもひとつありかな、というところで、見ておいて損はない一冊。
 → 内容・目次一覧 『ゲノムと聖書 科学者、〈神〉について考える』

●右画
 自分的には、このフランシス・コリンズの、他者の良心を信じきったような楽天さとお人の良さは、オースン・スコット・カード(『エンダーのゲーム』)的なアマチャン”人類みなお人好し”臭ふんぷんで、おぞけが来るんだけども(すまんね)、まあ、それもひとつありかな、というか、えーと、つまり。

 人間は一様じゃない。人によってはものごとをやけにお人好しに解釈する幸せな性向の人間もいれば、テストステロンとアドレナリンで懐疑心全開、どんな親切な申し出にも「裏があるだろ/搾取する気だな」といつまでも慈悲に濡れない幸福撥水性抜群な性向の人もいる。

 ヒトに遺伝する性向は、成人後に特に顕著になるのだそうだ。ヒトには遺伝的多様性があり、生育環境の多様性もあるからには、霊的感覚(スピリチュアリティ)に耽溺しやすい共感脳の人もいれば、共感行為に重きを置けないシステム脳の人もいる。
 『エンダーのゲーム』が好きな人もいれば、許せない人間もいる。
 まあ、ね、つまり、上掲著作のヒトゲノムプロジェクトの立役者さんフランシス・コリンズの提案に手放しで共感できる人もいれば、なにゆうとんねん!とただただ却下せざるをえない人もいる。
 そりゃしゃーないと思う。

 ただね。
 このフランシス・コリンズ先生が、仏教圏の空気を吸ったことがあるならば、もっと違った本を書いていたと思うんですよ。思考と視野が、ローカルすぎるんだ。ごくごく一地方の、地球上からすれば、ド田舎な思考になっているんだ。

EP 〓〓〓

 このブログを書いているのは、自称「雨崎」という名の変人です。
 この変人は、「転居」という、一見なんのへんてつもなくしょーもないけれど、抜き難い相対主義への原体験を抱えています。いわゆるひとつのカルチャーショックですね。
 そのおかげで、「どんな話でも、違う立場の人の話を聞かなければ判断は無理だ」というトラウマを抱えています。

 ゆえに、フランシス・コリンズが、キリスト教圏内の思考だけで、試行錯誤をしているのが、痛すぎて耐えられない。

... 以下つづき...


●右画
 雨崎は、(大昔の)中学の時に、生地の大阪から関東(東京近郊)に転居している。(「関東」は大阪人にとって、「東京」とほぼ同義みたいなもんだ)
 それまでは、(今もたぶんに大阪にはこんな感覚がどっぷり残っているとは思うけれど)関東は敵で、関東もんはイヤミで、関東は大阪のライバルで、関東もんは大阪人を敵視していて、関東もんに染まったら負けで・・・! というド級の大阪観念の中だけで育っていた。
 それがある日、何の前知識もなしにいきなり関東の中学校にほうりだされたんだ。大阪には帰れない。これからは関東で生きて行くしかない、ものすごいテンパって現地に臨んだんだ。
 が。
 いや、ほんとしょーもないことなんですけどね、でも、
  関東は敵じゃなかった
  関東もんはイヤミじゃなかった
  関東は大阪のライバルでもなんでもなかった、鼻にもかけてもらえてなかった
  関東もんなんてのは虚構でしかなく、あるのは全国から上京した人々の集合体だった・・・!
 これが、こんなことが、もんのすごいカルチャーショックだったんですよ。自分ありえないほど。

 たまたまそのカルチャーショックが、「転居」という、一見なんのへんてつもなくしょーもないものだったからこそ、良かったんだと思う。
 これが、人種間や国境間のような、すでに問題山積で理屈がこじれまくっている分野だったら、うまくカルチャーショックを受けられなかったんじゃないかと思う。

 自分は、独りでこのカルチャーショックを消化しなければならなかった。
 ものごとは、マジ、ほかの立場の人間の言い分を聞かないと、現場の声を聞かないと、無理だ、判断は、と。
 周囲と共有している風評が、根本から間違っている可能性は、実際相手を知らないと全然判断は無理だと。ほんとトラウマなんですよ。マジ、大阪が哀れなのか、信じ込んでいた自分が哀れなのか、たまたまそのショックを受けた時期が、文化刷り込みの臨界期である中学時期だったことも大きかったと思う。

 その後、ヒトは新しい社会環境に置かれると、ほんの数ヶ月でそこの価値様式や行動様式に染まってしまう、という研究報告などを見るにつけ、・・・どこかに所属すること(アイデンティファイすることも、参加することも)は、目をふさがれることなんじゃないか、という恐怖を抱くようにもなった。
 科学側にも、衆生側にも、患者側にもどこにもいられない。外にいて、逃げ続けることで、見えるものもあるんじゃないか、そんな自分の原点が、「大阪から引っ越したら世界は全然違っていた!!」だったんだ。

 だから。
 福島県の大阪嫌い現象に、このカルチャーショックと同じ匂いを感じて興味を惹かれたり、
 → 『 福島現象と戊辰の呪い 』
進化学側の宗教嫌い原理主義にかぶれた人間が、宗教十把一絡げの「信仰は敵」妄念を疑いもしていないようなケースに出合うと、どのくらい溺れているのかお話を観察したくなるし、偉い学者の先生が、講演会に来るのは自分の話を傾聴したい下僕だけであるべきである、と思い込んでいるのを見ると延髄切りかませたくなるし、下手な科学ジャーナリストが「どうして科学者は素人を閉め出すんだ!」と科学者に対してアサッテ方向なブーをたれているのを見ると「相手側のエートスをまず理解してからにしろよ」と嘆息したくなるし。

 そして、書籍『ゲノムと聖書』が、キリスト教圏の中だけでなんとかしようとぐちゃぐちゃやってるのが、もうものすご、関東を知らない大阪でひたすら大阪の自画自賛を強化しているだけのと同じにしか見えない。w
 本人達は大まじめで、いい人達なんだ。でも、残念ながら、この良心的な人々は、田舎の世界しか見ていない。

 これは宗教否定論者だって同じことだ。
 宗教を知らない宗教否定論者は、大阪が描いた関東を攻撃しているのと同じだ。
 関東に住んでみろ。

EP 〓〓〓

 で、こういう科学原理主義を攻撃牽制するような話をよくやるもんだから、代替医療好きさんや自然かぶれさんにこのブログは好かれている気配があるんだけど、そっちに傾倒するわけでもないんで、ごめんしてね。
 それより安心するのは、メインストリームから脱落した、もしくはトップ競争や正常化コースから距離を置くマージナルな立場の人に、お読みいただけている場合。レッツ周縁、みたいな。
 周縁には周縁に適した自己正当化のすべが必要である。
 そして、周縁の人々は、中央と周縁の複数の視点と経験を持っているぶん、他者の話を広く受けとめる技量があるはずだ。多様な経験を受けとめる周縁に、幸あれ。

 逆にいえば、雨崎は着地フォビアに陥っている迷子ではあるんだが。

〓〓〓 EP 〓〓〓

この箇所へのリンク【自爆テロは宗教のせいか?】


 ついでに、先月拾った研究レポートを一本ご紹介。

自爆テロに重要なものは宗教的な献身にあらず
●NEWS2009/02 EurekAlert Collective religious rituals, not religious devotion, spur support for suicide attacks
 集団的な儀式が、自爆テロへの支持を強化する


dowen こないだ宗教について、うちのサイトに噛みついてきた人がいたんですよー。
 なーにー!? やっちまったなぁ!!
 その人は、心理学に疎い上に「少年が自爆テロをするという点だけをもってしても世界中の宗教はなくしたほうがいい」という強烈な信念(偏見)をお持ちな人だったんだそうだ。小型ドーキンスタイプ。
 前にこんな話も書いたのに。読んでくれていなかったのかな。
 → 『 テロの経済学:テロは宗教のせいだと短絡する人々 』
 この手の話は、「テロと宗教は短絡させてはいけない」とわかっている人と、「宗教はテロやるから恐い」と凝り固まっている人の温度差が激しいので、どっちのレベルにあわせて記せばいいのか、なかなかしんどいのであった。

 それはそれとして。うちはあまり英語が得意ではないんで、上掲の”集団的儀式と自爆テロ支持”についての記事、誰か簡単に意訳してくれないかなー。自分、誤読していそうでちょっと不安。
     ↓
追記: ウミユスリカさんが詳しく翻訳 して下さいました。
 ●● 『自爆テロを支持させる集団参加:斉一性の原理』



メタル


  2009年03月02日  RSSフィード RSSで次回の記事もお楽しみに


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