10年前に記した旧稿を改稿してご紹介しておきます。
1998年7月の「北海道土木見て歩記」より復刻。
【ロックネットアクロバット】
1996年、北海道の積丹で起きた 豊浜トンネルの巨大岩盤崩落事故。その際の新聞記事見出し、
「落石防護のネット役に立たず」
には、まいりました。

あのネット(ロックネット:落石防護網)って、小さな石ころが落ちてバウンドして道路に出るのを防ぐ程度の、崖の規模から言ったら「オブラート」程度の強度のものなんですよね。
あれで岩盤崩落を防げたりしたら、そりゃもう世界七不思議どころじゃない、物理の法則崩壊だ。
結局あそこ(豊浜トンネル)は、「落石」対策はしてはあれども、「岩盤崩落」の対策は何もなされてはいなかった、それだけのこと…。
小石の落下しか防げないものとはいえ、ロックネット張りの作業は命がけです。
岩を覆う、落石防止の金網「ロックネット」。
これ、機械かなんかでバーッと張っていくと思っている人、あなたそれ間違い。
登山の経験も、ロッククライミングの装備経験も、ろくすっぽない、ふつーの作業員さんたちが、わしわしわしと崖登っていって(まるで忍ペンまん丸の「はいずりこぞう」)、よっこいせよっこいせと、手作業で金網を広げてかぶせていく。
生命保険なんか、けんもほろろなレベルのデンジャラスなガテン世界。
作業員さんに「施工は崖が垂直なほど大変なんでしょう」と尋ねたところ、
「垂直に近かったら、ネットをだらんと垂れ下げるだけで済むのでかえって楽だ。斜面のほうが手間かかって危ない」
という話でした。
... さらにデンジャラスな作業が...

いつだか、遠くの崖を眺めていたら、米粒のような作業員が5人ほど覆道(ふくどう:落石から道路を守る半トンネル)の上にあがるのが見えた。
覆道の上には何もない。
どこへ行くのかな、何をするのかな、と眺めていたら、いきなり彼らは覆道脇の、崖のロックネットにとりついて、わしわしわしと昇りはじめた。
5人並んで登っていって、やがてどこか崖の頂上の彼方へ消えていった…。

ロックネットは、金網とワイヤーロープから構成されています。
小石の落下しか防げない設備でしかないけれど、崩落が起きそうな崖に、ストッキングのように金網をかぶせていく。
これが、ワイヤー付き金網をバーッとヘリコプターかなんかで張っておしまい、ならいいんだけど、実際の施工作業は極めてプリミティブ(原始的)。
まずネットを張る斜面のてっぺんに、アンカー(杭)を打ち込んで、足がかりを作る。
金網は、資材屋さんから巻物の状態で届けられる。ばかでかいメッシュのトイレットペーパーみたいな状態だ。
アンカーから垂らした作業用ロープを頼りに、崖の上から数人がかりの手作業で、その巻物金網を斜面に広げていく。(崖の落差100m以上!の現場もあるわけで、見ているだけでキモが冷えるよ)
ガシャガシャガシャ。 ダラリ。
ズザザザザザ。 ダラリ。
ひととおり、斜面を覆う形に金網を並べ終わったら、隣り合う金網と金網をやや重ねて、その重なっている部分に、コイル状の金具をクリクリクリっと通して連結していく。
作業員が不安定な崖の斜面にへばりついての手作業。
コイルをクリクリクリ。
コイルをクリクリクリ。
その地道な繰り返しで、ひととおり崖を金網で覆い尽くす。
この段階では、崖にただ金網が自重で乗っているだけ。補強されていない。
そして作業員は、金網と崖とロープにしがみついているだけ。

さて。
金網を張り終わったら、金網の補強だ。
頂上側から金網の上に「ワイヤーロープ」をダラーッとたらす。
また作業員が金網にしがみついて降りながら、コイル状の金具でクリクリクリとワイヤーと金網を手作業でくっつけていく。
金網は、頂上のアンカーと、垂らしたワイヤーに、コイルでクリクリクリと止めてあるだけ。
それだけ。
それで仕上がり。
崖を登る作業員がはいているのはたいてい「長靴」です。それも市販の。
登山用とかクライミング用とか、専門用具などでは全然なかったりする。
ネット張りの作業の時は、長靴で岩を登ってそれ根性、爪先をネットの目につっこんでほれ根性。
ロックネット設置の作業風景を撮影した写真があるサイト

【藤井昇柱用Aバンド木柱用】

長靴の上に、面白い金具をとりつけて作業している作業員もいらっしゃいました。
足のくるぶしの内側に、下向きのカマみたいな尖った金属が飛び出しているわけで。
なにかな〜、と気になり、昼休みに金具をはずしたところを拝見すると、金具に「藤井昇柱用Aバンド木柱用」と書いてある。
持ち主殿によれば、これは昔「木製の電柱」を登るのに使われていたプロ用のアイテムであるとのこと。
足がかりのない木製の電柱を登るとき、この金具を足に付けて、グサリグサリと電柱の幹にぶっさしながら登ったんだそうな。
ロックネット作業の時、この「藤井昇柱用Aバンド木柱用」なら、金具をネットの目に引っかけてザクザク登れるし、足元も安定するのですこぶる具合がいいらしい。
長靴を金網の目につっこんで作業していると、長靴がすぐに破れたり、足先が痛かったりしてしんどいらしい。
今ではほとんど見かけなくなった「木の電柱」。
木の電柱用に作られた道具は、名前もそのままに、こうした新たな現場で立派に活躍を続けているんですね!
といっても、たいがいの作業員は、普通の長靴でロックネット張りをやっているのですが。
【オムツが守るよ?あなたの命】

作業員は落下事故防止の安全帯もします。
安全帯についたロープをネットに引っかけて、身の安全を確保しながら作業する。
某タイプの安全帯は、ぱっと見、オムツ状態。通称「尻綿」?
某現場の図体大きめの監督さん、そのオムツ安全帯がマタに食い込んで痛い痛いと言いながら、ロックネット作業の現況写真(役所提出用の証拠写真)を撮りに、黒板とカメラかかえてわしわしわしと登って行ってました。

以上、10年前の記述の復刻と、図解の加筆。
本日の「平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震」で、法面崩落対策の工事に従事なさっていた作業員が被災なされました。
ロックネットの施工作業中でした。
自分たちが乗っている崖が、丸ごと崩落。
そもそも、「崩落しそうな斜面」をなんとかするための工事だった。そこに大地震。
なすすべもない。
「危険な斜面」は、誰かが危険を冒して危険を取り除きに行かなければならない。
でも、その作業は「普通の長靴」だったり「違法な吊り上げ搬送」だったり「即死紙一重の発破作業」だったり、現場を知らないパンピーには想像もつかないようなワンダーランド的危険に満ち溢れている。
通い慣れた秋葉原で起きた事件よりはるかに、自分にとってはリアルな恐怖。
秋葉原よりはるかに、慣れ親しんだプロの現場での、常にある危険の、顕現。
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