「解剖存眞圖」(かいぼう ぞんしんず)
ヒトのなまなましい死体の解剖過程と各臓器が、さまざま&リアルに描かれている絵巻物。
1819年の作品です。
絵的なインパクトは凄いし、資料的価値もたいへん高いものではあるのですが、いかんせん基本的にグロ画像なので、気持ち悪いものはエンガチョで勘弁というお方は画像は見に行かれないほうがよろしいかと。
東北大学附属図書館 狩野文庫画像データベース
解剖存眞圖 卷子 二軸 (かいぼう ぞんしんず)東北大学附属図書館所蔵 解剖存眞圖 二巻 南小柿寧一圖 写本 巻子
しかし、これ無断コピーはやめてくれと書いてあるのに(日本側含め)コピられまくってますね。

古文書や大昔の図像は、年代的にはとうに50年過ぎているので著作権切れているはずだと短絡されがちですけれど、実際には、特殊な画像取り込み技術、傷みの修復・クリンアップ・調整の手間などで、その処理を施した者に、別途しっかり著作の権利が発生していることがあったりします。
浮世絵のレプリカを作成して販売している業者とか、着物の文様デザイン業界とか、「こんな古いものには著作権はないだろう」とはなから決めつけられてしまいがちで、頭を痛めているそうな。
高い技術がないと、修復が難しい資料はたくさんあります。
思わぬ大手から、いきなり「おたくは権利侵害をしてくれている」とツッコミが来るやもしれません。
古文書や古風な画像をご使用なさる際には、権利関係にご注意を。

さても、この「解剖存真図(かいぼう ぞんしんず)」が描かれたのは、かの有名な平賀源内作「解体新書」の45年後。
当時の日本にはまだ、今のような「健康観」は染みこんでおらず、「健康」という日本語さえ成り立ってはいなかった。
... 以下つづき...

江戸時代に、オランダから来た医学書にある「ヘルス」っぽいナニカの語に、「健康」という訳語が当てられたのが始まり。それがのちのち「健康政策」や「健康優良児」などの国民動員につながっていったりします。
ヨーロッパ発「ヘルス」観念の日本への導入と、解剖図の発生:
むかしの日本 体内には五臓六腑のほか、伝承由来の実在しない臓器がいろいろ備わっていると想定されていた。
1549年 ザビエル渡来
1603年〜 江戸時代:鎖国 出島の異人さんから西欧の医学書は入ってくるが、普及には遠い。
1750年頃 実際の解剖で、身体の内部を確かめようとする動きが出始める。
1754年 ●山脇東洋『蔵志』:はじめて日本で解剖をやって描かれた解剖図(日本的観念図)
1774年 ●杉田玄白『解体新書』:伝承からくる先入観を廃した解剖図(西欧的観念図の影響あり)
1784年 ●吉村蘭洲『平次郎臓図』:横たわる死体(リアル模写)
1790年代 オランダ語の訳語の一つとして「健康」という語が作られる。
1796年 ●作者不詳『三之助解剖図』:横たわる死体(リアル模写)
1810年代 「健康」以外にもいろいろな類義語があてられ試される。
1819年 ●南小柿『解剖存真図(かいぼう ぞんしんず)』(西欧的観念図に入り始める)
1830年代 生理学概念としての「健康」の使用例が増える。
1850年代 医学書のなかで「健康」が支配的になる。
1867年〜 明治時代:開国 西欧人の基準に合わせた「衛生・健康観念」の普及が促進される。
1870年代 啓蒙書で類語と一緒に「健康」が使用されはじめる。
1890年代 「健康」は一般的に広く知られる語となる。
この年表は「健康ブームを読み解く」の北澤論考からこさえたのだけれど、同書では「なぜ1750年頃から解剖が盛り上がったのか」という部分は言及されていない。
んー、なんでだったんだろう。
「健康ブームを読み解く」 青弓社 2003/07
第2章「健康の誕生」北澤一利
p.74-75
[『平次郎』と『三之助』は、西洋医学の解剖図や『解体新書』と何が違うのか。]
西洋医学の解剖図は、プロポーションのいい死体が立ってあたかも動いているかのようにポーズしていますが、日本の解剖図の死体は完全に死んでいます。そして、重力にしたがって地面に落ちています。ここに西洋解剖図と、玄白直後に書かれた『平次郎』や『三之助』との違いがあります。
このような違いがどうして現れるのかというと、それは臓器の構造や機能に関する知識の差にあります。『平次郎』と『三之助』は、解剖された死体の実物にきわめて忠実に描いていますが、内臓の構造、形や位置や大きさが不明瞭です。一方、西洋の解剖図の特徴は何かというと、生きているときの活動状態が再現されている。そして、構造と機能を明らかにしようとする、解剖の目的がはっきりしている。西洋解剖図を見ると、どの臓器がどの臓器と連絡しているのか、どの筋肉がどこと接続しているのか、ある動きと筋肉のはたらきとの関係が、なるべく再現できるような格好で描かれています。
すなわち、西洋のような解剖図を書くためには、あらかじめ臓器や筋肉の位置と形と機能に関する解剖学と生理学の知識をもっていなければならず、それが『平次郎』と『三之助』を書いた日本人にはまだ十分に備わっていなかったため、西洋医学的な解剖図を書くことができなかったのです。したがって、玄白が言うように、憶測を捨てて事物に忠実に描くだけでは、西洋的解剖図にはならないのです。つまり、忠実な観察だけでなく、それに加えてある種の知識と先入観をもつことが必要だったのです。
『平次郎』と『三之助』の解剖図のあと、日本では西洋医学や生理学関係の書物が多数発行されます。 [〜中略〜] 日本人の西洋医学者のあいだに、身体内部の各器官の構造や機能に関する知識がだんだんふえていきます。その結果、日本人の身体を見る目が変わっていくのです。
このような経緯をへたあとに書かれたのが、一八一九年の『解剖存真図』です。
当該書には、貴重な解剖図版も数々収録されています。

「健康ブームを読み解く」
野村一夫ほか著 青弓社 2003/07
[ Amazon ] [bk1]
5人の著者が各持ち場から、日本における「健康」について、たいへん示唆に富む論考を記していらっしゃいます。
野村一夫 第1章 メディア仕掛けの「健康」
┗代替医療やプロポリスなどの民間医薬商売について
北澤一利 第2章 健康の誕生
┗江戸時代の解剖図、日本人の身体観、健康観の大転換
田中聡 第3章 近代日本の健康と衛生
┗衛生展覧会、健康観教育、そして保健の普及政策
高岡裕之 第4章 戦争と健康
┗1930年代の「健康」ブームや厚生運動の展開
柄本三代子 第5章 現代社会と健康の科学
┗生活習慣病や血液ドロドロなどの今どきの健康観
「健康」とは何なのか、複数の視点で確認してみたいむきには是非ご一読オススメです。
この本については4年前に感想を記しています。
江戸時代の解剖図と健康観の転換について、北沢一利氏お一人の論考をまとめて読みたい方には、北澤氏単著の『「健康」の日本史』がおすすめ。
『「健康」の日本史』 北澤一利 平凡社 2000/12
1754年 ●山脇東洋『蔵志』:はじめて日本で解剖をやって描かれた解剖図(日本的観念図)
1774年 ●杉田玄白『解体新書』:伝承からくる先入観を廃した解剖図(西欧的観念図の影響あり)
1784年 ●吉村蘭洲『平次郎臓図』:横たわる死体(リアル模写)
1796年 ●作者不詳『三之助解剖図』:横たわる死体(リアル模写)
1819年 ●南小柿『解剖存真図(かいぼう ぞんしんず)』(西欧的観念図に入り始める)

『解剖存真図』以外の関係解剖図はこちら。(グロ画像注意)
(右に表示しているナマっぽい画像は、スーパーで買ってきた魚の白子を撮影して加工したものです。脳じゃないよ)
『蔵志』と『解体新書』の対比:
『蔵志』の意義:「医の博物館」
西欧の解剖図と『平次郎臓図』の対比

『解剖の美学』
荒俣 宏 (著)
リブロポート (1991/09)
第2部 諧謔と鮮烈の江戸腑分け図:吊るし切りによる人体の解体作業
『三之助解剖図』について章が割かれています。

日本人の健康観とその転換から発展して、次のような論考もウェブで拾えます。
なんか過去の健康観についての把握をまとめ述べているサイトは少ないですね。
北澤氏以外に、日本における前時代的身体・健康観を述べている論客さんには、誰がいるだろう。
解剖図がお好きな方には、こちらのご本あたり、よろしいかと。

『人体解剖カラーリングブック』
Alan Twietmeyer, Thomas McCracken (著)
丸善 (2008/4/24)
塗り絵ですね、しかもリアルタイプの


![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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