[ EP: 科学に佇む心と身体 ]

進化心理学,生物学,基礎,サイエンス,利他行動,事例研究 サイトマップPt.1 旧科学ブログPt.3 楽屋のブログ twitter
用語・記事・情報庫 無料翻訳掲示板 昨日: 今日:

部族最後の生き残り:イシの記録を語り継げ!

カテゴリ[科学に佇む2005年] 2009/01/10
 襲い来る白人たちから逃れ、山野をさまよい、親族が一人一人と死んでいき、ついには部族最後の生き残りとなってしまった人間。それが、イシ。
 部族最後の一人。
 同じ言葉を話す者は、もう世界のどこにもいない。gakbul

◆The Last Yahi: A Novel About Ishi
The Last Yahi: A Novel About Ishi

 Lawrence Holcomb (著) 2000年


 1911年8月29日。
 カリフォルニアの、とある屠殺場に突然、がりがりに痩せ衰えた裸足のインディアンが一人現れた。
 彼の本当の名は、誰も知らない。
 が、彼がたどった悲惨な生き様は、ほどなく世界じゅうに知れ渡ることになる。

◆Ishi in Two Worlds
Ishi in Two Worlds
: A Biography of the Last Wild Indian in North America
 Theodora Kroeber (著) (1961/06)

本ミニ岩波現代文庫「イシ 北米最後の野生インディアン」  シオドーラ・クローバー著 岩波書店 2003年
本ミニ「イシ:北米最後の野生インディアン」  シオドーラ・クローバー著 岩波書店 1991年


 
 謎のインディアンは、白人の人類学者によって保護され、カリフォルニア人類学博物館大学で暮らすよう手配される。
 彼を保護した学者は、著名な作家 アーシュラ・K・ル・グィンの父。
 上掲書の著者「シオドーラ・クローバー」は、同ル・グィンの母。

◆Ishi the Last Yahi

Ishi the Last Yahi: A Documentary History

 Robert Fleming Heizer, Theodora Kroeber シオドーラ・クローバー (著) 1979年


 イシは、ヤヒ族(北カリフォルニアのヤナインディアンの中の一部族)の最後の生き残りであった。
 20世紀初頭、白人に追われ、仲間や家族に先立たれ、ただ一人になった果てに、1911年、白人のもとに投降。

 彼の本当の名を知る者は、どこにもいない。
 「イシ」は、彼の名ではない。
 彼の部族の言葉で「人間」を指す語、それが「イシ:Ishi」。

◆消えゆく言語たち:失われることば,失われる世界
「消えゆく言語たち:失われることば,失われる世界」

 ダニエル・ネトル、スザンヌ・ロメイン著
 新曜社 2001年
(原書:2000年Vanishing Voices
p.77
> ジェノサイド [大量殺戮] による [言語の] 突然死、ないしはそれに近い例としては、ヤヒ語のケースを挙げることができる。ヤヒ・インディアンは、カリフォルニアの白人入植者によって殺されたり追放され、最後の話者は、その生き残りと思われるイシであった。


 ↑表紙が、まさにイシの顔写真なんだ。
 刻々と絶滅していく希少な言語、習俗、文化多様性。
 大事な文化の_最後の_語り部として死んでいく古老たち…
 → 『 消えゆく言語たち:言語消滅=思考の貧弱画一化 』

 人類学者に保護され、カリフォルニア人類学博物館大学で暮らすイシ。
 でも、わずか5年後に、イシは結核にむしばまれて死んでしまう。
 病で死亡するまでの短い期間、ヤヒ族の文化や言語の記録を残そうとする人類学者達に、イシは協力をした。
 ヤヒの神話、歌や歴史の物語・・・
 当時、彼が残した貴重な音声記録は、なんと現在でも入手可能。
   → オーディオ Ishi: The Last Yahi

 イシの遺体は丁重に葬られるはずだった。
 が、クローバー博士の強い抗議に関わらず、イシの身体はふとどきものの学者たちによって解剖され、脳を盗まれてしまう!
◆Ishi in Three Centuries 
3世紀にわたるイシと彼の記録の調査
Ishi in Three Centuries

 Karl Kroeber (著), Clifton Kroeber (著)
 ハードカバー(2003/04)
 
イシの旅路:
本ミニIshi's Journey: From the Center to the Edge of the World James A. Freeman (著) (1992/04)


 最後のマイノリティの尊厳は、あえなく白人のマッドサイエンティストによって踏みにじられてしまった。
 イシの脳はどこへ!

... 以下つづき...

〓〓〓 EP 〓〓〓

 イシの保護者だったクローバー博士には娘がいた。
 その娘とは、『ゲド戦記 』で著名な作家アーシュラ・K・ル・グィン
 1929年、アーシュラは、イシ亡き後、かなりの月日を隔てて生まれる。
 彼女は成人するまで、かつて父親がイシを保護したことも、その悲惨な顛末も、知らずに育った。
 父親であるクローバー博士は、1911年に結核で最初の妻を失い、1916年にイシをも結核で失っている。それは娘アーシュラが生を受ける前のことだった。
 その心の傷は重く、彼はイシについて一切書き物を残していない。
 誰から、何度乞われようとも、イシについては黙し続ける博士。
 その夫に寄り添い続けた2番目の妻は、アーシュラの母であるクローバー夫人。
 1950年代になって、クローバー夫人は作家を志し、夫とイシの物語を自分の手で残す道を選ぶ。

本ミニ岩波現代文庫「イシ 北米最後の野生インディアン」  シオドーラ・クローバー著 岩波書店 2003年
本ミニ「イシ 北米最後の野生インディアン」  シオドーラ・クローバー著 岩波書店 1991年

 クローバー夫人が著したイシの物語は、はるか1世紀を経ようとしている今でも、世界の人々の心を震わせる。

ネット Ishi: The last Yahi Indian @ Native American Indian Tribes

挿画


 時代は変わる。
 20世紀も終わろうとしていた頃の1990年代、アメリカで「ネイティブアメリカンの遺骨や遺品は、ネイティブアメリカンの元に返還すべし」とする法律が制定された。
 その法律を元に、アメリカの先住民たちは、白人が「略奪」して博物館や研究所に収蔵している先祖の遺物や遺骨を部族に返還するよう、申し立てを始める。
 その中、イシの遺骨も先祖として返還せよと申し立てた部族がいた。イシの部族ではないのだが、近隣の部族にあたるシエラネバダ山脈地域のマイドゥたちが、亡き部族に代わって立ち上がったのだ。イシの遺灰は、サンフランシスコの墓地に安置されているらしい。
 イシの遺族や部族仲間は全て死に絶えている。ヨソの部族からの返還要求は通るだろうか?
 → 『 遺骨返還訴訟 特集 』
 注目を集める訴訟騒ぎの中、なにやら奇怪な噂が流れてくる。
 「イシの遺体からは脳が抜き取られ、どこか別の場所に秘蔵されている」・・・!?

「Ishi's Brain」の著者スターンは、実際にスミソニアン博物館の所蔵庫に「イシの脳」があることをつきとめた。

◆Ishi's Brain
 イシの脳を返せ!
Ishi's Brain: In Search of the Last 'Wild' Indian
 Orin Starn (著) 2004年
  
 wa めっちゃこの本の邦訳が読みたいんですが!
 出版予定ありませんか?


部族最後の一人:イシの脳、そして遺灰
2001/02 Anthropology Today Volume 17: Issue 1 pp. 12-18  Ishi's brain, Ishi's ashes  Anthropology and genocide
 You can read excerpts at groups.yahoo_evolutionary-psychology-10762

【podcast 音声】科学なポッドキャスト『イシの悲劇と盗まれた脳』
【英語】Disembodied brains, culture and science: Indigenous lives under gaze (Part 1 of 2) 【MP3ファイル】
2008/12 ABC@オーストラリア 

 部族最後の生き残りであり、博物館の収蔵品として最後の日々を送り結核で死んだヤキインディアンのイシ
 死後、無断で彼の脳を盗んだ科学者
 そして一世紀後にスミソニアン博物館の奥に死蔵されている脳が発見される
 異文化の死者の尊厳は、どうとりなされるべきなのか
 なぜか最終的な決定権は白人側が持ったままだったりしている

 この音声ファイルは内容をテキストで読むことができます。
 ネット Indigenous lives under gaze (Part 1 of 2): Transcript
 「読みながら聞く」ことができて、英語のヒアリング練習に持ってこいです。


 イシの脳の行方を調査したスターンは、先に著されたクローバー夫人の著作内容には、調査不十分なフィクションが少なからず含まれ、真実よりはドラマチックに美化されてしまっていると指摘する。

 そういえば、↓こちらの本の記述も、クローバー夫人の著作内容を典拠にしている。

本ミニ「医療人類学」 マッケロイ/タウンゼント著 大修館書店 1995年
(8章 異文化接触による健康への影響  イシの生涯)
p.317
>白人は私兵を組織し,ヤヒ族の村を襲い,多くのインディアンを射ち殺し,縛り首にしたのだった(Kroeber 1961).


●●●小玉7●●●

アンカー【緑のアリが夢見るところ】

 ある民族の「たった一人の生き残り」については映画 「緑のアリが夢見るところ」 も印象的。

〜「緑のアリが夢見るところ」@「言語消滅=思考の貧弱画一化」
 オーストラリアのアボリジニ、言葉がしゃべれない身障者だと思われていたおじいさんが、土着の民族の権利について論争を交わしている場で突然立ち上がり「誰にもわからない言葉で」蕩々と訴え続けるシーン。
 年老いた彼は会話能力のない身障者ではなく、ある民族のたった一人の誇り高き生き残り、誰とも言葉が通じない孤老だった…。


 イシの姿が重なる。

 イシの話は、ル・グィンの母が記したこの本で詳しく読むことができます。
本ミニ岩波現代文庫「イシ 北米最後の野生インディアン」  シオドーラ・クローバー著 岩波書店 2003年
本ミニ「イシ 北米最後の野生インディアン」  シオドーラ・クローバー著 岩波書店 1991年

●●●○●●●

この箇所へのリンク【追記】

●追記: イシが属していたヤヒ族をモチーフにしたミステリー小説があります。
 ●本ミニ「暗い森」 アーロン・エルキンズ著 早川書房 1991年 (原書:The Dark Place/1983)






このエントリは、前世紀の文面を再構成し加筆した旧ブログの
 → 2005/03 『 部族最後の生き残り:イシの記録 』
を転記して、さらに加筆更改したものです。つまり第3版。

 ・・・ココログ(旧ブログがある場所)って、更新をしないと記事がそのうち自動消去されちゃうんだよね。ひどくね? かといって、こうして記事をいちいち転記して移動させるのはすごいめんどい・・・tear_flow

メタル
[カテゴリ 科学に佇む2005年] : 2009年01月10日 
* * *

→ 上掲のお話についてのコメント

→コメントを送りますか?

 → コメント送信ページに進む

 → Twitterもあります:Twitter iTatazm [たたずむ]

  コメントするときは、お話の日付を考慮に入れましょう。
  突進したのに相手は古い日付の記述だった、みたいな食い違いがたまに発生しています。

★START-POINT

筆者:雨崎良未
XML RSSフィード
→ ブログ新着通知(RSS)の見方

→ 併設ブログ 楽屋【Dorm B】
→ 併設ブログ 旧【科学ブログ】
→ Twitter:iTatazm [たたずむ]

進化心理学 併設サイト
【巨大記事庫】
→ 記事庫の新着・更新情報

→ 最近の主なコメント
→ トラックバック類
→ 科学なポッドキャスト

お気に入られ記事

etc.

amasakiさんの読書メーター
なかのひと
フィードメーター
科学学問