ソレを指す語や概念の習得があってはじめて、ソレを思考できるのではないか、というお説が『サピア=ウォーフ仮説』。(サピアーウォーフモデル, Sapir-Whorf model; Whorf,1956/1993)
エドワード・サピアさんとベンジャミン・リー・ウォーフさんによる仮説ですね。
「人間は、使う言語によって現実を認識する方法が違ってくる」
『朝倉心理学講座 10 感情心理学』 鈴木直人・編 朝倉書店 (2007/09)
大坊郁夫「感情と文化顔コミュニケーションの様相」
●サピアーウォーフの仮説:これは,アメリカの言語学者サピアとその弟子ウォーフが唱えた説である(互いが共同して主張したものではなく,両者が同じ主旨の主張をしていることから,両者の名を冠した名称で現在も呼ばれている).
当該の文化において日常的に使用される言語が人の認知や思考に影響を与えるという見解である.言語がもつ意味と個人内の習慣的思考,そして文化のパターンが結びついているとの主張であり,言語相対性仮説の一つといえる.
「シリーズ心理学の 中の論争1:認知心理学における論争」 丸野俊一編著 ナカニシヤ出版 1998/04
p.262
「サピア-ウォーフの仮説」は,当然研究者からのさまざまな議論や批判をひき起こした。しかし「サピア-ウォーフの仮説」の証明は,認識に関する普遍性の否定ではない。一方,認識の文化的固有性も「サピア-ウォーフの仮説」の否定によって証明する前に,私たちが日常生活において実感することであるように思う。
「文化と心理学:比較文化心理学入門」
D.マツモト著 北大路書房 2001/06
(2000/Culture and Psychology)
p.174
言語相関性ともよばれるサピア・ウォーフ仮説(Sapir-WhorfHypothesis)は,「異なる言語を話す者は,その言語の相違ゆえに,異なったように思考する」と示唆している。
[〜中略〜]
もしサピア・ウォーフ仮説が正しいとすれば,言語の性質,構造,機能のゆえに,異なる文化の人々は異なったように思考するのだ,と提示できるわけである。たとえわれわれが同じ出来事を知覚したとしても,思考プロセス,連想,世界に対する解釈の仕方は,話す言語が異なるがゆえに,異なったものとなるかもしれない。そして,この言語というものが,思考プロセスを形成するのに役立つのである。また,この仮説によれば,2つもしくはそれ以上の言語を話す人が異なる言語を話している際に,異なる思考様式を取り入れているのかもしれない,と考えることができる。
自分が生まれた地方にある言語だけでは、ヨソの地方の言語にある概念がうまく把握も表現もできないことがある。既存の言語ではうまく表現できない事象もある。
新しい事態や珍しい状態は、「表現しようもない」「言葉にできない」「言い尽くせない」よね。言葉というものは、「すでに特定の範囲の複数の人間が共有できている概念」が、この世に通用し、保持されているものだから。そんなしばりのある言葉の世界。
でも、どこまで言語はヒトの思考を縛ってしまうんだろう?

【言語は概念を縛りますか?】
タガログ語を知らないと、ロシア語を知らないと、思考できない概念はありますか。異国の人々には把握できない概念を、日本語は生みますか。
言葉が違うと思考そのものも違ってしまうだろうか。例えば、主語が後ろにある構文の言語では思考の筋道が違ってくるんだよ、とか、主語を省略できる言語では自己主張よりはKYに重きが置かれるよ、とか。
バベルの子ら 〜David Gil
予想以上に言語は異なっているかもしれない
言語は人の思考経路を左右するのか
2004/01 Economist.com Babel's children
インドネシアには名詞や動詞がない言語で暮らしている部族がいるぞ
... 以下つづき...

言語が思考を形作るのか、思考が言語を形成したのか
2002/05 Guardian It's the thought that counts
1930年代から延々続くサピア-ウォーフ仮説論争再考
2002/04 Scientific American A Way with Words
Do languages help mold the way we think?
A controversial idea from the 1930s is getting a second look.
西欧さんと比較するのによく使われるのは、漢字の文化だったりする。
漢字文化は抽象思考に向いてない?
サピア-ウォーフ仮説から表意文字文化 vs. 表音文字文化
2003/05 New York Times Writing as a Block for Asians
中国人は上下動の情報処理に長けている(縦書きだから?)
言語が認識に与える影響とは
空間・時間のような基礎概念についての思考を形づくる言語の役割
単語に性別がある国では概念自体にマッチョさや女っぽさがまつわるし
色の名称が豊富な言語では、色の記憶が良くなるらしい
2002/02 Boston Globe Debate opens anew on language and its effect on cognition
言語は思考を左右する? 中国語圏と英語圏の時間認識比較
2001/08 Cognitive Psychology Vol. 43, No. 1 Does Language Shape Thought?: Mandarin and English Speakers' Conceptions of Time
「概念」は、人間以外の動物たちはあまり持っていない。
進化上、「概念」というものは比較的歴史が浅いんだね。洋服や靴のようなもんかな。あると便利だが、命の保持に直結しないぶん多様性も高くなるし、文化や言語に影響される度合いが大きくなると予想できる。
数、計算、勘定。 数詞の認識も、進化上比較的歴史の浅い概念の一つ。
「ずれていると致死的だ!」「計算できないと生きていけない!」という事態は多くないので、わりとそれぞれの文化によって習得度合いや設定は自由だったりする。
「4と5の違いがわからない」
サピア=ウォーフ仮説再考
「1,2,たくさん」な数詞しかないアマゾンのピラァ族
2004/08 EurekAlert Study of obscure Amazon tribe sheds new light on how language affects perception
2004/08 news@nature.com Tribe without names for numbers cannot count
2004/08 New Scientist Language may shape human thought
2004/08 Betterhumans Numberless Tribe Proves the Unthinkable
こんな話もあったよね。

数の概念も、色の表現もなく、過去未来についての言い回しもほんのわずかだけ! アマゾンの狩猟採集民ピーラーハー族が持つ驚愕の言語体系!
数だけじゃないね。
立方体形状の奥行き知覚が、文化によって異なることがある。(森の中、丸っこい住居に住んでいて四角い物体に縁が薄い環境で暮らす人々では、「立方体の線画」が立体を表す図形だとは理解されないことがある。)
黒船が「概念上ありえない存在」だったので、目の前にでかい船があっても現地人には認識してもらえなかったという奇天烈な話もある。

『心の発生と進化 チンパンジー、赤ちゃん、ヒト』
デイヴィッド・プレマック/アン・プレマック著
新曜社 2005/05
p.153
ベンジャミン・ウォーフは、言語と思考の領域に、専門家よりはるかに大きな影響をおよぼしたアマチュアの人類学者である。ウォーフは、言語はその言語の話者の「世界観」や、時間や空間や因果の概念、そしてどのように考え問題を解決するかに大きな影響をおよぼす、と主張した。この主張はその後、哲学者、人類学者、言語学者の間に一風変わった病気 「言語相対病(ランガギティス)」 を蔓延させた。そのおもな症状は、言語が認知世界を生み出したり変えたりする唯一の要因だとみなすことである。
言語の影響は大きいけれど、その影響には限度がある。
言語がヒトをすべて縛ってしまうわけじゃない。
「認知考古学とは何か」 松本直子編 青木書店 2003/12
p.241
結果は,ダニ族も先進国の人々と同様のカテゴリー化を行うというものであり,使用言語や文化がカテゴリー化を決定するという考え(言語学の領域ではサピア=ウォーフ仮説と呼ばれる)は正しくないと結論づけた。しかし,この主張に対して,最近デイビッドフ〔Davidoff 2001〕はロッシュが行ったような比較文化的研究をはじめ,失語症患者を用いた認知神経心理学的実験,ならびに実験心理学的実験などを用いて包括的な検討を行い,ロッシュの結論に対して真っ向から反対している。このように現在でも,この問題に関する議論は続いており,今なお決着はついていない。
「サピア=ウォーフ仮説は正しいのか間違いか」論争には、カテゴリーエラーみたいな部分もあるのかもしれないね。
認知機能が概念形成に支配的な部分では言語文化影響は少ないだろうし、基本的五感のような進化上枢要な機能よりは重要度が低い情報・概念では言語文化の影響が大きかろうところ、それをごっちゃに扱ってしまってややこしくなってるとか、文化心理の検証が、手法含め不十分だとか、…あと、西洋人おこだわりの「自由意志」執着もからんでいるんだろうとも思える、西欧育ちではない異文化の者としてはちょっと理解しがたい部分だったりするけれど。(西欧的には「自由意志」の有無は神様の有無と直結しているため、たいへん大事な問題であるらしいよ)
ヒトも言語も、互いの存在から自由であるわけではない。
ヒトはヒトの機能の範囲内で言語を作り、言語は環境要因の範囲内でヒトの思考を縛る。
脳はキャパシティの範囲内で言語を習得し、言語は使われなければ廃れていく。

【五感は言語で違いますか?】
人間の頭や身体は、人間である限り、たいがい似たような構造と性質を備えている。
五感や、脳内の情報処理、状況を認知する能力・・・。
例えば、色、音、匂い・・・ これは「言語」によって感じ方が違ってしまうだろうか? 五感を感じる機能には、人類に普遍的な共通傾向はあることが確かめられている。それらは、ヒトでなくても進化的にずっと古い時代からいろいろな生物に基本的に備わっていて、感覚器の種類や数が、五感を感じる上で大きな役割を果たしている。
ただし、感じた情報をどう解釈するか、については、言語(文化)の影響が現れてきたりする。
どうして日本人は「l」と「r」がごっちゃなの?
言語経験が脳の音素識別能力を左右する
2002/08 Scientific American From Mouth to Mind
New insights into how language warps the brain
あなたと私は違う色を見ているかもしれない 学習・言語と色彩認知枠
2002/12 APA Monitor on Psychology Different shades of perception
A new study shows how learning - and possibly language - can influence color perception.
児童では色の見え方が違っている?
言語によって色の知覚は違ってくる
2008/05 Scientific American Do Infants See Colors Differently?
現代の色合い:色を述べるために文化が使用する語の数は、工業化の度合いに比例する
2004/03 Scientific American Draining the Language out of Color
追記:
言語は知覚を左右する
{我々の眼が見る} ものと{我々の脳が解釈する} ものは、別個の異なる作業である
2009/02 PhysOrg Scientists show that language shapes perception
言語しだいで、脳が知覚する色彩は異なるのだ:イベント関連の脳可能性
event related brain potentials (ERPs)
色の分類については、少し古い本になりますが、福井氏の研究にはわくわくさせられた覚えが。
『異文化の光と影:民俗学者のフィールド・ノートから-2』 梅棹忠夫編 パンリサーチ出版局 1989年
福井勝義「九八枚の色彩カード」
p.116-117 大意:
ボディたち牧畜民や、自然界に住まうブッシュマンは、いわゆる「あいまいな色」でも速攻で色の名を答えられる。でも、どの色が「典型的な色」かとたずねた場合には、ひとつの色について複数の色彩カードをえらびだすのである。わたしたちなら「典型的な色」と言われれば、色彩カードを一枚だけえらびだすところだ。
こうした違いは、どこから生じるのか。
色彩の習得過程にあるのではないか。
『認識と文化:色と模様の民俗誌』
福井勝義
認知科学選書21/東京大学出版会 1991
p.93
私たちは、小さいころから人工的な色彩の焦点をみせられ、それを基準にして特定の色を 認識していく。ところが、ボディの子どもたちには、そうした人工的な色彩にほとんどふれることなく、まさに無限に広がる自然の色から色彩を習得していくのである。この色彩の焦点に関するとらえ方の違いは、このようにどうも色彩認識の習得過程のちがいにもとめられるようである。
育つ環境によって、審美眼も識別のスキルも違ってくるだろうことはわかるよね。
言語は知覚に影響を及ぼすか否か。
ちょっと路線は違いますが、こんな話もあります。
サピア=ウォーフ仮説、色めき立つ
あなたが何を見たかは「言葉」が5割左右する
右視野のほうが色の察知に長けるのは、右脳が言語野にかまけているから
2005/12 BBC News Language affects 'half of vision'
サピア=ウォーフ仮説は「右の視野」ならありえます 言葉が知覚を左右する
2006/01 EurekAlert Words help deterimine what we see
Whorf Hypothesis is Supported in the Right Visual Field but not in the Left
右の目が見る光景は、左脳が処理します。その関係で、言語処理に忙しい右脳では、左の視野の色処理がおろそかになりがちなのだそうな。これは「言語が違うと見えるものが違うのか」という話ではなく、脳の言語センターのありかが、見え方の処理に影響しているという話。

【性格は言語で違いますか?】
ああ、見ている世界や思考経路だけでなく、こんな話まであるでございますよ。

言語で変わる人格
2008/06 New Scientist How switching language can change your personality
話す言語を切り替えると、ヒトの性格も変化する
二つの文化に生きる人々は、言語を切り替えると無意識に人格も変わるっぽい
端的なところでは、大阪弁と関東弁とか?

バイリンガルな人々、このへん実感的にどないなもんでしょう?
使う言語によって、声の高さや身ぶり手振りが変わってしまうことはよくあるけどね。
わずか数世代前と今の我々、同じ日本語としてくくられていても、用いる語彙は異なっている。
ほんの数世代前、じいちゃんたちが見ていた世界を、我々はもう感じることも、思考することもできなくなっているのかもしれない。
再現されたアイヌの神事に出席したアイヌの古老が「違う、魂が入っていない」と嘆息する、それも古来の言語(構造観)の切断・侵襲が大きく作用していたのかもしれないんだよね。

この項は、2004年に記した
に、その後の記事を加筆して更改したものです。

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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