日本のバイオベンチャーは、期待できますか?

『サイエンス・ビジネスの挑戦 バイオ産業の失敗の本質を検証する』
ゲイリー・P.ピサノ著
日経BP社 (2008/1/24)
原書:SCIENCE BUSINESS by Gary Pisano 2006
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いきなりタイトルから、「バイオ産業の失敗」です。バイオ産業は失敗しているんだそうです。投資対象として見た場合、バイオベンチャーはかなりの妄想と泥沼ギャンブルに支配されている世界なんだそうな。
労多くして稔りが少ないバイオベンチャー。
アメリカの全バイオテクノロジー企業の財務成績を調べてみると・・・
この20年間、売り上げはどんどこ伸びているのだが、かんじんの利益(減価償却前営業利益)は、ずうっとゼロかマイナスのままなんだ!!(p.8大意)
でもって、その中で例外的に売り上げがいいトップ企業の「アムジェン」を除外してしまうと、バイオテクノロジー産業は、最初ッからずうっと赤字のまんまだったことになる! (p.174大意)
「これほど大きな割合の新規参入企業が長期間利益を上げられないのが当たり前で、その大多数が黒字に転換しないままで終わる可能性がある産業は、歴史を振り返ってもバイオテクノロジー産業以外にないだろう。」(p.179)
... 以下つづき...

【不確実性がでかい】
製薬研究開発では、最終的に承認を得られる化合物は6000分の1以下!
臨床試験のフェーズ1を開始しても、半数以上の6割はフェーズ2に進めない可能性。
フェーズ2に進んだ新薬候補がフェーズ3に進める可能性は、5割どまり。
そしてフェーズ3で失敗に終わる可能性は、下手をするとこれも5割だったりする。
つまり、新薬候補が臨床試験にまでこぎつけても、最終的に販売承認を得られるのはその中のわずか1〜2割。
新薬開発につぎ込まれる資源の大半は、失敗作に消えていくんだ。(p.95大意)
似たような数字をヨソから拾って並べておこう。
【テレビ東京系「E morning」 2008/11/28】
成功の確率は2万分の1=しょっぱなから数えた数字
【テレビ東京系「News Fine 1部」 2008/12/15『抗がん剤開発 最前線』より】
新薬開発の流れ
基礎研究: 2〜3年 製品になる確率は10000分の1
前臨床試験:3〜5年 製品になる確率は3〜5%
臨床試験: 3〜7年
第1相 フェーズ1 10〜20%
第2相 フェーズ2 40〜50%
第3相 フェーズ3 60〜70%
そして、さらに申請・承認に1〜2年かかる
最終段階に入っても、3分の1は副作用やなんやが発覚して、水の泡に消える!
ものすごいギャンブルの世界なのだ。
上で記したテレビ東京のデータは日本の場合だ。表を見る限り、日本でも開発から承認まで順調でも十数年かかる。
一方、『サイエンス・ビジネスの挑戦』で紹介されるのはアメリカの事情。
上場後、キャッシュフローが初めて黒字に転じるまでに要する年数は、平均11年。
でも、20年たっても赤字のままの企業もある。
「時間差」が長いことは、この産業の重要な構造的特徴。(p.174大意)
長い時間がかかり、しかも、成功率が低い。恐っ!
そんな限りなく狭い可能性に運命を賭けるのは、採算を度外視するほどに善意と熱意に駆られた凝り性の研究者たち。彼らによって作られた気高く貴重な医薬品が、あえなく金儲けの種に化けていくさもしい顛末の話は、前に少し書いたけれど。

【危ない世界なのに、夢で買われている】

医薬品開発はおじゃんになるリスクが高い。成功までやたら金と時間がかかる。実際には赤字なのに、なぜか「売り上げだけは右上がり」(開発コストが嵩んでいる)。
なんとも奇妙な世界が広がっているではございませんか。
うちはずっと科学記事を 『 過去記事庫 』に集積し続けているのだけれど、日々流れてくるバイオ系の記事たちには、サブタイに
新しい抗がん剤への道が開ける!
嚢胞性線維症の治療につながる!
線虫から延命のヒント!
パーキンソン病克服への新研究!
ゲノム解析から新しいピロリ菌抗菌剤の可能性!・・・
などという、アオリ文句がついているものが多い。
中には「えー、そんなんほど遠いやん!」
てな無理矢理こじつけっぽいものもたくさんあったりする。そんな誇大妄想的アオリ文句つきの記事は

【資金調達のために上場するバイオベンチャー】
バイオベンチャー的には、わりと資金集めはたいへんらしいんですよね。
結果が出るまで軽く10年はかかり、総額10億ドルもつぎこまねばならない、長期&巨額があたりまえなバイオベンチャーの世界では、短期で薄い投資家やファンドからの投資だけではじゅうぶんな資金調達は困難。
いきおい、他の企業と提携したり、株式市場からの資金調達に踏み切ったりすることになる。
バイオ記事にくっついてくる大げさなアオリのサブタイは、部外者である投資家(株主)さんや業務提携先候補さんに向けての、「わかりやすいアピールのための方便」なんでしょう。「ああ、それなら投資してもイイかな」と思わせるような売り文句。もしくはベンチャーのはったり表現習性が研究者にも伝染したとか。
それにしても、そこまで無理矢理「大きな成果!」的なこじつけに持っていかないと「有用性」がわかってもらえない研究なのか、みたいな、哀れをもよおすほどのものもあったりするわけで。
【投資対象としてはどうなのか】
上場バイオテクノロジー企業のETFがあったとしてみよう。
1981年に投資した1ドルは、2003年末にはいくらになったか。
バイテク(高リスク):1ドル→8ドル ・・・8倍に驚いていてはいけない。
アメリカの長期国債(低リスク!):1ドル→12ドル!
ニューヨーク・ダウ平均:1ドル→21ドル!!
バイテク全然負けてるじゃん。

投資家は極端な成功例「第二のアムジェン」を夢見て投資しているのだ。
実際には、投資先の企業が大成功する可能性は極めて小さいのだが。(p.195大意)
夢に投資しているんだね。実利ではなく、夢に。こりゃ「宝くじ」っぽいな。
しかも・・・
現状はまだ駆け出しなのであって、やがてはグングン利益を上げるようになるのだという思い込みがあるらしい。(p.195大意)
おー。 夢ですねー!
相次ぐ大失態にもかかわらず、ダイエット薬における宝の山の捜索は、依然として活発
2008/11 PhysOrg Despite failures, search for obesity drugs still looks golden
肥満防止薬の開発は、3つの大きなつまづきで苦しんだ、
しかし、世界の肥満対策の市場価値は非常に大きい ― 失敗続きでも、まだまだ新薬の探索は妨げられそうにない

【研究が進めば成功率は上がるのか?】
「バイオテクノロジーはこれから伸びる業界だ」という思い込み。
・・・実際はどうか。

●研究が進めば不確実性は減るか?
遺伝子組み換えタンパク質が登場したとき、「医薬品を化学的に合成する時代は終わった!」とおおいに期待されたのだが、結果は、遺伝子組み換えで作る医薬品開発の成果は、旧来の化学合成ものとどっこいどっこい止まり。
モノクローナル抗体が登場したときも、似たような期待爆発的展開になった。
残念ながら、科学が進歩しても、合理的・効率的にどんどん薬を開発できるようになるわけではない。(p.107大意)
※ 遺伝子工学でつくる医薬品は、高分子化合物が多く、
旧来の化学合成の手法でつくるのは、低分子化合物が多い (p.160大意)
●将来性に2つの翳り
バイテクを応用すると、どんどん新薬開発が推進されるだろうか?
・・・バイオテクノロジー企業の研究開発経費が、大幅に増え続けているぞ。
・・・バイオテクノロジーによる新薬開発の、中途脱落率が上昇しているぞ。(p.185大意)
●ややこしいことに、研究が進むほど、参考にできる情報が減るんだ。
基礎に近い段階では、参考にできる論文は世の中にふんだんにあったのだが、実現に向けて先端に近づくにつれ、それら道しるべは激減していく。
ある薬物標的を研究する研究者が参考にできる学術文献の数を見てみよう。
13年前には、よりどりみどりの100点以上もあったんだ。
それがね、その後、薬物標的候補の数が激増した結果、特定の薬物標的候補で参照できる先行研究の数は、平均わずか8件程度!しかないというありさまになってしまったんだ。
(p.111大意:リーマン・ブラザーズによる2001年のレポート)
医薬品開発という大樹の稔りの小枝に近づくほど、その枝は細く、脆く、折れやすくなる。
生物学的なシステムは医薬品開発の速度を上げてくれるかも
2008/11 EurekAlert Systems biology brings hope of speeding up drug development
ほぼ毎日、ガン、伝染病、糖尿病についてのうわべの進展が報じられているのだが、実際に効果的のある療法や薬物の話はめったに流れない
やっとこ臨床試験にこぎつけることができても、実用化まにでは、ゆうに十年はかかるし。
トキシコゲノミクス(毒性ゲノム科学)のトレンドを予測せよ
〜遺伝子工学とバイオテクノロジー
2008/11 EurekAlert Genetic Engineering & Biotechnology News reports on the trend toward predictive toxicogenomics
これにしても、医薬品開発の標準ツールになるにはまだとうぶん時間がかかるだろう

かように、バイテクビジネスの業界は、他の一般産業とはかけ離れた特質をたくさん持っている。そんじょそこらの既存のビジネスモデルのまんまでうまく行く世界じゃない。
では、バイオテクノロジー産業において、医薬品開発において、確実に成功率と収益率を確保するビジネスモデルはどのようなものになるのか。
本書『サイエンス・ビジネスの挑戦』の後半では、大企業とベンチャーの違い、採るべき企業形態、戦略モデルなどについて、大枠での検証が繰り広げられる。ベンチャーの従事者・研究者や、製薬企業に投資する側にとっても、いろいろと参考や検討の種になりうる論考。
そのあたりは、実際に本書を読んで、おのおのビジネスヒントを掴み取っていただくとして。
『サイエンス・ビジネスの挑戦』はアメリカのご本。
ここは、日本に即した事情も別途かじっておきたい。

【日本の上場ベンチャー】
今週放送されていた番組からご紹介。
【テレビ東京「News Fine 1部」 2008/12/15『抗がん剤開発 最前線』より】
●大手製薬会社では新薬不足が深刻になっている。
主力製品の特許が相次いで切れる「2010年問題」が迫っているのだ!
●新薬獲得の近道として、注目を集めているのが「抗がん剤」の分野。
実は、大手企業では「抗がん剤」の開発は二の次になっていたのだ。
●なぜ「抗がん剤」の分野は出遅れていたのか。
「抗がん剤」は、大手企業が開発を手がけるにはうま味が少ないものだったのだ。
「抗がん剤」の使い道は一部の専門病院でのみ、しかも副作用の問題が多く、いわゆる「ニッチな商品」(ニーズや市場が大きくはない)。
大手企業は、コアな「抗がん剤」よりは、慢性疾患のような需要の多い医薬品開発に力を入れてきていた。
そうか、世の中に多い慢性病用の薬のほうが、大手企業にとっては商売としておいしかったのか。
そうだよなー。
どっか、「癌の特効薬を開発すればノーベル賞ものだ!」みたいな妄想が抗がん剤にはつきまとっているけれど(癌を恐がる人にとっては最大の死活問題だしね)、一口に癌と言っても多様な種類と病態があるし、一個「抗がん剤」を開発すればすべてが解決するなんて世界では到底ない。現場では、いろんな薬・手法を組み合わせて、試行錯誤を重ねまくっている。
【テレビ東京「News Fine 1部」 2008/12/15『抗がん剤開発 最前線』より】
●最近は分子標的薬という新種が出てきて、売り上げが大型化する新薬が増えてきている。
医薬品の売り上げ上位は慢性疾患薬なのだ!(07年度売上高)
1 リピトール 高脂血症 1兆2675億円
2 プラビックス 抗血小板 7700億円
3 アドエア ぜんそく 7220億円
4 エンブレル 抗リウマチ 5274億円
5 ネクシウム 抗潰瘍 5200億円
・・・・・
10 リツキサン 抗がん剤 4600億円
ところが、抗がん剤「リツキサン」がトップ10に入ったおかげで、大手の目の色が変わった。
「抗がん剤でもけっこう儲かるじゃないか!」
●これまで「抗がん剤」に力を注いできていたのは、小規模なバイオベンチャーたちだった。
大手に比べて、バイオベンチャーは、市場が小さな分野でも採算が取れやすいのだ。
「2010年問題」に焦った大手製薬会社は、抗がん剤狙いでバイオベンチャーの買収に力を入れはじめた。
手っ取り早く、彼らの技術を買いとるのだ!
「抗がん剤」で目下注目の上場企業も紹介されていました。
【テレビ東京「News Fine 1部」 2008/12/15『抗がん剤開発 最前線』より】
●注目される抗がん剤のタイプ2種類:
・分子標的薬
がん細胞特有の分子を標的にする 副作用は少ない 効果がマイルド
・従来型改良薬
従来の抗がん剤を使いやすく加工(ナノカプセルに封入するなど)
●開発企業は:
オンコセラピー・サイエンス[4564] 分子標的薬系
売上高22.9億円(+16.2%)最終損益ー14.7
癌治療薬、癌治療法の研究開発を目的とする大学発ベンチャー
新生血管阻害剤:フェーズ1完了 来年1月末には2と3を同時に行う最終段階へ進む 承認されるにはあと3〜4年かかる
2008-12-17 記者発表、オンコセラピー・サイエンス株式会社、新生血管阻害剤OTS102 第II/III相臨床試験開始のお知らせ
ほか、膵臓癌治療薬と大腸癌治療薬が、前臨床試験にまでこぎつけている。
カルナバイオサイエンス[4572] 分子標的薬系
売上高7.1億円 最終損益ー5.9億円
キナーゼ阻害薬開発が、国立癌センターとの共同研究でちょい進展
多数のキナーゼ阻害薬が臨床試験に入っている
ナノキャリア[4571] 従来型改良薬系
(今年の3月に上場した)
売上高3.8億円(+44.6%)最終損益ー6.4%
胃ガン用のパクリタキセツミセルが、臨床試験フェーズ2
膵臓ガン用のナノプラチンがフェーズ1、年内に次段階へ進む見込み
・・・この番組(15日放送)のせいか、翌日3社ともストップ高つけてます。

新興市場では、カルナバイオ(4572・NEO)、ナノキャリア(4571・東マ)、オンコセラピー(4564・東マ)などがS高。
えーと、投資は自己判断・自己責任でお願いいたします。
フェーズ3であえなく重篤な副作用が発覚しておじゃんになったという事例も、この業界ではあることなので。
他者の期待を期待して株買いの尻馬に乗るのも選択肢としてはアリですが。
「フェーズ」については、冒頭に紹介した 新薬開発の流れ をご参照下さい。
【追記】
2008/12 【日本語記事】朝日新聞 新タイプ抗がん剤で副作用死? 厚労省が注意喚起を指示
新しいタイプの抗がん剤「分子標的薬」の一つ「ソラフェニブトシル酸塩」(販売名ネクサバール錠)
日本では今年4月に発売
急性肺障害は承認前には見つかっていなかった副作用と考えられる
薬の添付文書に「重大な副作用」として追記

・・・本書『サイエンス・ビジネスの挑戦』では、著者は「大成功例に釣られて夢見る人々が、過剰な投資をしているのだ」と解釈していたけれど、ちょっとなんだかな、という部分はある。
リアルに癌にむしばまれて、親戚なり知人なり自分の命なりが脅かされている場合、可能性は少なくても巨額の投資を惜しまない、そんなケースはけっこうあるんじゃないだろうか。
成功率を過大評価して投資するのではなく、成功しないからこそ、無理をしてでもわずかなチャンスに過剰に投資をするという、そういう人々がいるんじゃないだろうか。


日本の状況に関しては、こんな本もあったのでご参照を。
また全然違う切り口で、いろいろ勉強になった一冊でした。
『バイオテクノロジーの経済学
「越境するバイオ」のための制度と戦略』
小田切宏之著
東洋経済新報社 (2006/07)

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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