[ EP: 科学に佇む心と身体 ]

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ニュータイプの言語障害、失タイプ症登場!神経文字学

カテゴリ[科学に佇む2008年] 2008/08/06
 「神経文字学」ってなんだ!?
 神経、文字、学 ? 脳機能から見るお習字とか書き文字のクセとか筆跡鑑定とかプロファイリングとかの研究なのか!?
 と思って手に取ったら、中身は予想とは全然違った。 ヽ( ’Д ’)ノ

◆左表紙 『神経文字学 読み書きの神経科学』
 岩田 誠, 河村 満 (編集)  医学書院 2007/10
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 脳の異常によっていろいろな言語障害が発生するという話は
 → 2006/11 『 失語症の世界 』
でひとしきり。

 で、当該書はそんなさまざまなタイプの言語障害の事例から、脳内の言語処理や文字処理の仕組みを探っていこうという諸分野からの研究の現時点での集大成。
 書き癖などの健常者で発生するバリエーションの話ではなかったわけで。

 神経文字学:newrogrammatology
訂正追記:ご指摘いただきました。
>typo報告
 × newrogrammatology
 ○ neurogrammatology

 これは編者の岩田氏が1983年に提唱、1985年にハンブルグで発表したのが始まりらしい。
 岩田氏は、「もの」より「こと」に惹かれるがゆえに、症候学からこの側面を切り出したと見える。
 その後20年あまり、たくさんの事例が蓄積され、脳機能研究も進んできたけれど、まだまだ機序が未知な部分はたんまりあるし、何より社会(と言語の使い方)の変化にともなって、さらに未知の症状が発生してきたりしている。

この箇所へのリンク【失タイプ症】


 今世紀に入ってから、2002年に報告された事例 (1) で、「失タイプ症 dystypia」というものがあるんだそうな。
 言語に不自由はないのに、キーボード入力(タイピング)だけがワヤになる脳障害!ohyo

... 以下つづき...

〓〓〓 EP 〓〓〓

●右画
 タイピングがバリバリできていた人が、ある日小さな脳障害によって、キーボード入力だけが、たいへん困った状態になってしまったと。誤字頻発、入力スピードがた落ち。ヤバス。
 これがね、キーの位置を間違えるというわけではなくて、頭ではわかっているのに、なぜか「似た音」のキーを押してしまう! 思った通りのキーではなく、「ひらがな」と打とうとしても「びらかま」と打ってしまう。(音韻的に近い音のキーボードを押してしまう)
 これはもどかしくてつらそうだ。
 しゃべりも、文字書きにも全然異常はないのに、このキー入力だけが混線状態になってしまったと。
 これも脳機能障害による言語障害だということなんだね。
 損傷部位は「左中前頭回」。 ※ 中前頭回
 この部位は、障害を受けると「日本人の症例では」ひらがなを書くときに順序の間違いが頻発するようになってしまう部位として知られている。
 例えば、「ひらがな」と書くつもりで頭ではわかっているのに「ひらなが」と書いてしまうことが避けられなくなる症状。そんなエラーがタイピングの時にだけ発生するようになった事例が、「失タイプ症」であるらしい。
 うわー、今の時代にはつらい障害だなぁ。患者さんは北海道の人だったのかな。

〓〓〓 EP 〓〓〓

●未知の世界、脳と言語機能

 そもそも、人類は歴史上、9割以上は無文字状態でやってきていた生物であるわけで。ごく最近、とってつけたようにヒトに生じたこの読み書き能力は、まだまだ科学的には未知&謎だらけなんだね。

この箇所へのリンク【漢字だけが読めない ひらがなだけが読めない】


 日本人に特有な失語症として世界的に有名なのが、漢字仮名乖離現象。
 以前に
 → 2004/09 『 漢字圏のディスレクシア:学習障害と文化 』
という稿を書いたことがある。
●右画
 脳機能の部分的な故障によって、「漢字だけ読めない」とか「漢字はわかるけどひらがながうまく書けない」「アルファベットだけ読めない」とか「変則的な綴りだけがわからなくなる」とか、言語機能の_一部だけ_に異常をきたすんだよね。
 同じ箇所の脳障害でも、漢字を使う文化であるか、横文字を使う文化であるかによって、障害の程度が違ってきてしまう。

この箇所へのリンク【文字の種類と書き文字方向】


 世の中の文字には、おおまかに分けて、こんな種類がある。

岩田氏による分類:
絵文字pictogram ex.アメリカ先住民絵文字
表意文字ideogram ex.アラビア数字
表語文字logogram
 ┣形態素文字morphogram ex.漢字
 ┗表音文字phonogram
  ┣音節文字syllabogram ex.仮名文字
  ┣子音アルファベットconsonant alphabet ex.アラビア文字、ヘブライ文字
  ┗母音アルファベットphonetic alphabet ex.ギリシア文字、ラテン文字


●右画
 で、それぞれに字を書く方向がまちまちだったりするよね。
 日本語は上から下へ。英語は左から右へ。アラビア語は右から左へ。
 実は、この文化差に見える書字方向は、文化以前に、文字の種類によって自然に決まって来るんだそうな。

 形態素文字(漢字) 上から下
 子音アルファベット 右から左
 母音アルファベット 左から右
理屈は不明。でも決まっている。 へぇぇぇ。

 エジプトの聖刻文字の場合なんか、
  最初は形態素文字だった: 上から下へ書く
  音節文字っぽくなるにつれて:左から右へ書く
と変化してたりするし。
 ヒト脳機能のなんらかのしがらみが、文字を並べる方向を規定しているのかもしれない。

 ヒト脳機能のしがらみは、文字種によって違ってくる。
 日本人では、
  漢字(形態素文字)

  仮名文字(音節文字)
が、脳内で違う経路を使って処理されているので、「漢字だけ読めない」とか「漢字はわかるけどひらがながうまく処理できない」というような、「文化特有」の言語障害が発生するんだね。

 ・「仮名」で音韻性錯書が多発する前頭葉性純粋失書(左中前頭回後部)
 ・「漢字」に障害を出す側頭葉性純粋失書(左側頭葉後下部)
 てのがある。

この箇所へのリンク【身体に書かれる文字の場合】


 触覚読み、運動覚読み、体性感覚読み。
 神経文字学的には、ただ文字を書くとか読むとかの機能だけでなく、身体の動きと文字、という関係にも着目する。
 例えば、
  「背中に文字を書かれたときに、文字を識別判断する機序」とか、
  「文字を書くときに動かす手の運動命令系統」とか。
理屈の上では、
・読み書きには障害はないのに、手のひらや背中に文字を書かれたときにだけ失読症が出る(ma!)
・しゃべりも読みも普通で、書きたい文字もわかっているのに、_字を書くときにだけ_手が思い通りに動かない(書字運動に障害をきたす先行性失書:左上頭頂小葉)
そんな微妙に限定的な症状も、脳機能障害からありなわけだ。

〓〓〓 EP 〓〓〓

 印象的だったのは、あとがき代わりの対談にあった岩田氏のお言葉。

 「病気を診ずに患者を診ろ」と言われることがあるが、「この患者さんに何が起こっているのか」をじっと診るには、「目の前にある事象」として患者を診ることになる。そういう見方をしないと、「こと」は見えてこない。

「われわれが科学の対象として「こと」を見ようとするなら、事象に徹してみなければいけないし、それは「患者を診ずして症候を診る」ということなのです。」

「臨床を科学としてやろうと思ったら、患者さんという個人を見る目だけでは絶対に駄目です。医療という意味では、それは必要だけれども、患者さんを事象としてみる目を、医師は絶対に捨ててはいけないと思いますし、それをやらないとメディシンをサイエンスにすることはできない。」


 故人になられた第3章担当の 田邊氏のお言葉にも、
「CT、MRI, 脳血流シンチを山のように見せてくれるのはいいが、患者の顔や姿のスライドを是非見せてほしい」
 個人情報保護の観点から患者の顔は隠すべきだが、臨床医は、患者の態度、歩き方、表情、しゃべり方を拝見しないと診断の大事なヒントは得られない。

との旨の指摘がある。

 臨床の現場。
 マクリントックがトウモロコシの模様からジャンピングジーンを見抜いた、あのエピソードが想起される。
 観察あるべし。

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●入口にはほかのご本を

 本書の内容はかなり専門的な記述が続くわけで、気軽にこの話題を読みたい入門者にはつらい一品です。でも、当事者やその周辺の方々にとってはたいへん大事なご本かもしれない。
 できれば、
  → 2006/11 『 失語症の世界 』
で紹介したような「専門家以外にも実際に役に立つ」わかりやすい書籍で予習してから閲覧するのがオススメ。

この箇所へのリンク【神経文字学の目次と執筆者一覧】


岩田 誠   ■序論
山鳥 重   ■第1章 漢字仮名問題の歴史的展開
河村 満   ■第2章 日本語の読み書きと漢字仮名問題
小森憲治郎・田邊敬貴 ■第3章 語義失語
鈴木匡子   ■第4章 読み書きの半球差
八田武志・岩原昭彦・川上綾子 ■第5章 記号としての文字形態
櫻井靖久   ■第6章 読字の神経機構
井堀奈美   ■第7章 触覚読み
毛束真知子  ■第8章 書字障害の種類
福澤一吉   ■第9章 書字動作の神経科学−書字運動の計算理論モデルからみた失書症
永井知代子  ■第10章 Primary progressive aphasiaにおける書字障害
大槻美佳   ■第11章 書字の神経機構
中村仁洋・福山秀直 ■第12章 日本語書字の機能画像解析

※  田邊氏の寄稿は、おそらくこれが遺稿であるとのこと

アンカー【2002年の大槻 美佳氏による失タイプ症事例の報告】
 リンク Dystypia:Isolated typing impairmanet without aphasia, apraxia or visuospatial impairment.
大槻 美佳(オオツキ ミカ)北海道医療大学心理科学部准教授

〓ライン〓

●余談:「−」のバカめ! (エクスカリバー風に)

 「失タイプ症」では「音韻的に近い音のキーボードを押してしまって困る」わけなのか。
 我流タイピングの自分は、ふだんからzとs、hとb、などがごっちゃになりがちで、かなりタイピングスピードは(プロに比べれば)とろとろです。なにより「ー(のばし棒)」をしょっちゅう「0」と押し間違えるtear_flow。「ー」のキーにがっつりシール張って派手な色つけて、していても、なんだかんだ「0」と押し間違えてしまう。10年以上打っていてもあいかわらず。
 あー腹立つ。かといって、自分専用のキー配置を作るわけにはいかんしなぁ。(@_@)




メタル


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1003 #- コメントアンカー 名前なんか書けません さんのコメント 【2008/08/11】

typo報告
× newrogrammatology
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筆者:雨崎良未
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