読んでらっしゃい見てらっしゃい。
新春伝統再考ショー。
去年末、不思議な冊子を一冊拝読したんですよ。
この変な本について、書きたくてうずうずしていたんだけれど、ずるずる後回しにしていた。
ほんの100ページ余の、薄い小さな本なんですけどね、でも、味が辛いんだ。かなり。

『「伝統・文化」のタネあかし』
千本秀樹、長谷川孝、林公一、田中恵 著
アドバンテージサーバー (2008/07)
税込価格: 525円 (本体 500円)
>「日本の伝統・文化」のなかで、実は政治によって
> 新しく作られたと思われる50の事項を紹介する
これ最初は、いわゆる「創られた伝統/伝統の生成」の類の小咄を集めたたぐいの本かな、と思ってゲットしたんですけどね。文化人類学的な、過去にあった伝統生成を他人事のように観察したよと紹介するみたいな。
実際は、そんなのほほんとしたもんじゃない、今現在の日本国民である我々が、まさに _ 政治的な _ たばかられの中にいるのだぞと、かなりヤバイ気配の指摘がぎっしりさらりと詰め込まれている。
内容は、【歴史と国家/国民の創出/文化と近代】の三部構成。「国民の創出」と来る時点ですでにけっこうキテいる。
見開きで一項目、ポンポンと紹介される50の事項のほとんどが、政治がらみ、政府側の作為に対する牽制。
・日本とはどこか? (曖昧な国境、蝦夷、小笠原、琉球・・・)
・琉球使節は外国衣装を「強制」された? (日本の内外感覚が時代によって錯綜する)
・リストラされた神様たち (国家神道のために信仰の多様性が壊された)
・うちの子に学校教育はいらない
・「刀狩」で民衆は"武装解除"された? (その後も武器持ちまくりだったぞ)
・Rightと権利は同じ意味?
・非戦・平和主義という歴史の基調
・茶の湯と花嫁修業 (伝統以前に、茶道の今昔はえらい違うし)
・白いご飯の幻想〜「稲作農耕」中心史観の歪み
(日本が誇るごはん信仰も、国内の食の多様性を無視した偏向イメージでしかない)
いったいなんだこの本は!?
たった500円ぽっきりの、薄っぺらい本なのに、この図体に見合わぬ政治的とんがりは・・・
何でこんな本が出た?
え?!
なになに、今、国が「伝統」を看板に国民の文化を操作しようと動きだしているって??
... 以下つづき...

p.115 あとがき
この冊子は、「日本」の「伝統・文化」にかかわる50項目を選び、「じつはね、こんなこともあるよ」『ええっ、そんな見方もあるの」という話を中心に取り上げてみました。それぞれの項目の中にある”小さな裂け目”に指を差し込んで、ちょっとめくってみると、ありふれた常識や当たり前とは少しばかり違ったものごとが見えてくる、というような話です。
[〜中略〜]
「日本」の「伝統・文化」に占める天皇制の比重の大きさも(しかも、それは学校教育で取り上げるものでは殊更に)、考えざるを得ないことに気づかされます。
この「日本」と呼ばれるアジアの東の果ての列島に育った「伝統・文化」の多元・多極性、多層・多重性、多彩さと多様さ、言い換えれば「交じり合いの豊かさ」も、改めてその意味の重さとともに認識せざるを得ないものです。それを「日本の」と統一化・画一化する動きは、まさに明治の近代化、国民国家形成とともに進められました。しかし、それが同時に王政復古・絶対天皇制と表裏になっていたこともあって、その矛盾を覆い隠すための動きでもあった、と言えると思います。
日本国憲法は絶対天皇制を捨てて、国の在り方を主権在民・民主主義・戦争放棄(平和主義〕、基本的人権の尊重に変えました。しかし、「日本の伝統・文化」という統一化・画一化に関しては、きちんと整理できていなかったのではないか、という問題も浮かび上がってきたように思います。だとすれば、「日本の伝統・文化」を取り上げるときに、その内容や『理解」の仕方は、憲法の基本理念・精神に照らして検証されることが求められるのではないでしょうか。「日本」の「伝統・文化」の「理解」の仕方は、きわめて多彩・多様であっていいし、そうあるべきだと考えます。
ふむふむ。
「日本の」と統一化・画一化する動きや、「伝統・文化」を学校教育で取り上げることは、よくよく憲法の基本理念・精神に照らして検証し、多様性の尊重をないがしろにしないようにするべきなわけですね。
「これが伝統だ」と言われても、ちょっとめくってみれば、異様な真相、薄っぺらい虚構が見えてくることもあるわけですね。
で、それで何が起きているんだ?
これは、何かを危ぶんで、有志によってなけなしに作られた本だという気配は感じる。
何だ? 何があるんだ?
あとがき
なお、国民教育文化総合研究所の研究活動として「日本の伝統・文化理解教育」研究委員会がまとめる報告書に先立って、その別冊の読み物としてこの冊子はつくられました。4人の委員が執筆しています。この後に出される報告書も、ぜひ合わせてお読みいただければ、ありがたいです。
2008年7月1日(長谷川孝)
報告書に先立って? 別冊の読み物?
その報告書とは???
これのことか???
指導資料「日本の伝統・文化理解教育の推進」PDFより
●「日本の伝統・文化理解教育」=子供たち自身が今日的な視点から我が国の伝統や文化をとらえ直し、日本のすばらしさを誇りに思うと同時に、世界の中で日本人としてよりよく生きていくために、何をどのように生かしていくかについて理解し実践する教育。
●学校は、子供たちが日本の伝統・文化のよさや豊かさに気付き、その価値や意義を理解するとともに、自分の生まれ育った郷土や自国に誇りと愛着をもち、自分が日本人であるというアイデンティティを確立する教育を推進する。
●教育基本法(平成18年12月22日法律第120号)では、新たに「公共の精神」の尊重、「豊かな人間性と創造性」や「伝統の継承」が規定された。
●中央教育審議会答申(平成20年1月17日答申)充実すべき重要事項の一つとして、「伝統や文化に関する教育の充実」を掲げ、各教科等での積極的な指導を目指す。
●小学校の指導例
国語:昔話や神話・伝承、短歌や俳句、古文や漢文、毛筆等
社会:文化財や年中行事、歴史上の人物、文化遺産
国際交流や国際協力、我が国の国旗と国歌の意義等
算数:そろばん、単位、割合等
理科:自然環境の保全等
生活:季節や地域の行事、四季の変化や生活の様子等
音楽:わらべうた、和楽器など我が国の音楽、郷土の音楽
諸外国の音楽、国歌等
図画工作:我が国や諸外国の親しみのある美術作品等
家庭:米飯、みそ汁等
体育:伝承遊び、フォークダンス等
実施例:活動名「茶道」(学校設定教科・科目 日本の伝統・文化)高等学校
えーと、報告書は、文化を尊重する国際人を育てるためには愛国心と文化素養を身につけて、みたいな持って行き方になっている。教育によるいわゆるインテリジェンスさんたちの育成を夢想しているのかもしれない。
で、「行政側が」「法律を根拠に」「学校で日本の伝統を教える」ように指導しているわけで、その報告書を作る立場にさせられた先生たちが、任務として作ったはいいけれど、「これは下手すると簡単に偏向した教育に陥るよな!でも報告書の中に細かいツッコミは記せなかった/ほかの委員と意見が合わなかった!」ということで、書くべきだと感じたのに書けなかった焦燥感を、ぺっとまとめて小冊子『「伝統・文化」のタネあかし』の中に吐き出したんじゃないか。
この「別冊」に目を通して問題点を見直してから、「伝統教育」に従事してくれる学校現場の先生は、どのくらいいるだろうか。「愛国心」と「画一化された一面的な伝統観」のもとに「茶道」やら「記紀」やら「神道」やらを無邪気に教育してくれるケースが・・・「別冊」抜きの「報告書」だけでは防ぎきれるとは思えない。
小冊子『「伝統・文化」のタネあかし』の著者は4人。各人、項目ごとに分担して記述している。
この中で、特にひときわ強くとんがった記述を連発しているのが、千本秀樹(チモト ヒデキ)氏:
・靖国神社に祀られると、天皇に参拝してもらえる!
・天皇陵に天皇はいるか? (古墳の扱いの奇態さを見ろ)
・日の丸は国旗か? (独伊は敗戦後、国旗を変えたぞ)
・君が代は国歌だったのか?
・家族の美風!? (天皇のうち59人は妾の子だ)
・国家神道は宗教?政治体制?
・「和の心」と大和魂は同じ?違う?
・良妻賢母は西洋近代思想
・部落差別は江戸時代の身分制の「名残」、ですか?
・万葉集は古典的国民歌集か
(西欧の叙事詩のような文化的象徴として政府が意図的に持ち上げた)
いずれも、「てめ、うーたーがーえーよっ!!」と毒づきながら書いているような、いらついた皮肉が塗り込められている。
千本秀樹氏についてネットから拾うとこんな感じ。
筑波大学
1年生にいつも話すことは「すべてを疑う」ということ。常識だ、あたりまえだと思い込んでいたことが、そうとも限らないと気づいた時の喜びを味わってほしい。大学での勉強と、生き生きとした人生は、そこから始まります。筑波大学
千本秀樹氏は、つねに社会的弱者の側に身をおいて、挫けそうな心を元気にさせる、 厳しく優しい教員です。 人間の幸せをむしばむ差別や抑圧に向けた千本氏の憤りは、ときには激しくあらわれます。
かようなお方だから、『「伝統・文化」のタネあかし』 ではしごく当然に焦燥感バリバリなわけだ。うーむ。
大昔、戦前、そして戦後。お上が、政府が、民衆を操作するためにどのように「伝統」や「規範」を利用してきたか。
取捨選択された「伝統」や「規範」を信じ込むことで、誰がトクをするのか。誰が虐げられてきたのか。
伝統は、お上に教えてもらうべきものなのか?
行政が、政府側に都合の良い伝統だけをチヤホヤして、民衆の側の暮らしと伝統をつぶしにかかっている事例については、
に、最近発生した佐渡島の悲惨な「伝統改変」事例とかが紹介されるなどしていて、いろいろヤバイ事態が起きているっぽかったのだけれど、そもおおっぴらに「教育基本法」からして「伝統」賞揚を明記する改正がなされていたとは、国策的? すまん、知らなかった。
「ふるさと資源」問題の人々(社会/民俗/人類学)と、この「日本の伝統・文化理解教育」問題の人々(教育学/国民教育文化総合研究所)は、重なってはいないんだろうか。
※ なんか教育学の言説って、他の分野の成果からズレている印象を受けることが多いような気がするんだが・・・
つながりなくそれぞれの異分野でやきもきしているだけなんだろうか。
これら以外の分野で、「行政が伝統を云々しはじめる」ことに対する危惧を表明している方面はどこかあるだろうか。
これら伝統操作に対する危惧をまとめて拾う(検索する)のに便利なキーワードは何があるだろうか。
報告書は12月の東京都用だけなんだろうか。順次全国の都道府県でも採用して行くんだろうか。
「日本の伝統・文化理解教育」研究委員会がまとめる報告書ってのが、誰がどう意図して動きだしたモノなのか、誰がどう巻き込まれ、誰が拒否をし、何が取捨選択されたのか、追っている人はいるだろうか。
p.79 (長谷川孝)
「伝統・文化」から何を学び、何を受け継いだらいいのか。近代の行き詰まりを乗り越えるには、「伝統・文化」からの学び取り方、そして何を読み取るかが問われる、と言えるのではないでしょうか。伝統・文化の「理解」の仕方です。それを問わずに行なう「伝統・文化理解教育」とは、いわば”枯れ木に花の教育” でしかないように思われます。
まさにこれは、今現在推進されている「日本の伝統・文化理解教育」に対しての、端的な危惧。
そしてそれは、ほかならぬ「伝統」教育現場用の報告書を作った国民教育文化総合研究所「日本の伝統・文化理解教育」研究委員会の中の、有志によって記されている。
>「日本の伝統・文化」のなかで、実は政治によって
> 新しく作られたと思われる50の事項を紹介する
そんなん「伝統」やと思うてマジに教えてたらあきまへんがなと。
報告書を作った委員の中の、有志による「タネあかし」!!
このうすっぺらい小冊子『「伝統・文化」のタネあかし』は、手を突っ込めば、いろんなねじれた物語を引きずり出せそうで、500円ぽっきりにしては手腕しだいでめちゃめちゃ楽しめる、コストパフォーマンス抜群な本っぽい。
お子さんが、学校でどんな教育をされてくるのか、これを読んで覚悟しておくといい。

なお、この本の体裁、収録されている各項目が見開き完結におさまるよう、フォントサイズを加減してあるのがおちゃめでかわいい。ページによって、地文のフォントサイズがまちまちなんだ。字数が多いと小さく、字数が少ないと、字がでかく。
ふつうはこれ反則技だよね。

各項目、紙数も体裁も定めないまま、書き手が思うままに筆を走らせちゃったんだろう。いいよ、新鮮だ。

さあ、安いよ安いよ。今現在、進行形ホヤホヤの、危ない教育改変紙一重だよ。
読んでらっしゃい見てらっしゃい。
新春伝統再考ショー。
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![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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