今をときめく「幹細胞(万能iPS細胞)」も、保管施設はこんなだろうか?

『バイオ研究の舞台裏 細胞バンクと研究倫理』
ポピュラー・サイエンス
水澤 博, 小原 有弘, 増井 徹 (著)
裳華房 (2007/11)
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●ほんと地味

日本の「細胞バンク」を作り守ってきたJCRB細胞バンク の番人さんたちがお書きになられたご本。
そう書くと、なんかちょっとプロジェクトXっぽいけれど、そんなドラマチックな「やったー!」めいた展開があるわけでもなし、ほんと日本の研究の「下支え」みたいな、地味ぃ、かつ、「ええっ、よくそんな状態で研究者はこれまで研究してきてこれたなぁ???」みたいな、なさけない印象になりかねない。
前書き:
一名の研究員と二名の技術職員、一名のリサーチレジデントという小さなユニットでした。
細胞培養に実績のある七つの研究機関に助けてもらいながら、よたよたと細胞の収集と分譲業務を開始しました。
よたよたと。

1985年にたった4人の小さな研究室で日本の細胞バンクはスタートしたのです、そんな細胞バンクの創設者さんの独り言のような過去振り返りから始まり、「最初は正体が違うのに知らずに使っていた細胞が多くて大変だったんだよ」とか、「今でもけっこう変な混じりモノが入っている培養細胞があったりするんだよ」とか、舞台裏の実態をポロポロお書きなされている。

●「細胞バンク」とはなんぞや。
研究に使えるさまざまな種類の細胞を、培養し、凍らせて、保存しておく「研究材料供給係」。
遺伝子研究や医療研究の現場から「こんな細胞が欲しい」「おたくのカタログにあるこの細胞を送ってくれ」。そんな注文に応えて、あちらには在庫の1アンプルを即発送、そちらには今から培養して増やしますから再来週に5アンプル送れますよ、などとやっている。
図書館の貸出係さんっぽい。
さて、この日本の細胞バンクさんは、ちゃんとウェブサイトをお持ちです。
・・・ん? ん? ん???
なんかサイトの内容を読んでみたけど、当該書の内容は先方のサイト内容とほとんどかぶっているみたいだぞ。

... 以下つづき...

┗本当に使っている細胞は正しいの?

┗残念ながら、細胞はこんなに間違いがあったり汚染していたりするものなのです

┗細胞が違うかもしれないという可能性があっても、それを確かめる方法が無かったので、そのまんま間違ったデータを発表するしかなかった。

┗かなり内輪向きの言い訳

いやもう、本書もそうなんだけど、なんというか、独特の、内輪向きの言い訳がだらだらと・・・
ふだん、バイオインフォマティクスとか、合成生物学とか、ギラギラバリバリブラフ連発大言壮語の最先端研究者たちの論説に気圧(けお)されていた感覚からすると、この、まるでヒロシか太宰治かって、とにかくしおしおな健気(けなげ)さがたまらない。
┗何しろ「生きたまま」「性質を変えずに」「長期間」数千種類の細胞を保存しなければいけないので、尋常ではなく難しい
┗後方支援組織として常にスタンバイしていなければならない
┗新しい検査方法が登場するまで、たくさん間違った細胞を保管・譲渡してしまっていた
┗たいへんです、こんなにたくさん細胞が間違っていました!
今月もまた発覚しています!

なんかもう、しかたないんだよなぁ、だって調べる方法がなかったんだもんなぁ、国が細胞バンクをヤレって言ってきただろ、それっぽく注文に応じて、何とか試行錯誤して保管したり培養したり譲渡したりしてきたんだけど、いかんせん、その細胞がちゃんとした細胞なのか調べる方法が当時はなかったんだもんなぁ、こないだやっと調べる方法を発明したんだけど、そしたら混ざりモノやら取り違えやら、みんなに注文とは違うかなりヘンテコな細胞を渡してしまっていたみたいなんだよねー、なんぼか研究の結果がワヤになったんじゃないかなぁ、でもごめん、ほんとにそれ、調べる方法がなかったんだもん、でもやらなきゃいけなかったんだもん、それが限界だったんだもん、ごめん、まだまだこれからもそんなことがあるかもしれないけど、ごめん。
印象が、こんななってしまうのだ。(自分だけかな orz)
日本のバイオ研究を支える、裏方さんの本音がこれ。
いやー、全然、生き馬の目を抜くような競争現場とはかけ離れたマイペースなエートスの中で、ただ図書館の司書のごとくに、粛々と水準を守るべく職務を果たしているという感じなのだろうか。仕事も管理の対象も数多くて大変忙しいし、ミスは許されないのだけれども、それはルーティンの範囲そこそこの作業だし、「どうしても起きるミスは起きてしまうんだし」。
バイオ現場からそのような独白が聞こえてくること自体、やけに新鮮に感じてしまう。
何か目標に向かって命運を賭ける、という部分はない世界っぽい。
サイトの構成やデザインも、なんかやたらほのぼのしすぎている。

当該書のJCRB細胞バンク(国立医薬品食品衛生研究所の配下) 以外にも、日本にはいくつか細胞バンクは存在するらしい。
骨髄バンクや臍帯血(さいたいけつ)バンクも、細胞バンクのうちに入るのかな。
特に、最近はこないだからの「iPS細胞祭」の関係で、幹細胞関係のバンクが次々立ち上がっている模様。
名古屋大の「乳歯幹細胞研究バンク」
2007/12【日本語記事】朝日新聞「抜けた乳歯、再生医療に 名大がバンク設立 幹細胞活用」
http://www.asahi.com/health/news/NGY200712080008.html
東大の研究用幹細胞バンク
熊本大の内胚葉系幹細胞バンクモデル
慶應大の神経幹細胞バンク ・・・・

なお、JCRB細胞バンク さんは、サイト、本書ともに、細胞管理にまつわる「倫理問題」にかなりページを割いている。
が、あくまでこれは研究室内、発表上、などにおける倫理であって(検体の匿名性の保持とか、保存するかしないかの細胞の選択基準とか、新規細胞株の作成の是非とか・・・)市井が関わって悩む種類の倫理問題とはかなり距離があるものが主になっているもよう。
著者らは、自分たちがやっていることをわかってもらい、自分たちの考えと姿勢への理解と確認を求め、関係方面に承認がてらアドバイスを請うている、のかな。
ひとつ。
この「細胞バンク」係さんの吐露を聞いて、実際「変な細胞」だったかもしれないモノを供給された研究現場側は、どのようなリアクションを返すのか。どのような結果とリアクションがあったのか。ちょっと拝見したいような気がする。
(海外での騒ぎに関しては、JCRB細胞バンクさんのコンタミ警告 ページに、2007年11月BBCの「癌研究がこんなにおじゃんになっちゃった!」特集番組宛のリンクがある)
この日本のバイオを支える執事さんたちは、「できる範囲で」がんばっている。(らしい)
でも支える「技術や手法」がない限り、執事さんたちは「仕方なく」間違いを犯してしまう。(らしい)
執事さんたちを支える執事さんたちはいるだろうか。
なさけない吐露ではなく、誇りの謳い上げのような吐露ができる環境を整えてあげられるだろうか。
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