[ EP: 科学に佇む心と身体 ]

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これは楽しい日本猟奇史 江戸時代篇1

カテゴリ[科学に佇む2008年] 2008/11/03
 これは素朴に良い本でございます。naha

◆日本猟奇史 江戸時代篇1

 『日本猟奇史 江戸時代篇1』 富岡 直方著 国書刊行会 (2008/04)
>超科学的現象、自然の奇異、狐狸譚、エロ・グロ、幽霊話などの不思議・奇怪な話を年代順に収載

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 中身は全然「猟奇」(異様な血みどろ殺し話のたぐい)じゃありません。
 さまざまな昔々の文献の中から、江戸時代初期の怪異譚を拾い集めたアンソロジー。
 「猟奇」殺人事件オンパレードになっている→ 『戦前の少年犯罪』 みたいなしろものを期待されるとおもきし裏切られます。
 収録話数は117本! どれも数行〜数ページの、ありていもなくシンプルな、古くて面白きエピソードたち。
 なにより、そのシンプルさが想像の余地ありありまくりの余韻豊富で、「書かない深さ」が読んでいてたいへんここちよいのです。

 今のこの世に流通している物語は、何重もの作為が込められすぎている(作為が見え透く)ものばかり。それに比べて、『日本猟奇史 江戸時代篇1』が披露してくれる記述の素朴さは、幼少時に親しんだ絵本や昔話の「語りっぱなし」的物語りに似て、がしっと抱きしめたくなるような嬉しさがあります。

 収録されているエピソードの全タイトルをご覧になりたい方はこちらへ。
 → 『日本猟奇史 江戸時代篇1 収録題目一覧』
 いい味出してます。goo

 そして、出版元の国書刊行会の心意気もたいへん嬉しい。

... 以下つづき...

〓〓〓 EP 〓〓〓

 元本は昭和の初期に編まれたものです(昭和7年・啓松堂刊)。それを、現代の仮名遣い、漢字に直し、ルビを振り、今の地名を付記し、適度な大きさの活字でゆったりと編み上げた。
 貴重な昭和初期本を、そのまま現代の読字能力ですんなり読めるようにして下さったのです。

◆塗仏の宴(ぬりぼとけのうたげ)
※ 雨崎んちには昭和初期に出版された文学全集があったりしたんですが、旧漢字の活版印刷で、すんげー読みづらかったの!

この箇所へのリンク【封(ほう)】


 内容も素晴らしい。
 なにせ、巻頭のエピソードがいきなりアノ「白沢図/白澤図(はくたくず)」の「封(ほう)」ですよ! 京極夏彦の●本 『塗仏の宴(ぬりぼとけのうたげ)』 でネタになっていたアレですよ、あの謎の肉塊の記述! 「ぬっぺらぼう/ぬっぺっぽう」の源であろうと言われるアレ!

 それがふつーに現代語で読めるんだ。嬉しいじゃありませんか。

◇1◇ 駿府の城に現われた怪奇な不老仙薬

 徳川家康が駿府/すんぷ/〔静岡市〕の城にいたときのこと、その庭に世にも不思議なものがあらわれて、人々を騒がせた。
 それは、旧記によると、慶長十四年〔一六〇九〕四月四日のことであったという。
 その朝のこと、城内の庭に、形は小児のようで、 −− 肉人ともいうのか −− 手はありながら指はなく、その指のない手で、上のほうをさして立っている奇怪なものがあった。
 それを眺めた人が、妖怪変化でもあろうかと思い、人々を呼び立てて捕らえようとしたが、なかなか捕らえることができないで、ただ騒ぎばかり大きくなっていった。
 そのうち騒ぎが家康の耳にも入るようになったので、近侍の者が、庭に不思議な怪物が現われたことを告げて、
 「いかが取り計らいましょうか」
と一応伺いを立てたところ、家康は、
 「そのようなものは、人の見ぬところへ追い出してやれ」
と命じたので、やがて捕らえようとすることはやめて、城から遠い小山の方へ追いやってしまったということであった。
 その話をある人が聞いて、
 「それは惜しいことをした。それは白沢図に出ている、封/ほう/というもので、尊い仙薬とされているものであったのに、近侍たちが物を知らぬため、その仙薬を君に奉らずにしまった」
といって、残念がったということである。
 ちなみに「封/ほう/とは形のことなり。封/ほう/は、ツトヘビ、ソウタの類ならん。封/ほう/は、〓の形なり」と記している。
 そして、この封を食べれば、力が増し、武勇もすぐれるようになる。つまり、一種の若返り薬、不老長寿の仙薬とされているものであったらしい。 −− (一宵話)


 このエピソードの原典は、江戸時代の『一宵話』。それを昭和初期に当該書『日本猟奇史』をお編みになられた富岡直方氏が現代語に翻刻してくださり、さらに国書刊行会が、現在の文字表記に整形した。

※ 関連サイト
 リンク 「あやしい古典文学 No.325 肉人」 :別の現代語訳
 リンク 「お江戸今昔堂: 4月4日駿府城内に奇怪な「肉人」が現れる」 :江戸時代当時のままの言い回しを収録、同日の奇譚に関する異説も紹介

EP 〓〓〓

 さまざまな古文書から集められた各種の収録エピソードは、ゆるやかに年代順に並べられています。
 ああ、江戸時代初期には飼い猫はフツーだったんだなー(人語をかたる淀清養院の猫の奇異/紀州熊野にいた猪ほどある稀代の大猫)、とか、サルの母子についての記述が、どう見ても「異民族の奴隷」にしか見えないんだがこれはなんだ!?(死んだ子を抱いて母猿の親子心中)とか、時代を勘案すると面白い話もいろいろ出てきます。

●右画
この箇所へのリンク【エンゼルヘアー】


 眺めていると、いくつか似た類型の話が収録されていることに目が行きます。
 例えば、天から毛が降ってくる怪異。
  ・(30)晴天の太陽は真紅になり綿糸が降る:1702年9月 地域不詳
  ・(88)小雨にまじって江戸中の街々に毛が降る:1793年7月 江戸
 空から糸が降ってくる。
 これらは、今で言ういわゆる「エンゼルヘアー」であると思われ。
 リンク 「空から髪の毛が降ってくる怪現象の謎を追え! 」 :日本テレビ『特命リサーチ』
 火山の大噴火で、粘性の強い溶岩が空中高くふっとばされる際に、ビローンとたくさんの糸状の尾を引いて飛んでいく、それが空中でちぎれてまんま固まって、はるばる遠くから風で飛ばされてきたりするんだ。

  ・(61)江戸の街々に細かい砂が雨の如く降る:1769年5月
 これは火山灰かな。

  ・(62)江戸の夜空を紅く彩った怪しい赤気:1770年7月
 三原山の噴火で江ノ島沖が真っ赤に染まったこともあるんで、これらは伊豆諸島で起きた噴火が江戸に至った怪異だとみて無問題なんじゃないかな。年代も明記されているので、どの噴火のことかは突き合わせしやすい、というかすでに突き合わせはどこかでなされているんでしょう。

 こちらは京都の例。
  ・(76)土が降ったりした天明三年空の奇異:1783年8月 京都
 京都に灰を降らせる火山って、どこのだったんだろう。

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●右画
この箇所へのリンク【天狗の神隠し】


「(36)天狗に雇われていったという少年の話」1711-1715年
「(103)ときおり消えてなくなる天狗六兵衛の怪行」1700年代後半

 これの類話として有名なものに、平田篤胤の『仙境異聞』(1820年の話を記載)があります。
 リンク 『仙境異聞』 ←現代語で『仙境異聞』の内容をすべて収録して下さっています
 当時は異界もしくは異界譚を処理する鍵として、天狗が立派に機能していたわけですね。

参照 ●本 『江戸の無意識 都市空間の民俗学』 櫻井進著 講談社現代新書 講談社 1991年

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●右画
この箇所へのリンク【江戸時代の性転換】


 「おなご」が突然「おのこ」になった話もいくつかございます。

  ・(89)十六、七歳のころから男に変わった二人の女:1770年代と1794年
  ・(93)二十二の女盛りで急に男になった奇話:1798年

 古来、男児は女子より夭逝(ようせい:幼いときに死亡すること)しやすく、男の子は無事に育ちますようにと元服するまで女の子の姿で育てられることはままあったという、けれど、それとはまた違うらしい。
 ある日突然、発熱などを契機に女性器がふさがり男根が生えたという。
 怪異譚として紹介されているからには、こんなことは「ありえない」と認識されていたわけで。
 特にこの年代に、この話が集中しているのだとすると、なにか「男子として育てると不利になる」社会状況があったりしたんだろうか。子に男子が多いと咎められたとか、家督相続に不利が生じるとか、年貢の割り当てが違ってくるとか・・・?
 そのような条件がなかったのだとしたら、なぜ18世紀末にこの話が固まっているんだろう。下巻の江戸時代後期にはもっとたくさんこの手の話は出てくるのかな?

 それと、なぜ「男子から女子へ」の話はないんだろう。
 もしかして「男盛りで急に女になる」事例は当時ごくごく普通に多々あったので、いまさら怪異譚にはならなかったとか? yaro
 
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この箇所へのリンク【麻の葉に中毒して寺中の坊主が狂人になる】


 一番気に入ったのはこのエピソード。
 「(104)麻の葉に中毒して寺中の坊主が狂人になる」

 江戸時代の話なんですよ、江戸時代の1800年にあった事件の話なんですがね、まーこりゃまるでフツーの三面記事ですよ。
●右画
p.199-(織錦舎随筆より)
【104】 麻の葉に中毒して寺中の坊主が狂人になる

 江戸下谷上野の丘から北へ少し入った谷中/やなか/〔東京都台東区谷中〕に、西光寺という寺があった。
 ある日のこと、その寺の内が非常にものさわがしいので、近所の者が駈けつけてようすをうかがうと、寺のなかでは住職の和尚(おしょう)をはじめ、その他の坊さんたちから下男の者まで、みな気が狂った者のようになって、あちこちと走り回り、仏様の御帳をはじめ、経文や道具類を、片っ端から引き裂いたり打ち壊したりして、たいへんな騒ぎをしている
 [〜中略〜] 
 「いったいこれは、どうしたということです」
と咎(とが)めると、和尚もひどく恐縮した態で、
 「ようやく思いあたることがあります。じつは昨日の食事時に、ある下男の者が、『裏の庭に麻がたくさん生えていますが、あの若葉はたいへんおいしいものですのに、江戸では食べないのでしょうか。田舎では喜んで食べます』といいますので、『それでは食べてみよう』ということになって、料理させて食べたところが、たいへんおいしかったので、みな喜んでたくさん食べたのです。ところが、それから間もなく、頭がポーッとなり、やたらに腹立たしくなって、とうとうあのようにみな気が狂ってしまったという次第です。・・・なんとも申しわけのないお恥ずかしいことになったものです」 [〜後略〜] 

 リンク 村田春海『織錦舎随筆』巻之上「麻の葉に毒ある」 ←別の現代語訳で全編読めます。

 坊さんはハイになると煩悩(ぼんのう)瞋恚(しんに)丸出しになるですかー!?
 ここに出てくる「麻(あさ)」は、すなわち「大麻(たいま)」。
 要するに、東京谷中の坊さん達が、200年前に大麻(マリファナ)を精進料理にしてタラフク食ったんで、こんななっちまったよと。hyaaa
 全然「猟奇」じゃないもん、大好きです、こういう時代を越えておまぬけな怪異は。

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●「(117)洋婦人ひとり乗った奇妙な丸舟が漂いつく」はリアルうつぼ舟(うつろ船)のお話。日本でも不倫の処罰に用いられていたうつぼ舟の刑、これはインド発の補陀洛信仰が変形して中国南部あたりから鮑信仰とともに伝わったものだったりするんでしょうかね。

●ほか、「(11)老婆の死骸が黒雲のなかから船へ下りてくる」なんか、タイトルにたがわぬ、やたらいい味出しまくりの一品でオススメです。

この箇所へのリンク【絵本にしてくれ】


 収録項目を厳選して、●本 『奇想の江戸挿絵』 にあるようなモノクロ図版を描き起こして(一本に一枚でじゅうぶん)風情のある絵本に仕立てると、たいへんいいものができあがるような気がします。
 ていうか、こさえられたらぜひ拝見してみたい。
 あとで機会があれば、自分でそれっぽい筆絵が描けるかちょっと試してみよう。

■あとの三冊も楽しみ■

 このシリーズは、当該書『日本猟奇史 江戸時代篇1』のほかに
  ●本 『日本猟奇史 江戸時代篇2』
  ●本 『日本猟奇史 明治時代篇』
  ●本 『日本猟奇史 大正・昭和篇』
も今年出ています。江戸時代篇が二冊になっているのは、元一冊のボリュームを江戸時代初期の1巻と後期の2巻に分冊にしたゆえ。
 明治時代から大正・昭和に下るにつれ、素朴な奇譚は減っていき、→ 『戦前の少年犯罪』 みたいなマジ「猟奇」殺人事件のオンパレードになっていくんだろうかと興味津々。近日中に上掲の残り3巻も拝読したく。

〓〓〓 EP 〓〓〓

この箇所へのリンク【富岡直方さーん】


 蛇足ながら、びっくりしたのは当該書巻末に、こんな告知が載っていたこと。
p.234
 なお、著者 富岡直方 氏の著作権者について鋭意調査しましたが、尋ね当たりませんでした。ご存じの方がおられましたら、小社編集部までお知らせくだされば幸甚に存じます。
 平成二十年四月   国書刊行会編集部

 昭和初期の元の本は、すでに著作権が切れてからだいぶたつので出版自体には問題はないのだろうけれど、著作者人格権とかなにか、やはり敬意を表して著者に仁義を切らねばならない部分はある。戦前の出版業界の記録を掘り返すすべは、もはやかなり乏しいのか。
 「富岡」という苗字の縁者(ペンネームかもしれないね)に心当たりがある人、ちょっとご親戚や昔の記録にあたってみて下さいな。
 自分のじいちゃんばあちゃん世代の親戚さえ把握をしていない日本人が多い、いまどきのご時世、なかなか難しいことだろうとは思いますが。





メタル


[カテゴリ 科学に佇む2008年] : 2008年11月03日 
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