薬を売る者の論理。
薬を使う者の論理。
並べて見渡すと、あられもない「善意」の食い違いにめまいがしてくる。



『新薬誕生 100万分の1に挑む科学者たち』 ロバート・L.シュック著 ダイヤモンド社 (2008/7/4) [ Amazon ] [bk1]
『怖くて飲めない! 薬を売るために病気はつくられる』 レイ・モイニハン,アラン・カッセルズ (著) ヴィレッジブックス (2006/10) (原書: Selling Sickness, 2005) [ Amazon ] [bk1]
『医師アタマ 医師と患者はなぜすれ違うのか? 』 医学書院 (2007/03) [ Amazon ] [bk1]
●『新薬誕生』は、病気に効く薬を探し求めて運命を賭ける、パイオニア達の誇り高く輝かしいチャレンジの記録。
ヤリスギじゃないかと思うほど、新薬開発にたずさわった者たちが実名で次々登場し、困難を克服した成功への道筋と高潔なこころざしの上昇志向物語が歌い上げられる。
●『怖くて飲めない!』は、消費者がクスリを大量消費するように操作される医薬品マーケットの話。
姑息な広告手法の連発で、我々はこんなによけいに薬を消費するように操作されている。薬を認可する立場の者に、製薬会社の魔の手が及んでおり副作用にもかかわらず認可される。ほかに治療方法があるのに、まずクスリ、という安直な金銭がらみの解決物語が視野を覆っていく。
●『医師アタマ』は、最善の結果を出すためには、医者は患者とどう接すればいいのか、困惑しながら自問自答するお医者たちの本音。医者という、出発点から特定の方向に偏っている職業人として、その方向とはチガウ「回復」を求めて治療を受けにやってくる患者さんたちを、どう遇すればいいのか、良い医者であることは、良い治療者であることと同意なのか、それとも両立不能なのか、逡巡がそのまま吐露されている。
・・・でも、それぞれに問題があったりする。
... 以下つづき...

それぞれ単発で読めば、それなりに心にジーンと響いてそれぞれの方向に思いが突き動かされるでしょう。感動したいのであれば、いずれか一つだけを読んで、あとの2冊は読まないほうがいい。
3冊合わせて読むと、つらいことになります。
3冊合わせて読むと、心に響くどころか、3冊それぞれの目指す「善」が食い違う(羅生門のような)どうしようもない不協和音に、自分の中の物語をどこで落とせばいいのかたいへん気持ち悪い困惑感にさいなまれるかもしれません。
いずれも良い本なのです。でもそれは、それぞれの物語の中で、良くあろうとしているからであって、ヨソの物語には通じない。違うチャンネル(立場)から見れば、尊い物語も、いいかげん歯が浮くような勝手な自己正当化理屈でしかなかったりする。


●『新薬誕生』
ものすごい感動的ドラマのオンパレードです。
訳者あとがきからして「プロジェクトX」を引き合いに出してます。
「100万分の1に挑む」。
新薬にたどりつける可能性はめちゃめちゃ少ない。とうていダメかもしれない。にもかかわらず、果敢に「病気の人々を救うために」安全な新薬を作り出そう、見つけだそう、そして完璧に効果をあげる使い方を開発しようと人生を賭けるスゴイ有志たちの物語。
医薬品の開発に従事している人にとっては、これらの物語に自分を投影して今までの苦労が報われるような喜びを感じることができるかもしれない。
第1章 エイズと闘う:ノービアとカレトラ
製薬会社 アボットの歴史
第2章 心の病から人生の再出発 セロクエル
製薬会社 アストラゼネカの歴史
第3章 本物に勝った人工インスリン ヒューマログ
製薬会社 イーライリリーの歴史
第4章 喘息のつらさを救った薬 アドエア
製薬会社 グラクソ・スミスクラインの歴史
第5章 奇跡のバイオ医薬品 レミケード
製薬会社 ジョンソン&ジョンソンの歴史
第6章 癌治療の扉を開く グリベック
製薬会社 ノバルティスの歴史
第7章 世界一の薬はこうして生まれた リピトール
製薬会社 ファイザーの歴史
この本は、「この薬でないと助からない、薬を疑ったら良くならない」立場の人々にお勧めだと思う。
その薬しか、希望はないのに「この薬は信用ならない」などとやってしまったらアウトな人は、ぜひこの本を読んでみて欲しい。
薬を開発してくれた人たちが、実名で登場する(残念ながら顔写真はない。でも、人となり、キャラは把握できる)。その人物が、どんな人たちと協力して、どんな苦労をして、どんな幸運の星の元に、そのミラクルな薬を発見することができたのか。そして、その薬は患者さんのからだの中で、どんな仕組みで病をやっつけてくれるのか。
スーパーで売られている有機野菜のたぐいを思い出してみればいい。「石狩の鈴木さんが作りました」顔写真付きで売られていたりするよね。どんな人が作ってくれたのか、わかる。それだけでも安心だ。どんなふうにして作ってくれたのか、それがどのように身体に良いのか、物語がわかるのであればなおさらのこと安心だ。
処方薬は、たいがい「物語」を伴わないブラックボックスの状態で患者さんに渡されてしまう。患者さんにとっては、その薬は突然現れた異質なアイテムであり、自分の中の物語にうまくおさまらない。そんな”物語力が弱い”処方薬よりも「自分の物語に良くそぐうアイテム」が現れれば、患者はそっちに走ってしまう。代替医療、自己流治療。そして処方薬への不信・・・。
処方薬を、「患者を救う薬の物語」という、心の薬になる物語といっしょに処方する、そういうスペシャルなアイデアに使えるヒントが、この本には潤沢にあるんだ。
「患者に、薬とともに処方する物語」という読み方をするべき本だと思う。
その薬は誰が作ってくれた薬なのか。
自分の中で、どんなふうに病と闘ってくれているのか。
そういう「心に効く」物語とともに、薬を摂取できている患者さんは世の中にいったいどのくらいいるだろうか。


●『怖くて飲めない!
薬を売るために病気はつくられる』
ものすごいタイトルです。
中身はタイトルから想像されるほどの「ト」臭ふんぷんとまではいかない、まあ普通の「医薬品マーケティングはえげつないよ」論。
資料豊富、話題豊富。
目次の見出しからちょっと拾ってみるとこんな感じ。
病気に対する恐怖心につけこむ
莫大な富を生む製薬会社のマーケティング戦略
死の恐怖をあおって売り込む −− 高コレステロール
病気を定義づけする医師と製薬会社の黒い関係
政府ガイドラインを操作する製薬業界の裏側
患者数を多く見積もって売り込む −− うつ病
病気の知名度を高めたいときは、患者数を多くすればよい!?
製薬会社が医師に吸わせるあまい汁
有名人を宣伝に使って売り込む −− 更年期障害
ベストセラー『永遠に女性らしく』の著者と製薬会社の関係
ホルモン剤の臨床実験 −− 恐るべき結果は封印された
患者団体と連携して売リ込む −− 注意欠陥多動性障害(ADHD)
情報と金が飛び交う製薬会社と患者団体の蜜月関係
病気を宣伝するプロによる巧みな「意識向上」キャンペーン
「病気のリスク」を「病気」にすりかえて売り込む −− 高血圧
古くて安い薬のほうが効果的だという衝撃の研究結果
製薬会社の利益のために隠ぺいされた情報
自然現象に病名をつけて売り込む −− 月経前不機嫌性障害(PMDD)
「薬の使いすぎ」を指摘した論文はことごとく無視された
最初のアイデアは「月経を病気にすること」だった
病名を意図的に変えて売り込む −− 社会不安障害
「社会不安障害」という病名に隠されたマジック
マーケティングの達人は病気の敷居を低くする
検診を習慣づけて売り込む −− 骨粗しょう症
「三〇歳で骨はぼろぼろ」 −− ターゲット層拡大のシナリオ
「薬で骨折のリスクは五〇パーセント減」の数字のカラクリ
政府機関を手なずけて売り込む −− 過敏性腸症候群
製薬会社のご機嫌をうかがうFDAの実態
発売中止になった薬がよみがえった疑惑のシナリオ
個人差を「異常』と決めつけて売り込む −− 女性性機能障害
会議に招かれたのは製薬会社と深い関係にある研究者だけ
セックス起業家が施す最新鋭の医療
まああああ、なんとえげつない。
しかし、この本の邦題『怖くて飲めない!』は、この本が指摘している「**に対する恐怖心につけこむ」マーケティング手法のまんまではないですか。えげつない。
製薬会社のやり口を疑いまくりです。
西欧では日本より医者の信頼度合いは高いはずなのに? と少し困惑したけれど、どうやらこの本を見る限り、あちらでは「医者」と「製薬会社」は別物扱いであるらしい。
日本的には、医者も製薬会社も、どっちかというと、患者に対抗する側としていっしょにくくられるよね。
でもって、製薬会社の陰謀論ぞろぞろ。
こんな言われようでは、先の『新薬誕生』がうそ臭いきれいごとに思えてきてしまう。
いやちょっと待て。
『怖くて飲めない!』が攻撃している対象と、『新薬誕生』が美化している人々は、同じ「製薬会社」がらみではあるけれど、実際はなんぼか別物だ。
『新薬誕生』が歌い上げるのは、「製薬会社」がらみの中の、新薬を探し開発する人々。
『怖くて飲めない!』が攻撃するのは、新薬を開発する研究者ではなく、「製薬会社」で販売促進を画策するマーケティング部門の人々だ。販売戦略だ。
薬を開発する研究者は、志高く、大きな危険を冒して、人生ギャンブルする。「救いたいから」「救われたと伝えられると苦労が報われる、金ではない」・・・そんな美談。
薬を売る広告屋は、・・・開発部門に比べると「困っている人を薬で救いたいから営業部門に入りました」という人材は、いることはいるだろうけれど、どうも少なそうだ。
善意の薬が、悪意で売られるという図式で描かれてしまうという、このえげつなさ。
善意で作った薬が、マーケティングで姑息さにまみれてしまう。
この本は、「この薬でないと助からない、薬を疑ったら良くならない」立場の人々は読んではならない。薬を疑ったら救われない立場の人が読むべき本ではない。
疑うことで救われなくなる。そんなリスクを敢えて受け入れ、実態を調べて戦う意志と余力がある者が、読むべき本だ。

そしてさらに、薬を作る善意と、薬を売るあこぎさと、医療システムの不備、さらには患者の疑いの目にも翻弄される哀れな立場に置かれているのは、医者だ。

●『医師アタマ 医師と患者はなぜすれ違うのか? 』
大衆受けこびまくりの安っぽい新書みたいなタイトルだけれど、中身はういういしい現場の困惑吐露いっぱいの真摯なエッセイ集。
あとがき含め、ぐだぐだとした善人たろうとしながらも最善を尽くせず困惑する先生達の姿。
倫理検討研究本ほどの高尚路線を行っているわけでもない、書斎や診察室で、お医者が独り自分のありようについて、自分の考え方について今一度「」を綴ってみました、みたいな。
患者の思いと、医者の目的はなぜすれ違うのか。医者は患者にどう接すればいいのか。医者の最善の行為と、患者にとっての最善の結果を、どうすり合わせていけばいいのか。医療事故についてどう伝えればいいのか。病名を伝えないほうがいいと判断すべき理由は。リスクをどう理解してもらえばいいのか。
難題をなんとかして自分的に解決・納得しようとするあまりに、たまにむちゃくちゃな論理をぶつお医者も登場したりするけれど(お医者の背伸び?)、そのぶん患者側からしてみれば、診察される現場で「ああ、もしかしたらこのお医者は、こんなことに困惑しながら診て下さっているのか」と複層的に立場を想像できて楽しくなったりする。
お医者は、どんな理論を駆使して「良い医者」になろうとしているのか。
その理屈は、よく医者を悪者にする世間側の偏見が想定しているものより、はるかに人間的でまっとうだ。問題は、そのまっとうさの中に「立場」というやっかいな壁が存在していること。それを本書はタイトルで端的に「医師アタマ」と表現している。
執筆者は複数人。医療人類学の知見もちゃんとごちゃごちゃしており、見るべきところは見ている人たちというラインアップ。低レベルな勘違いさんはいない。これは、確かな人選だからかな、それとも人選しなくとも医者はすべてこのような合格点なのか。
執筆者一覧:
尾藤誠司 国立病院機構本部医療部研究課臨床研究推進室長/東京医療センター総合内科
名郷直樹 社団法人地域医療賛協会地域医療研修センター長
新保卓郎 国立国際医療センター研究所医療情報解析研究部部長
松村真司 松村医院院長/東京大学医学教育国際協力研究センター客員研究員
浅井 篤 熊本大学大学院医学薬学研究部環境社会医学部門生命倫理学教授
稲葉一人 姫路獨協大学法科大学院教授
宮田靖志 札幌医科大学医学部地域医療総合医学講座講師
思うに、医者は科学者より幸福な位置にいるのかもしれない。
患者と直面しなければならないぶん、 衆生から乖離した独善的異文化状態になることを回避しやすい位置にいる。異文化間コミュニケーションの大切さを理解しやすい位置にいる。
医者と患者のナラティブのすり合わせ。
こないだ『クローズアップ現代』で、患者ナラティブのオンライン公開プロジェクトについて紹介があったっけ。
癌患者さんが、自分のありよう、心構え、体験を切々と語る。そしてその語りを拝聴してたいへん多くを学ぶ施療側のお医者さん、看護師さん・・・
互いの「自己正当化の物語/納得のための理屈」を見聞きしておく。翻意の作法を見聞きしておく。物語に沿った、対応を編み出す。
その中、患者は『新薬誕生』の物語を受け入れるか、『怖くて飲めない!』に沿って反旗を翻すか、そしてその自己決定に『医師アタマ』にナイーヴな医者はどう接していけばいいのか。
医師は、患者から新薬マーケティングの陰謀に加担していると見られてしまいうる状況にどう対処するのか、再々訪れる製薬会社の営業マンをどう遇すれば正しいと見てもらえるのか。
3冊読むと、立場と視点の違いに痛く混乱する。
それぞれの立場で物語が全然違う羅生門。
そして、その混乱が、まぎれもなく医療界隈の現実。

職業にまといつく「目的」は、怖いと思う。
「**」をすることが、最低限その職業の必須条件だったりする。
医師であれば、医師の仕事(医師として期待される仕事)をしなければならない。でなければ、それは医師ではない。
医薬品開発であれば、効く薬を開発しなければならない。
営業であれば、薬の売り上げを上げなければならない。でなければ、クビだ。
職業を選んだ時点で、「すべからず」が発生する。そして、その「すべからず」は暴走することがある。
・・・異文化と接する機会が多い医者は、本人に異文化を感得する器量がある限り、暴走を避ける自省が可能な、比較的幸せな立場であるのかもしれない。
※各本についての追記:
※医師アタマを取り上げるきっかけになった記事:
2008/04 『医師アタマ』 伊藤智樹の書評ブログ

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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