

『アメリカの毒を食らう人たち
自閉症、先天異常、乳癌がなぜ急増しているのか』
ロレッタ・シュワルツ=ノーベル著
東出顕子訳
東洋経済新報社(2008/04)
原書:POIZONED NATION(2007)
えええええー。
こんな本がフツーに出版されているようじゃ、
「製薬企業の陰謀だ」
「自閉症はワクチンのせいだ」
「水銀をキレートしなければ」
「健康被害の損害賠償請求を」
と躍起になる人がまだまだ多いってものしかたないのかというか、むべなるかな。
↓先月の報告。
(・・・日本でのはしかの流行は、これとは別の機序:免疫が強化されない状況になっている:で説明されているよね。そう考えると、逆に海外では、はしかの流行をワクチン嫌いのせいにしすぎている部分はないか?)
「おお、あれはワクチンのせいですよ」
調査によって明らかになる、自閉症がらみの誤解や混乱のかずかず
アメリカ人の4人に1人が、ワクチンは危険なのでいっさい子どもにはワクチンを受けさせないほうがいいと考えている!
2008/10 EurekAlert Survey confirms parents' fears, confusion over autism
ワクチンが自閉症に関係するという確たる証拠はない。
にもかかわらず、少なからない親たちがワクチンを危ながって、子どもに予防接種を受けさせずにいる。
自閉症の原因はまだ定かではない上、症例が増加しているという報道と不安から、人々は自分なりにそれっぽい原因説に飛びついていく。
しかし、そのせいで、やたら伝染病の「はしか」が流行してしまっているぞ。
イギリス、スイス、イスラエル、イタリアでも「はしか」の感染者がかなりの数に。2008/10 【日本語ブログ】「アメリカ人の24%はワクチンが自閉症の原因になると信じている」 :前向きな児童精神科医のBlog
そして、その「信じている」実例がこの本だ。
p.303 訳者あとがき
本書は義憤に満ちた本であり、危機感に満ちた本である。だから、読者の中には、客観性に欠けている、取材が偏っている、感情的すぎる、そう思われる方もあるかもしれない。けれども、大切なのは、[著者の]ノーベル自身も繰り返し強調していることだが、「疑わしきは罰せず」(毒性や病気との因果関係が科学的に立証できないうちは使う)ではなく、こと命や健康に関しては「疑わしきは罰す」(少しでも有害だという疑いがあるうちは使わない)が当然であり、それをしてこなかったばかりに、今の惨状に至ったということではないだろうか。
問題なのは、_この本の内容には問題が多い_とわかっていながら、敢えてこの出版社が立派な装丁で日本版を出したことではないか。
... 以下つづき...

この本にこの装丁・・・もったいない、というか、場違い・不似合いに思えてしょうがない。
もっとジャーナリスティックな装丁で、ペーパーバックの軽装版で出すほうがお似合いではないか。
例えばこれこれ↓、こういう、うさんくささと熱情バリバリのノリでさ。


p.303 訳者あとがき
大切なのは、[著者の]ノーベル自身も繰り返し強調していることだが、「疑わしきは罰せず」(毒性や病気との因果関係が科学的に立証できないうちは使う)ではなく、こと命や健康に関しては「疑わしきは罰す」(少しでも有害だという疑いがあるうちは使わない)が当然であり、それをしてこなかったばかりに、今の惨状に至ったということではないだろうか。
で、結局疑って努力して調べた結果、こんな本を出すような結果になってしまうという
な結末になってしまっているんだが。
こんなレポートが出ている。スタンフォード大の研究者によるアメリカの状況チェックだ。
2007/01 EurekAlert Media coverage of autism differs dramatically
自閉症のメディア報道は、劇的にズレている
メディアでは自閉症の環境要因ばかりを弄びがちだが、研究現場では脳と行動に焦点が当たっているのであり、えらいギャップがある
自閉症に関する研究:4割が「脳と行動」の問題を扱い、「環境要因」を調べた科学論文は1割強しかない。
逆に、新聞記事(アメリカ、イギリス、カナダ)では自閉症に関する報道のうち「脳と行動」研究を扱ったものわずか1割だけであって、半数近くは「環境要因」(小児期MMRワクチンや耳下腺炎など、これまで再三各研究で関係を否定されてきた原因説たち)を主題にしている。
メディアと研究とでの力点が全然違うではないか。
つまり、アメリカの市井の人々的には、自閉症の原因話といえばまず環境要因が念頭に浮かぶのであって、遺伝要因や脳気質がどうのという件については二の次三の次の影のうすーい話になるらしい。
そして、当該書『アメリカの毒を食らう人たち』 は、表題どおりワクチンや環境汚染など、化学物質原因論。
それも、はなから当然のようになんでもかでも、化学物質原因論。
2006年に死んだ著者の姉さんも、化学物質が原因で癌になったということになっている。
この本を読んでいて想起したのが、こちらの心理学なんだが。
不安にかられると、少々おかしな論理であっても、自分的に納得がいく方向にさまざまな情報を曲げて解釈してしまう(そして自分の心の危機を回避する)という現象。で、いったん自分の中で「納得」できる落としどころができてしまうと、その後はすべての事柄がその方向に即して解釈されてしまうし、自分の納得が否定されることはすなわち自分の心の安定を壊されることになるので(不安の再燃)、よけいに信念にしがみつくようになってしまう・・・「自分は宇宙人にさらわれたのです」。
科学的に否定されても、証拠を突きつけられても、それは「科学側の陰謀だ!」で馬耳東風。
で、「自閉症=ワクチンが原因だ説」にしても、再三「因果関係が確認できません」研究論文や調査結果が出されていても、信者的にはのきなみ「科学者は製薬会社とつるんでいる/政府も製薬会社とつるんでいる/汚い金儲けの陰謀だ」で全部却下しちゃうんだもんな。
信者側に研究者なみの調査能力があればいいのだけれど、でも、研究者なみの調査能力があったらあったで「金儲けにつるんでいる側だ」としてこれまた敵側に回されちゃったりするのかもしれない。

以下、手元のワクチン-自閉症関連の記事を並べておきます。
2008/09 EurekAlert Study firmly shows no connection between measles, mumps, rubella (MMR) vaccine and autism
はしか、耳下腺炎、風疹(MMR)ワクチンと、自閉症の間には、なんら確実な関係性は見いだせない
酷評される自閉症研究
児童にキレート試薬(ワクチンの毒抜き)を使用する計画が、非難のまとに
2008/07 news@nature.com Autism study panned by critics
Plan to use chelating agents on children comes under fire.
2008/03 news@nature.com Officials downplay vaccine's link with autism
当局は、自閉症とのワクチンのリンクを重視しない
ワクチンも水銀も関係ないとしたら?
2008/03 New York Times Into the Fray Over the Cause of Autism
2008/01 EurekAlert Babies excrete vaccine-mercury quicker than originally thought
赤ちゃんは想定より速くワクチンの水銀を排泄する
2008/01 MSNBC Autism cases still on rise after vaccine change
自閉症、ワクチンやめても増加中
2007/06 New Scientist US vaccines on trial over link to autism
2007/05 EurekAlert Study finds no link between autism and thimerosal in vaccines
自閉症とチメロサールワクチン 全くつながりない
2007/05 EurekAlert Exposure to mercury preservatives before birth is no higher in children with autism
出産前の水銀防腐剤への暴露、自閉症率に差なし
2006/10 EurekAlert New MUHC study adds more evidence to clear measles mumps rubella vaccine as a risk factor for autism
自閉症の危険因子か否か 三種混合ワクチン
予防接種と自閉症、関係ないんじゃん
2006/07 BBC News Jabs link to autism 'dispelled'
以上、手元の記事より。
当該書『アメリカの毒を食らう人たち』は原書が2007年なので、2006年〜2008年ぶんだけ。
もっとご覧になりたければ、うちの書庫の奥に陳列してあります。
これら記事は、ワクチン原因説を否定しているものだけを拾ってきたのではなく、自分の巡回範囲内で拾った自閉症関連の記事のうち、表題がワクチンにからんでいるものをすべて並べただけのものです。ワクチンが原因であると示唆する記事は、ざっと見た限り見あたらなかったと思う。いずれもほぼ「関係否定」もんばっか。
なお、先に紹介した「スタンフォード大の研究者によるアメリカの状況チェック」では、自閉症に関するメディア報道は、環境要因についてを取り上げやすいが、ワクチンが原因だと報道しまくっているわけではないとしている。報道機関は適宜、ワクチンとの関連性は認められない、と報道している、けど、あいかわらず読み手には『アメリカの毒を食らう人たち』の著者のように「ワクチンだろ!」と思っている人々が4人に1人いる。ということなのか。

アメリカでは大規模に自閉症の調査が行われている。
全米22000人ぶん
2008/03 EurekAlert First national autism registry shows notable impact on autism research in opening year
初の全国規模自閉症登記簿は、自閉症研究に対する顕著な衝撃を示す
研究の努力と経費を、ワクチンについて再三調べ直すことに費やすよりは、新たな打開策への協力と希望を膨らませるほうがいいとは思うんだが。
ちょっと
石塚伸一『刑事裁判における被害者の役割 裁判員、被害者参加そして死刑』
大意:
90年代以降、安全安心が商品化され、保険でリスクを補填(ほてん)するような社会に変化した。福祉が後退し、弱者・貧者は「自己責任」呼ばわりで放置される。救われる者が小なくなった社会で最も効き目のある救済要求は、犯罪の被害者になること。
つまり、遺伝要因や脳気質に原因を求めるより、現実社会に「犯人」(それも損害賠償をたくさん請求できる相手)がいてくれるほうが、具体的に助かりやすい。そういう経済的・心理的な力学も、深く作用しているように思えてくる。
神の思し召しで自分にこのような災禍が下されたのではなく、誰か悪い人のせいであってくれるほうが、望ましいのだと。
(一神教の国では犯人が見つからない災厄は「神が自分に試練もしくは罰を与えた」という解釈になりやすい/でもって、この本の末尾で著者は「悪事を防ぐためにはまず宗教に頼ろう」という方向に唱導しているのだ
)
【追記】その後の記事 追記:
ワクチン無知な大人達 〜アメリカ
2008/11 EurekAlert Medical societies: Adults need vaccines
多くの大人は、ワクチンで病気を防ぐとどんな目に遭うことを回避できるのか理解できていない
効果を最大に保持するためのブースター投与の必要性や、より新しいワクチンの入手可能性もご存じないようだし
2009/01 EurekAlert Vaccines and autism: Many hypotheses, but no correlation
ワクチンと自閉症:仮説は多いが、何の関係も見つからないわけで
2009/02 PhysOrg Officials say 'bad science' links vaccines, autism
ワクチンと自閉症を結びつける『悪い科学』
2009/02 New Scientist MMR vaccine not linked to autism, says US court
MMRワクチンは自閉症に関係がない、米国法廷判決

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