[ EP: 科学に佇む心と身体 ]

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プルーストとイカ:読書と脳を研究する英語教育母さん

カテゴリ[科学に佇む2008年] 2008/11/04
◆左表紙

 『プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?』
 メアリアン・ウルフ著
 インターシフト (2008/10)
 [ Amazon ] [bk1]

 原書:2007, "PROUST AND THE SQUlD" by Maryanne Wolf


 本書は脳科学や進化の知見を下敷きに、文字文化の歴史や子供の読字能力の発達、そしてディスレクシア(読字障害)などなど、ヒトと文字の関係を、著者なりに大胆にやさしく述べあげた一冊。

!■あ、今夜再放送です ←わはは、ちゃうやん、来週やん orz
!■NHKスペシャル 病の起源 第4集「読字障害 文字が生んだ病」
!■2008年11月11日(火)翌日午前0:55〜翌日午前1:45(50分)
!■ http://www.nhk.or.jp/special/

 脳と、読み能力の研究。
 この方面に明るくない人には、かなーり楽しく読める一冊だと思います。ええっ、脳と「読み能力」の関係ってこんなだったのか! ええっ、あの子が読書嫌いなのはもしかしてこのせいだったのか! ええっ、グーグルを使いすぎると脳がバカになるの!? んな感じになるのかナー。 各方面で好意的な評が流れているみたいだしね。

... 以下つづき...

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この箇所へのリンク【英語教育の旗持ち】


 著者は、長いこと、アメリカの英語教育や子供の言語学習にたずさわってきた専門家さん。
 人種と文化のるつぼの国(スペイン語やポルトガル語やドイツ語や中国語の家庭で育った人がたくさんいる)で、いかにすぐれた英語教育のノウハウを築き上げるか。多種多様なハンデを持つ子を、的確にサポートして伸ばしていくにはどうすれば良いか。中でも文章を読む能力が伸びない子には、どのような症状と原因があるのか。いろいろ研究を進めていなさいます。

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この箇所へのリンク【脳に合わない言語】


その1●本書が脳と言語の関係に関して言いたがっていることを、うちなりに譬(たと)えにしてみよう。

 昔々、ヒトははだしで世界を歩いていた。
 ある日、沢歩き用に草鞋(わらじ)が使われるようになった。ある日、泥濘(ぬかるみ)歩き用に下駄(げた)が発明された。ある日、長靴が発明された、ある日スニーカーが発明された・・・
 ヒトの歩き方は靴用に調整され、道もいろんなカカトで歩きやすいようにと、どんどん世界が靴用に変わっていく。でも、ヒトは基本的に、靴が無くてもはだしでフツーに生きていける。はだしでいると、レストランに嫌がられるとか、他人の家に上げてもらえないとか、そんな社会的な不利くらいだ。はだしで暮らしていたって、べつにその人はバカなわけじゃない。

 みんな靴を履いているけれど、中には靴を履けない人もいる。なぜなら、靴屋さんに置いてある靴のサイズの種類がめちゃめちゃ少ないからなんだ。
 世の中には21cmの足や30cmの足、甲高な足もあれば幅広の足もある。だのに、靴屋さんに置いてあるのはEE幅25cmの日本語というパンプスと、EEEE幅27cmの英語ローファーしかなかったりする。無理して履くと、えらいしんどいことになる。合わない靴なら、裸足でいたほうがラクなこともある。

 ディスレクシアってのは、そんなもんなんだ。

その2●本書が脳と言語の関係に関して言いたがっていることを、うちなりに絵にしてみよう。



 脳の中の凸凹に、するするっと、うまいことはまりこむ情報処理の様式が、言語なんだ。
 ヒトが生まれると、その脳に言語が飛び込んでくる。脳の中のいろんな機能にうまいこと身をくねらせてすべりこみ、言語が居心地良いように脳改造もして、住みつくんだ。
 ただし、この言語というヤツは、サイズの種類がたいへん乏しい。言語がすべりこむ隙間が小さすぎたり、隙間の空き方向が違っていて言語があらぬ方向から顔を出したりすると、ややこしいことになる。
 平均的な脳には、うまいこと住みついてくれるけれど、世の中平均的な脳ばかりじゃない。
 人間というものは、体つきからしてマッチョからノッポから小柄な繊細さんからアンガールズまで、いろんな種類がありながらも普通に生きていけるのがヒト世界。それと同じように、脳にもマッチョからノッポから小柄な繊細さんから羞恥心まで、いろんなタイプがあるわけで、ねえ、標準語一個で全員のぶん間に合わせようったって、そうはサイズがおろさない。

 言語は万人向けのスーパーツールじゃないんだ。まだまだ歴史浅いし。

 言語は、万人向けではない。お客(宿主)を選り好みするような、失礼かつ未熟なツールなんだ。

 著者は、多くの人はどっかこっか言語に合わない脳を持っているのだという話をする。そして、文章読みが下手でも、ほかの才能を発揮して成功している人々はたくさんいるよと紹介する。

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この箇所へのリンク【読む脳の科学】


■白眉は第7章「ディスレクシアのジグゾーパズル」

 最新の脳研究の知見がいろいろ紹介されています。
 ディスレクシアでは脳がどう違うのか。
 どんなふうに、脳内で情報が伝わっていくのか。
 脳スキャンでは脳内活動がどう見えてくるのか。
 もう親御さんは脳科学の知見に幻惑されまくりでしょう。

 それっぽい記事を手元の書庫から拾うとこんな感じ。本書には登場しない知見をいろいろどうぞ。

 進化的由来系:
2008/04 EurekAlert Decoding the dictionary: Study suggests lexicon evolved to fit in the brain
脳に沿って進化する語彙

2008/02 【日本語記事】Science 急速な言語進化の大爆発 Rapid Bursts of Language Evolution
 新しい言語は、急速な単語変化が爆発的に起こる中で進化する

文法の進化の跡:言語の規則は、phylogeneticallyな2つの異なる脳領野で処理される
2006/02 EurekAlert Brain researchers discover the evolutionary traces of grammar

 脳機能系:
2006/12 EurekAlert New dyslexia theory blames 'noise'
ディスレクシアと『ノイズ』
 不必要なデータのふるい落とし不足が、障害の基礎原因かも

言語の学習がすばやい人は、違った脳を持っている
 聴覚野に白質が豊富で左右非対称
2006/04 BBC News Linguists 'have different brains'
2006/04 New Scientist Fast language learners boast more white matter

ディスレクシアの児童がつづりの訓練に反応するようすを、脳スキャンで見てみました
2006/02 EurekAlert Brain images show individual dyslexic children respond to spelling treatment

バイリンガルになると脳の灰白質が変化する
2004/10 Nature 431, 757 Neurolinguistics: Structural plasticity in the bilingual brain

2004/04 EurekAlert Imaging study reveals brain function of poor readers can improve
脳スキャンで見る、読みの下手な脳の機能改善

 知覚の連携系:
ディスレクシアは知覚のカテゴリー障害なのかも
2005/06 EurekAlert Dyslexia redefined

ディスレクシアに見られる視覚障害
2005/05 EurekAlert Study spells out new evidence for roots of dyslexia

単なる筆記語の「解読」問題なのではなく、脳が視覚と音を一緒に処理する機能の不具合から、ディスレクシアは生じているのかも
2003/11 EurekAlert Dyslexia may involve both vision and hearing

文章を読むときに、実は左右の目は分業しています
 4割強のタイミングで、それぞれ別の文字をとらえているし
2007/09 BBC News Hidden method of reading revealed

2007/09 BBC News Having right timing 'connections' in brain is key to overcoming dyslexia
脳の正しい『関係』タイミングをのがさないことが、ディスレクシアを克服するカギ

 言語が脳を変えていく系:
2008/03 news@nature.com Perception coloured by language
言語によって色づけられる知覚
 赤ちゃん時代には、干渉なしで脳の言語センターから色を見る
 赤ちゃんと大人とでは、色を処理する脳の部分が違います:その変化は言語によって影響される

子供と大人、言語処理のプロセスが違います
2002/05 EurekAlert! What a difference a decade makes

 情報処理に要する時間について:
ディスレクシアが経験する運転上の困難
 道路標識を認識するのに時間がかかる
2005/02 BBC News Dyslexic drivers slower to react
2005/02 New Scientist Dyslexia slows drivers' reactions

 第7章で言及のあったミエリンについては、先日こんなレポートも
脳のミエリンのゆっくりした劣化によって引き起こされる肉体の衰え
2008/10 PhysOrg  Physical decline caused by slow decay of brain's myelin
神経科学:老化した脳でのミエリン修復
2008/09 Nature Neuroscience: An ageing view of myelin repair doi:10.1038/455478a

 そして、それら脳科学の知見がわかったとしても、この本には対処法が記されてはいないんですね。
 こんなにいろいろわかっているのに、「どうすればいいのか」は書かれていない。

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この箇所へのリンク【どうすればいいの】


■「ディスレクシア/読字障害」の具体的な克服策は記されていない。

 著者は、ディスレクシアの子の読字訓練や研究に実際にたずさわっている専門家なわけで、もちろん訓練方法を知らないわけではない。それが、これだけディスレクシアについて紙数を割いておきながら、「ではどうすれば伸びるのか」については記していない。

 たぶん、このへんが関係しているんだと思う。
 → 2006/11 ブレインダメーぢ:失語症の世界
   ┗ 言語障害の人に対して、自己流で訓練をしてはいけません!

 「ディスレクシア/読字障害」の原因や症状には実にさまざまなものがある。そのさまざまな「文章読みの下手な人」を、無理矢理ひっくるめて名前を付けたものが、ディスレクシアだ。原因や症状によって、訓練の仕方も注意の仕方も伸ばすべき才能も、適不適が大きく違ってくる。中途半端な読みかじり聞きかじりで、親御さんが下手に我流でお子さんに訓練をほどこしてしまうと、まずーく逆効果になってしまう恐れがある。
 それゆえに、著者は敢えて記さなかったのかもしれない。

 ・・・もしくは、この著者はすでに各所で訓練の話は書き飽きているのかもしれない?

2008/08 EurekAlert Pre-school age exercises can prevent dyslexia
 幼児は就学前に練習をしておけば、ディスレクシア/読字障害を防ぐことができる

2008/08 EurekAlert Remedial instruction rewires dyslexic brains, provides lasting results, study shows
治療上の指示は、ディスレクシアの脳を配線替えし、その効果は長続きする

2007/10 EurekAlert  Sound training rewires dyslexic children's brains for reading
音訓練は、読書障害の子供の脳を読み用に再編してくれる

国語の読みが苦手な男の子は、女の先生に教えてもらうと良く伸びる
2007/08 EurekAlert Struggling male readers respond better to female teachers
boys develop higher positive self-perceptions as readers when they worked with female research assistants

就学前児童の読字障害を特定するスクリーニング
2007/01 BBC News Early warning test for dyslexia

2005/03 ScienCentral Old Brain, New Tricks
失読症の大人の読みスキルを改善する治療は、古い脳に新しいトリックを教えることによって、読字障害の脳の情報処理経路を変えました

2004/05 Science News, Vol. 165, No. 19, p. 291. Words in the Brain: Reading program spurs neural rewrite in kids
読み訓練プログラムは、子供の神経の書き換えを刺激する

三週間訓練してみましょう
2003/07 EurekAlert  Short-term dyslexia treatment strengthens key brain regions

ディスレクシアのお子さん、色付き眼鏡だけでぐっと良くなるかも
2003/07 BBC News Dyslexics turn to coloured specs

 → 『LD、読字障害、学習障害特集』
 → 『言語研究特集』


 ではもう一度。
 この本には、読字能力に障害が起きる機序や、読字能力に障害のある大人や子供の話がたくさん出てくるのだが、治療方法については記されていません。
 だ か ら、
 この本は、ディスレクシア(読字障害)について知らない人に対して、ディスレクシア(読字障害)ってこんななんだよ、この子は読字能力のサイズがちょっと違うだけで、それ以外はフツーだしじゅうぶん頑張っていけるんだよと、科学っぽい威光暗示効果も含め、子供への偏見をなくしてもらうツールとして、使うべきかと思われます。

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この箇所へのリンク【育成環境と読字、語彙】


 著者が本書の中で強めに指摘するのは、子どもが育つ環境が、言語能力の伸びを大きく左右するぞという点。
 言語が乏しい環境で育つと言語能力しょぼしょぼの大人になるぞ、とか、家に本が少ないと子供の言葉のキャパ(ボキャブラリ)が貧弱になるぞ、とか、絵本の読み聞かせをしてやれ、とか。
 これは、英語教育の推進側として、学校教育だけではいかんともしがたい家庭の部分に対して「ちゃんとせえや」と唱導する目的なんだろうけど、・・・まあそのへんは別のページに書くとして、とりあえずここではふたつほど指摘しておきたい。

ひとつめ:言語に関しては本を与えりゃいいってもんだけじゃない、「父さんが大事」という点もある。
 父さん、しゃべってまっか?
 → 『 いいパパ悪いパパ:父さんと育児 』 子供の言葉を司るのは父さん

 ・・・ん? 本書の著者は母親業をシングルでやってきたんだろうか? 父さんについては言及がなかったんだが。・・・もしかしてその関係で、男の育児について述べることは避けている?

ふたつめ:ストレスも、子供の言語能力に大きく響く。
幼いときに受けたことばの虐待、言語能力を弱らせるかもしれない
2006/10 New Scientist Early verbal abuse may reduce language ability

 「なんでこんなこともできないの!?」「どうして読み方を覚えられないんだ!!」そういう再三の無理なしかりつけが、そもそも子供の「読み能力」をダメにしている・・・というか、ディスレクシアへの悪循環を作っている可能性も、あるんですよー。

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 ほかにもいろいろ本書については、あったんですが、長すぎてもアレなので別のページに分け書きしました。
 → 『 プルーストとイカについての裏感想 』
 おひまならどうぞ。

 とりあえず、言語と脳の関係について、入門してみたい人にはオススメの一冊です。

〓ガラス棒〓

 おまけ:本年1月に収録された著者インタビューの音声が公開されています。英語のお勉強にどうぞ。wink

【podcast 音声】科学なポッドキャスト
【英語】Brain Science Podcast #29: Interview with Dr. Maryanne Wolf 【MP3ファイル】
2008/01  Brain Science Podcast Archive メアリアン・ウルフ インタビュー






メタル


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